夜鴉

都貴

文字の大きさ
69 / 70
第七章 戦争

厄災⑤

しおりを挟む
 だが、遅かった。体が地面に吸い寄せられて、光季は倒れた。

 立ち上がれないほどの重力に襲われて骨が軋み、息苦しくなる。
 唇からは呻き声が漏れた。

 全身を圧迫される苦しみに喘ぎながらも、光季は光弾を放った。
 重力操作ではなくジャンプでそれを躱した帝天に、密かに接近していた京弥が斬りかかる。

 京弥の日本刀が袈裟がけに帝天の背中を裂いた。光季は重力が消えた隙に立ち上がり、光弾を撃ち込む。
 帝天の太腿と肩の肉がふっとんだ。

「やってくれるじゃないか」

 帝天の黒い髪が逆立ち、彼の周囲に黒いオーラがゆらゆらと揺れた。
 紫色の瞳を爛々と光らせ、帝天は牙を見せてニヤリと笑みを浮かべた。

「な、体がっ!」

 落ちている物がふわりと宙に浮いた。瓦礫や折れた木と共に光季達の体も宙に浮き上がる。
 どうやら帝天から半径数十メートルぐらいの一帯の重力が限りなくゼロに近くなってしまっているようだ。

「戦ってる最中じゃなかったら、宇宙空間みたいだって笑ってられるんだけどなー」
「水瀬先輩に同感です。ただで宇宙旅行気分なんて最高ですけど、この状況は笑えない」

 光季は逆さになりながらも弾を放った。
 京弥も接近戦は難しいと判断して銃を構える。

 帝天は弾をすべて躱した。無重力に慣れた動きだ。
 帝天が三叉槍を手に無重力に弄ばれる一条に肉迫する。
 上手く体勢を整えられなかった一条の胸を槍が貫いた。

「くっ、しまった!」

 霊体への換装が解けて無防備な生身となった一条を、帝天が殺そうとする。

 間一髪のところで無重力圏外にいる武志が狙撃で帝天を一条から遠ざけた。

「助かりました、美作さん。申し訳ないが、俺は撤退します」

 戦力減少は痛手だが一条の判断は正しい。霊体への換装が解けた状態で戦っても無駄死にするだけだ。光季は一条を追おうとする帝天を光弾で牽制する。

 いつもより速く飛ぶ弾を匠にコントロールして帝天を襲う。

「お前から始末してやろう」

 光弾を払い落しながら進撃してきた帝天の突きを避け切れず、肩を貫かれた。飛び散った血が赤い珠になって宙を漂う。

「水瀬先輩っ!」

 光季から帝天を引き離そうと、京弥がトリガーを引く。
 帝天は舌打ちすると、光季の肩から三叉槍を引き抜いて京弥に襲い掛かった。

 京弥はどうにか一撃目を凌いだが、二撃目は避けられず、地面に叩き伏せられて腹を裂かれる。

「くそ、このままやられるかよ」

 光季は威力が低い数百発の光弾を浮かせて一斉に放つ。
 放たれた光弾は一発も帝天に当たらなかった。帝天が光季を嘲笑う。

「制御を誤ったか。残念だったな」
「外れたと思ったか? 残念でした、外れてないんだよな」
「なに?」

 光弾は宙に浮いた無数の瓦礫に当たり、八方から帝天に襲いかかった。
 時間差で全方向から飛んでくる瓦礫を避け切ることができず、いくつもの瓦礫が帝天にぶち当たった。

「今だ、やれ京弥っ!」

 無重力に慣れてきた京弥が壁を蹴って猛スピードで帝天に突っ込んだ。
 京弥の刀が帝天の腹を貫く。ダメ押しで光季は光弾を帝天に撃ちこんだ。

 辺りの重力が通常に戻った。相当ダメージは与えたけれど、まだ帝天は死んでいない。
 光季は注意深く帝天の姿を探すが、土煙に遮られてなかなか発見できない。

「ぐ、う……、俺がこれほど後れをとるとはな。本当に強い敵だ」

 土煙を突き抜けて帝天が上空に浮かんだ。帝天の体は至るところが抉れて片腕が吹っ飛んでいたが、やはり殺せていなかった。

 悔しそうな顔をする帝天の背後にブラックホールのような穴が開いた。
 逃げるつもりだろう。今後のことを考えれば息の根を止めておきたいが、深追いすると自爆しそうな相手なので光季は攻撃せずにおいた。

「夜鴉の精鋭を一人ぐらい連れ去らないと、わりに合わないな」

 帝天が両手を広げ、その背後に暗い穴が開く。
 このまま撤退してくれるなんて考えは甘かったようだ。

 光季の体が穴に向かって引っ張られ始める。
 慌てて近くの街路樹にしがみ付く。
 京弥も電信柱に腕を回して足を踏ん張っている。

 光季より背が高くてがっしりした京弥は危なげなくしっかり電信柱に抱きついていたが、華奢な光季は重力に吸い寄せられはじめていた。

「やべーな」

 下半身が持ち上げられ、街路樹から手が離れてしまった。
 強い奔流に呑まれて体が宙に浮く。まるでブラックホールだ。
 このままじゃ向こう側に連れていかれる。

 頭の中で友人や両親の顔が浮かんで消える。
 異界に連れていかれたらどうなるのだろう。
 木村みたく妖怪に改造されるのだろうか。

 仮に改造されなくても、人間界に出撃して友人や両親を襲わなくてはならないのだろうか。それとも死ぬまで霊力を奪われ続けるのか。絶望的な考えばかりが過る。

 もうだめかもしれない。諦めかけた光季の手を、肉厚な手がぎゅっと握った。

「光季、しっかり掴まれ!」

 帝天から離れた引力の影響が少ない場所にいたはずの武志が、太い幹に片手でしがみ付いて光季の手を掴んでいる。

「ちょ、なんで?やめて下さい、ムチャですよ、武志さん。いくら武志さんがマッチョだからって、おれを掴んだ状態でこの引力に逆らうなんて無理だって!」

 驚いて琥珀色の瞳をまん丸に見開く光季に、武志が優しく微笑みかけた。

「お前はこの前の渡界で危険を顧みずに俺を助けようとしてくれた。そんな可愛い後輩をやすやす見捨てられないだろう。それにお前を攫われたら、虎徹や響に申し訳ない」

「だめだって、武志さん! あんただってあの二人の大事な友人でしょ!」

 どんなに懇願しても武志の手は固く握られたままだった。
 武志の巨体がじわじわとブラックホールに引き寄せられていく。

 武志の腕が幹から離れた。武志の体が完全に浮き上がる寸前に、彼は光季を帝天と逆の方向へ引っ張った。
 反動で武志の体が帝天側になる。

「武志さん、なにやって……」

 目を丸くする光季の両肩を、武志が渾身の力で京弥の方に突き飛ばす。
 京弥が片腕でしっかりと光季を抱きとめるのを見届けると、武志は晴れ晴れとした笑みを浮かべた。

「光季、お前は夜鴉にとって大事な戦力だ。敵側に渡すのは勿体ないぜ」
「武志さん!」
「兄さん!」
「じゃあな、光季、京弥。元気でな」

 何かから解放されたような笑みを浮かべたまま、武志は帝天と共に闇の向こうへ消えた。


 帝天が異界に帰ったのと同時に、空を覆っていた黒雲が消えていく。
 闇が晴れ、一面に鮮やかすぎるコバルトブルーが広がり、燦々と眩しい日差しが降り注いだ。

 憎らしいくらいの快晴が目に沁みて、武志が消えた空の彼方を光季は涙目で見上げた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

処理中です...