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第五章
隠蔽
しおりを挟む「おまえが隊長のマーリナスか」
早足で中庭に向かったマーリナスと慌てて見繕い、共についたロナルドを目にして、男は見定めるような視線を送った。
彼の背後に控えるのは、頭部からつま先に至るまで甲冑に身を固めた、数十名に及ぶ騎士たち。
朱いマントを羽織って一糸乱れず、ずらりと並び立つその様は流石に迫力がある。
しかし先頭に立つその男は兜を外した様相だというのに、それに勝る威厳が全身から溢れているようだった。
混じりっけのない白髪を綺麗に後ろに撫でつけ、真っ直ぐに伸びる眉と人生を物語る目元の深い皺。
深緑色の眼光は心を透かすように研ぎ澄まされ、発する言葉の響きは深く静かで重みがある。
それだけを語れば品のある初老といった風貌だが、太い首筋に背後に控える騎士が小さく見せる程の肩幅。堂々たるその佇まい。それら全てを兼ね備えて彼は在る。
スタローン王国騎士団総督、ゼノ・ロキシー。
数多の功績によって国王から絶大な信頼を得て、騎士団及び警備隊の全権を手中に収める男である。
国王こそが最もたる権威の象徴であるが、宰相や大臣といった権力者を凌ぎ、それに次ぐのは間違いなく彼であろう。
そんな殿上人とまみえる機会はそうない。
さすがのロナルドも緊張した面持ちで背筋を正したが、マーリナスは普段通り敬礼をすると、落ち着いた声で受け答えた。
「わたしが第一警備隊、隊長。マーリナス・シュベルツァです。わざわざ総督閣下直々に赴かれるとは、一体どのような御用向きでしょうか」
うむ、と小さくうなずいたゼノは手にしていた書面を掲げ、朗々と読み上げた。
「我々は王命により馳せ参じた。本日をもって、ゴドリュースに関する一連の事案は第一警備隊から騎士団へと移行。第一警備隊は全ての情報を騎士団に開示、提供するように。それに基づき、証人となる薬師ホーキンス、モンテジュナルの商人エレノア。及びオクルール大臣の身柄を騎士団が引き受ける。異論はないな」
「はい」
マーリナスは短く答えた。しかし、距離を取って様子をみていた他の隊員たちは一様に顔をしかめる。
「それじゃあ、手柄が騎士団のものになるってことじゃないか」
「それだけじゃない。隊長の処遇がまだ決まっていない。手柄をなくしたら、温情だってもらえるかどうか」
「無用の警備隊に下る判決なんて目に見えてるぞ」
唇を噛みしめながら、ひそひそと言葉を交わす隊員たち。
その声はマーリナスとロナルドにも届いたが、二人は表情を崩さない。こうなることは分かりきっていたからだ。
格下の警備隊が王族直下の騎士団より大きな手柄を得ることは滅多にない。
よくやったと素直に認めてくれる相手ならどれほど良かったか。
この国では、より権力のあるものが手柄を横取りすることは往々にして起こりえることだ。彼ら騎士団が、国王より賞賛を得るという名誉をみすみす警備隊に譲るはずもない。
いつものことだと諦めはしても、やはり悔しさは残る。
しかしこれが、この国の実情。変えたくても変えられない悪癖だ。
「では、いまから早急に提出する書類をまとめろ。まずはゴドリュースの保管場所に案内してもらおう」
「了解しました」
感情を押し殺した目を向けて、どこか冷やりとした声色を発したマーリナスは、ロナルドに小さく耳打ちをすると総督と肩を並べて歩き出した。
機械仕掛けの軍団のように足音を鳴らして動き出した騎士団を見送り、ロナルドは別の方角へと足を向ける。
人目につく間、漫然と歩んでいたロナルドは周囲にひと気がなくなった途端、一目散に駆けだした。
場所はマーリナスが向かっている保管庫。
あそこにはゴドリュースもあるが、もうひとつ大事な物が保管してある。
三人の会話を録音した記録用魔道具だ。
それを誰よりも早く手に入れるため、ロナルドは走る。
いままで、ここに訪れる騎士団の主な目的は証人の身元引き渡しであった。
その際に必要な証拠なども一緒に手渡すことはあったが、保管庫まで案内したことは一度もない。
騎士団は警備隊を見下しているのだ。なぜ自ら取りに行かねばならないのだという雰囲気が、ありありと感じられるほどに。
であるから、大抵は騎士団の来訪は事前通達がなされる。それまでに必要なものを揃えておけば、スムーズに受け渡しを終えられる。
あとは上がってくる報告書に目を通して、さも自分たちの手柄だと報告する。それが彼らの常套手段だ。
それなのになぜ、今回はあれほど大勢の騎士団を引き連れて手間を増やそうとするのか。
しかも今回は三日も時間を置いて、事前通達すらない。加えて物証の運搬など警備隊に任せればよいのに、総督自ら保管庫に向かうなどと。
彼には何か意図があるに違いない。
ロナルドは駆ける足を速める。
『魔道具を隠せ』
マーリナスがそう告げたのだから。
病室で意識が戻ったあと。マーリナスが聴取に訪れた際、共に記録用魔導具の内容を再確認したロナルドは思わず耳を疑った。
誰に聞くまでもなく、彼は知っていたからだ。アレクがロナルドを回復させるために使役した魔法は、モンテジュナルの王室にしか使役できないものであると。
ロナルドでさえ知っていたのだ。この国の王がそのことを知らないはずがない。
モンテジュナルの王族がこの国にいると知れば、彼は放っておかないだろう。そうなれば呪いのことが露見するのも時間の問題。
いますぐにあの魔道具を隠し、アレクを逃がさなければ。
そう、思ったのだが。
なんとか先回りに成功したロナルドは、勢い任せに扉を押し開けて絶句する。
「ロナルド副隊長」
誰もいないはずの保管庫。そこにいるはずのない人物を目にして。
鍵のかけられた収納棚を開き、青白い発光を繰り返す魔道具を手にして、彼は振り返る。
「ニック……?」
かすれた声が、ぽつりと落ちた。
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