鬼月島

都貴

文字の大きさ
上 下
10 / 22
第三章

その二

しおりを挟む
朝食を食べ終えると、晋達六人は森に出かけることにした。

目的は二つ、森に出かけたという朱里を探すためと、時夜の当初の目的、地図にない謎の島に住む化け物を探すためだ。

 この旅行の目的はあくまで、鬼月島という謎の島のミステリーを解き明かすこと。まあそれは建前で、愉しい思い出づくりが目的なのだろうが。

一つ目の謎、奇怪な屋敷があるということに関しては、物好きな老夫婦が建築した屋敷であり、未亡人の礼子がひっそり暮らしていることがわかった。

二つ目の謎、白い蓬髪で角がある牛の面を被った斧を持つ化け物に関してはまだ解明されていない。

八重子は屋敷のミラーハウスのような部屋でそれらしきものを見たと怯えていた。自分も、何か妙な気配を感じている。化け物は本当にいるのだろうか。

ミステリーの解明だなんて言っている場合じゃない。もちろん、思い出作りなんて暢気なことも。
晋はそう思っているが、他の連中は相変わらず呑気だ。

 森で朱里を無事に発見できたら、きっと不安も消える。

それになんとなく、あの気味の悪い屋敷にはいたくない。そう思っていたので、晋は屋敷でダラダラすごしていた他の連中をせっついて、森に行くことを決定したのだ。

 昨夜の雨が嘘のように見上げた空は青く澄んでいた。雲が浮いているけど白く、健全なものばかりだ。雨の心配は一先ずないだろう。

しかし、暗い。鬱蒼と生い茂る森に踏み入れるなり、辺りは夕闇に包まれたように薄暗くなった。

朱里が一人でこの森に踏み込んでいったとしたなら、迷っていないといいのだが。

いかにも人を何人も飲み込んでいそうな濃い緑はひどく不気味だ。
毒蛇や毒虫などの危険な生物がいそうだし、猪や熊が住んでいても可笑しくない。女一人で気軽に出かけていけるような場所ではないというのに、朱里は本当にこの森に行ったのだろうか。
もしもそうだとしたら、何故。一人で化け物探しにでも行ったというのか。

朱里は最初から禁忌の島の怪奇の正体を突き止めようと乗り気だった。だけどあれは本心だったのか。

はじめのうちは彼女のことをミステリーやオカルトが好きで肝っ玉の据わったクールな女と見ていたが、果たして本当にそうなのかと今では疑問だ。

あれは朱里が自分をよく見せるために被った仮面だったのではないかと思う。

実際に恐ろしいことが起りかけた時、朱里は怯えていた。昨日の夜、トランプをしていた時も声をかけた時にびくついていた。
彼女は、本当に自分たちが思うようなクールで強い女性だったのか。

ぼんやり考えごとをしながら歩いたら、足元の木の根に引っかかってバランスを崩してしまった。咄

嗟に近くの木に手をつこうとする。その腕をいきなり時夜に掴まれて、後ろに引っ張られた。
あまりに強い力だったので、足の踏ん張りが利かずに彼の胸板に後頭部からダイブする。

「驚いた。何するんだ、時夜。いきなり引っ張るんじゃねえよ」
「バカ、助けてやったんだぜ」

「助けた?こけそうになったけど、ちゃんと木に手をつこうとしていたはずだが?」

「それが危ねーっつーの。見てみろよ」

 時夜が指をさした方向に首を向けると、大きな蛇が木の枝に絡みついて鎌首をもたげていた。

見たことがない蛇だが、頭が三角形なので恐らく毒蛇だろう。もし手をついていたら噛まれていたかもしれない。

「蛇がいたのか。悪いな、気が付かなかった。助かった、時夜」

「いいってことよ。それよりなにボンヤリしてんだよ。ちゃんと前見て歩いてねーと危険だぜ、晋」

「ああ、そうだな。気を付ける」

「まったく、しっかりしていそうに見えて晋くんは頼りない男だねぇ。駄目じゃないか、そんなふうで女性達を守れるのかい?」

 ここぞとばかりに失態を馬鹿にしてくる和樹を、晋はジロリと睨んだ。

「先に行っておくが、何かあったら俺は自分の身を優先する。誰のことも守らねえよ。自分の身は自分で守ることだな」

「おやおや、それが男の言う台詞かい?美沙さん聞いたかい?もしも化け物や野生動物が襲ってきても、晋くんはあてにならないよ。危ない時には僕を頼りたまえ」

「えー、和樹くんを?信用してもいいのかなぁ」
「もちろんいいとも。僕が美沙さんを守ってあげるよ」
「そう、ありがとね」

 期待していないけど、とでも言いたげな乾いた笑顔で美沙は和樹を見ていた。だけど和樹は鼻の穴を膨らませて得意げだ。

本当に救いようのない馬鹿だ。いっそのこと哀れに思えてくる。

「それにしても深い森だな。佐藤、一人で出かけたなら危ない目に遭ってないといいけどな」

 横からけもの道に向かって伸びた枝を払いのけながら、圭吾が眉を顰める。圭吾の発言に美沙が少しだけ顔を顰めた。

「やだ、圭吾くんったら怖いこと言わないで。危ない目ってなに?まさか、本当に化け物が出るとかいいださないよね。アタシ、怖い」

「ああ、悪い悪い。違うんだ、化け物なんて非現実的な話じゃないから。いや、これほどの森だろ。俺が住んでいた田舎よりも深いくらいの森だからさ、もしかすると危険な野生動物がすんでいるかもしれないって思ってさ。さっきも月島が蛇に襲われそうになっていただろ。心配になっちまって。イノシシやクマじゃないにしても、ヒルぐらいならいそうだし」

「ヒルッ?ええーっ、やだ。虫こわーいっ」
「しっ、静かにしろ!」

 黄色い声を上げる美沙に晋は鋭く命じた。美沙がしゅんとした顔になる。

「ご、ごめん、うるさかったよね、アタシ―…」
「違う、そうじゃない。何か、聞こえないか?」
「えっ?」

 美沙が耳に手を当ててじっと音を聞く。
他のメンバーもつられるように押し黙り、晋がいう物音を聞こうと耳を澄ました。


ごりっ、こりこりこり。ぺちゃっ、くちゃくちゃくちゃ、みちっ、ごりごり

 微かだけど、不気味な咀嚼音が聞こえてくる。誰もが顔を青褪めさせて、晋の方に視線を向けた。

「も、もしかして、朱里ちゃんなの?やっぱり、朱里ちゃんは牛の化け物に食べられてしまったのね」

 八重子が引きつった顔でそう言うと、美沙が大きな目を細めて八重子を睨みつけた。丸みのある八重子の頬を、美沙がパチンと平手打ちで叩く。

「やめてよっ、この根暗女っ!朱里が食べられちゃったなんて、そんなこと言うなんてどうかしてるよ!ほんと、最低っ」

「ご、ご、ごめんなさい。だ、だけど、朱里ちゃんいなくなっちゃったし、もしかしてって思って」

「化け物なんていないのっ!そんなもの、いるわけないんだからっ!」

「叫ぶのはやめたまえ、美沙さん!もしも八重子さんの言う通り化け物がいたら、こっちに気付いて襲ってくるかもしれないだろう!」

「和樹くんこそ、大声出してるじゃない!さっきまで守るとか言っていたくせに、なによ情けないんだから!化け物なんていないって言ってるでしょ!なんなら、この音の正体を確かめてきてあげるよ。朱里が化け物に食べられているわけじゃないって、アタシが証明してあげる」

 美沙が大股で音の方に向かって歩き出す。晋と時夜と圭吾は慌てて彼女の後を追いかけた。

和樹と八重子は怯えた顔でその場にとどまっている。ついてくる気はなさそうだ。

 二人だけにするのは少し心配だったが、とりあえず今は暴走した美沙を止める方が先だ。
音の正体がなんにせよ、何かが物を食べている音には間違いない。
その正体が化け物ではなかったとしても、大きな野生動物だったらどちらにせよ美沙が危ない。

「美沙ちゃん、待てよ」

 時夜がズカズカ歩く美沙の肩を掴んだ。美沙がツインテールを揺らして、怖い顔で時夜を振り返る。

「時夜くんまで、化け物がいるって言うの?」

「違うって。化け物が朱里ちゃんを食べてるなんて、そんなことあるわけねーじゃん。でも、迂闊に近付いたら危険だぜ、美沙ちゃん」

「どうして?」

「熊や猪がいるかもしれねーからさ。もしくは大きい野犬とかな。どっちにしても、これは何か肉を食べている音だ。それも骨まで齧っている。牙がある野生動物がいる可能性がかなり高いぜ」

「や、野生動物?それはちょっと、怖いかも」
「だろ。だから、近づくのはやめた方がいいんじゃねーかな」

「そうかもしれないね。だけど、アタシ、ちゃんと音の正体を確かめておきたいの。もしかすると、朱里の手掛かりが見つかるかもしれないし」

「どうしても行く気かよ?」
「うん、どうしても。いいよ、アタシ一人で行くもん」

 時夜の説得に耳を貸さず、美沙は歩き続ける。音はだいぶ大きくなってきていた。おまけに微かに血の臭いがする。

「この臭い、血だぜ美沙ちゃん。やめといた方がいいって」
「いやっ、行くの。ぜったいに一人でも行くから」

「わかったよ、美沙ちゃん。オレの負けな。オレも行くぜ。晋と圭吾はここで待っててもいいぜ。危ねーかもしんねーしな」

「俺は行く。俺も海野と同じで音の正体が気になるからな」

「月島も行くなら、俺も行くぞ。椿木や海野、月島まで行くっていうのに俺だけ待っていられないだろう?赤信号、みんなで渡れば怖くないってな」

 白い歯をみせて爽やかな笑みを浮かべ、圭吾がサムスアップして見せる。圭吾の言う赤信号、みんなで渡れば怖くないなんて、そうとう危ない考えだ。

犯罪や危険を助長するものだけど、みんなで手を取って物事を進める和の精神はどんな時だって美しいものだと信じている圭吾にとっては、素晴らしいスローガンなのだろう。

 いつか圭吾の和の精神が、彼自身の身を滅ぼさないといいのだが。

圭吾は真っ直ぐな性格だから犯罪に手を染めることはしないだろう。だけど、そのうちみんな買っているからと高価な壺を買わされたり、みんなはいっているからと危険な宗教へ入会を勧誘されてうっかり入会してしまったりしそうだ心配だ。

 血の臭いが段々と濃くなっている。晋と時夜が先頭を歩いた。忍び足で気配や音を殺しながら、音の方に近付いてく。

 音は茂みの奥から聞こえていた。近くで聞けば聞くほど、かなり不気味な音だ。この茂みを掻き分けたさきには、なにがいるのだろうか。

 晋は深く息を吸い込んだ。となりにいる時夜が珍しく顔を青褪めさせている。灰色の瞳が不安げに揺れていた。

「時夜、怖いなら下がっていろ。俺が確かめてやるから」
「馬鹿言え、オレを弱虫扱いすんのかよ、晋」

「そうじゃない。本当になにが出てくるのか分からないから言うんだ。犠牲者は少ない方がいいだろう。俺は少なくともそう思う」

「そんで、自分が犠牲者になってやろうってか?かっこいいねぇ、晋。でも、犠牲になるなら一緒になろうぜ。オレら、ダチだろ」

「はっ、お前らしくねえ台詞だな。そういうの死亡フラグっていうんじゃないのか?」

「うわっ、減らず口だな。ったく、オマエって可愛くねーよな」
「可愛くてたまるかよ」

 軽口を吐きあうと、決意を込めてそっと茂みに手を伸ばした。虫がいなくてよかった。叫び声をあげるほどじゃないが、芋虫系の虫はじつは苦手なのだ。触るのはもちろんのこと、正直目にするのさえもいやだ。

 晋は生命力あふれる緑色の葉を掻き分けた。葉っぱの青い匂いを押しのけるように、茂みの向こうから濃い血の臭いが漂ってくる。

 視線の先には、猪の亡骸が転がっていた。腹からテラテラと血に濡れた内臓がはみ出している。

長細い腸が地面にどろりと這い出しているのを見て、しばらくソーセージを食べたくなくなるような光景だと晋は思った。

 白く濁った目がこちらをうらみがましげに見ている。

「うへっ、気持ちワリィーな」

 時夜が口元を押える。遠巻きから見ているだけで近寄ってこようとしない時夜を放っておいて、晋は猪の死骸に近付いた。

噛み付いかれて肉が引きちぎられた痕がたくさん残っている。何かの獣がここで猪を食べていた。それも、ついさっきまで。

 あばら骨がところどころ砕けていたり、無造作に食われていたりするところを見ると、猪を食べたのは恐らく獣だろうとうかがえた。

 そのことに妙にホッとしている自分に晋は内心苦笑する。

 まさか、化け物が猪を食べていたとでも思っていたのか。馬鹿か、俺は。
 ありえない、化け物なんてやっぱりいない。

そう結論付けようとした時、晋は嫌なことに気付いてしまった。


猪の首辺り、横一直線に切り傷のような跡があったのだ。それもかなり深い。そのうえ傷はまだ真新しく、新鮮な血がちょろちょろと零れ出ている。

 狼や熊がつけたような爪痕ではない。これは刃物で切ったあとだ。となると、この猪を襲ったのは―…。

 ぞっとして顔を上げると、奥の方の闇からぎょろりとした目玉がこちらをみた。金色の目玉だ。見覚えがある。
たしか、あの屋敷で目にした。

そう、映写室でひとりでに棚がガタガタと動き、闇の奥からふいに現れたあの不気味な金色の双眸。

「時夜、あれを見ろ。金色の目が―…」

 晋は時夜の方を振り返り、彼を呼んだ。焦った顔をしているのは自覚していたが、こんな時にいつもの冷静さを保つ余裕はない。

「金色の目だと?」

 時夜が慌てて晋の指差す先に視線を向ける。しかし、そこには薄暗い闇が広がるばかりでなにもない。

「目なんてねーじゃん。どうしたんだよ、晋。幻でも見ちまったのか?」
「幻だと?あんなに、はっきり見えていたんだ」

 晋は森の奥に入ろうとした。しかし、時夜に腕を掴まれる。

「やめとけよ、晋。まだこの猪を食ったケモノがいるかもしれねーだろ。もしかすると、その金色の目もその獣の目かもしんねーじゃん。狼とか」

「いや、あれは色はともかく、人間の目だった。ちゃんと白目があった。犬や猫のそれとはまったく違う」

「見間違いだって。ともかくやめとけ。朱里ちゃんが襲われてたわけじゃなかったんだし、あんまり深く考えねーほうがいいんじゃねーの?」

 時夜は早くこの場を立ち去りたがっているように見える。

無理ないかもしれない。目の前には無残に食い散らかされた猪の死体、夥しい血。見ているだけで気分が悪くなるし、この猪を襲ったやつがうろついているだろうから、遭遇の危機とも隣りあわせだ。

「悪い、金色の目はお前の言う通りただの獣の目か、見間違いに違いない。佐藤じゃなかった、それだけわかればもうじゅうぶんだ」

「そうだよな。行こうぜ、晋」
「ああ」

 晋は猪に軽く手を合わせると、踵を返した。背中にまとわりつくような視線を感じた気がした。それに、妙な声も。

呻き声みたいな、だけど獣じゃなくて確かに人間が発する声。

 気のせいだ、ぜんぶ俺の見間違いだ。晋はそう自分に言い聞かせると、茂みの向こう側で待っている美沙と圭吾の元に戻った。

「ど、どうだった?違うよね、朱里なんかじゃなかったよね?」

 美沙が大きな目を見開いて必死に尋ねてくる。晋が「ああ、違った」と静かに頷くと、彼女はほっとした表情になった。

「よかったぁ~、だよね、朱里なはずないもん。朱里は強いし、それにすっごく賢いから、獣に襲われたりしないもんね。わかってたけど、ちょっと不安だったの。ありがとうね、晋くん、時夜くん。二人ともすっごく勇気があるね」

 美沙にキラキラした瞳で見詰められて、時夜がわかりやすく鼻の下を伸ばす。この顔さえなければ、もう少しかっこよく決まっただろうに。

時夜はだらしなそうな表情さえなければ顔は端正な部類だ。能天気な性格とやる気のないしまらない表情がすべてを台無しにしているように晋は思う。

「どういたしましてー。朱里ちゃんじゃなくてよかったな、美沙ちゃん」

 そう言ってへらりと笑う顔は見ようによって親しみやすいと言えなくはないが、だらしなさや助平心が若干透けて見える。まあ、美沙はあまり気にしていないようだが。

「ところで月島、椿木。音の正体はなんだったんだ?」

「ああ、それなんだがな、猪が食われていたんだ。ついさっき殺されたようだ」

「猪が?いったい、何にだよ?」

 珍しく不安げな顔をする圭吾に、猪に残っていた食い痕は獣のように齧りついたあとだったけれど、首に刃物で切ったような跡が残っていたとは、とてもじゃないけど言えなかった。

 そんなこと聞かされたって、圭吾も美沙も不安になるだけだろう。この島には、もしかすると本当に化け物がいるかもしれない。
そんなこと、誰が信じたいだろうか。どうせ明日の夕方までは帰る手段がないのだ。

「猪が何に食わたのか犯人はわからなかった。だけど、恐らく獣だろう」

 晋は無難な答えを告げた。すると圭吾はホッとした顔になる。

「この深い森だもんな。獣の一匹や二匹、そりゃ居るに決まっているよな。猪を食い殺す獣なんて、ゾッとするな。あんまり長居しない方がいいかもしれないぞ」

「まあ、圭吾の言う通りだわな。帰ろうぜ、晋、美沙ちゃん」
「俺も帰ることには賛成だが―…」

 晋はちらりと美沙に目を遣った。美沙は首を振って拒否を示す。

「ダメだよ、ダメ!だって、まだ朱里を見つけていないんだよ?朱里、もしかして迷子になっちゃって帰れないのかもしれないし、怪我をして歩けない可能性だってあるもん。もうちょっと、探してなに情報を掴んでからじゃなくちゃ、帰れないよ」

 女の友情というやつだろうか。

晋ははじめ、美沙は友達思いで優しい女の子を演出したいとか、友達がいなくなって不安がって悲しんでいる可哀想な女の子を演出したいという理由で、必死に朱里を探しているのかもしれないと少し疑っていた。

そういうところがまったくないわけではないだろうが、美沙は心の底から朱里を失うことを恐れていると思うようになった。

美沙と朱里なんて顔面偏差値が高く学校のアイドル的存在が互いを引きたて、より注目を集めるだけに友情を結んだ二人だと思っていたが、違ったらしい。美沙にとって、朱里はかけがえのない存在のようだ。

美沙にとって、友人はいくらでもつくれても、朱里のかわりはいないのかもしれない。

 ちょっと美沙を見直した。もしも自分だって時夜や圭吾がいなくなったら、彼女のように必死に探し回るだろう。特に時夜は、今まで知り合った誰よりも深い絆を感じている。彼は自分と似ている。

 以前圭吾に「自分と時夜は似ている」と話したら、圭吾は笑いながらぜんぜん違うだろと言っていたけど、晋は時夜と自分は表層的な部分ではなく、根底的な部分が似ていると感じている。


 時夜も自分もあまり人間が好きではない。時夜はお調子者で話しかけられれば誰とだって打ち解けて明るく話しているけど、本当は人間があまり好きではないようなのだ。

もちろん、そんなこと本人は一度だって口にしたことが無い。だけど、普段の何気ない行動や表情で分かる。

 前、野良猫がたくさんいてじゃまだから駆除して欲しいと同じ学部の女子が話していた。

晋はそれを聞いて、地球に生きているのは人間だけじゃないのに、どうして人間にとって邪魔なら他の動物を排除するという考えが簡単に出てくるのだろう。まるで人間だけ特別で、偉いみたいだと反感を持った。

そんなこと大人げなく口にすることはしないけど、心の中で自分勝手で嫌な女だなと思っていた。

 驚くことに、女の子が大好きな時夜もその時自分と同じような表情をしていたのだ。

横目で彼女の言葉を聞いた時に時夜が顔を小さく歪めたのをはっきりと見た。

すぐにその表情を引っ込めてしまったが、確かに時夜は「野良猫がじゃま」とのたまった女子に嫌悪していた。

 他にも共通点はある。みんなでわいわいと盛り上がったり、一つの目標に向かって集団で協力したりすることがあまり得意ではないし、嫌いだ。人は人、他人は他人と心のどこかで一線を引いている。

二年生の秋に同じ学部の人間が大勢で集まって飲み放題つきの飲み会に行った時に、一杯目のドリンクオーダーを決める時に「最初はビールで乾杯しようぜ」と言い出した男子がいた。

それに合わせてみんながビールを注文する中、晋と時夜だけはビールは好きじゃないという理由で、晋は日本酒を時夜は甘いカルーアミルクを注文した。

みんなはそんな自分たちを見て「二人は変わり者だね」とか「集団の場を乱すなよ」と笑いながら批判したが晋も時夜も譲らなかった。

「飲み放題なんだから、みんなにあわせずに自分の好きな物を頼めばいい」と晋と時夜は口を揃えて言って、みんなにシンクロしすぎと爆笑されたのを今でもはっきり覚えている。

その飲み会の帰り道に時夜は言っていた。

「まだ二十歳になってねーやつもいるのに、一杯目ビールだって強制する方がどうにかしてるよな。飲み放題じゃないならともかく、何飲んでも値段は変わんねーんだからよ、何飲んだっていいじゃねーか」と。
まったくもってその通りだと晋は思った。

 とにかく、美沙が朱里を大切に思う気持ちがわかった以上はほうっておけない。晋は彼女に協力することにした。

「俺は海野といっしょにもう少し佐藤を探すことにする。時夜と圭吾は帰りたいなら帰ったらいい。この森には危険が潜んでいる可能性がある。佐藤を探すことを強制するつもりはない」

「珍しいな、月島。お前がそんなふうに危険を顧みずに誰かを助けようとするなんて。一匹オオカミっぽい感じなのにな」

「いやいや、確かに晋は一匹オオカミみてーなとこがあるけどよ、心の中はお人好しな部分もあるんだぜ。意外と優しいヤツなんだよ、コイツ。オレと違ってな」

「そうなんだな。よし、月島が探すなら俺も佐藤を探すに手を貸すよ。確かに女子一人でこんな森にいるのは心配だしな。椿木はどうする?」

「探すに決まってんだろ。オマエや晋ばっかにイイカッコさせらんねーよ。美沙ちゃんが困っているのに、放って帰るのもいやだしな」

「ありがとう、みんな。すごく心強いよ」

 美沙が涙ぐんだ。人差し指で涙を払う姿を見て、失礼だけどはじめて本当に健気な一面を見たと思った。

「さあ、さっそく佐藤さがしを再開しようか。でも、その前に一条や桜田のところに戻って、化け物はいなかったって報告してやらないとな」

「圭吾は人がいいな。あの二人はほっとこうぜ。どうせビビって先帰ってるって。ついてこなかったしよ」

「いや、そうは言ってもなあ。化け物がいるかもって怖がってたしちゃんとさっきの音は獣が猪を食べていたとこだったって教えてやらないと、可哀想だぞ。一条はともかく、桜田は女子なんだしさ」

「ったく、しょうがねーな。じゃあ、戻ろうぜ」

 しぶしぶといったていで音を追ってきた道を時夜が引き返す。晋、美沙、圭吾も彼の後に続いた。


しおりを挟む

処理中です...