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これより洗礼の儀を執り行う

19、おっさんタイマン張ろうぜ

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「どうかな」

  その日の放課後デートにて。
  ハンバーガーショップで夕飯には早すぎるチーズバーガーを食べながら、響季は零児に伝えた。
  友達が、カッキーが献結で貰える声優のポスターを欲しがっていると。

 「べつにいいけど」

  だがそんなことよりも零児はハンバーガーとセットで貰えたフィギアに夢中だった。
  響季のセットの分と合わせて二体。
  零児が頼んだ女の子向けのミニ球体関節ドールと、響季が頼んだ男の子向けのミニ戦闘機。
  球体関節ドールはミニサイズなのに気持ち悪いくらいに職人の技が行き届いた逸品で、戦闘機はチーズバーガーやシェイク、ポテトなどがノーズアートとして描かれていた。
  本来なら小さなお子様向けだが、

 「びゅーん、ばばばばばッ!」

  遊んでいる女子高生は戦闘機を手に口でガドリングガンの音をマネ、小さな男児と変わらない。

 「プアプア、プルアップ!プアプア、プルアップ!ダメです!機体がもう持ちません!」

  戦闘機を空中で遊ばせながら墜落しそうな警告音をマネる。
  口を手で覆い、ボイスレコーダー越しに残された声も。

 「やめて、怖いわっ」
 「V字回復」
 「ああ、よかった」

  響季が演出に異を唱えると、戦闘機はすぐに機首を持ち上げ、トレイと紙広告の海に突っ込むこと無く上昇していった。しかし、

 「はっ、あの機体は!」

  突然零児が声音を変え、台詞口調になる。
  いつの間にかシェイクの蓋の縁に球体関節ドールが腰掛けていた。どうやらその声らしいが、

 「げへっ!えっへ、かはっ!」

  違和感なくシェイクに鎮座するドールに、チキンナゲットを食べていた響季がむせる。

 「けっぱれー!お国のために敵の玉さ取ってこーい!」

  それに追い打ちをかけるように、零児は特攻隊を見送る球体関節村娘を演じる。
  豪奢なひらひらスカートと縦ロールに、戦前の田舎言葉があまりにもミスマッチだが、ひと通り人形コントを堪能すると、

 「いつにする?」

  零児があっさり役を降り、訊いてきた。

 「エッ?ああ、えっとそうだな」

  突然終わった寸劇に、響季は慌てて財布から献結カードを、通学バッグからスケジュール帳を出し、最短でいつなら次回の献結が出来るかを見る。
  二人の予定が合い、かつ二人の献結がOKになる日でないといけないが。

 「早い方がいいんだっけ」
 「いや?べつにそんなこともないけど」

  特に急かしたつもりはないのにそう訊いてくる零児に、響季がぽかんと答える。

 「だって早く行かないと無くなっちゃうよ?」

  いつもならドンと構えている零児だが、珍しく急かしてくる。
  遠回しに、早くお出かけしましょうと言ってるわけでもさそうだしと響季は考えるが、

 「でもアイドルとかじゃないし。そんなに瞬殺ってわけでは」

  結局はお気楽に答える。
  ポスターキャンペーンは始まったばかりだ。
  そう急ぐ必要もないと。

 「ふうん」

  それを聞き流すようにして、零児はチーズバーガーを食べ始めた。



 次回の献結が解禁となって数日後の昼過ぎ。
  響季達は電車でポスター配布キャンペーンを行っている献結ルームまでやって来た。
  献血/献結ルームと書かれたドアを開けると、

 「わ」

  最初に入った響季が面食らう。
  午後からの部が始まる直前なのか、待合スペースにはかなりの人が待っていた。
  献血ルームと献結ルームを兼ねているのだろうが、響季達が行きつけのルームに比べると酷く狭い。
  奥を見ると革張りベンチが並んだような休憩スペースも無い。こちらも待合スペースと兼用なのかもしれない。
  受付を済ませた響季が座った後も、人が次々やって来て、ついには満席になった。
  年齢層を見ると皆献血希望らしいが、受付に少々手間取った零児は座れなかった。

 「れいちゃん座る?」
 「べつにいい」
 「そう…」

  響季が訊くが、待合スペースに置いてあったフリーペーパーを立ったまま読みながら、零児はつれない返事をする。
  どこか居心地悪くしながら響季が午後の部開始を待っていると、髪を金というよりレモン色に染め上げたパンキッシュな女の子が待合室にやって来た。
  二十歳くらいか、腕には包帯が巻かれ、どうやら献血か、あるいは献結を終えたばかりらしい。
  午前の部最後の子のようだが、

 「あ」

  その女の子が立ち尽くす。
  座れるところがないのだ。
  座って身体を休まなくてはならないが、座る場所が無い。
  周囲を見回し響季はすぐに、

 「ここ、良かったら」

  紳士的な態度で席を譲った。

 「えっ、でも」
 「私、これからなんで。終わったばっかでしょう?」

  そんな、と断る女の子に、響季は自分は大丈夫なのでという理由も添えて勧める。

 「あ…、ありがとうございます」
 「いえ」

  はにかみながら女の子がぺこ、と黄色い頭を下げる。
  パンクなのは髪色だけで、中身はさほどでもないらしい。
  響季もむずむずしながら頭を下げる。
  だがそれを見ていた零児の目の温度がすっと下がったことに気付いた。
  他の女の子に優しくしたことへのやきもちかと思ったが、視線は自分の後ろに刺さっている。
  なんだと響季が振り向くと、

 「あ…」

  先程まで立っていた男性の一人が空いた席にどっかり座り、居眠りを決め込むように腕組みして俯いていていた。

 「えっと…」

  その状況に、紳士とは思えない行動に響季が何も言えないでいると、

 「おっさん立てよ」

  凛とした声がそう言った。
  零児だ。

 「ちょっ、と!」

  その言い方に響季の方が慌てる。
  案の定、男性が座ったままぎろりと見上げてきた。

 「この子はそのおねーさんに譲ったんだよ。あんたじゃない」

  この子と響季を、そのおねーさんとパンキッシュ娘を零児が視線だけで示す。
  こんな狭い同じ空間にいたならわざわざ説明するまでもないが、

 「若いんだから立ってろ」

  男性は尚もぶすっとしたままそう言った。
  その言葉に、零児のアーモンドアイが冷たく火を点し、

 「なるほど。この国の人間の血は上にいくほど腐ってますね」

  恐ろしく冷たい声でそう言い放った。

 「俺ぁこれから献血するんだぞ!」

  さすがに逆鱗に触れたのか、男性は善意の行動を盾に、噛みつかんばかりの勢いでそう怒鳴る。

 「だったらこのおねーさんは善意の行動を終えたばっかだけど。ろくに休ませないで帰る途中ぶっ倒れたらここのルームの責任になるかもよ?」

  零児の脅しがかった正論を耳に、響季が男性陣を観察する。
  こんなにも言われてるのに席を立ち、あるいは席を詰めてお嬢ちゃんここ座んなよとは言わない。
  それがこの場を収束させる一番有効な手なのに。
  怒鳴っている男性もおそらく引っ込みがつかなくなっただけだ。
  なのに全員が満員電車で座れたサラリーマンのように足をどっかり開いて、我関せずの姿勢を貫いていた。

 「献血するくらい体力あるなら立ってられるでしょ」

  零児が尚も言うが、男性は無視を決め込んだ。
  いや、何かぶつぶつ言っていた。何で俺がだの、近頃の若いやつはだのと。そして、

 「あの…、私いいですから」

  ついにパンキッシュ娘が辞退を申し出てしまった。
  身体を気遣ってしたことなのに、逆に元気を無くさせてしまった。
  元気なレモンヘアーが、響季にはくすんで見えた。


 「ほら、いいってよ」

  腕組みしたまま男性が大きな声で言う。
  響季が自分の不甲斐なさを感じていると、

 「どうかされました?」

  事態を察知してルームの職員さんがやって来た。
  男性もさすがに気まずそうな顔をする。
  そして零児が口を開き、説明するより早く、

 「お嬢ちゃんここいいよ。座んな」

  恰幅のいい男性が立ち上がり、席を譲ると言い出した。
  響季も含め、その場にホッとした空気が流れるが、

 「あと2つだよ。私とこの子の分」

  裏ピースするように零児が手の甲を見せて二本の指を立てた。
  ホッとした空気が一瞬にしてえっ!?と固まる。
  こいつはなにを言ってるんだと。達の悪い輩かと。だが、

 「私達はだいぶあとです。先に来た人たちはどうせすぐ順番来るでしょ?そんなギリギリまで座ってたいんですか?貯金額と一緒でみみっちいですね」

  小柄な小娘はそう言い放った。
  その言葉に我関せずだった男性達が怒りに任せ、ガタッと立ち上がるが、

 「お待たせしましたぁー。午後の部開始しまーす。えーと、福田さーん、大谷さーん」

  のんびりした口調で奥にいた看護士さんがそう言ってきた。
  そして受付した順に次々名前を呼ぶ。
  そのほとんどが貯金額を小バカにされ、立ち上がった男性達で、待合スペースはあっという間に半分以下の人数になった。
  零児が空いた席に悠々と座り、響季も周囲に申し訳なさそうにしながら隣に座った。
  パンキッシュガールも、零児に恐怖してか二人から距離をとって座った。

 「喧嘩ってのはこうやります」
 「喧嘩しないで…」

  フリーペーパーを見ながら言う零児に、響季は涙声でそう言った。
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