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アニラジを聴いて笑ってる僕らは、誰かが起こした人身事故のニュースに泣いたりもする。(上り線)
30、大好きのバケツがひっくり返って足元びちょびちょ
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「はあー…。うわ、さっぶ」
甘い体験を充分噛み締めた後。
テンションが落ち着いたのか急に寒さが響季の頬を撫でた。そして、
「あ、れいちゃーん」
今更気づいたように零児に手を振ってくる。
嬉しそうに、ょぅじょ様に手を振ったのとは違う柔らかさで。
なんてことないそんな仕草だけでも零児はドキッとした。
「なんか結果的にあたしが一番いいとこで見ちゃったみたいですいやせんね」
「うん…」
駆け寄ってきた響季が笑顔でサーセンと首をすくめながら言う。
響季は時空のゆわんゆわんも見れたし話しかけてももらえた。
結果的に自分が一番美味しい思いをしてしまったということを詫びるが、そんな姿さえ零児には可愛く見えた。
「でもすごかったぁー、四人ともー。間近で見るとオーラハンパ無いし。ぱるふぇたんとかすごい細かったし。お水ぐびぐび飲んでたし」
「うん…」
そして至近距離でディーヴァ達を見ての感想を響季が述べるが、どうにも零児の反応が薄い。
あんなに見たかったはずなのに。
自分が見れなかったことにむすっとしているようだが違う。
なんだかぼうっと響季を見ていた。
それに対し、ああ寒いからかと思い、
「ちょっと雨降りそうだし、どっか入る?れいちゃん」
「うん…」
響季がどこか店に入ってで寒さを凌ごうと言うが、零児はまたしても反応が薄い。
返事も曖昧でぼんやりとしていた。
いやさっきからずっとそうだった。
「どした?おなかすいた?つかれた?ねむい?のどかわいた?」
響季がそう矢継ぎ早に訊いてくる。
当然わざとだ。
心配していると見せかけてのウザ攻撃だったが、うぜぇともツッコまず、零児はただこちらを見上げてくるだけだった。
相手が自分を心配してくれる嬉しさを、零児はじんわり噛み締めていた。
しかし響季からすればその反応はおかしく映る。
見れば零児の頬がうっすら赤くなっていた。
「どうしたの?寒い?風邪引いた?お腹痛いの?」
本格的に響季が心配しだすが、零児はもっと嬉しくなってしまう。
なんだかその顔を見られたくなくて俯いてしまうと、零児の視界にあるものが入ってくる。
響季の手だった。
まだ手袋をしていない、自分より少し大きな手。
華奢で細過ぎるということもない、女の子にしてはカチッとしたややしっかりとした手。
その手に触れたいと、零児は強く思った。
今まで触れたことなどあるだろうに、なぜかはわからないが今はひどくそれに執着していた。
零児は自分の中の制御出来ない何を感じていた。
「ねえ、顔赤いよ?熱あるんじゃないの?」
ますます染まる頬に熱があるのではと、響季がそれに手で触れてみると、
「ふあ」
「えっ!?」
てっきりなにすんだと怒られるかと思ったが、返ってきたのは気の抜けた声だった。
触れたかった手に身体を触れられ、零児からはびっくりしたのと嬉しさが混じった声が出た。
だが響季にはその声の意味がわからない。
見ると零児は何かに視線を奪われていた。
頬に触れた自分の手。いや、その先の向こう。
先程の隠し通路のように零児の視線を辿ると、そこには手を繋いだカップルがいた。
ここだけではない。そんなカップルはそこかしこにいた。
もしかして手を繋ぎたいのだろうかと響季が推理するが、いやこのコはそんなベタベタした触れ合いは好まないはずだとすぐに却下する。
そして別の理由を探すが、
「えっ、と」
零児は何も言わず、期待のこもった潤んだ目を向けてくるだけだった。
しかしその目がどうにもおかしい。
そもそも何を期待されてるかわからない。
恐る恐る熱を測るように手で額に触れるが、やはり零児は怒らない。
「んんっ」
びっくりしたように一瞬身を引くだけでその場に留まり、やり返してこない。
ぴりっとしたような電流が身体の中を走り、触れてくれる額から嬉しさが拡がる。
零児はそれを味わっていた。
だが響季にはそれがわからない。
こんなことをされたらガチっと歯を鳴らして手に噛み付いてきてもいいくらいなのに。
これではなかったかと、制服と首筋の間に手を差し入れてみるが、
「ふぃっ」
暖かい首筋に冷たい手を差し入れられるという冬場特有の嫌がらせをされても、零児はやはり変な声を上げるだけでされるがままだった。
これはおかしいと今度はほっぺを手でむにっとつまんでみる。
見た目以上にすべすべで柔らかい頬はされるがままに引っ張られる。
二人のいつもの関係性からすればお戯れが過ぎた。
これなら流石に手を振り払い、ローキックの一発でも食らわされるだろうと期待するが、
「は、ふ」
零児はそれも甘んじて受けていた。
その反応と甘ったるい声に驚き、響季がびくっと手を引く。
なぜ反抗しないのか、されるがままなのか。
いや、それよりどうしてもっと面白いリアクションを取ってくれないのか。
だがなぜだかもう一度今のような声が聞きたかった。
また頬に触れ、響季が暖かさと柔らかさを確かめるように堪能する。
指先が耳に触れるとこちらも熱を持ったように暖かかった。
複雑な作りの縁の部分と、ピアスをしていない耳たぶにも触れてみる。
指で挟みこむようにし、そのまま顎のラインまで手をすべらせると、
「ふ、あ」
今度ははっきりと零児が甘い声を上げた。
その声に、響季は自分達がいる場所を急に思い出し、これ以上はいけないと手を引く。
ほとんど人の来ないモールの外れだが、だからといってこの行為はおかしかった。
それに対し、零児は熱を持った瞳で残念そうに見てきた。
それは見たことのない表情。いや、見てはいけない表情だった。
友達同士の戯れではしてはいけない表情だった。
そして零児はといえば、自分では制御出来ないドキドキを体感していた。
苦しいのに心地良い胸の高鳴りと、ぐるぐると全身を循環する血液。
いつもなら脳に行き着く血液は、なぜか今日は下に下に注がれていく。
本人の気付かないところで身体の中で何かが変化していた。
二人の周囲になんとも言えない空気が停滞し、
「手袋…、しなよ」
赤い頬に反し、白くて寒そうな手を温めるように響季が言う。
だが零児は違うものを望んでいた。だから、
「いい」
「なんで?手袋持ってるでしょ?カバンの中?」
「めんどくさい」
欲しいのは彼女の手なのに、手袋なんてしたくない。
だから駄々をこねる。
しかしそんな考えなんて気づきもしない響季は、
「冷えちゃうって。しなさいよ」
小さい子に言いきかせるように強めの口調で言う。
それでも零児はいやいやと小さく首を横に振るだけだった。
おかしい。こんな聞き分けのない子ではなかったはずだ。
さっきまでは向こうがおかあさんなくらいだった。
いや、もっと面白い返しが出来るはずだ。
そう考える響季に、ある声が聞こえてきた。
それは女性声優のラジオで何度も何度も交わされてきたトークだ。
「寒い日とかにぃ、自分の好きな男の子がいきなり手ぇ繋いでくれて、ほら寒いだろってコートの中に手入れてくれるのっ!ぶっきらぼうに!」
「なにそれ超萌えるー(笑)ちょっとツンデレ入ってるし!」
「でしょー?(笑)」
そんな、冬になると声優ラジオから聞こえてくるチープな妄想話を響季は思い出していた。
なぜ急に思い出したのかわからない。
しかし目の前の零児を見て急に思い出した。
響季自身は聴くたび鼻で笑っていたお決まりトークだ。
いやそんなことは今はどうでもいい。手を冷たくさせたままではよくない。こんな才能ある手を。
クールでクレイジーな笑いを紡ぎだす手を。
だがいつものそのクールさが、どうにも今日は目の前の少女と合致しない。
零児があのチープでベタな萌えシチュエーションを望んでいるような気がしたからだ。
まさか、そんな。
ご冗談でしょう?
しかし自分に向けられているのは紛れも無く恋をしている目だった。
恋という熱に浮かされ、欲望に濁った目だった。
してほしいという欲望ばかりに囚われた目。
もじもじと、自分からは仕掛けずただ待っているばかりの目。
あるいはドS彼氏にされるがままのドM彼女の目。
聡明で、どこかとんでもないところまで導いてくれるいつものクールなアーモンドアイは欠片もない。
そしてそんな視線の先にいるのは、自分。
「あ…」
その時響季は気付いた。
彼女をこんなにダメにさせているのは自分だと。
反応の悪さ。切れの悪さ。
以前都会の献結ルームに行った時も感じたアレだ。
才能ある彼女の脳は、恋にも似た蝕む毒で侵されていた。
それによってどこにでもいる恋する少女に成り下がっていた。
あんなにも世界を動かす力がある。裏から操る力がある。
人知れず誰かに華を添え、上へと押し上げる力があって、先がまったく読めない複雑怪奇なことを仕掛けてくる。
なのに何の才能もない自分に好意を向け、クールなオモシロ思考回路をくだらない恋の熱でオーバーヒートさせていた。
手ぐらい、繋ぎたいならとっとと掴んで、一生離さないぐらいの勢いで握ればいいのに。
骨を砕くぐらいの握力で握りこんで、痛がる自分のリアクションを愉しめばいいのに。
何を遠慮しているのだろう。
そんな考えに至った時。
響季の中に、申し訳無さと行き場のない怒りが生まれた。
そこに、一滴の嫉妬が垂らされた。
「……誰だよ、お前」
お前だなんて女の子には絶対言ってはいけない言葉だ。
だが響季は言ってしまった。
目の前にいるのがただの恋する女だったから。
貪欲で、好きな人のことしか見えてない、頭空っぽオンナだったから。
いや、それ以下だった。
そんな相手には、お前で充分だった。
「お前なんて、知らねえよ」
一度も出したことのないような低い声でそう告げると、零児は絶望の瞳で見上げてきた。
母親に捨てられたような悲しい子供の瞳。
飼い主に捨てられる子犬の目。
常に先を歩いていて欲しいのに、すがるような目で見てきた。
響季はその目から視線を逸らすことが出来ない。
-そんな目で見ないで。
もっとクールで、常に聡明で、自分の考えもつかないようなことをしてほしいのに。
なのに今は彼女の考えが手に取るようにわかった。
絶望の瞳からはまだ涙はこぼれない。
だがそれも時間の問題だった。
潤んでいる瞳から悲しみの色が見え始めた。
「あ…」
それに耐えきれず、響季はその場から逃げ出した。
身を翻すと脇目もふらず、モール内にいる幸せな人達の間を泳ぐようにして。
早く、一刻も早く彼女の視界から消えなきゃと。
こんな何もない自分になんか目を向けないように。
自分のことなんかに気を取られなければ、彼女は以前のようなクレイジーさでもって笑いの小爆発を起こしてくれる。
だから、消えなきゃと。
そして、取り残され方は自分の元から走り去る少女をずっと見ていた。
追いかけることも出来ない。
それに合わせるように雨が降り出し、気温は更に下がり始める。
一人でいるのが辛すぎるほどに。
零児はその場を、一歩も動けずにいた。
《了》※下り線に続きます
甘い体験を充分噛み締めた後。
テンションが落ち着いたのか急に寒さが響季の頬を撫でた。そして、
「あ、れいちゃーん」
今更気づいたように零児に手を振ってくる。
嬉しそうに、ょぅじょ様に手を振ったのとは違う柔らかさで。
なんてことないそんな仕草だけでも零児はドキッとした。
「なんか結果的にあたしが一番いいとこで見ちゃったみたいですいやせんね」
「うん…」
駆け寄ってきた響季が笑顔でサーセンと首をすくめながら言う。
響季は時空のゆわんゆわんも見れたし話しかけてももらえた。
結果的に自分が一番美味しい思いをしてしまったということを詫びるが、そんな姿さえ零児には可愛く見えた。
「でもすごかったぁー、四人ともー。間近で見るとオーラハンパ無いし。ぱるふぇたんとかすごい細かったし。お水ぐびぐび飲んでたし」
「うん…」
そして至近距離でディーヴァ達を見ての感想を響季が述べるが、どうにも零児の反応が薄い。
あんなに見たかったはずなのに。
自分が見れなかったことにむすっとしているようだが違う。
なんだかぼうっと響季を見ていた。
それに対し、ああ寒いからかと思い、
「ちょっと雨降りそうだし、どっか入る?れいちゃん」
「うん…」
響季がどこか店に入ってで寒さを凌ごうと言うが、零児はまたしても反応が薄い。
返事も曖昧でぼんやりとしていた。
いやさっきからずっとそうだった。
「どした?おなかすいた?つかれた?ねむい?のどかわいた?」
響季がそう矢継ぎ早に訊いてくる。
当然わざとだ。
心配していると見せかけてのウザ攻撃だったが、うぜぇともツッコまず、零児はただこちらを見上げてくるだけだった。
相手が自分を心配してくれる嬉しさを、零児はじんわり噛み締めていた。
しかし響季からすればその反応はおかしく映る。
見れば零児の頬がうっすら赤くなっていた。
「どうしたの?寒い?風邪引いた?お腹痛いの?」
本格的に響季が心配しだすが、零児はもっと嬉しくなってしまう。
なんだかその顔を見られたくなくて俯いてしまうと、零児の視界にあるものが入ってくる。
響季の手だった。
まだ手袋をしていない、自分より少し大きな手。
華奢で細過ぎるということもない、女の子にしてはカチッとしたややしっかりとした手。
その手に触れたいと、零児は強く思った。
今まで触れたことなどあるだろうに、なぜかはわからないが今はひどくそれに執着していた。
零児は自分の中の制御出来ない何を感じていた。
「ねえ、顔赤いよ?熱あるんじゃないの?」
ますます染まる頬に熱があるのではと、響季がそれに手で触れてみると、
「ふあ」
「えっ!?」
てっきりなにすんだと怒られるかと思ったが、返ってきたのは気の抜けた声だった。
触れたかった手に身体を触れられ、零児からはびっくりしたのと嬉しさが混じった声が出た。
だが響季にはその声の意味がわからない。
見ると零児は何かに視線を奪われていた。
頬に触れた自分の手。いや、その先の向こう。
先程の隠し通路のように零児の視線を辿ると、そこには手を繋いだカップルがいた。
ここだけではない。そんなカップルはそこかしこにいた。
もしかして手を繋ぎたいのだろうかと響季が推理するが、いやこのコはそんなベタベタした触れ合いは好まないはずだとすぐに却下する。
そして別の理由を探すが、
「えっ、と」
零児は何も言わず、期待のこもった潤んだ目を向けてくるだけだった。
しかしその目がどうにもおかしい。
そもそも何を期待されてるかわからない。
恐る恐る熱を測るように手で額に触れるが、やはり零児は怒らない。
「んんっ」
びっくりしたように一瞬身を引くだけでその場に留まり、やり返してこない。
ぴりっとしたような電流が身体の中を走り、触れてくれる額から嬉しさが拡がる。
零児はそれを味わっていた。
だが響季にはそれがわからない。
こんなことをされたらガチっと歯を鳴らして手に噛み付いてきてもいいくらいなのに。
これではなかったかと、制服と首筋の間に手を差し入れてみるが、
「ふぃっ」
暖かい首筋に冷たい手を差し入れられるという冬場特有の嫌がらせをされても、零児はやはり変な声を上げるだけでされるがままだった。
これはおかしいと今度はほっぺを手でむにっとつまんでみる。
見た目以上にすべすべで柔らかい頬はされるがままに引っ張られる。
二人のいつもの関係性からすればお戯れが過ぎた。
これなら流石に手を振り払い、ローキックの一発でも食らわされるだろうと期待するが、
「は、ふ」
零児はそれも甘んじて受けていた。
その反応と甘ったるい声に驚き、響季がびくっと手を引く。
なぜ反抗しないのか、されるがままなのか。
いや、それよりどうしてもっと面白いリアクションを取ってくれないのか。
だがなぜだかもう一度今のような声が聞きたかった。
また頬に触れ、響季が暖かさと柔らかさを確かめるように堪能する。
指先が耳に触れるとこちらも熱を持ったように暖かかった。
複雑な作りの縁の部分と、ピアスをしていない耳たぶにも触れてみる。
指で挟みこむようにし、そのまま顎のラインまで手をすべらせると、
「ふ、あ」
今度ははっきりと零児が甘い声を上げた。
その声に、響季は自分達がいる場所を急に思い出し、これ以上はいけないと手を引く。
ほとんど人の来ないモールの外れだが、だからといってこの行為はおかしかった。
それに対し、零児は熱を持った瞳で残念そうに見てきた。
それは見たことのない表情。いや、見てはいけない表情だった。
友達同士の戯れではしてはいけない表情だった。
そして零児はといえば、自分では制御出来ないドキドキを体感していた。
苦しいのに心地良い胸の高鳴りと、ぐるぐると全身を循環する血液。
いつもなら脳に行き着く血液は、なぜか今日は下に下に注がれていく。
本人の気付かないところで身体の中で何かが変化していた。
二人の周囲になんとも言えない空気が停滞し、
「手袋…、しなよ」
赤い頬に反し、白くて寒そうな手を温めるように響季が言う。
だが零児は違うものを望んでいた。だから、
「いい」
「なんで?手袋持ってるでしょ?カバンの中?」
「めんどくさい」
欲しいのは彼女の手なのに、手袋なんてしたくない。
だから駄々をこねる。
しかしそんな考えなんて気づきもしない響季は、
「冷えちゃうって。しなさいよ」
小さい子に言いきかせるように強めの口調で言う。
それでも零児はいやいやと小さく首を横に振るだけだった。
おかしい。こんな聞き分けのない子ではなかったはずだ。
さっきまでは向こうがおかあさんなくらいだった。
いや、もっと面白い返しが出来るはずだ。
そう考える響季に、ある声が聞こえてきた。
それは女性声優のラジオで何度も何度も交わされてきたトークだ。
「寒い日とかにぃ、自分の好きな男の子がいきなり手ぇ繋いでくれて、ほら寒いだろってコートの中に手入れてくれるのっ!ぶっきらぼうに!」
「なにそれ超萌えるー(笑)ちょっとツンデレ入ってるし!」
「でしょー?(笑)」
そんな、冬になると声優ラジオから聞こえてくるチープな妄想話を響季は思い出していた。
なぜ急に思い出したのかわからない。
しかし目の前の零児を見て急に思い出した。
響季自身は聴くたび鼻で笑っていたお決まりトークだ。
いやそんなことは今はどうでもいい。手を冷たくさせたままではよくない。こんな才能ある手を。
クールでクレイジーな笑いを紡ぎだす手を。
だがいつものそのクールさが、どうにも今日は目の前の少女と合致しない。
零児があのチープでベタな萌えシチュエーションを望んでいるような気がしたからだ。
まさか、そんな。
ご冗談でしょう?
しかし自分に向けられているのは紛れも無く恋をしている目だった。
恋という熱に浮かされ、欲望に濁った目だった。
してほしいという欲望ばかりに囚われた目。
もじもじと、自分からは仕掛けずただ待っているばかりの目。
あるいはドS彼氏にされるがままのドM彼女の目。
聡明で、どこかとんでもないところまで導いてくれるいつものクールなアーモンドアイは欠片もない。
そしてそんな視線の先にいるのは、自分。
「あ…」
その時響季は気付いた。
彼女をこんなにダメにさせているのは自分だと。
反応の悪さ。切れの悪さ。
以前都会の献結ルームに行った時も感じたアレだ。
才能ある彼女の脳は、恋にも似た蝕む毒で侵されていた。
それによってどこにでもいる恋する少女に成り下がっていた。
あんなにも世界を動かす力がある。裏から操る力がある。
人知れず誰かに華を添え、上へと押し上げる力があって、先がまったく読めない複雑怪奇なことを仕掛けてくる。
なのに何の才能もない自分に好意を向け、クールなオモシロ思考回路をくだらない恋の熱でオーバーヒートさせていた。
手ぐらい、繋ぎたいならとっとと掴んで、一生離さないぐらいの勢いで握ればいいのに。
骨を砕くぐらいの握力で握りこんで、痛がる自分のリアクションを愉しめばいいのに。
何を遠慮しているのだろう。
そんな考えに至った時。
響季の中に、申し訳無さと行き場のない怒りが生まれた。
そこに、一滴の嫉妬が垂らされた。
「……誰だよ、お前」
お前だなんて女の子には絶対言ってはいけない言葉だ。
だが響季は言ってしまった。
目の前にいるのがただの恋する女だったから。
貪欲で、好きな人のことしか見えてない、頭空っぽオンナだったから。
いや、それ以下だった。
そんな相手には、お前で充分だった。
「お前なんて、知らねえよ」
一度も出したことのないような低い声でそう告げると、零児は絶望の瞳で見上げてきた。
母親に捨てられたような悲しい子供の瞳。
飼い主に捨てられる子犬の目。
常に先を歩いていて欲しいのに、すがるような目で見てきた。
響季はその目から視線を逸らすことが出来ない。
-そんな目で見ないで。
もっとクールで、常に聡明で、自分の考えもつかないようなことをしてほしいのに。
なのに今は彼女の考えが手に取るようにわかった。
絶望の瞳からはまだ涙はこぼれない。
だがそれも時間の問題だった。
潤んでいる瞳から悲しみの色が見え始めた。
「あ…」
それに耐えきれず、響季はその場から逃げ出した。
身を翻すと脇目もふらず、モール内にいる幸せな人達の間を泳ぐようにして。
早く、一刻も早く彼女の視界から消えなきゃと。
こんな何もない自分になんか目を向けないように。
自分のことなんかに気を取られなければ、彼女は以前のようなクレイジーさでもって笑いの小爆発を起こしてくれる。
だから、消えなきゃと。
そして、取り残され方は自分の元から走り去る少女をずっと見ていた。
追いかけることも出来ない。
それに合わせるように雨が降り出し、気温は更に下がり始める。
一人でいるのが辛すぎるほどに。
零児はその場を、一歩も動けずにいた。
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