ひとりえっちが好きな♀と結婚して子供がいる♀の百合話(仮)

木村 卯月

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Dear Akiko

Dear Akiko ③

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 数日後、母のベッドが大部屋から個室に移動した。容体が悪化したのだ。

 個室に移った母は、酸素マスクを着けていた。当然、会話などできる状態ではない。鼻の下まで伸びたチューブから定期的に送られる酸素の音だけが、室内に響き渡る。
 私は一人でテレビを見たり、売店で買ってきた雑誌を読んだりしていた。そうでもしないと、この静けさと無機質な音の繰り返しに耐えられそうになかったのだ。
 ただ、時折思った事を、何となく母に話し掛けてみたりする。母は「ああ」とか「うん」とか、頷く程度の返事はちゃんと返してくれるのだ。母の体力に負担を掛けない程度に、それを続けていた。

「背中痛くない?擦ろうか?」
「うう……」

 聞いてはみるが、イエスかノーですらもう私には分別ができない。所詮は自己満足だという事も分かっている。それでも、他にしてあげられる事が思い付かなかった。朝から晩まで、その繰り返しだ。

―――――――――――――――――――――

 そして、その日は訪れた。

 母の病気が発覚してから、五ヵ月が経過していた。病院から電話があったのは、夜の十一時過ぎだ。嫌が応にも、その先に待ち受けているものが分かってしまう。母の容体が危険な状態に陥った。叔母と従弟の三人で、すぐに病院へ向かった。

 病室には、主治医と看護師がいた。母の体には、心電図の電極が貼り付けられている。その横にあるモニターに移る波形を見ていると、それがまるでどこかで見た事のあるテレビや映画のワンシーンと重なり、かえって非現実的に思えてしまった。そして、もう母が朝を迎える事はないのだろうと確信した。

「明子さんはもうほとんど目が見えてません。大きな声で呼んであげて下さい」

 看護師がそう言った。
「そうなんですか……」
「大変、危険な状態です」
 主治医の先生も明確には言わなかったが、母はもう死ぬという事をはっきりと暗示されている様な気がした。

「お母さん」

 私は母の手を強く握り、ずっと話し掛けていた。
 母はまだ生きている。もう母を悲しませたくない、不安にさせたくない気持ちで精一杯笑顔をつくろうとしているのだが、私の目から涙が溢れ出した。私は人目もはばからず、ベッドに上がって母の横に添い寝して、その小さな体を抱擁した。

「お母さん」

 額と鼻の頭が触り合うくらい顔を近づけて、ずっと母に話し掛けた。泣きたくなんかない、泣いてはいけないと思っているのに、涙は止まらなかった。もう何で泣いているのか分からなくなる様な感覚で、自分の意思ではどうにもこらえきれない。

「お母さん」

「うう……」
 私が母の事を呼ぶと、母は確かに返事をしてくれた。はっきりとした口調で喋れない事は百も承知だが、母はちゃんと返事をしてくれている。
「私ここにいるからね、分かる?」
「うう……」
 母はまた返事をしてくれた。

「お母さん」
 次第に反応が薄れていく。モニターに映る心電図の波形は小さくなり、間隔が穏やかになっていく。
 
「お母さん」

 やがて母は、返事をしなくなった。私の問い掛けに答えてくれる事は、もうなかった。
 私は最後に一言、一方的にでもいいから、思いを伝えようと思った。

「大好きだよ……愛してる」

 咄嗟とっさに出たその言葉が、私の率直な気持ちで、全てだった。
 そして心電図の音と共に、私の腕の中から母の命が消えていった。
 その後、先生の口から改めて、母の死を伝えられた。時刻は午前1時を過ぎていた。叔母も従弟も泣いていた。
 それが、人生の中で一番泣いた日だった。
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