ガールズライフ

木村 卯月

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(グッドバイからはじめよう編)

旅の無事を願って(最終話)

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 美紀がこの学校で皆と話をするのも、今日が最後だ。
 この街に心残りはもう何もない。美紀は清々しい気持ちで門出に立つ事が出来ると思っていた。
 それが今になって、以前はあれだけ辞めたいと思っていたこの学校を去る事が名残惜しく思えてしまった。
「ねえ、本当に転校しちゃうの?」
「うん。親の都合だから、しょうがないよ」
「何だか寂しくなるね」
「文化祭とかも、一緒にやりたかったね」
「ねえ、その時だけでもこっちに遊びに来ちゃえば?」
「そうだね。休みの日がうまく重なったら、そうするよ」
「ところで、誰か狩谷さんに告白してくる男はいないかな?」
「いてくれたら嬉しいんだけどね」
「いるかな?そんな身の程知らずの男が」
 皆が気を遣ってくれているのか。教室の中は美紀を中心に話が弾んでおり、別れ間際の寂しい雰囲気はあまり感じられない。美紀はいっその事、このまま放課後を迎えてしまいたいと思っていった。

 帰りのホームルームの時間、美紀はクラスメイトに別れの挨拶をする事になった。
 人前で話をするのは、今も苦手だ。何を話せば良いのか分からない。ひとつあるとすれば、それは感謝の気持ちだ。少しでも生まれ変わった自分を、クラスの皆に見て欲しかった。
 美紀は一礼をして、思いの丈の言葉を口にした。
「皆とは四月からの付き合いになるけど、今日でお別れになります。一年の時は最後までクラスメイトと仲良くする事ができなかったけど、クラス替えをして、皆と出会って、初めて学校が楽しいと思えるようになりました。わたしは人と話すのが苦手で、しかも休んでばかりだったから、皆わたしの事を良く思っていないだろうと思って、距離を置いてました。でもそれは全くの誤解で、皆とてもいい人達でした。もっと早く、わたしの方から皆に声を掛けていれば良かったなと思っています。今では皆の事が大好きです。短い間だったけど、本当にありがとうございました」
 静まり返った教室の中で涼子が最初に手を叩くと、やがて拍手は波の様に広がり。クラス中に響き渡った。

 帰り間際、送別会と称して何名かのクラスメイトとカラオケに行く事になった。
 当然、美紀には苦手な部類のイベントだった。勿論主役であり、断る事も出来ないのだが、今回に限っては喜んで参加した。
 集まってみるとその人数は十六名に達した。直前の呼び掛けでそれだけの人数が集まるとは誰も考えておらず、それでも大部屋が空いていたので何とか全員でひとつの部屋に収まる事が出来た。美紀は嬉しさからか少しこそばゆい気持ちだったが、自分が歌う回数が少なくて済むと思うとほっとした。
 理恵はこの送別会に参加する事は出来なかった。体調が回復して、クラブ活動に復帰したからだ。それは美紀にとって、どちらかと言うと嬉しい事だった。

 宴が終わり、解散する際に美紀は何名かの生徒と連絡先を交換した。これが普通の高校生活なのだろうと痛感していた。
 皆がそれぞれ家に帰り、最後に残っていたのは涼子だった。この日も決して出張らずに、美紀が他の生徒と話が出来る様に気を回していた。やっと、二人になる事ができた。
「楽しかったですね」
「ねー、海野さんは来れなかったけど、まあそれもしょうがないか」
「前にも増して、気合い入ってますからね」
「……変な言い方だけど、海野さんの事よろしくね」
「……変な言い方ですね」
 それと同時に、寂しくなる言い回しでもあった。涼子の声のトーンが少し落ちた。
「あたしは何があっても理恵の味方だけど、海野さんの事を信じてるけど、もう側にいる事が出来ないから……中澤さんにお願いしたいの」
「……海野さんとの間に何かいい事ありました?」
「えっ!?」
 何で分かるの!?という言葉が喉まで出掛かっていた。そして、それが顔に出てしまった。
「ナイショ……」
 美紀は赤面して照れていたが、少し得意気な表情にも見えた。
「ご馳走様です」
「まだ何も言ってないんだけど」
 理恵との約束を口外するつもりは絶対にないが、涼子が勘繰る事ぐらいは許してあげようと思っていた。彼女もまた、美紀にとって特別な存在だった。
「あたしは中澤さんの味方でもあるからね」
「狩谷さんも、何かあったら遠慮なく相談して下さいね。何処にも居場所がないなんて、絶対に思わないで下さい」
「ありがとう……」
 美紀は涼子の体を抱き締めた。いくら感謝しても足りないくらいの気持ちを伝えるには、それしか出来なかった。

 四街道の新居に向かう為、美紀は大宮駅まで卯月に車で送ってもらう事になった。
 卯月は荷物を運ぶのを手伝おうと思っていたが、荷物は想像していたよりずっと少なかった。二人で一緒に住んでいた事を考えると、寂しいくらいの量だった。
 美紀の身支度が整ったので、二人は車に乗った。卯月は車を駐車場から出すのに、車をバックさせようと、後ろを振り向き、助手席の後頭部に手を周そうとした。その時何故か、美紀も一緒になって後ろを振り向き、シートの間から顔を出して、後方を確認しようとしていたので、卯月のエルボーが美紀の頬にクリーンヒットしてしまった。美紀は「ぶぇっ」と、あまり可愛くない声を出した。
「あっ!」
 卯月は驚愕した。
「痛っ!ちょっと、何すんのよ!」
「ごめん!顔出してんの分かんなかった!」
 二人共、平静を装っているつもりでも何処かぎこちなかった。
 卯月が車を運転している間、二人は何も話す事がなかった。今更そんな事は必要ないと思えるくらい、今日までもう何度も言葉を交わした。
 それでも流石に沈黙は気不味いと思い、卯月はラジオを付けた。ディスクジョッキーの女性が、リスナーからの葉書を読んでいた。

「有美さん、こんばんはわたしは先日、四年間付き合っていた彼と別れてしまいました。彼はお仕事の都合でアメリカに行ってしまいました。わたしに彼の仕事を邪魔する権利はなく『頑張ってね、応援してるから』と言って、彼を応援する事しかできませんでした。最後のデートの帰りに、彼の車でわたしの家の前まで送ってもらった時、別れ際になって泣いてしまいそうになったので、わたしはラジオを聞いて気を紛らわせようとしました。曲が掛かっていたので、『いい曲だね」』と彼に言うと、彼は『”愛はとまらない”っていう曲だね』と言いました。わたしは涙をこらえる事ができなくなって、思わず泣いてしまいました。今でもこの曲を聞くと彼の事を思い出して泣いてしまいますが、わたしはこの曲が大好きです。有美さん、リクエストお願いします」

 二人は何も言わずに、ラジオから流れてくる曲を静かに聞いていた。
「いい曲だね」
 曲が終わりに近付き、美紀が口を開いた。
「でも卯月さん、何でわざわざ大宮駅まで送ってくれるの?東大宮の方が近かったのに」
「なるべく長い時間、美紀と一緒にいたいからだよ。本当なら千葉まで送って行ってあげたいくらいだよ」
「……そうなんだ」
 美紀はその言葉の意味をあまり深く考えていなかった。そして、何かを思い出した様に突然声を上げた。
「あ、そうだ!」
「急に何!?」
「卯月さん、新しく恋人ができたら遠慮なく教えてね」
「……分かった。その時はちょっとだけやきもちやいても許してあげる」
「卯月さんはもてますからなー」
「何その変な言い方……」
「あたし、初めて好きになった人が卯月さんで本当に良かった。海野さんと仲良くなれたのも、卯月さんのおかげだと思ってるよ」
 愉快な気持ちになってきた頃、車は大宮駅に着いた。駅のロータリーはタクシーや送迎の車で混み合っていて、とてもゆっくり見送りできる様な状況ではなかった。
「送ってくれてありがとう。新しい住所と電話番号、ちゃんと控えてあるよね」
「うん、大丈夫だよ」
「じゃあね」
「向こうに行っても頑張ってね」
 慌しくなってしまい、別れを惜しむ暇もなかった。後になって美紀は、部屋の合い鍵を返し忘れてしまった事に気が付いた。仕方がないので、今度会った時に返そうと思った。
 しかし、次に彼女に会えるのは、何時になるだろうか。彼女は今、どんな気持ちでいるのだろうか。寂しい思いをしてはいないだろうか。合い鍵を握り締めながら、気が付くと、卯月との思い出に後ろ髪を惹かれていた。美紀はそんな自分を、センチメンタルだと思った。

 夜の大宮駅は、帰宅途中のサラリーマンと学生達で混み合っていた。中には、これから夜遊びに出掛けようとしている者達も集まっている。そんな何気ない風景でさえ、今の美紀には愛おしく見えた。
 思い残した事等なかった筈なのだが、美紀の心の中には、ひとつだけどうしても満たされない空間があった。どうしたら、この穴を埋める事ができるのだろうか。
 その答えは、直ぐに分かった。
 駅中にあるオブジェ、豆の木の下で、理恵が待っていた。その屈託のない笑顔が、今の美紀には眩し過ぎた。
「遅かったじゃない、あたしも豆の木になるところだったよ」
「卯月さんに送ってもらったんだけど、道路が混んでてさ……」
 美紀は、それが二人の仕業である事に気が付いた。
「送別会は楽しかった?」
「うん……」
「また皆で集まったら、今度はあたしも絶対に参加するから」
「うん……」
「いよいよ今日行っちゃうんだね」
「うん……あたしも言いたい事、もっと沢山あった筈なんだけど、全然出てこない……」
 美紀は気不味そうに胸の前で手を組んだ。
「あ、でもひとつ思い出した」
「何?」
「この前の約束、守れない」
「えっ!?」
 理恵は一瞬驚いたが、美紀が言いたい事を直ぐに理解した。それは理恵も、同じ気持ちだった。
「やっぱりあたしは今でも理恵の事が好き。あの時だけにしようって言ってたけど、もう気持ちを抑えられない……」
「……あたしも同じ事考えてた。我慢しようと思ってたけど無理だよ。美紀……手、貸して?そっちの手……」
「うん……」
 理恵は差し出された美紀の左手を掴んで、人差し指の先にキスをした。
 美紀は昂った感情が止められなくなり、人目も憚らず、理恵を強く抱きしめた。それは周囲にいる人間にも思いが伝わる程、情熱的な抱擁だった。
 それを見た飲み会帰りの集団が、酔っ払った勢いで二人に喝采を浴びせた。二人は当然驚いたが、それでも祝福されている様な気がして少し嬉しかった。
 「本当は今日、学校で理恵とあんまり話できなかったから、このまま行くのすごく嫌だった。よかった……理恵に会えてよかった」
「……ねえ、キスしようか?」
「ここで?」
 口ではそう言ったが、本当にしても構わないと思っていた。
「実はうちに泊まりに来た時、あたしが寝てる間に美紀ががキスしようとしたのも知ってるよ。実はあの時、起きてたから」
 美紀は少し恥ずかしい気持ちになった。
「あたし、席を間違えたあの日から、ずっと理恵の事が好きだった」
「あたしはクラス替えした時から美紀の事が好きだったよ」
 二人は目を合わせて笑った。
「今はキスするよりも、理恵とずっとこうしていたい……」
「美紀と一緒にいると、やっぱりどきどきするね……」
 離れるタイミングが掴めないまま、二人はずっと抱き合っていた。

fin.
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