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第五章 音無の村
神隠しの村④
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今まさに喧嘩が勃発しようとした時に、穏やか声が仲裁に入った。
「お二人さん、喧嘩はよしてください」
光季は弾かれたように声の方に顔を向ける。
赤みがかった縮れ毛に糸目の白衣の青年が、にこにこ笑いながら立っていた。
彼の姿を視界に捕えた途端に、北村が怒りを潜めて、おとなしい顔つきになった。
「先生、来てたのか」
「こんにちは。北村君、むこうで畝を作るので、手伝ってあげて下さい。畑仕事はか弱い女子だけじゃ大変だ。君みたいに逞しい力のある男の手が必要です。頼めるかい?」
「はい、手伝ってきます」
猛犬が警察犬にでもなったような変貌ぶりだ。
やる気に満ちた顔で畑に向かっていった北村の背中を、光季は奇妙なものを見るような目で見送った。
「すみません。北村君は悪い子じゃなけど、少々気が短くて。それに夜鴉が嫌いなんです」
「いえ、気にしてませんので。あの、どちらさまですか?」
光季は訝しげに白衣の男を見た。不躾な視線を気にもせず、男が菩薩のように微笑む。
「僕は精神科医の白山です。往診に来ました」
医者。それで北村が急に大人しくなったのか。
しかし、あの荒くれ者が白衣を着ているだけであんなにも従順になるだろうか。
上背はあるが屈強さの欠片もない細身な体躯、威厳を感じさせない穏やかすぎる顔立ちや声。
彼のどこをとっても、北村を大人しくさせるだけの力があるようには思えない。
陽平も胡散臭いものを見るような目で白山を見ている。
二人から不躾な視線を浴びせられても、白山はのほほんと笑っていた。
「往診……。あの、ツアー客の中に精神疾患がある患者がいるんですか?」
「いいえ、疾患のある方はいません。ただ、ツアー客のみなさんは難しい事情を抱えて、心を疲弊している方ばかりですので、定期的に訪れてカウンセリングをしているんです」
「事情か。さっきの北村ってひとも、ワケありですか?」
「ええ。彼は六堂市からツアーに参加したんですが、彼の家は妖怪に壊されたんです。
それが原因で色々と問題を抱えていまして。
それで、妖怪から守ってくれなかったと夜鴉を恨んでいるんですよ。
そういうわけですので、暴言や暴力を許してあげて下さい」
「べつに気にしてないです」
「そうですか、よかったです。では僕はカウンセリングがあるので、失礼します」
光季との会話を終えると、白山は保養所に向かって歩いていった。
さっきまで退屈そうに土いじりをしていた茶髪のすれた感じがする女子高生が、嬉しそうに走って白山を追いかけていく。
白山に追いつくと彼の腕に細い腕を絡め、寄り添って二人は建物の中に消えていった。
その様子を真面目そうな黒髪の小太りの少女が羨ましげに見ていた。
どうやら白山は人気者らしい。容姿は十人並み、カリスマ性も感じられない彼のどこが荒んだ人々の心を惹きつけるというのだろうか。光季は不思議でしょうがなかった。
「アイツ、そんなすごいヤツなのか?」
ぽつりと呟いた陽平の声には、僅かに嫌悪が滲んでいた。
光季もツアー客から信望を集める白山を好ましいと思えなかった。
「お二人さん、なかなかするどいねぇ」
上方から飄々とした声が降ってきた。
見上げると、双眼鏡を手に木の枝に寝転がっていた優がヒラヒラと手を振っていた。
「優さん」
光季が名前を呼ぶと、優はひらりと高い枝から飛び降りた。
「村に調査に行っていた要から連絡があった。村で失踪した家族や生徒達の両方に深く関わっていた人物を探してもらってたんだけど、さっきの白山って精神科医、両方と繋がりがあったよ。
失踪した一家には父親の心療のために何度も訪問しているし、全校生徒と音楽教師がいなくなった学校にも、定期的にカウンセリングに行ってたんだ。
白山が怪しいと思うんだよねぇ、オレは」
「でもこんな狭い村だし、家族とも学校の生徒とも関係があった人物なんてたくさんいるでしょ?
白山は胡散臭いけど、それだけで怪しいとはいえないんじゃないの?」
光季の鋭いつっこみに、優は笑みを深くする。
「その通り。繋がりがあるだけじゃ犯人とはいえない。でも白山は時期的にも怪しいんだよ。実は彼が音無村に来たのはたった二か月前なんだ。どうにもきな臭いと思わない?」
「確かに。最初の失踪事件があったのは一か月前。白山が来てから人がいなくなり始めた感じですよね」
「でも、白山はどう見ても人間じゃん。失踪現場に暴れた痕がなかったってんなら、奴はどうやって一度に大量の人間を攫ったんだよ?」
陽平の疑問はもっともだ。
抵抗した痕跡がなく、人だけ消したような現場だったと聞いている。
普通の人間が相手に抵抗されずに大量の人間を攫うことなどできるのだろうか。
光季は一夜で百三十人の子供を連れ去ったというハーメルンの笛吹き男の話をふと思い出した。
精神科医なのだから、人の心に寄り添うのは得意分野だろう。
おっとりとしたあの声で一家や生徒を言葉巧みに連れ出し、攫ったというのだろうか。
そうだとしたら、白山が普通に生活しているなか、攫われた村人はどこにいるのだろうか。
村人がグルでもなってない限り、白山が犯人だと仮定するなら、実は白山は妖怪で、異界に村人を連れていったと考えるのが適切だろう。
「優さん心が読めるんでしょ?白山がなに考えてんのかわかんないの?」
光季が尋ねると、優は腕を組んで小さく唸った。
「あのヒト、ガードが固くて心の中がまるで見えないんだよねぇ。まあ犯人候補ってことで、光季と陽平でこっそり見張ってくんない?」
「おれと陽平が二人で動いたら、優さん一人になっちゃうけどいいの?」
「オレは大丈夫。よろしく頼んだよ、お二人さん。何かあったらすぐに連絡してくれ」
「了解です。行くぞ、陽平」
「おう」
「お二人さん、喧嘩はよしてください」
光季は弾かれたように声の方に顔を向ける。
赤みがかった縮れ毛に糸目の白衣の青年が、にこにこ笑いながら立っていた。
彼の姿を視界に捕えた途端に、北村が怒りを潜めて、おとなしい顔つきになった。
「先生、来てたのか」
「こんにちは。北村君、むこうで畝を作るので、手伝ってあげて下さい。畑仕事はか弱い女子だけじゃ大変だ。君みたいに逞しい力のある男の手が必要です。頼めるかい?」
「はい、手伝ってきます」
猛犬が警察犬にでもなったような変貌ぶりだ。
やる気に満ちた顔で畑に向かっていった北村の背中を、光季は奇妙なものを見るような目で見送った。
「すみません。北村君は悪い子じゃなけど、少々気が短くて。それに夜鴉が嫌いなんです」
「いえ、気にしてませんので。あの、どちらさまですか?」
光季は訝しげに白衣の男を見た。不躾な視線を気にもせず、男が菩薩のように微笑む。
「僕は精神科医の白山です。往診に来ました」
医者。それで北村が急に大人しくなったのか。
しかし、あの荒くれ者が白衣を着ているだけであんなにも従順になるだろうか。
上背はあるが屈強さの欠片もない細身な体躯、威厳を感じさせない穏やかすぎる顔立ちや声。
彼のどこをとっても、北村を大人しくさせるだけの力があるようには思えない。
陽平も胡散臭いものを見るような目で白山を見ている。
二人から不躾な視線を浴びせられても、白山はのほほんと笑っていた。
「往診……。あの、ツアー客の中に精神疾患がある患者がいるんですか?」
「いいえ、疾患のある方はいません。ただ、ツアー客のみなさんは難しい事情を抱えて、心を疲弊している方ばかりですので、定期的に訪れてカウンセリングをしているんです」
「事情か。さっきの北村ってひとも、ワケありですか?」
「ええ。彼は六堂市からツアーに参加したんですが、彼の家は妖怪に壊されたんです。
それが原因で色々と問題を抱えていまして。
それで、妖怪から守ってくれなかったと夜鴉を恨んでいるんですよ。
そういうわけですので、暴言や暴力を許してあげて下さい」
「べつに気にしてないです」
「そうですか、よかったです。では僕はカウンセリングがあるので、失礼します」
光季との会話を終えると、白山は保養所に向かって歩いていった。
さっきまで退屈そうに土いじりをしていた茶髪のすれた感じがする女子高生が、嬉しそうに走って白山を追いかけていく。
白山に追いつくと彼の腕に細い腕を絡め、寄り添って二人は建物の中に消えていった。
その様子を真面目そうな黒髪の小太りの少女が羨ましげに見ていた。
どうやら白山は人気者らしい。容姿は十人並み、カリスマ性も感じられない彼のどこが荒んだ人々の心を惹きつけるというのだろうか。光季は不思議でしょうがなかった。
「アイツ、そんなすごいヤツなのか?」
ぽつりと呟いた陽平の声には、僅かに嫌悪が滲んでいた。
光季もツアー客から信望を集める白山を好ましいと思えなかった。
「お二人さん、なかなかするどいねぇ」
上方から飄々とした声が降ってきた。
見上げると、双眼鏡を手に木の枝に寝転がっていた優がヒラヒラと手を振っていた。
「優さん」
光季が名前を呼ぶと、優はひらりと高い枝から飛び降りた。
「村に調査に行っていた要から連絡があった。村で失踪した家族や生徒達の両方に深く関わっていた人物を探してもらってたんだけど、さっきの白山って精神科医、両方と繋がりがあったよ。
失踪した一家には父親の心療のために何度も訪問しているし、全校生徒と音楽教師がいなくなった学校にも、定期的にカウンセリングに行ってたんだ。
白山が怪しいと思うんだよねぇ、オレは」
「でもこんな狭い村だし、家族とも学校の生徒とも関係があった人物なんてたくさんいるでしょ?
白山は胡散臭いけど、それだけで怪しいとはいえないんじゃないの?」
光季の鋭いつっこみに、優は笑みを深くする。
「その通り。繋がりがあるだけじゃ犯人とはいえない。でも白山は時期的にも怪しいんだよ。実は彼が音無村に来たのはたった二か月前なんだ。どうにもきな臭いと思わない?」
「確かに。最初の失踪事件があったのは一か月前。白山が来てから人がいなくなり始めた感じですよね」
「でも、白山はどう見ても人間じゃん。失踪現場に暴れた痕がなかったってんなら、奴はどうやって一度に大量の人間を攫ったんだよ?」
陽平の疑問はもっともだ。
抵抗した痕跡がなく、人だけ消したような現場だったと聞いている。
普通の人間が相手に抵抗されずに大量の人間を攫うことなどできるのだろうか。
光季は一夜で百三十人の子供を連れ去ったというハーメルンの笛吹き男の話をふと思い出した。
精神科医なのだから、人の心に寄り添うのは得意分野だろう。
おっとりとしたあの声で一家や生徒を言葉巧みに連れ出し、攫ったというのだろうか。
そうだとしたら、白山が普通に生活しているなか、攫われた村人はどこにいるのだろうか。
村人がグルでもなってない限り、白山が犯人だと仮定するなら、実は白山は妖怪で、異界に村人を連れていったと考えるのが適切だろう。
「優さん心が読めるんでしょ?白山がなに考えてんのかわかんないの?」
光季が尋ねると、優は腕を組んで小さく唸った。
「あのヒト、ガードが固くて心の中がまるで見えないんだよねぇ。まあ犯人候補ってことで、光季と陽平でこっそり見張ってくんない?」
「おれと陽平が二人で動いたら、優さん一人になっちゃうけどいいの?」
「オレは大丈夫。よろしく頼んだよ、お二人さん。何かあったらすぐに連絡してくれ」
「了解です。行くぞ、陽平」
「おう」
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