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アニラジを聴いて笑ってる僕らは、誰かが起こした人身事故のニュースに泣いたりもする。(上り線)

29、なんてかわいいのかしら。わたしのあのひとは

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 一人のディーヴァが楽しそうな声と顔でそう言った。少女のような、華やかでめちゃくちゃよく通る声で。
  前後をモールスタッフ、メイクさん、レコード会社社員、テレビクルー、カメラマン等にがっちり挟まれた大名行列のような体で、四人のディーヴァ達がすぐ間近までやって来ていた。
  先頭のpinetはあまりよくわかってない顔で。続くGURASSEはおっ、という少し楽しそうな顔で。更にその後ろのCrispy-Naはすごく楽しそうな顔で。一番後ろのParfaitはぐびぐびミネラルウォーターを飲んでいた。
  Crispy-Naの声でその列は止まっていたが、

 「あ、う」

  至近距離で見るスター様達に、響季がスリラーポーズのまま固まる。
  ディーヴァ達は先程のようなステージとの距離ではなく、すぐ目の前に立っていた。
  その向こうには見送りのために駆け寄ろうとしたファン達が道を塞がないで!と係員に制止されていた。
  そしてすぐ近くにいるょぅじょ様は彼女達の凄さなどわかるはずもなく、きょとんと見上げていた。
  立ち話をしていたお母さん達もこちらを見ているが、何あの人達誰?有名な人?という視線を向けていた。
  あれだけのパフォーマンスをしても、彼女達の歌声は届いていない人には届いていない、知らない人には知らないのだ。
  こんなに凄い人達がこんなに目の前にいて、でも自分よりもファンの人達はもっと遠くでせき止められ、けれど自分と同じくらい至近距離にいる人間はこの人達の凄さに気づいていない。
  そんな非日常感ともったいないくらいの独り占め感を響季は処理しきれなくなる。
  確かに時空が歪んでいた。
  そしてそんな異空間で、

 -何か言わなきゃ、言わなきゃ!

  その場で固まったまま響季は必死に言葉をひねり出そうとする。
  なのに何も出てこない。
  なんでもいいのに、なにか一言言いたいのに言葉が出てこない。
  体温が急上昇し、頭の中がぐるぐるする。
  そんな、いつかの公録のような状態に陥り、

 「おっ、おおおお姉さんたちっ、良かったよ!」

  自分でもよくわからないまま、そう言って拳を突き出した。
  グッジョブ!でしたと。すると、

 「おっ、そっちもいい体操だったぞ!」

  Crispy-Na先生は笑顔で立てた親指をびしっと付き出してきた。
  そんな奇跡のようなやりとりを二人は交わすが、

 「早くっ」

  Crispy-Naが後ろからスタッフに急かされ、それを合図にまた列が進みだす。
  だが響季の前を通り過ぎる寸前、pinetは会釈し、GURASSEは手を振ってくれて、Crispy-Naはチャーミングなウインクをしてくれた。
  そして先頭に立つスタッフが手をかざすと、エレベーターホールの壁の一部がスライドし、ぽっかりとした空間が現れた。

 「うわ」

  響季が驚きの声を上げると、みんなにはナイショだよ、とParfaitが人差し指を立ててこちらに軽くウインクして見せた。
  女子中高生ファンならイチコロな攻撃を食らっていると、大名行列はなんでもない、何も描かれていないクリーム色の壁の中に消えていった。
  あとはだいぶ手前でせき止められたファンと、妙なファンに追いかけられず安堵した見送りスタッフと女子高生と女児だけが残った。
  先程までステージで歌声を披露していたディーヴァ達が風のように通り過ぎ、楽しそうに笑っていた。
  言葉を交わした。
  笑ってくれた。
  笑いかけてくれた、ではない。
  いい体操というよくわからない言葉で褒めてくれた。
  自分のパフォーマンスを見て笑ってくれた。
  そちらに向けてのパフォーマンスではなかったのに、笑顔にさせてあげられた。

 「んふ、ふふ」

  目の前で起きたことをゆっくり消化していくと、響季の足先からじわじわした嬉しさがこみ上げてきた。
  つられるように口も勝手にニヤニヤしだすが、

 「へ?」

  続きをねだるようにょうじょ様が服をくいくいと引っ張ってきた。
  不満そうに口をへの字に曲げて、ダンスがまだ途中だと。

 「あ、そっか。えーと」

  そうだ、こっちのお客さんがほったらかしだったと対応しようとすると、

 「秘雌(ひめ)ちゃんっ!」

  ママトークを終えたお母さんがようやく登場してくれた。

 「すいません。もう、ひめちゃんっ!勝手にウロウロしちゃダメでしょ!すいません本当に」
 「ああ、いえ」

  そう頭を下げるお母さんに、響季がこちらこそと頭を下げる。

 「ほら、帰るわよ」

  怒られてしまったひめちゃんはお母さんに連れて行かれながらも、こちらを振り向き、響季に手を振ってくる。

 「ば、ばいばーい」

  それに響季も笑顔で対応するが、ひめちゃんは一度前を向き直ってもまたすぐに振り向き、手を振ってきた。

 「うん、ばいばぁーい。…ああ、うん、ばいばーいっ。ばいばぁーいっ!もうわかったから!!ばいばーいって!ばいばーいっ!!だからばいばいーって!」

  見えなくなるまで何度も何度も振り向き手を振ってくるひめちゃんに、響季は戸惑いながらも律儀に、同じように何度も何度も手を振り返した。
  最初は小さく、最後の方は大きく。

 「はあ……。よし、もう行っ、ばっ!い、ああ、違うか…。……ほぅ」

  そしてひめちゃんがようやく見えなくなったところで、改めて嬉しさを反芻する。
  ディーヴァ達が至近距離で通過していく様を見れたことを。話しかけ、笑ってくれたことを。

 「…ふ。んふふ」

  両手で頬を包み込むようにして興奮を抑えこむ。
  両手で口元を抑えてため息をつき、また頬を包み込む。
  傍から見れば寒さをやり過ごしているように見えるが違う。
  少しその場で足踏みをしたあと、響季はディーヴァ達が消えていったドアの方に視線を向け、一人むずむずニヤニヤする。
  ぱたぱた、もじもじ、ほう。
  まるで夢みたいに美味しいお菓子を初めて食べた子供のように、響季は嬉しさを消化していた。


  それを、アーモンドアイの少女だけが見ていた。
  ょぅじょ様相手にバレエのステップを見せ、自分が教えた教育番組のダンスを踊り、ディーヴァ達を前におろおろ。
  見えなくなるまで手を振ってくるょぅじょ様に律儀に手を振り返し、ディーヴァ達がすぐ目の前を通過した嬉しさを、美味しいお菓子のように噛みしめる。
  その一部始終を全て。
  なんて可愛いらしい人なんだろうと思いながら。
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