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第四章
懺悔
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エレノアは浅い呼吸を繰り返しており、ギリギリのところで命を繋ぎ止めていた。
マーリナスは両手をエレノアに向けて回復魔法を施している。行っている魔法はそれほど高度なレベルのもではないが、額にはじんわりと汗が滲んで少しつらそうだ。
「……代わります」
「アレク?」
「これを……解毒剤です。飲んで下さい。まだ体調は悪いんでしょう?」
差し出された透明の小瓶を受け取り、隣に跪いたアレクを不思議そうに見るマーリナスの前で。
アレクはエレノアの手を握ると、そっと眼を閉じて言の葉を紡ぎ出した。
「癒しの息吹」
エレノアの身体が優しい翠色の光で包まれる。それは春の新緑を思い起こさせた。
マーリナスの魔法では止血するのが精一杯だったが、エレノアの首の傷はみるみるうちに修復していき、ついには傷ひとつない綺麗な肌を取り戻した。
マーリナスは目を見張る。
アレクが魔法を使えたことにも驚きだが、これほどまでに急速な回復魔法は初めてみる。
エレノアの体調は安定したようだ。ゆっくりと深い呼吸を繰り返し始めた。
「凄いな……」
「これはモンテジュナルの王族担当医が独自に編み出した魔法で、王族にしか使用できない魔法なのです。だからこの魔法を使うと身分が露見してしまうと思って……ずっと隠していました」
名を馳せた魔法医だ。噂くらい広まっているだろうと思っていたけど、まさかエレノアやゲイリーが知っていたなんて。それだけじゃない。あの様子からするとオクルール大臣も。
ロナルドを助けるためとはいえ、軽率だったかもしれない。
アレクは項垂れた。
「でも傷を治すだけです。解毒作用はないので、ゴドリュースの毒気を抜くことは出来なくて……なんの役にも立てなかった」
「なにをいう」
「あなたの力になりたかったのに、足ばかり引っ張って迷惑をかけました。あなたを傷つけて……約束まで破ってしまった」
懺悔の時間だと、思った。
悪を根絶やしにしたいと願うマーリナスの傍でゲイリーと取引をした。マーリナスのためだといっても、彼はきっと喜ばないだろう。それも今日に始まったことじゃない。
バロンを捕まえようと地下に出向いたあの夜から、アレクの中には醜い秘密ごとがひとつずつ増えていった。
誰かに聞いて欲しくて、だけど誰にもいえなくて。
吐き出したい胸のつかえが、ずっと滞っていて気持ちが悪い。ずっと目を背けていたけれど、もう限界。
マーリナスは目覚め、解毒剤も手に入った。とても嬉しいしそれを待ち望んでいたけれど、同時に少し悲しくなる。マーリナスが目覚めたら全て包み隠さず話そうと心に決めていたから。
吐き出したところで自己満足にしかならなし、そのことでまたマーリナスが傷つくかもしれない。
それでもアレクは言葉を止められなかった。
「絶対に無理はしないといったのに、僕は……バロンと……」
「アレク」
繰り返し行われる不貞の契り。心は嫌だと泣き喚くのに生きるために必要で、自分の心から目を背け受け入れなければならない。
できることなら、あの穏やかな時間の中でマーリナスとだけ、そうしていたかった。
「僕は……受け入れました。マーリナス以外とはしないって約束、したのに」
「アレク」
「でも受け入れた。ゲイリーもいいました。過程なんて大事じゃない、結果が全てだって。あなたとの約束を破り、あんなおぞましい道を選択したのは僕です。いままでだってずっとそうして生きてきた。そうしなければ生きられなかったから。だけどいまは後悔しています。こんなことをあなたに告げるくらいなら、いっそのことあそこで死んだほうがよか……っ」
「アレク!」
大きな声を上げたマーリナスにアレクの肩が跳ねた。
その肩にマーリナスはそっと手を置いく。
アレクを見つめる瞳は夜空よりも深い藍色。だけど、その瞳は怒っていた。言葉よりも瞳に乗せた感情がアレクの口を塞ぐ。
アレクは唇を噛み締め、目頭が熱くなるのを堪えた。
怒るのは当然だ。覚悟だってしてた。それでも、マーリナスに嫌われたかと思うと酷く心が痛い。だけど泣いて済む問題じゃない。何を言われても受け入れるんだ。
これは罰だ。呪いを宿し、マーリナスと関わった自分の罪。いつかはそれを償わなければならない。それが今日だったというだけなんだから。そしてまた一から始めよう。
誰とも関わらず、迷惑をかけないように。
「アレク。よく聞け」
マーリナスの声は少し怒ったような響きを持って心に突き刺さる。次の言葉を聞くのが怖い。アレクは奥歯を食いしばった。
「約束を破ったのはわたしだ」
「え……?」
アレクは思わず噛み締めた歯を緩め、マーリナスを見た。
マーリナスは両手をエレノアに向けて回復魔法を施している。行っている魔法はそれほど高度なレベルのもではないが、額にはじんわりと汗が滲んで少しつらそうだ。
「……代わります」
「アレク?」
「これを……解毒剤です。飲んで下さい。まだ体調は悪いんでしょう?」
差し出された透明の小瓶を受け取り、隣に跪いたアレクを不思議そうに見るマーリナスの前で。
アレクはエレノアの手を握ると、そっと眼を閉じて言の葉を紡ぎ出した。
「癒しの息吹」
エレノアの身体が優しい翠色の光で包まれる。それは春の新緑を思い起こさせた。
マーリナスの魔法では止血するのが精一杯だったが、エレノアの首の傷はみるみるうちに修復していき、ついには傷ひとつない綺麗な肌を取り戻した。
マーリナスは目を見張る。
アレクが魔法を使えたことにも驚きだが、これほどまでに急速な回復魔法は初めてみる。
エレノアの体調は安定したようだ。ゆっくりと深い呼吸を繰り返し始めた。
「凄いな……」
「これはモンテジュナルの王族担当医が独自に編み出した魔法で、王族にしか使用できない魔法なのです。だからこの魔法を使うと身分が露見してしまうと思って……ずっと隠していました」
名を馳せた魔法医だ。噂くらい広まっているだろうと思っていたけど、まさかエレノアやゲイリーが知っていたなんて。それだけじゃない。あの様子からするとオクルール大臣も。
ロナルドを助けるためとはいえ、軽率だったかもしれない。
アレクは項垂れた。
「でも傷を治すだけです。解毒作用はないので、ゴドリュースの毒気を抜くことは出来なくて……なんの役にも立てなかった」
「なにをいう」
「あなたの力になりたかったのに、足ばかり引っ張って迷惑をかけました。あなたを傷つけて……約束まで破ってしまった」
懺悔の時間だと、思った。
悪を根絶やしにしたいと願うマーリナスの傍でゲイリーと取引をした。マーリナスのためだといっても、彼はきっと喜ばないだろう。それも今日に始まったことじゃない。
バロンを捕まえようと地下に出向いたあの夜から、アレクの中には醜い秘密ごとがひとつずつ増えていった。
誰かに聞いて欲しくて、だけど誰にもいえなくて。
吐き出したい胸のつかえが、ずっと滞っていて気持ちが悪い。ずっと目を背けていたけれど、もう限界。
マーリナスは目覚め、解毒剤も手に入った。とても嬉しいしそれを待ち望んでいたけれど、同時に少し悲しくなる。マーリナスが目覚めたら全て包み隠さず話そうと心に決めていたから。
吐き出したところで自己満足にしかならなし、そのことでまたマーリナスが傷つくかもしれない。
それでもアレクは言葉を止められなかった。
「絶対に無理はしないといったのに、僕は……バロンと……」
「アレク」
繰り返し行われる不貞の契り。心は嫌だと泣き喚くのに生きるために必要で、自分の心から目を背け受け入れなければならない。
できることなら、あの穏やかな時間の中でマーリナスとだけ、そうしていたかった。
「僕は……受け入れました。マーリナス以外とはしないって約束、したのに」
「アレク」
「でも受け入れた。ゲイリーもいいました。過程なんて大事じゃない、結果が全てだって。あなたとの約束を破り、あんなおぞましい道を選択したのは僕です。いままでだってずっとそうして生きてきた。そうしなければ生きられなかったから。だけどいまは後悔しています。こんなことをあなたに告げるくらいなら、いっそのことあそこで死んだほうがよか……っ」
「アレク!」
大きな声を上げたマーリナスにアレクの肩が跳ねた。
その肩にマーリナスはそっと手を置いく。
アレクを見つめる瞳は夜空よりも深い藍色。だけど、その瞳は怒っていた。言葉よりも瞳に乗せた感情がアレクの口を塞ぐ。
アレクは唇を噛み締め、目頭が熱くなるのを堪えた。
怒るのは当然だ。覚悟だってしてた。それでも、マーリナスに嫌われたかと思うと酷く心が痛い。だけど泣いて済む問題じゃない。何を言われても受け入れるんだ。
これは罰だ。呪いを宿し、マーリナスと関わった自分の罪。いつかはそれを償わなければならない。それが今日だったというだけなんだから。そしてまた一から始めよう。
誰とも関わらず、迷惑をかけないように。
「アレク。よく聞け」
マーリナスの声は少し怒ったような響きを持って心に突き刺さる。次の言葉を聞くのが怖い。アレクは奥歯を食いしばった。
「約束を破ったのはわたしだ」
「え……?」
アレクは思わず噛み締めた歯を緩め、マーリナスを見た。
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