夜鴉

都貴

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第六章 鬼の國

三日目⑦

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 光季は体を捻って進行方向を見る。キャソックを纏った響が銃を構えていた。

「ナイスショット、響。こいつを頼むぜ」

 虎徹が響に向かって担いでいた光季を投げた。
 響は腰のホルダーに銃を素早く戻して、光季を受け止める。

「光季、無事でよかった。まさか、あいつがお前をつれて逃げることを選ぶとはな」
「響さん、なんで? 調査が終わって、船で待機してるはずでしょ?」

「美作兄弟が戻ってきて、お前の危機を知らせてくれた。船の護衛は俺の部下と朝比奈と美作弟がしている。
 いざとなったら狭霧長官もいる。出撃許可を得て、松風と助けにきた」

 響さんと優さんまで助けにきてくれるなんて。

 いろんな人に守られている。光季はガラにもなく泣きそうになった。
 同時に、おれもみんなを守らなくてはと、強く思う。

 正義感なんてないし、市民を守るなんて御立派な使命感もない。それでも、せめて自分と大事な人達だけでも守れたら。光季は拳を握った。

「降ろして下さい、響さん。おれを担いだままじゃ戦えないでしょ」
「だが、その足じゃ逃げられないぞ」
「響さんだってわかってるでしょ、このまま敵を引き連れて逃げれば船が破壊される。ふり切れないのなら、敵をぜんぶ倒すしかないって。大丈夫、むちゃはしませんから」
「……わかった、降ろす。だから、お前は撤退に専念しろ」
「了解です、響さん」

 光季は地面に降りて走り出した。
 一気に加速して虎徹達とある程度距離を取ると、立ち止まって戦況を確認した。

 フリーになった虎徹がものすごい速さで敵を切っている。
 妖狐化した優も加わり、あっという間に雑魚は片付いた。

 残るは弓を放つ白衣の鬼と大嶽丸だけだ。二匹はかなり手ごわい。
 しかも大嶽丸は空中戦が得意で、飛べない接近戦の虎徹には不利だ。

 響は弓を射る鬼との戦闘に手一杯で、二人を援護できない。
 そうなると、実質大嶽丸には優が一人で挑むことになる。

 こんな時に手をこまねいて見ているだけなんて嫌だ。無理しないって約束したのにごめんなさい、響さん。

 光季は心の中で心配してくれている響に謝罪を述べると、換装が解けるかもしれないのを承知で特大の光弾を出す。

 光弾を匠に操り、囮と本命の光弾を上手く使い分けて弾を自由自在に飛ばす。
 動きが読めない複雑なコースで宙を切る光が、カットラスで大嶽丸と斬り結ぶ優を避けて、大嶽丸だけを捕えた。

「やめろ、光季!もう撃つな!」

 響の鋭い声も耳元でがなる警告音も無視して、光季は立て続けに光弾を放った。

 あともう少しで大嶽丸を追い込めるところだったのに、霊力が空っぽになってしまい、霊体が保てなくなった。
 換装が解けて肉体に戻ってしまう。

「ナイス、光季。あとはオレに任せて下がってて」

 光季の捨て身の猛攻により、防戦一方となっていた大嶽丸に、狐耳をはやした優が絶妙のタイミングで炎の刃を放って追い打ちをかける。刃が大嶽丸の肩を抉り、大嶽丸は体勢を崩して空から落ちてきた。

「小癪な真似を」

 大嶽丸は悔しげに歯噛みすると、落下しながらも無防備な光季に向けて無数の氷の刃を放った。

「危ない、光季!」

 集中砲火を浴びる光季を助けようと、要が弾丸を撃ちまくり、優も狐火で氷の刃を溶かす。しかし、火力に優れた二人であっても流石にすべて落とすのは無理だった。

 光季の右肩と腕に刃が掠り、血が飛び散った。

 響と優が光季を守ろうとするなか、攻撃のチャンスを窺っていた虎徹が地面を蹴って跳ぶ。鋭い一閃が大嶽丸の首を刎ねた。血飛沫と首が空を舞う。

「そんな、大嶽丸様っ!」

 弓を撃っていた白衣の鬼が悲鳴を上げる。

 白衣の鬼は番えていた矢を放り出すと、大嶽丸の首と胴体を素早く攫って逃げだした。
 まるで疾風のよう白衣の鬼が遠ざかっていく。
 大嶽丸を胴と首を抱えているというのに、もの凄い速さだ。

 走るスピードの速い虎徹と優ならば追いつける見込みがあったけれど、二人は鬼を追わなかった。肉体に戻ってしまい、負傷した光季を抱えて船に急ぐ響に合流する。

「やりましたね、響さん。これでもう、来年のお盆から大嶽丸が襲ってくるかもって心配しなくてよくなる。ああ、スッキリした」

 これからはもう大嶽丸に煩わされないという開放感と、曲がりなりにも姉の仇をとれたという喜びはあったが、心は晴れなかった。
 傷の痛みの所為ではない。肉体に戻ってしまったことによる恐怖もなかった。
 心を塞いでいるのは、化け物となった音無村の人々を撃ってしまったことへの罪の意識だった。

 それを悟られまいと、光季はごく自然な笑みを浮かべた。

「無茶はしないと言っておきながら馬鹿な真似しやがって。軽い怪我ですんでよかったものの、下手したら殺されていた。まったく、ひやひやさせるな、光季」

 怒った口調で言いながらも、響の声は優しかった。
 響の大きな手が金色に近い亜麻色の髪をくしゃりと掻き混ぜた。
 光季は歯を見せて、気丈に笑んでみせる。

「船はもうすぐだ。帰船したらすぐに人間界に向けて出発する。光季、傷は痛むか?」
「まあちょっと痛いけど、平気です」
「そうか。船に戻ったら医務室でまず手当てを受けろよ」
「了解です、響さん。あー、帰ったらチキンと苺、腹いっぱい食べたいな」

 強がりでも元気なふりでもなく、純粋な本音だった。
 携帯食にはすっかり飽きた。ちゃんとまともな食事がしたい。

 光季の呟きに、虎徹がにやにやと笑う。

「飯が最優先かよ、やっぱガキだな、水瀬。響に抱っこされてるのがお似合いだ」

 光季は虎徹にムッとした顔を向ける。

「しょうがないでしょ、もう体力残ってないんだから。それに帰ってうまい飯食う以外にしたいこととか別にないし。あとは熱い風呂はいって柔らかいベッドで寝るくらいかな。虎徹さんはおれが言ったの以外でしたいことあんの? やっぱ戦いたいとか?」

「戦うなら異界でもできるだろ。それ以外って言えば、やっぱりおん……」

「それ以上言ったら殺すぞ、如月。光季はガキだ。ガキの前で汚いことを喋るな」

 響に遮られて、虎徹の答えは聞けなかった。だけど、なんとなく想像はつく。
 欲望に忠実などうしようもない人だ。光季は苦笑を浮かべた。

 早くあの退屈で愛おしい日常に戻りたい。
 見えてきた船に目を細めながら、光季は陽平と沙奈の顔を思い浮かべた。


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