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第二章 皇女と辺境伯

3 交渉の始まり

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 辺境伯の拠点がある町、マーチは何というかずいぶん静かな感じがしました。
 この一帯では一番大きな町ですし、比較的何でも揃うという話を聞いていましたから、もっとにぎやかなイメージがありましたが、正直さびれている、という感じです。


「なんというか、寂しいですね」
「1000も出兵してほとんど帰ってこなかったわけですから、寂れますよ」


 そう言われるとそうでしょう。根こそぎ兵を出しているわけで、それが全く帰ってこなければ政情不安はすさまじいものになっているでしょう。
 逃げ出している人たちもいるかもしれません。
 幸い、辺境伯と言ってもその名前が付けられたころの辺境である魔の森は、現在はボク達の村をはじめ魔の森は開拓大きく開拓されたため大きく遠ざかっていますから、兵力が減っても大きな問題になりにくくはありますが。


 アランさんの案内でボク達は町を進み、お城を目指します。
 途中の村々で人数を増やしたボクたちの集団は現状30人を超えています。
 大体は各村の男爵代理である子供や兄弟ですが、先日の会議の時ボクの首を出すことを提案してきたおじいさん、ローランド男爵は男爵ご本人が来ています。年ですから後継者もちゃんと育っているので、万が一があっても問題ないという判断なのでしょう。
 ほとんどの村が人を出してきたためかなりの大所帯になってしまいました。

 街の奥にはお城、というよりもお屋敷のような建物がありました。そこが辺境伯のお屋敷のようです。
 立派な入口ですが、そこに門番もおらず、人手不足の深刻さを感じます。
 領主館なのに……
 アランさんの話だと目的地がここであっているようなので、ドアノッカーでノックをします。装飾のついた立派で重い金属製のノッカーがゴンゴン、と鈍い音を立てました。

 少しすると、扉が少し開いて、中から少女が顔を出します。黒髪で褐色肌の美少女です。彼女の大きな目がこちらをとらえると


「ぴぎゅっ!!」


 という謎の鳴き声を発して扉の向こうに戻ってしまいました。
 何でしょうか、今の。ボクも同行している人も疑問に思っていると


「エミリー!! 扉まで来たならちゃんと迎え入れなさいよ!!」
「アルゥちゃん!?」


 アルゥちゃんが扉を開けて遠慮なく中に入り始めました。
 勝手に入っていいのでしょうか。
 慌ててアルゥちゃんの後をついて建物の中に入ると先ほど扉から顔を出していた少女が転ぶ瞬間を目撃しました。思いっきり顔面から地面に落下していました。下が絨毯でなければ悶絶するレベルの転びっぷりです。


「大丈夫ですか!?」
「へぅ……」


 思わず慌てて駆け寄り、抱き上げてしまいました。
 彼女の体格は小柄なボクよりさらに小さく、さらに痩せているのでボクでも抱き上げられるぐらいです。転んだせいか、おでこが赤くなっていました。

 さっきアルゥちゃんがエミリーと呼んでいましたし、この子がマーチ辺境伯令嬢のエミリーさんでしょう。
 なんというか、辺境伯の遺伝子がどこ行ったんだ、というぐらい雰囲気が違います。
 辺境伯は巨漢で金髪碧眼の色素薄めの人でしたが、エミリーさんは黒髪黒目褐色肌と色素多めですし、体格もすごい小さいです。ボクもアルゥちゃんもこちらの世界の平均で見るとかなり小さいほうですが、それよりも一回り背が低いんですから本当に小さいですね。
 しかし、なんでそんな令嬢本人が扉まで出てきたのでしょう。
 うちならお手伝いさんもいないから下手すると男爵本人が出てくることもありますが、辺境伯は直属の家臣として子爵が二人いるし、世話を焼いてくれる人もそれなりにいるはずです。
 そういうメイドさんとか執事さんとかが出てくるものではないでしょうか。


「エミリーさま、ユーノ殿はどうしました?」
「ユーノは敗北の知らせを聞いて逃げました。付き添いの侍女は残っていましたが、敵が攻めてくると聞いたので数日前から実家に退避させています」
「……」


 アランさんの質問にそんなことを言いながらエミリーさんはボクにギュッとしがみつきました。
 寂しくて不安だったのでしょう。そして幼馴染のアルゥさんと馴染みのアランさんが戻ってきたから味方だと思ったのかもしれません。ですがボク達はその『敵』で、総大将がボクなんですけどね!! 

 あまりの状況に、強硬派筆頭のローランド男爵すら微妙な顔をしていますし、アランさんは笑顔の裏でブチ切れてますね、あれは。そりゃ主君を見捨てて逃げる同僚に怒りが収まらないのは当然でしょう。


「それでアルゥちゃん、こちらの麗しき竜騎士のお姉様のこと、紹介していただけませんか?」
「あ、えっとそれは……」


 エミリーさんの問いかけにアルゥちゃんは口ごもります。
 まあそりゃそうですよね。彼女にその責任を押し付けるのも何ですし、自分で自己紹介しましょう。


「エミリーさん、ボクはライン男爵令嬢のアーシェロットです。帝国皇女であり、あなたのお父様を殺した、あなたの敵になります」


 自分で言ってなんですが属性多いですし、エミリーさんから好かれる要素何もないですね。
 うう、褐色美少女とお近づきになれるんじゃないかという下心がありましたが、これは絶対無理です。だって自分に置き換えてみればわかります。義父や母を殺した奴が目の前にいたら絶対死んでも殺しますもん。問答無用ですよ。
 そう考えると彼女を抱えているこの状況、ちょっとヤバくないですか。

 どうしようかと思っていましたが、エミリーさんは


「そうでしたか。ごめんなさい勘違いしてしまって。アーシェロットお姉様が優しくてきれいだったので」


 と特に何もなかったのように答え、ボクの腕の中でおとなしくしていました。





 当初の予定では、辺境伯を相続予定であるエミリーさんを代表、残っているはずの子爵を辺境伯代理にして交渉予定でしたが、あまりに人が居なさすぎるので、ひとまずはアランさんを正式に釈放してエミリーさんの代理になってもらうことにしました。
 まあ現状でもほぼ自由行動でしたしね…… 捕虜返還の代金は後払い予定ですが、担保としてアルゥちゃん含め何人かこちらが抱えていますから、あまり問題はないでしょう。アルゥちゃんはアランさんの孫らしく、しかも唯一の直系血縁ということなので、彼にとって価値が非常に高いのです。将来は今持っている男爵だけでなく子爵も引き継ぐ予定だとか。すごいですね。

 閑話休題、実家と言っても同じ町の中にあるらしい侍女さんをよびもどして、エミリーさんの世話をお願いしながら、まずは交渉を始めることにしましょう。


「ひとまず身代金だけ払っていただけれ……」
「アーシェロットお姉様に辺境伯の地位の禅譲をしたいと思います」
「ふわっ!?」


 なんかとんでもないことを言われました。
 というかお姉様ってなんだ。ボクはエミリーさんと一つしか違わないはずだぞ。まあ一つ上だからお姉様でも間違っていないのだろうか。


「前辺境伯を倒した実力に、帝国皇女という血筋から言って、辺境伯を引き継ぐのにお姉様は十分だと思われます」
「いや全然十分じゃないが!?」


 それって武力と血筋だけじゃん!! 
 領主になるってそれだけじゃ全く足りないでしょ! 政治力とか、経済力とか、いろいろ必要でしょ!! 

 そう思うのですが、周りは案外その提案に肯定的です。


「確かに、アーシェ嬢が辺境伯になれば今までのわだかまりもある程度良くなるかな」
「それだけではございません。屋敷の中を見ていただいてわかるように、現状辺境伯には捕虜の身代金全額を払う力はありません。アーシェロットお姉様が辺境伯になる場合、身代金の後払いをお願いしたいと思います。捕虜の方たちを領地に戻せば、1年もあれば払えるだけの準備もできます」


 まあ、捕虜の人たち早く帰してあげたいのは確かです。正直食糧の負担も大きいし、気も使いますし。
 お家に帰って働いてもらって、自分で身代金稼いでもらえれば一番楽ですから。
 ただ、何もなく先に帰せば踏み倒されてしまいますから、ボクを辺境伯にして、ボクと、場合によっては父にその支払いの保証をさせようという算段なのでしょう。


「エミリーさん、ボクは前辺境伯であるあなたの父と、次期辺境伯だったあなたの兄を殺した人間ですよ。そんな人に引き継がせていいのですか?」
「私としては何も問題になりません。あの人たちとは血のつながり以上のものはないですから」


 何それ怖いんだけど。家族仲悪すぎでしょ。
 あまりにもあまりな話に、この場で話をまとめるのはかなり難しく感じてしまいます。
 ひとまずアランさんとエミリーさんで今後のことの話をまとめる必要もあるでしょうし、こちらもこちらでどうするか話す必要もあるでしょう。


「ご提案についてひとまず検討したいのですが」
「ではお部屋に案内します。屋敷の中は、私の部屋以外は好きに立ち入って構いません」


 そう言うと、侍女さんがボク達を案内してくれます。
 彼女についていき、ボク達はひとまずこの場を去るのでした。
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