14 / 37
第二章 帝国の現在とその闇
7 時には昔の話を
しおりを挟む
「で、ロイヘン公。あなたはどう見立ててるわけ?」
「聞けば何でも教えてもらえると思っているのかね、フロラーテ公?」
「思っているよ。愛しのヴィアナが聞いているんだよ? ヴァレリー?」
ロイヘン公ヴァレリーとフロラーテ公ヴィアナの二人が元婚約者で恋人だったという事実は、今ではほとんどだれも覚えていない。
なんせ何十年も前の話だ。
理屈っぽく陰気なヴァレリーと苛烈姫ともいわれたヴィアナの二人の恋仲等、傍から見ても首をかしげるものだっただろう。
しかし、現に恋仲であり、婚約まで済ませて、正式な結婚は秒読みだったのだ。そう、次期フロラーテ公でありヴィアナの兄が子供と一緒に馬車の事故で亡くなるまでは。
急にフロラーテ公の地位を引き継がなければならなくなったヴィアナは、当時すでに七候であるロイヘン公だったヴァレリーとは政治バランス問題から結婚できなくなったのだ。
なんせ二人の子供は七候のうちの二候を兼任することになる。
家同士の結びつきならまだ大丈夫だったが、さすがに一人が二票を持つのは許容されなかったのだ。
そうして二人は別れ、それぞれ別の者と結婚し、子供も作っていた。
だが、あの日々が嘘や幻になったわけでも、ましてや愛がなくなったわけでもない。
直接会うのは本当に二十年ぶりぐらいだろうか。
しかし、手紙のやり取りは頻繁にしていたし、政策の面で連携をすることも少なくなかった。
お互い連れ合いを亡くしている状況だと、どうしても昔を思い出してしまう。
別に、連れ合いとの愛がなかったわけではない。子供にも愛がないわけではない。
しかし、恋はあの時のまま、終わらずに残っていた。
「では聞こう。ヴィアナは、皇太子とあの竜姫殿下、どちらが勝つと思っている?」
「心情的にはアンジェリーナに10で皇太子が0、と言いたいところだがね。実質はそうだね、2対8ぐらい、でも多少贔屓目に見ている気がする。アンジェリーナが勝つ可能性は10に1つぐらいかもしれないな」
確かに正当性がない第二皇子よりは、れっきとした正当性を主張できるアンジェリーナのほうがましなのは疑いようもない。
しかし、あくまでそれは第二皇子との比較の問題であり、もともと教皇庁の人間であるアンジェリーナには致命的に人脈が足りない。
第二皇子や自分が補うとしても限度がある。皇太子を仰ぐ留守組の牙城を切り崩せるとは思えなかった。
もっとも、それをどうにかできる可能性があるのが目の前の男だ。
帝国の宮廷と行政を全てになってきた宰相は、状況をひっくり返せる可能性がある、かもしれない。
あくまでかもしれないだけだが。
なんせ帝国は多くの人間と様々な利権が絡みあう伏魔殿だ。一人でどうにかできる、というのは楽観が過ぎるだろう。
「そうか、私は7対3ぐらいだとおもっているよ」
「私よりも楽観的だね。現状あの子は押されっぱなしじゃないか」
「そうだ、アンジェリーナは現状押されっぱなしだ。それはそうだな、地縁と血縁、つまり人の和においては表面的には皇太子のほうが圧倒的に有利だからだ」
「表面的?」
「ヴィアナは政治的な動きは苦手だし、そもそも1年も帝国から離れていたからあまりわからないかもしれないね」
「もったいぶるなぁ。教えてよ」
「ではヒントだ。そもそも皇太子が動かなければ、竜姫殿下は対抗馬に立つことはなかったのではないかね。政治的に厄介なお方だが、早々に聖都に送ってしまえば、皇帝選定には絡めなかっただろう。第二皇子だって、あの竜姫殿下を餌にすれば、それなりに操縦できたはずだ。皇帝になってしまえば二人とも気にするほどの相手ではないだろう?」
「……たしかに。なぜ皇太子は動いたんだ?」
「ヒントはここまでだ。私はね、全部聞かないとわからないほど出来の悪い子は嫌いなんだ」
「わかってるよ。次はあの子を皇帝につかせるときに会いましょう」
「ああ、お休み。いまだに愛してるよ、ヴィアナ」
「私もそれは変わらない。お休み、ヴァレリー」
そうしてフロラーテ公は立ち去った。
「キミは、竜姫殿下が3だと思っていたのかな」
独り言は静寂に消えていった。
言葉の裏を察するのが苦手なのが変わっていないのが少しほほえましく思いながら、ロイヘン公も自室に戻るのであった。
「聞けば何でも教えてもらえると思っているのかね、フロラーテ公?」
「思っているよ。愛しのヴィアナが聞いているんだよ? ヴァレリー?」
ロイヘン公ヴァレリーとフロラーテ公ヴィアナの二人が元婚約者で恋人だったという事実は、今ではほとんどだれも覚えていない。
なんせ何十年も前の話だ。
理屈っぽく陰気なヴァレリーと苛烈姫ともいわれたヴィアナの二人の恋仲等、傍から見ても首をかしげるものだっただろう。
しかし、現に恋仲であり、婚約まで済ませて、正式な結婚は秒読みだったのだ。そう、次期フロラーテ公でありヴィアナの兄が子供と一緒に馬車の事故で亡くなるまでは。
急にフロラーテ公の地位を引き継がなければならなくなったヴィアナは、当時すでに七候であるロイヘン公だったヴァレリーとは政治バランス問題から結婚できなくなったのだ。
なんせ二人の子供は七候のうちの二候を兼任することになる。
家同士の結びつきならまだ大丈夫だったが、さすがに一人が二票を持つのは許容されなかったのだ。
そうして二人は別れ、それぞれ別の者と結婚し、子供も作っていた。
だが、あの日々が嘘や幻になったわけでも、ましてや愛がなくなったわけでもない。
直接会うのは本当に二十年ぶりぐらいだろうか。
しかし、手紙のやり取りは頻繁にしていたし、政策の面で連携をすることも少なくなかった。
お互い連れ合いを亡くしている状況だと、どうしても昔を思い出してしまう。
別に、連れ合いとの愛がなかったわけではない。子供にも愛がないわけではない。
しかし、恋はあの時のまま、終わらずに残っていた。
「では聞こう。ヴィアナは、皇太子とあの竜姫殿下、どちらが勝つと思っている?」
「心情的にはアンジェリーナに10で皇太子が0、と言いたいところだがね。実質はそうだね、2対8ぐらい、でも多少贔屓目に見ている気がする。アンジェリーナが勝つ可能性は10に1つぐらいかもしれないな」
確かに正当性がない第二皇子よりは、れっきとした正当性を主張できるアンジェリーナのほうがましなのは疑いようもない。
しかし、あくまでそれは第二皇子との比較の問題であり、もともと教皇庁の人間であるアンジェリーナには致命的に人脈が足りない。
第二皇子や自分が補うとしても限度がある。皇太子を仰ぐ留守組の牙城を切り崩せるとは思えなかった。
もっとも、それをどうにかできる可能性があるのが目の前の男だ。
帝国の宮廷と行政を全てになってきた宰相は、状況をひっくり返せる可能性がある、かもしれない。
あくまでかもしれないだけだが。
なんせ帝国は多くの人間と様々な利権が絡みあう伏魔殿だ。一人でどうにかできる、というのは楽観が過ぎるだろう。
「そうか、私は7対3ぐらいだとおもっているよ」
「私よりも楽観的だね。現状あの子は押されっぱなしじゃないか」
「そうだ、アンジェリーナは現状押されっぱなしだ。それはそうだな、地縁と血縁、つまり人の和においては表面的には皇太子のほうが圧倒的に有利だからだ」
「表面的?」
「ヴィアナは政治的な動きは苦手だし、そもそも1年も帝国から離れていたからあまりわからないかもしれないね」
「もったいぶるなぁ。教えてよ」
「ではヒントだ。そもそも皇太子が動かなければ、竜姫殿下は対抗馬に立つことはなかったのではないかね。政治的に厄介なお方だが、早々に聖都に送ってしまえば、皇帝選定には絡めなかっただろう。第二皇子だって、あの竜姫殿下を餌にすれば、それなりに操縦できたはずだ。皇帝になってしまえば二人とも気にするほどの相手ではないだろう?」
「……たしかに。なぜ皇太子は動いたんだ?」
「ヒントはここまでだ。私はね、全部聞かないとわからないほど出来の悪い子は嫌いなんだ」
「わかってるよ。次はあの子を皇帝につかせるときに会いましょう」
「ああ、お休み。いまだに愛してるよ、ヴィアナ」
「私もそれは変わらない。お休み、ヴァレリー」
そうしてフロラーテ公は立ち去った。
「キミは、竜姫殿下が3だと思っていたのかな」
独り言は静寂に消えていった。
言葉の裏を察するのが苦手なのが変わっていないのが少しほほえましく思いながら、ロイヘン公も自室に戻るのであった。
0
あなたにおすすめの小説
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい
廻り
恋愛
第18回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました。応援してくださりありがとうございました!
王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。
ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。
『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。
ならばと、シャルロットは別居を始める。
『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。
夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。
それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
悪役令嬢?いま忙しいので後でやります
みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった!
しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢?
私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる