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14.奥州の落日編
第98話(1187年12月) 血路
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(藤原泰衡視点)
源義経を追いかける藤原泰衡の後ろが赤い煙が迫る。
「何だ、あの煙は……」
「泰衡様! 立ち止まってはなりませぬ!」
馬を曳いている家人が秀衡の乗る馬の尻を叩く。いななきを上げた馬は間一髪で煙から離れた。煙の中に消えた家人は二度と出てくることはなかった。
「平泉すべてが赤く覆われている……」
平泉から離れた小高い山の上まで逃げた泰衡は呆然とした。
じょじょに周りに煙から逃れた武者が集まってくる。
攻めたはずの藤原軍が、避難しているような有様だった。
「騎馬隊ばかりだな。兵は何人いる」
秀衡は侍大将の一人に聞いた。
「500ほどかと。あの煙、馬には効かないようで、騎馬隊だけは無事でした」
「あの女ひとりに……。わしは間違いを犯したのか……」
秀衡は頭を抱え込んだ。侍大将が叱咤する。
「秀衡様、しっかりしてください! 義経が逃げてしまいますぞ!」
「……ああ、そうだった。義経を逃がしてはならぬ。必ず討ち取れ!」
我に返った泰衡は全軍に追撃を命じた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
(伊勢義盛視点)
十三湊へ向かって伊勢義盛は馬を走らせていた。義盛の前には気を失っている義経が馬に括りつけられている。
――今ばかりはこの体がうらめしい。十三湊まで果たして持つか……。
伊勢義盛の巨体と義経を乗せた状態では、奥州の名馬でも速さは落ちる。屋敷の包囲を突破した一刻後には追いすってくる敵を倒しながら逃げていた。時間がたつにつれ、追っ手の数は増えている。
昼前には馬の息が上がり、速度が明らかに落ちていた。
「死に場所に出会えた」
ポツリと言うと義盛は馬から飛び降りた。義経を乗せた馬が欠け去っていくのを、背中で見送っていた。
「義経様――ご武運を」
細い橋の真ん中に立った義盛は大声で叫んだ。
「源義経の一の家人、伊勢義盛がお相手いたす!」
何度も武者たちが切りかかるが、義盛のふるう鉄棒の前に屍をさらすだけで、誰一人として橋を渡ることができなかった。
追い付いてきた泰衡は死者の数を見ると、再び気を失いそうになった。
そばについていた侍大将が命令する。
「義経の家人を人と思うな! 軍と思え! 隊列を並べるのだ」
侍大将が号令すると、義盛に向かって何百もの矢が飛んできた――。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(源義経視点)
川に落ちた衝撃で義経は目覚めた。太陽を見ると正午を少し越えている。横では馬が美味しそうに水を飲んでいた。義経は馬からずり落ちたことを認識した。
「静! 義盛! どこだ! 返事をしろ!」
大声で叫ぶが周りからは何も返ってこなかった。
代わりに遠くから、義経を探せ! という声が聞こえてくる。
「くっ!」
義経は馬に乗ると、声の逆方向に走らせる。
「――生き抜かねば、二人に会うこともできぬ」
敵は地の利を生かして追い付こうとしてくる。
義経は今、どこを走っているかもわからなかった。
義経の背後にとうとう敵の姿が見えてくる。
だが、敵は義経に切りかかることはせず、遠巻きに矢を射てくるだけだった。
「何を警戒している?」
馬にしがみつくように体をふせて矢をかわす義経。
しかし、義経を狙った矢がそれて馬に当たってしまった。馬が暴れ義経が落馬する。
義経を騎馬隊が取り囲んだが、侍大将らしき男が義経に近づくのを禁じていた。中央には藤原泰衡が現れ、憎悪と怯えが入り混じった目を義経に向ける。
「おぬしらは一体なんなのだ! わしは念入りに兵を用意した。それなのに、それなのに! 3人を捕まえるのになぜ1000もの武者が死なねばならぬ! 悪鬼め、貴様など頼朝に忌み嫌われて当然だ。その首を鎌倉に渡して、奥州の王と認めてもらう! それがわしの覚悟だ!」
取り囲んだ兵が弓を構えようとしたとき、山中に笑い声がこだました。
「笑わせるな。それは覚悟じゃない。無知だ」
「師匠!」
「スサノオだと?」
泰衡は声の主を探す。
「俺の可愛い弟子を返してもらうよ」
「たわごとを。おぬしだけ何ができる!」
秀衡は山に向かって叫ぶ。
「やるのは俺じゃない。出雲軍だ――弁慶!」
貴一の声を合図に、周りから無数の黒旗が出現した。
源義経を追いかける藤原泰衡の後ろが赤い煙が迫る。
「何だ、あの煙は……」
「泰衡様! 立ち止まってはなりませぬ!」
馬を曳いている家人が秀衡の乗る馬の尻を叩く。いななきを上げた馬は間一髪で煙から離れた。煙の中に消えた家人は二度と出てくることはなかった。
「平泉すべてが赤く覆われている……」
平泉から離れた小高い山の上まで逃げた泰衡は呆然とした。
じょじょに周りに煙から逃れた武者が集まってくる。
攻めたはずの藤原軍が、避難しているような有様だった。
「騎馬隊ばかりだな。兵は何人いる」
秀衡は侍大将の一人に聞いた。
「500ほどかと。あの煙、馬には効かないようで、騎馬隊だけは無事でした」
「あの女ひとりに……。わしは間違いを犯したのか……」
秀衡は頭を抱え込んだ。侍大将が叱咤する。
「秀衡様、しっかりしてください! 義経が逃げてしまいますぞ!」
「……ああ、そうだった。義経を逃がしてはならぬ。必ず討ち取れ!」
我に返った泰衡は全軍に追撃を命じた。
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(伊勢義盛視点)
十三湊へ向かって伊勢義盛は馬を走らせていた。義盛の前には気を失っている義経が馬に括りつけられている。
――今ばかりはこの体がうらめしい。十三湊まで果たして持つか……。
伊勢義盛の巨体と義経を乗せた状態では、奥州の名馬でも速さは落ちる。屋敷の包囲を突破した一刻後には追いすってくる敵を倒しながら逃げていた。時間がたつにつれ、追っ手の数は増えている。
昼前には馬の息が上がり、速度が明らかに落ちていた。
「死に場所に出会えた」
ポツリと言うと義盛は馬から飛び降りた。義経を乗せた馬が欠け去っていくのを、背中で見送っていた。
「義経様――ご武運を」
細い橋の真ん中に立った義盛は大声で叫んだ。
「源義経の一の家人、伊勢義盛がお相手いたす!」
何度も武者たちが切りかかるが、義盛のふるう鉄棒の前に屍をさらすだけで、誰一人として橋を渡ることができなかった。
追い付いてきた泰衡は死者の数を見ると、再び気を失いそうになった。
そばについていた侍大将が命令する。
「義経の家人を人と思うな! 軍と思え! 隊列を並べるのだ」
侍大将が号令すると、義盛に向かって何百もの矢が飛んできた――。
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(源義経視点)
川に落ちた衝撃で義経は目覚めた。太陽を見ると正午を少し越えている。横では馬が美味しそうに水を飲んでいた。義経は馬からずり落ちたことを認識した。
「静! 義盛! どこだ! 返事をしろ!」
大声で叫ぶが周りからは何も返ってこなかった。
代わりに遠くから、義経を探せ! という声が聞こえてくる。
「くっ!」
義経は馬に乗ると、声の逆方向に走らせる。
「――生き抜かねば、二人に会うこともできぬ」
敵は地の利を生かして追い付こうとしてくる。
義経は今、どこを走っているかもわからなかった。
義経の背後にとうとう敵の姿が見えてくる。
だが、敵は義経に切りかかることはせず、遠巻きに矢を射てくるだけだった。
「何を警戒している?」
馬にしがみつくように体をふせて矢をかわす義経。
しかし、義経を狙った矢がそれて馬に当たってしまった。馬が暴れ義経が落馬する。
義経を騎馬隊が取り囲んだが、侍大将らしき男が義経に近づくのを禁じていた。中央には藤原泰衡が現れ、憎悪と怯えが入り混じった目を義経に向ける。
「おぬしらは一体なんなのだ! わしは念入りに兵を用意した。それなのに、それなのに! 3人を捕まえるのになぜ1000もの武者が死なねばならぬ! 悪鬼め、貴様など頼朝に忌み嫌われて当然だ。その首を鎌倉に渡して、奥州の王と認めてもらう! それがわしの覚悟だ!」
取り囲んだ兵が弓を構えようとしたとき、山中に笑い声がこだました。
「笑わせるな。それは覚悟じゃない。無知だ」
「師匠!」
「スサノオだと?」
泰衡は声の主を探す。
「俺の可愛い弟子を返してもらうよ」
「たわごとを。おぬしだけ何ができる!」
秀衡は山に向かって叫ぶ。
「やるのは俺じゃない。出雲軍だ――弁慶!」
貴一の声を合図に、周りから無数の黒旗が出現した。
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