夜鴉

都貴

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第一章 夢見の城

奇妙な噂④

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 無事に巡回任務を終えた光季は、虎徹に車で学校まで送ってもらった。
 学校に着いたのは、ちょうど昼休みだ。

 弁当箱を手に、陽平が待っている屋上にあがった。

「おつとめご苦労さん、光季」
「おー、ただいま」

 フェンスに凭れて座っていた陽平の隣に腰を降ろし、弁当を広げる。
 暑さと疲れですっかり食欲が落ちている。
 すでに昼食を食べ終えていた陽平にいらないおかずを食べさせてやっと弁当を食べ終えると、光季はごろりと寝転がった。

「食ったあとすぐに寝ころぶと、牛になっちまうぞ」

 笑いながらも、陽平も同じように隣に寝転がる。

「光貴、クマできてんじゃん」
「目敏いな、あんまり見るなよ。恥ずかしいだろ」
「なんだよ、寝不足か? お年頃だもんな。オマエでも悩みの一つや二つはあんのか?」
「ねーよ」
「ねーならよかったけど、じゃあなんで寝不足なんだ?」
 仕事のし過ぎと寝不足だ。テスト期間は我慢してやったからって、バカ隊長がどかどか勤務いれて六連勤だぜ。宿題とか課題とか溜まってさ。睡眠時間削って片付けてた。おまけに今朝の急な出勤だぜ。もう、ありえないっつーの」
「任務に勉強に大変だったわけだ。ご愁傷サマ」

 陽平も虎徹に並ぶ仕事好き(もとい戦闘好き)なのだが、連続勤務には同情するらしい。
 憐れむような目を向けてくる。

 光季はふんと鼻を鳴らすと、のびをした。

 夏休み直前の夏真っ盛りで教室は暑いが、屋上は爽やかな風が吹いているので少し涼しい。
 昼寝に最適だ。


 残り時間を昼寝にあてようと目を閉じかけた時、陽平が話しかけてきた。

「なあ光季、今朝、沙奈が言ってた話ってマジだと思うか?」

 聞くと眠り病に罹って目覚めなくなるという伝染夢の話のことか。
 光季も巡回任務をこなしながら、少し気になっていた。

「わかんねーよ。普通ならただの都市伝説だろって笑うけど、六堂市だからな」
「単なる噂じゃなかったら、オレらの出番かもな」
「いや無理だろ」
「ムリなんて、珍しく弱気だな」
「だって、夢に出てくる妖怪とかどう倒すんだよ。そもそも妖怪なのか?」
「まあ、仕事の来るかどうかはともかく、今夜、出るかもな。オレらもちょっと話聞いちまったじゃん」

 陽平が切れ長の瞳をスッと細め、にやりと唇の端を吊り上げた。

「やめろ、冗談になってねーよ。夢の中まで妖怪が出てきたらたまんねーっつーの!」

 光季は盛大に溜息を吐きながら空を仰いだ。

 夏の潤んだ青空は見ている分には涼しげだけど、気温はすこぶる高くてじめじめしている。
 今夜も熱帯夜で寝苦しいだろう。
 ようやく寝付いたところで伝染夢とやらを見たりしたら、たまったものじゃない。

 沙奈の話によると二度と現実に戻りたくなくなるようないい夢が見られるそうだが、それでもお断りだ。
 いい夢のかわりに永遠の眠りが待ち受けているのだとしたら、等価交換も真っ青のぼったくりだ。

「なあ光季、その伝染夢を見てる時によ、枕元に妖怪が座ってたりしてな。もしそうだったらけっこう怖くね?」

 陽平が闇のような紫黒色の瞳で光季の顔を覗き込んできた。
 彼はにたりと怪しげな笑みを浮かべて、いつもよりワントーン低い真面目くさった声で続ける。

「たとえばだけどよ、穴が開いたみたいな真っ黒い目、青白く乾いた皮膚、ぼさぼさに乱れた白髪の爺さんがさ、真っ白な死に装束を着て枕元に座ってる。
 そんで、寝ている自分の頭に骨と皮だけのミイラみたいな手を翳して、ラーメン啜るみたいに自分の全身から流れ出る霊気を吸ってる。想像してみろよ、けっこうこえーぜ」

 誰がそんな場面想像するか。
 そう思いつつ、頭の中に陽平が言った場面が映像として再生される。

 いい夢を見て幸せそうに眠る自分。
 その枕元で霊気を啜り上げる白髪鬼のような爺。

 俄かに背筋が冷たくなった。

 薄ら寒い想像をかき消そうとした瞬間、立ち入り禁止で滅多に開く事のない屋上のドアが勢いよく開いた。
 不意打ちにびっくりして、寝転んでいた光季は飛び起きる。

 こちらを覗き込んでいた陽平は持ち前の抜群な反射神経で横に退いた。
 おかげで陽平と額同士をぶつけずにすんだものの、陽平がびっくりして飛び起きた自分を見て「ビビったのか、光季」とにやにや笑っているのを見ると、陽平の反射神経が抜群じゃなかったらあいつに痛い思いをさせてやれたかもしれないのにと残念に思った。

 いや、撤回しよう。
 陽平はとんでもない石頭だ。ぶつかったら痛いのはこちらだけだろう。
 癪だが、やっぱり陽平がよけてくれて助かった。

 開いたドアの所には沙奈が立っていた。

「どうしたんだよ、沙奈。オマエも不良の仲間入りか?」

 真面目な沙奈が立ち入り禁止の屋上に現れたことを陽平がからかう。
 沙奈の薄氷色の瞳がみるみるうちに潤んでいく。

「陽平っ」

 沙奈が陽平に駆け寄り、彼の胸の中に飛び込んだ。

「オイオイ、どうしたんだよ。沙奈」
「真美が死んじゃった。死んじゃったの」
「はあ、死んだ? 真美って誰だよ?」

「同じバレエ教室に通ってる子。星崎学園の生徒なんだけど、あの学校では眠り病が広がっていて、真美は一週間前から起きなくなっちゃって。理恵と心配だからお見舞いに行こうって言ってたけど、さっき死んだって電話が―…」

「白藤、真美ちゃんの死因は?」

 光貴が尋ねると、沙奈が陽平の胸から顔を上げて涙に濡れた目でこちらを見た。

「老衰だって」
「はあ、老衰?」

 思わず繰り返すと、整った愛らしい顔がくしゃりと歪んだ。

「信じられないけど、老婆みたいに皺くちゃになって半分ミイラみたいになって死んだって。
 酷過ぎるよ。バレリーナになるんだって言って、同性の私から見てもすごく綺麗な子だったのに―…」

 声を上げて泣き出した沙奈に、質問すべきじゃなかったと反省した。
 女の子の涙は苦手だ。
 特に沙奈みたいな可愛いくて儚げな子が泣いていると、どうしていいかわからないし、胸が痛い。

 困り果てていると、陽平が慣れた手つきで沙奈の背中を叩きはじめた。
 沙奈の泣き声がだんだん小さくなっていく。

「沙奈、その伝染夢っていうの、どんな話か話してみてくれよ」
「でも、陽平。聞いたら、眠り病になっちゃうかもしれないんだよ。
 私、怖いの。もしかすると、私も今晩寝たら二度と目が覚めないかもしれない」
「いいから話せって。沙奈が安心して寝られるようにするためにも、伝染夢について調べた方がいいかもしれねえだろ」
「う、ん。光貴も、いいの?」
「もちろん。話してくれ、白藤」
「伝染夢、それはね―…」

 バイブ音が沙奈の声を遮った。
 ズボンのポケットでスマホが震えている。

 夜鴉からの緊急連絡だとまずい。光季は「悪い」と誤ってスマホを手に取った。
 液晶に香山奈々かやまななと表示されている。

 香山奈々は夜鴉の情報課に所属する、ベージュに染めたロングヘアの巻き髪に垂れ目がセクシーな美女だ。

「こんにちは、香山さん。光季です」
「おつかれさまぁ、こーきくん。学校なのに電話しちゃってゴメンね。
 光季クンに特務だよ。ある怪事件の調査依頼がきてるの。日向クンもいっしょ?」
「はい、陽平もいます」
「なかよしさんだもんねえ。二人とも、すぐ基地にきて。お迎えが向かってるから、校門で待っててね」
「了解です」

 光季は電話を切ると陽平を見た。

「特務だ、陽平。今すぐ校門に集合だってさ」
「了解。オレだけか? 沙奈は?」
「陽平だけだってさ。隊別に集まるなんて珍しいよな。白藤、話はまた後で聞くから」
「一人で大丈夫か?沙奈」
「うん、平気。二人とも、気をつけていってらっしゃい」
 
 沙奈は人差し指で涙を拭うと、健気に微笑んで見せた。
 赤くなった目尻が痛々しい。
 だが、特務を放棄するような無責任な真似はできない。

 光季は沙奈に手を振って別れると、陽平と共に教室に戻って鞄を持ち、担任の教師に早退を告げた。




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