ひとりえっちが好きな♀と結婚して子供がいる♀の百合話(仮)

木村 卯月

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Dear Akiko

Dear Akiko ②

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 私の住んでいる大宮区のアパートから、母が入院している日立総合病院まで、通うのには遠すぎた。
 私は手術をせずに余生を送る事を決めた母に付き添う為、仕事を辞める決断をした。

 事情を知るヒロミさんと料飲課の課長に相談すると、話は直ぐに通った。復職の希望があれば力になるという事(料飲課の一存では決定を仕兼ねる為)派遣社員としてなら即時採用できる事まで提言してくれた。
 もう二週間、通常通りに出勤した後、有給を消化してそのまま退職する事になった。

 母に付き添っている間の収入はないが、金銭的な問題は心配なかった。手持ちは僅かな貯金と退職金だけだが、病院にいない時間は叔母の家に厄介になるからだ。母が医療保険に入っていたので、病院への支払いもある程度緩和される。

 ……それに、母の余命が宣告されているから、嫌でもある程度の計画をしなければならないのだ……母の葬儀代は、死亡保険金から支払う。そこで保険金の受取人が私のままになっていた事に、また胸が痛む。私はせめて残った保険金の半分を叔母に渡そうと考えていた。
 それから、母の乗っていた軽自動車も最早不要だった。私は母が生きているうちは車を保持しておくかと迷ったが、叔母の家の車庫スペースと現在の所持金を考慮した結果、手放さざるを得なかった。

―――――――――――――――――――――

 その間、母と顔を合わせていなかったのは半月程度だった。

 病院のベッドに横たわる母の姿は、骨格がはっきりとわかるくらいに痩せ細っていた。手足はもう今にも折れてしまいそうなほど細くて、目の窪んだ顔で笑ってくれるのが余計に辛い。私は、改めて母が患っている病気の恐ろしさを知った。母の年齢は四十九歳で、癌の進行を考えると充分に若いと言えた。
 私は先日のお返しのつもりで母を抱きしめた。その小さな感触が、ずっと腕に残り続けた。
 そして、会社を辞めた事は伝えなかったが、母も聞いてくる事はなかった。

 その日から三日間、母は病院から外泊の許可を受け、一時的に家に帰れる事になっていた。
 叔母は仕事があるので今回は付き添っておらず。元より普段から仕事をしており、私がこちらに来てからは休日に毎週一回、必ず顔を出してくれているのだ。

 私は母を車の助手席に乗せ、病院を出てそのまま叔母の家に向かった。せっかく外に出られたのだ。途中どこか寄りたいところはないか聞いてみたが、母は疲れたような顔をして、真っ直ぐ家に帰りたいと言った。

 叔母の家に着き、玄関の開けると、母は安堵のため息をもらした。そのまま居間の座椅子に座り、何をするわけでもなく、ただテレビを見ながらぼーっとしていた。私も横の座椅子に座って、同じようにテレビを見ていた。
 やがて母は疲れたと言い、叔母が用意してくれていた、隣の和室に敷かれた布団で眠りに就いた。私よりも叔母が付き添っていた方が良いのではないかと、またネガティブな事を考えてしまった。
 私は母が眠っている間、居間でずっとテレビを見ながらそんな余計な事を考えていた。

 「卯月……」

 一時間も経たないうちに、隣の部屋から母が私を呼ぶ声がした。私は返事をして、母の隣に座った。
「背中が痛い…さすって…」
 母は本当に苦しそうだった。私は何とか母の苦痛を和らげようと、布団を捲り、横向きになった母の背中を擦った。掌に伝わる薄い背中の感触から、改めて痩せ細ってしまった事を思い知らされる。
 私は母の身を案じながら只管ひたすらに背中を擦り続けた。

 気が付くと、そのままの状態で十五分は経過していた。しかし母の容態は一向に楽になりそうな気配がない。あとどれくらい続ければ良いのだろうか……
 右手が疲れたら、左手を使う。左手が疲れたら、また右手で母の背中を擦る。それを繰り返しているうちに、両方の手が疲れてきた。それでも母の様子は変わらない。それどころか、次第に呻き声をあげるようになってしまった。
 打つ手のなくなった私は母の体を起こし、病院からもらった薬(何の薬かはもう覚えていない)を飲ませた。ふと時計を見ると、母が起きてからそろそろ一時間になる。それでも、母の背中の痛みは消える気配がない。私は再び母の背中を擦った。

 薬が効いてきたのか。母はいつの間にか、また眠りに就いていた。

 夕方、叔母が仕事を終えて帰ってきた。
 そのまま夕食の支度をする姿を見て、手伝った方が良いと思ったのだが私にはもうその気力がなかった。
 料理が食卓に並び、私は母に声を掛けた。少しは三人で昔話でもできるのかと思っていたが、母は少量の食事を摂るとまたすぐに隣の部屋の布団に横になった。
 
 その日の夜、私は何かあった時に直ぐ対応できるようにと、母の隣で寝る事にした。

 母は深夜に目を覚ますと、やはり背中の痛みを訴え始めた。私は取り敢えず、母に薬を飲ませる。それから背中を擦っているうちに、母は静かに眠りに就く。
 割合的には、午後の昼寝の時間に一回、夜中に一回程度。母が病院に戻るまでの三日間、それだけが毎日続いた。

―――――――――――――――――――――

 病院に戻ってからも、母は背中の痛みを訴え続けた。改めて背中を見ると、何箇所か床擦れを起こした肌が紫色になっていた。痩せ細った背中に浮かぶ痣が、見ているだけで痛々しかった。看護師の人が患部にワセリンを塗り、ガーゼをあてがってくれた。


「背中が痛い…擦って…」


 正直、この言葉は当時の私にとって恐怖でしかなかった。それでも母を不安にさせないように気配りしていた筈なのだが、私の心は自分が思っていた以上に弱かった。
「痛いなら、看護婦さん呼ぶから薬貰おうよ…」
 声のトーンにも若干嫌味な感じが表れていたのだと思う。母は泣き出してしまった。私はやってしまった事に後悔したが、それでもまた母の背中を擦る事しかできなかった。
 きっと母に昔の様な元気があれば「もういい」と言って私の事を突き放していただろう。しかし今は恐らく、母も私が嫌がっている事を承知で、泣きながら背中を擦って貰っている。

 段々と、私は病院へ向かう足が重くなっていった。

―――――――――――――――――――――

 ある日の午前中、私の携帯電話が鳴った。その時既に十一時を過ぎていたが、私はまだ眠っていた。電話の音にも勿論もちろん気付いていたが、眠気というより疲労感が勝り、そのまま放置してしまったのだ。

 着信音が途切れた後、一応着信履歴を確認する。その電話は公衆電話からだった。誰からなのかは真っ先に検討が付いた。そして、留守番電話にメッセージが残っている事に気付いた。私は恐る恐る、そのメッセージを確認した。ガイダンスの後、少しの間、無言の状態が続き……

「……卯月、まだ来ないの?早く来てよう……」

 母が、か細い声で私を呼んでいた。後悔、償い、様々な思いよりも先に、私の目から涙がこぼれた。私は声をあげて泣いた。そして急いで病院に向かった。

―――――――――――――――――――――

 私が病室に入ると、母は検温の時間だった。
「娘さん、来てくれましたよ。明子さん、もう安心ですね」
 丁度検温が終わり、看護師は私と挨拶した後そう言って部屋を出て行った。母が看護師の人にどんな事を喋っていたのか、想像せざるを得なかった。

 母は背中の痛みを訴えて来なかったが、それでも話す事のない私は他にする事がなかった。母は衰弱しており、顔を合わせていないこの体制では最早起きているのか眠っているのかすら分からなかった。

 母の口数が減っている理由は、何も私と話す事がないというだけではないのだろう。母の年齢を考えると、癌の進行は決して遅くはないだろう。きっともう喋るのも疲れてしまうくらいに、母の体力は衰えてしまっている……
 飲んでいる薬だって、末期癌の患者の痛みを和らげる程の薬だ。ただ痛みが治まる程度では済まない。副作用だってそれなりにあるだろう……

 そして本人は、常にそれ以上の不安や恐怖と闘っているのだろう。いつも私が帰った後、一人で病室のベッドに眠る母は一体どれだけの不安を抱えているのだろうか。
 そう考えると、この日ばかりはとても母を一人にして帰る気にはなれなかった。だから毎日は無理だとしても、せめてこういう日くらい、母の病室に泊まっていこうと思った。
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