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第六章 鬼の國
三日目⑥
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恐怖と苦しみに引き攣った北村と目があい、光季はその場にへなへなと座り込んだ。
「立て、そして戦え、水瀬。殺さなければ、死ぬのはオマエだ。やれ」
「やれって、むちゃ言わないで下さい。この人達、改造されてるけど人間なんですよ?」
「人間でも化け物でも、向かってくるヤツは倒す。それが俺達の役目だ。遺書を書いて死ぬ覚悟をしてきたヤツが、元人間だったヤツらは殺せないなんざ、甘ったれたことをぬかすな。
オマエは兵士だ。兵士が戦うのをやめられるのは死んだ時だけだ」
厳しい声に叱咤されて、光季は立ち上がった。
二百発もの光弾を浮かせると、木の上に飛び乗って一斉に地上に放つ。
光の雨が虎徹だけを避け、鬼と元村人に平等に降り注ぐ。
草木を薙いで地面を穿つ、美しく輝く凶悪な雨だ。
「やればできるじゃねえか」
平らになった地面に着地した光季に、虎徹が満足げな顔で微笑みかける。
「おれ、天才ですから。式神部隊であることは、だてじゃないんです」
強がりだった。人だった者達を殺してしまった衝撃が鮮やかに残っていた。
銃は撃った手ごたえを感じないから、命を奪った罪悪感が少なくて済むと武志が言っていたが、光季は光弾で妖怪を撃った時、いつもちゃんと手ごたえを感じている。
今までその手ごたえを殺した罪悪感としてとらえることはなかった。
しかし、今は人を撃ち殺した生々しさが手から全身に伝わっていくようで、恐ろしかった。
それでも、戦うしかないんだ。自分で戦う道を選んで力を手にしたんだ、迷うな。
心が砕けそうなのを堪え、必死に足を踏ん張る。
そんな光季の心の内を知ってか知らずか、虎徹が最上の褒め言葉を口にする。
「それでこそ俺の選んだ部下だ。オマエしか俺の背中を守れるヤツはいない」
最強の男の勿体ない言葉に、恐悦至極だ。光季は背筋を伸ばした。
「さて、まだまだ後ろに鬼も化け物も控えているが、そろそろ撤退するぞ。追い付かれたら戦う。それまでは走ることに専念する。いいな?」
「了解です」
踵を返した虎徹に続いて、光季も撤退した。
北村に噛まれた脇腹が酷く痛んだが、走れないほどではない。怪我をしたのが足でなくて心底よかったと思う。
ヒュンと空気を切る鋭い音が聞こえた。武志を襲った矢だろう。
光季は矢をひらりと躱した。避けた場所にまた矢が飛んでくる。
まさしく、矢継ぎ早というやつだ。
「くそっ!」
連続で飛んでくる矢を走りながら撃ち落とすが、前を向いたまま憶測で弾を放っている上に、矢の量があまりに多くて落としきれなかった。
一本の矢が光季の太腿を掠めた。直撃ではないけれどダメージは大きい。
光季はがくりと膝を着いた。
だめだ、蹲っている暇はない。すぐに立ち上がるが、足が酷く痛んだ。
ああ、ここまでか。
肩と腹の傷が疼く。このまま逃げ切るのは無理だな。
光季は諦めたように笑う。
「虎徹さん、おれが追手をくいとめるんで、あんたは先に逃げて下さい」
「水瀬、オマエ―…」
「おれ、ちょっともうムリかもしんないです。でも、最後まで悪あがきするんで。ほら、早く。ダサいとこは、見られたくないですから」
光季は足を引き摺って近くの巨木の下に移動すると、体を預けるように座り込んだ。
こんな場所で死んでいく部下を、虎徹は憐れむような目で見ているのだろうか。
そんな顔で見られるのはまっぴらだと、光季は目を閉じて彼が立ち去るのを待った。
しかし、いつまで経っても虎徹の気配は遠のかない。むしろ、近付いてきた。
不思議に思っていると、ふわりと宙に体が浮く感触がした。
驚いて目を開けると、虎徹の腰辺りが見えた。
肩に担がれていると気付き、光季は慌てて手足をジタバタさせる。
「ちょっ、あんた、何やってんですか?降ろせよ、バカ!」
「降ろさない」
「何言ってんですか。はやく逃げないと、敵に追いつかれるでしょ!」
「ああ、そうだな。だから、暴れるな。大人しくしていろ」
「いや、だからさ、置いてけって言ってるだろ。おれを連れてたら逃げらんないでしょ」
「なめるなよ。オマエ一人ぐらい軽いもんだ」
涙腺が熱くなった。虎徹が自分を助けようとしてくれていることが嬉しかった。
あんたは安っぽい正義感や同情で自滅するような愚か者じゃない。勝つ為にどんな非情な判断でも下せる人だ。なのに、なんでおれを助けてくれるの。虎徹さん。
「ばか、二人で死ぬ気かよ」
「たまには隊長らしく、部下を守ってやるのも悪くないかもな」
「やだ、あんたと死ぬとかほんと笑えないです。どうせ心中するなら、虎徹さんみたいなむさい男じゃなくて、香山さんみたいな美人とがいい」
「生意気言うな」
ケラケラと笑う虎徹につられて、光季も笑い声を上げていた。
笑った反動で涙が零れそうになった。
泣き顔を見られまいと虎徹の背中に顔を押し当てる。
光季がぎゅっと背中を握り締めると、虎徹が「死なせないぜ」と優しい声で呟いた。
「なかなか泣かせる劇だな、光季」
空からぞっとするほど甘く優しい声が降ってきた。
光季は体を捻って空に目を向ける。長い黒髪、蘇芳色の着物。大嶽丸。光季は驚愕に瞳を開く。
「わざわざ来てくれるとは嬉しい限りだ。今日こそ、私の部下にしてやろう。光季」
端正な顔が柔和に笑む。雷鳴が辺りに響き渡った。
戦うのは不利だと判断した虎徹が、さっきよりも速く走る。
船までのペース配分を考えていない走りだった。
自分が死ぬのはかまわない、だけど、自分のせい誰かをまきこむのはいやだ。
最後に派手にぶっ放して散ってやる。
迫ってくる敵を前に、光季は自分の身を投げ出す覚悟をした。
大嶽丸を落とすのは無理でも、他の連中を掃除することならできる。
光季は光弾を出そうとした。
その時、すぐ後ろまで接近していた元村人二体を、鋭い弾丸が撃ち抜いた。
「立て、そして戦え、水瀬。殺さなければ、死ぬのはオマエだ。やれ」
「やれって、むちゃ言わないで下さい。この人達、改造されてるけど人間なんですよ?」
「人間でも化け物でも、向かってくるヤツは倒す。それが俺達の役目だ。遺書を書いて死ぬ覚悟をしてきたヤツが、元人間だったヤツらは殺せないなんざ、甘ったれたことをぬかすな。
オマエは兵士だ。兵士が戦うのをやめられるのは死んだ時だけだ」
厳しい声に叱咤されて、光季は立ち上がった。
二百発もの光弾を浮かせると、木の上に飛び乗って一斉に地上に放つ。
光の雨が虎徹だけを避け、鬼と元村人に平等に降り注ぐ。
草木を薙いで地面を穿つ、美しく輝く凶悪な雨だ。
「やればできるじゃねえか」
平らになった地面に着地した光季に、虎徹が満足げな顔で微笑みかける。
「おれ、天才ですから。式神部隊であることは、だてじゃないんです」
強がりだった。人だった者達を殺してしまった衝撃が鮮やかに残っていた。
銃は撃った手ごたえを感じないから、命を奪った罪悪感が少なくて済むと武志が言っていたが、光季は光弾で妖怪を撃った時、いつもちゃんと手ごたえを感じている。
今までその手ごたえを殺した罪悪感としてとらえることはなかった。
しかし、今は人を撃ち殺した生々しさが手から全身に伝わっていくようで、恐ろしかった。
それでも、戦うしかないんだ。自分で戦う道を選んで力を手にしたんだ、迷うな。
心が砕けそうなのを堪え、必死に足を踏ん張る。
そんな光季の心の内を知ってか知らずか、虎徹が最上の褒め言葉を口にする。
「それでこそ俺の選んだ部下だ。オマエしか俺の背中を守れるヤツはいない」
最強の男の勿体ない言葉に、恐悦至極だ。光季は背筋を伸ばした。
「さて、まだまだ後ろに鬼も化け物も控えているが、そろそろ撤退するぞ。追い付かれたら戦う。それまでは走ることに専念する。いいな?」
「了解です」
踵を返した虎徹に続いて、光季も撤退した。
北村に噛まれた脇腹が酷く痛んだが、走れないほどではない。怪我をしたのが足でなくて心底よかったと思う。
ヒュンと空気を切る鋭い音が聞こえた。武志を襲った矢だろう。
光季は矢をひらりと躱した。避けた場所にまた矢が飛んでくる。
まさしく、矢継ぎ早というやつだ。
「くそっ!」
連続で飛んでくる矢を走りながら撃ち落とすが、前を向いたまま憶測で弾を放っている上に、矢の量があまりに多くて落としきれなかった。
一本の矢が光季の太腿を掠めた。直撃ではないけれどダメージは大きい。
光季はがくりと膝を着いた。
だめだ、蹲っている暇はない。すぐに立ち上がるが、足が酷く痛んだ。
ああ、ここまでか。
肩と腹の傷が疼く。このまま逃げ切るのは無理だな。
光季は諦めたように笑う。
「虎徹さん、おれが追手をくいとめるんで、あんたは先に逃げて下さい」
「水瀬、オマエ―…」
「おれ、ちょっともうムリかもしんないです。でも、最後まで悪あがきするんで。ほら、早く。ダサいとこは、見られたくないですから」
光季は足を引き摺って近くの巨木の下に移動すると、体を預けるように座り込んだ。
こんな場所で死んでいく部下を、虎徹は憐れむような目で見ているのだろうか。
そんな顔で見られるのはまっぴらだと、光季は目を閉じて彼が立ち去るのを待った。
しかし、いつまで経っても虎徹の気配は遠のかない。むしろ、近付いてきた。
不思議に思っていると、ふわりと宙に体が浮く感触がした。
驚いて目を開けると、虎徹の腰辺りが見えた。
肩に担がれていると気付き、光季は慌てて手足をジタバタさせる。
「ちょっ、あんた、何やってんですか?降ろせよ、バカ!」
「降ろさない」
「何言ってんですか。はやく逃げないと、敵に追いつかれるでしょ!」
「ああ、そうだな。だから、暴れるな。大人しくしていろ」
「いや、だからさ、置いてけって言ってるだろ。おれを連れてたら逃げらんないでしょ」
「なめるなよ。オマエ一人ぐらい軽いもんだ」
涙腺が熱くなった。虎徹が自分を助けようとしてくれていることが嬉しかった。
あんたは安っぽい正義感や同情で自滅するような愚か者じゃない。勝つ為にどんな非情な判断でも下せる人だ。なのに、なんでおれを助けてくれるの。虎徹さん。
「ばか、二人で死ぬ気かよ」
「たまには隊長らしく、部下を守ってやるのも悪くないかもな」
「やだ、あんたと死ぬとかほんと笑えないです。どうせ心中するなら、虎徹さんみたいなむさい男じゃなくて、香山さんみたいな美人とがいい」
「生意気言うな」
ケラケラと笑う虎徹につられて、光季も笑い声を上げていた。
笑った反動で涙が零れそうになった。
泣き顔を見られまいと虎徹の背中に顔を押し当てる。
光季がぎゅっと背中を握り締めると、虎徹が「死なせないぜ」と優しい声で呟いた。
「なかなか泣かせる劇だな、光季」
空からぞっとするほど甘く優しい声が降ってきた。
光季は体を捻って空に目を向ける。長い黒髪、蘇芳色の着物。大嶽丸。光季は驚愕に瞳を開く。
「わざわざ来てくれるとは嬉しい限りだ。今日こそ、私の部下にしてやろう。光季」
端正な顔が柔和に笑む。雷鳴が辺りに響き渡った。
戦うのは不利だと判断した虎徹が、さっきよりも速く走る。
船までのペース配分を考えていない走りだった。
自分が死ぬのはかまわない、だけど、自分のせい誰かをまきこむのはいやだ。
最後に派手にぶっ放して散ってやる。
迫ってくる敵を前に、光季は自分の身を投げ出す覚悟をした。
大嶽丸を落とすのは無理でも、他の連中を掃除することならできる。
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その時、すぐ後ろまで接近していた元村人二体を、鋭い弾丸が撃ち抜いた。
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