アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

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第二章

地下アジトで

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「追っ手はねえな」

「ああ」

 周囲をくまなく見渡して、男たちは地下水路の蓋を持ち上げた。

 本来ならそこには悠々と流れる地下水しかないのだが、蓋を開けた先には地下へと続く階段が続いている。この入り口は地下水路の蓋と見せかけたカモフラージュだ。

 男たちは階段を数段降りると中から蓋を閉め、通路にあった松明を片手にさらに下へと歩みを進める。

 その間、アレクは身動きせずにじっと麻袋の中で男たちの歩んだ道筋を思い描いていた。

 確かに複雑極まりない道筋だったが、ここで数週間過ごしていたアレクには多少の土地勘がある。

 右へ左へ何度も道を曲がってきたものの、折れた角の数を数えてみれば必ず西の方角へと男たちは進んでいた。西の方角はこの地下街の中でも立派な建物が並ぶ場所だ。

 それだけ大物の悪党が住んでいるということだから、西には近づくなとロイムがいつもいっていたのを思い出す。

 そしていまは間違いなく階段を降りている。一歩一歩男たちが降りるたびに体に振動が伝わり、軽い浮遊感を感じるのだ。

(地下街のさらに地下にあるなんて……)

 これじゃ容易に場所なんてわかるはずがない。

 長年国際手配犯として名を連ねるモーリッシュ・ドットバーグのずる賢さを垣間見たアレクは小さく唇を噛みしめた。

 そして間もなく。

 不意に接触していた男の体の感触がなくなり、ふわりとした一瞬の感覚の後、突然全身を叩きつけられるような衝撃がアレクを襲った。

「うっ……」

 肩や腰などを強く打って思わずうめき声をあげたアレクだったが、突然視界を覆っていた麻袋が勢いよく取り払われた。

 急に差し込んだ光量に目を細めると、そこには残虐そうな顔立ちの男がふたり、上からアレクを見下ろしているのが目に入る。

 そのひとりとアレクの眼が交わった――

「バカ野郎! 目隠しをしなかったのか! 捕まえるときは必ず目隠しをしろといわれただろうが!」

 頬に傷のある男がアレクの姿を見た瞬間、血相を変えて隣の男につかみかかり唾を吐き散らして怒鳴りつけた。

 だがその一方でアレクと目が合った男はいくら体を揺さぶられようが怒鳴られようが、一向になんの反応も示さず呆然とアレクを見つめたまま、その場に立ち尽くしている。

 どこか夢心地のようなうっとりとした表情で、じっとアレクを見つめるその男の瞳に――紫色の光が差した。

(しまった!)

 それに気づいたアレクは、あわてて視線をそらしたがすでに手遅れなのはわかっている。

(どうしよう!)

「おい! 話聞いてんのか!?」

「ああ。悪かったよ。俺がいまから目隠しするからよ。それでいいだろ?」

「これがバレたら、ただじゃ済まねえぞ! 畜生! 外のガキはおまえに任せるんだった!」

「悪かったって。黙ってりゃバレねえよ」

 悪態をつく男を軽くあしらってそういった男は、ポケットから目隠しを取り出してアレクの背後に回り優しい手つきで数回髪の毛をなでつけると、目隠しを結わえつけた。

 そのとき生暖かい吐息がアレクの耳裏をかすめ、ぞわりとしたものがアレクの背筋をかけ抜ける。

「おい! いくぞ!」

「ああ。わかってるよ」

(また後でくる)

 部屋の入り口で頬に傷のある男が苛立ったように叫び、それに短く応じながら男はこっそりと耳打ちをして男はアレクから離れると、名残惜しそうに何度も視線を向けてドアから姿を消していった。

 間をおいて外側から聞こえたガチャリという鍵がかけられた音に、アレクはほっと肩の力を抜く。

(この程度で済んでよかった)

 手足は縄で拘束されているし目隠しもされたため、周囲を見渡すことはできない。

 モーリッシュの姿を見ることはできなかったが、追跡班は無事に後を追ってこれただろうか。なんにせよ、あとは大人しく相手の動きを待つしかないだろう。そう思ったときだった。

「いった……なんて野蛮な奴らなんだ!」

「えっ、誰かいるの?」

「その声は……アレク様!? アレク様ですよね!?」

 隣の辺りから聞こえてきた声にアレクは耳を疑う。

 自分以外の人間がこの場にいたことにも驚いたが、『アレク様』と自分を呼んだ声に聞き覚えがあったからだ。

「まさか……ケルトなの?」

「そうです! ケルトです、アレク様!」

「おまえ……どうしてここに……」

 アレクは信じられない思いで胸がいっぱいだった。

 嬉しそうに声を踊らせてそう叫んだこの男、ケルト・リッシュはアレクが幼少の頃からの従者で、アレクが国を出るまでずっと身の回りの世話をしていた者だ。

 誰とも別れを告げずに国を出たアレクにとって、母国の、それも親しかった間柄であるケルトとの再会は涙がでるほど嬉しいものだ。

 だけど別れをいわずに出てきたのには理由がある。嬉しさがこみあげる一方で、アレクの胸には不安が渦巻いた。



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