アメジストの呪いに恋い焦がれ~きみに恋した本当の理由~

一色姫凛

文字の大きさ
29 / 146
第二章

地下アジトで

しおりを挟む
「追っ手はねえな」

「ああ」

 周囲をくまなく見渡して、男たちは地下水路の蓋を持ち上げた。

 本来ならそこには悠々と流れる地下水しかないのだが、蓋を開けた先には地下へと続く階段が続いている。この入り口は地下水路の蓋と見せかけたカモフラージュだ。

 男たちは階段を数段降りると中から蓋を閉め、通路にあった松明を片手にさらに下へと歩みを進める。

 その間、アレクは身動きせずにじっと麻袋の中で男たちの歩んだ道筋を思い描いていた。

 確かに複雑極まりない道筋だったが、ここで数週間過ごしていたアレクには多少の土地勘がある。

 右へ左へ何度も道を曲がってきたものの、折れた角の数を数えてみれば必ず西の方角へと男たちは進んでいた。西の方角はこの地下街の中でも立派な建物が並ぶ場所だ。

 それだけ大物の悪党が住んでいるということだから、西には近づくなとロイムがいつもいっていたのを思い出す。

 そしていまは間違いなく階段を降りている。一歩一歩男たちが降りるたびに体に振動が伝わり、軽い浮遊感を感じるのだ。

(地下街のさらに地下にあるなんて……)

 これじゃ容易に場所なんてわかるはずがない。

 長年国際手配犯として名を連ねるモーリッシュ・ドットバーグのずる賢さを垣間見たアレクは小さく唇を噛みしめた。

 そして間もなく。

 不意に接触していた男の体の感触がなくなり、ふわりとした一瞬の感覚の後、突然全身を叩きつけられるような衝撃がアレクを襲った。

「うっ……」

 肩や腰などを強く打って思わずうめき声をあげたアレクだったが、突然視界を覆っていた麻袋が勢いよく取り払われた。

 急に差し込んだ光量に目を細めると、そこには残虐そうな顔立ちの男がふたり、上からアレクを見下ろしているのが目に入る。

 そのひとりとアレクの眼が交わった――

「バカ野郎! 目隠しをしなかったのか! 捕まえるときは必ず目隠しをしろといわれただろうが!」

 頬に傷のある男がアレクの姿を見た瞬間、血相を変えて隣の男につかみかかり唾を吐き散らして怒鳴りつけた。

 だがその一方でアレクと目が合った男はいくら体を揺さぶられようが怒鳴られようが、一向になんの反応も示さず呆然とアレクを見つめたまま、その場に立ち尽くしている。

 どこか夢心地のようなうっとりとした表情で、じっとアレクを見つめるその男の瞳に――紫色の光が差した。

(しまった!)

 それに気づいたアレクは、あわてて視線をそらしたがすでに手遅れなのはわかっている。

(どうしよう!)

「おい! 話聞いてんのか!?」

「ああ。悪かったよ。俺がいまから目隠しするからよ。それでいいだろ?」

「これがバレたら、ただじゃ済まねえぞ! 畜生! 外のガキはおまえに任せるんだった!」

「悪かったって。黙ってりゃバレねえよ」

 悪態をつく男を軽くあしらってそういった男は、ポケットから目隠しを取り出してアレクの背後に回り優しい手つきで数回髪の毛をなでつけると、目隠しを結わえつけた。

 そのとき生暖かい吐息がアレクの耳裏をかすめ、ぞわりとしたものがアレクの背筋をかけ抜ける。

「おい! いくぞ!」

「ああ。わかってるよ」

(また後でくる)

 部屋の入り口で頬に傷のある男が苛立ったように叫び、それに短く応じながら男はこっそりと耳打ちをして男はアレクから離れると、名残惜しそうに何度も視線を向けてドアから姿を消していった。

 間をおいて外側から聞こえたガチャリという鍵がかけられた音に、アレクはほっと肩の力を抜く。

(この程度で済んでよかった)

 手足は縄で拘束されているし目隠しもされたため、周囲を見渡すことはできない。

 モーリッシュの姿を見ることはできなかったが、追跡班は無事に後を追ってこれただろうか。なんにせよ、あとは大人しく相手の動きを待つしかないだろう。そう思ったときだった。

「いった……なんて野蛮な奴らなんだ!」

「えっ、誰かいるの?」

「その声は……アレク様!? アレク様ですよね!?」

 隣の辺りから聞こえてきた声にアレクは耳を疑う。

 自分以外の人間がこの場にいたことにも驚いたが、『アレク様』と自分を呼んだ声に聞き覚えがあったからだ。

「まさか……ケルトなの?」

「そうです! ケルトです、アレク様!」

「おまえ……どうしてここに……」

 アレクは信じられない思いで胸がいっぱいだった。

 嬉しそうに声を踊らせてそう叫んだこの男、ケルト・リッシュはアレクが幼少の頃からの従者で、アレクが国を出るまでずっと身の回りの世話をしていた者だ。

 誰とも別れを告げずに国を出たアレクにとって、母国の、それも親しかった間柄であるケルトとの再会は涙がでるほど嬉しいものだ。

 だけど別れをいわずに出てきたのには理由がある。嬉しさがこみあげる一方で、アレクの胸には不安が渦巻いた。



しおりを挟む
感想 396

あなたにおすすめの小説

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

天涯孤独になった少年は、元軍人の優しいオジサンと幸せに生きる

ir(いる)
BL
※2025/11 プロローグを追加しました ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元軍人の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。 ※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。 ※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話) ※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい? ※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。 ※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。 ※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。

祖国に棄てられた少年は賢者に愛される

結衣可
BL
 祖国に棄てられた少年――ユリアン。  彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。  その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。  絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。  誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。   棄てられた少年と、孤独な賢者。  陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。

兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜

紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。 ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。 そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。 そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。 冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。 愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。 禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。

処理中です...