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第一章 夢見の城
悪夢の中③
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基地に戻った光季達は、医務室に運ばれた文也のところへやってきた。
文也は普段の顰め面が嘘のように穏やかな顔をしていた。
起こすのが忍びないくらい安らかだ。
世の中の不幸を背負ったような悲哀と怒りに満ちた彼がこんな顔をするなんて、どんな夢を見ているのだろうか。気になる答えはすぐにわかる。
光季は彼の隣のベッドに寝転んで、行儀よくまっすぐに降ろされた手を握った。
意外にも子供のようにぷにっとした感触がする肉厚な手に、思わず癒される。
陽平が逆側の手を握ったことを確認すると、見守るように自分たちを囲う四人の視線を感じながら、光季は目を閉じた。
眠れるだろうかという心配は杞憂に終わった。
規則正しい陽平と文也の寝息を聞いているうちに、いつのまにか眠ってしまっていた。
目を開けると、見たことのない場所にいた。視界いっぱいに広がる蓮華畑。
緑と白と紅紫が鮮やかで、圧倒されるほど綺麗だった。
「ここ、文也の家の近くだな」
いつのまにか隣に立っていた陽平が懐かしげにポツリと呟く。
光季の家は閑静な住宅街にあり、保育園も小学校の通学路でも田畑を通らなかったので、あまり見慣れない光景だった。鮮やかな景観に思わずうっとりとする。
「おっと、まったりしてる場合じゃねーな。瀬名を探さねーと」
陽平がいるということは、文也の夢へのシンクロは成功している。
必ずどこかに彼がいるはずだ。
光季はぐるりと視線を巡らせた。
静かな夢だ。賑わしい人々を取り除き、風景だけを切り取ったような、寂寞とした夢。
春独特のぼんやりした輪郭の青空に、そよそよ揺れる紅紫と白の花。
文也のことはよく知らないが、なんとなく彼らしい夢だと思った。
穏やか風景に子供の笑い声が響いた。
声の方に視線を向けると、背格好がそっくりな幼子が二人、蓮華に埋もれながら楽しそうに笑いあっているのが見えた。
仔猫のように仲睦まじげにじゃれ合っている二人の幼子は、別に子供好きというわけでもない光季の目から見ても愛らしく微笑ましい。
「お、文也と直也だ」
「え?」
陽平の言葉に光季は目を見開いた。まん丸の琥珀色の瞳に映る幼子は、今の文也とはまったく違っていた。
光季の記憶する文也は、底冷えするような鋭く吊り上った褐色の瞳に、真一文字の口で、整った顔だが冷酷な爬虫類を思わせた。
どう転んだって、あの子供みたいな可愛らしさはない。
「マジであれ、瀬名なのか?」
「マジだっての。オレ、幼稚園一緒だったし、間違いねぇよ」
光季は確認するようにまじまじと二人を見た。
視線に気付いたのか、幼子二人が同時に顔を上げる。
瓜二つの顔だが、よく見ると少しだけ目元が違う。
一方は意思が強そうな吊った目と眉だが、もう一方は若干下がり気味の穏やかな目と眉をしていた。
見知らぬ人に警戒しているのだろう。
つり目の方の子供がもう一人の子供を守るように一歩前に出た。
陽平いわく、前に出てきた方が文也だそうだ。
「アンタたち、だれだ?」
幼い文也に警戒するような目を向けられて、光季はへらりと顔を崩す。
「別に、おまえらを食べにきた怪獣とかじゃねーよ。人を探してるんだ。おまえに似た髪型の、眼つきの鋭いお兄ちゃんを見なかったか?」
文也は訝しがるような目で、じっと品定めするように光季を見つめた。
なかなか警戒心の強い聡明な子だ。
情報をもっていたとしても、簡単には喋ってくれそうにない。
どうしたものかと考えていると、陽平が腰を屈めて文也に笑いかけた。
「そいつさ、オレのトモダチなんだよ。知ってたら、教えてくれねぇかな」
文也が視線を陽平に向け、少し不思議そうに首を傾げた。
文也の後ろに隠れるようにしていた直也も顔を出し、じっと陽平を見る。直也が小さな声で答えた。
「そのひとなら、向こうにある大きなお屋敷で、眠ってるよ。ジャマしちゃだめだよ」
「ふうん、お屋敷ねえ。そっか、あんがとな」
陽平が手慣れたように二人の幼子の頭をくしゃりと撫でる。
二人に手を振ると、光季と陽平は蓮華畑を去った。
数十メートル先に、忌まわしいあの洋館が見えている。
文也の家の正確な位置は知らない。
ただ、陽平の家の近くらしいので、幽霊が棲む洋館とはまったく違うエリアのはずだということは解っている。
「夢の中だもんな。地理が正確とは限らねーよな」
「みてぇだな。迷子になんなよ、光季」
「おまえこそな」
歩き始めてすぐ、明るかった辺りがいきなり薄暗くなった。
どれだけ歩いてもいっこうに洋館に近づけない。
いつのまにか隣にいた陽平の気配がなくなっていた。
光季が洋館に近付くのを拒否するように、激しい雨が降りだした。
一メートル前さえも見えない滝のような雨だ。
体を叩く雨粒が痛くて、思わず立ち止まって雨が凌げる場所を探す。
引き帰せといわんばかりに、背後の蓮華畑の上が晴天なのが癪に障った。
誰が帰るかよ。口の中で呟くと、光季は前へ力強く足を踏み出した。
顔を覆うように腕でガードしながら走り、やっと洋館まで辿り着いた。
文也は普段の顰め面が嘘のように穏やかな顔をしていた。
起こすのが忍びないくらい安らかだ。
世の中の不幸を背負ったような悲哀と怒りに満ちた彼がこんな顔をするなんて、どんな夢を見ているのだろうか。気になる答えはすぐにわかる。
光季は彼の隣のベッドに寝転んで、行儀よくまっすぐに降ろされた手を握った。
意外にも子供のようにぷにっとした感触がする肉厚な手に、思わず癒される。
陽平が逆側の手を握ったことを確認すると、見守るように自分たちを囲う四人の視線を感じながら、光季は目を閉じた。
眠れるだろうかという心配は杞憂に終わった。
規則正しい陽平と文也の寝息を聞いているうちに、いつのまにか眠ってしまっていた。
目を開けると、見たことのない場所にいた。視界いっぱいに広がる蓮華畑。
緑と白と紅紫が鮮やかで、圧倒されるほど綺麗だった。
「ここ、文也の家の近くだな」
いつのまにか隣に立っていた陽平が懐かしげにポツリと呟く。
光季の家は閑静な住宅街にあり、保育園も小学校の通学路でも田畑を通らなかったので、あまり見慣れない光景だった。鮮やかな景観に思わずうっとりとする。
「おっと、まったりしてる場合じゃねーな。瀬名を探さねーと」
陽平がいるということは、文也の夢へのシンクロは成功している。
必ずどこかに彼がいるはずだ。
光季はぐるりと視線を巡らせた。
静かな夢だ。賑わしい人々を取り除き、風景だけを切り取ったような、寂寞とした夢。
春独特のぼんやりした輪郭の青空に、そよそよ揺れる紅紫と白の花。
文也のことはよく知らないが、なんとなく彼らしい夢だと思った。
穏やか風景に子供の笑い声が響いた。
声の方に視線を向けると、背格好がそっくりな幼子が二人、蓮華に埋もれながら楽しそうに笑いあっているのが見えた。
仔猫のように仲睦まじげにじゃれ合っている二人の幼子は、別に子供好きというわけでもない光季の目から見ても愛らしく微笑ましい。
「お、文也と直也だ」
「え?」
陽平の言葉に光季は目を見開いた。まん丸の琥珀色の瞳に映る幼子は、今の文也とはまったく違っていた。
光季の記憶する文也は、底冷えするような鋭く吊り上った褐色の瞳に、真一文字の口で、整った顔だが冷酷な爬虫類を思わせた。
どう転んだって、あの子供みたいな可愛らしさはない。
「マジであれ、瀬名なのか?」
「マジだっての。オレ、幼稚園一緒だったし、間違いねぇよ」
光季は確認するようにまじまじと二人を見た。
視線に気付いたのか、幼子二人が同時に顔を上げる。
瓜二つの顔だが、よく見ると少しだけ目元が違う。
一方は意思が強そうな吊った目と眉だが、もう一方は若干下がり気味の穏やかな目と眉をしていた。
見知らぬ人に警戒しているのだろう。
つり目の方の子供がもう一人の子供を守るように一歩前に出た。
陽平いわく、前に出てきた方が文也だそうだ。
「アンタたち、だれだ?」
幼い文也に警戒するような目を向けられて、光季はへらりと顔を崩す。
「別に、おまえらを食べにきた怪獣とかじゃねーよ。人を探してるんだ。おまえに似た髪型の、眼つきの鋭いお兄ちゃんを見なかったか?」
文也は訝しがるような目で、じっと品定めするように光季を見つめた。
なかなか警戒心の強い聡明な子だ。
情報をもっていたとしても、簡単には喋ってくれそうにない。
どうしたものかと考えていると、陽平が腰を屈めて文也に笑いかけた。
「そいつさ、オレのトモダチなんだよ。知ってたら、教えてくれねぇかな」
文也が視線を陽平に向け、少し不思議そうに首を傾げた。
文也の後ろに隠れるようにしていた直也も顔を出し、じっと陽平を見る。直也が小さな声で答えた。
「そのひとなら、向こうにある大きなお屋敷で、眠ってるよ。ジャマしちゃだめだよ」
「ふうん、お屋敷ねえ。そっか、あんがとな」
陽平が手慣れたように二人の幼子の頭をくしゃりと撫でる。
二人に手を振ると、光季と陽平は蓮華畑を去った。
数十メートル先に、忌まわしいあの洋館が見えている。
文也の家の正確な位置は知らない。
ただ、陽平の家の近くらしいので、幽霊が棲む洋館とはまったく違うエリアのはずだということは解っている。
「夢の中だもんな。地理が正確とは限らねーよな」
「みてぇだな。迷子になんなよ、光季」
「おまえこそな」
歩き始めてすぐ、明るかった辺りがいきなり薄暗くなった。
どれだけ歩いてもいっこうに洋館に近づけない。
いつのまにか隣にいた陽平の気配がなくなっていた。
光季が洋館に近付くのを拒否するように、激しい雨が降りだした。
一メートル前さえも見えない滝のような雨だ。
体を叩く雨粒が痛くて、思わず立ち止まって雨が凌げる場所を探す。
引き帰せといわんばかりに、背後の蓮華畑の上が晴天なのが癪に障った。
誰が帰るかよ。口の中で呟くと、光季は前へ力強く足を踏み出した。
顔を覆うように腕でガードしながら走り、やっと洋館まで辿り着いた。
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