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アニラジを聴いて笑ってる僕らは略(乗り換え連絡通路)

29、審査中、零児君は先生達とGirls Just Want To Have FunのPV撮影ごっこをして遊んでいたそうです

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  審査会場に作品動画を送り終えた後。
  響季達は学校の廊下にある生徒用パソコンの前で待機していた。
  スクールカーストでいえば上位ランクな二年女子が数人。更に柿内君は面白いからという理由でメイクは落とさないままでいたので、嫌でも目立つ。
  撮影を終えたため、ジェルで固めた髪は手でぐしゃぐしゃに崩し、妖しい魅力を更に増していた。

 「ねえねえ、写真撮っていい?」
 「ネットにあげないと約束出来るなら」

  奇抜なメイクの男子生徒と一緒に写真を撮りたがる女子が何人も訪れたが、本人がそう突っぱねると何人かの生徒が笑顔を固まらせて引き下がっていった。
  そんなことをしているうちに、

 「動画来たよっ」

  ギャルパイセンの声に撮影クルーと演技者達がパソコン画面を取り囲む。もう一人の対戦者とお互い撮影した動画を送り合う約束をしていたのだ。
  早速再生してみると、

 「うはっ、なにこれっ」

  ギャルパイセン達が驚く。当然のように笑顔で。
  画面内で展開されるショーは、ヴォーグはもとより様々なダンスが融合していた。
  ブリッジとして昭和ダサダサステップのエアロビを入れてくるので、笑いどころがわかりやすい。
  やっとヴォーグに戻った、と思ったらまたフザケ始める。
  それらをじっと真顔で見ていた柿内君だが、

 「ふっ」

  つい笑いそうになり、何度も唇が震える。
  なぜだか笑ったら負けな気がした。
  最後は口紅を塗ると乱暴にそれを拭い、対戦者は顔全体を真っ赤に染める。
  そして突然画面外にフレームアウト。わああっ!という楽しそうな悲鳴の先を追うようにカメラがそちらに向くと、教師らしき大人が蜘蛛の子を散らすように四方八方へ走り去っていく様が見れた。
  キャッキャキャッキャと、実に楽しそうな追いかけっこ。
  最後によくわからない音と声と映像が続き、動画は途切れた。

 「なん…、なにこれ。怖っ!」
 「こっわ!」
 「最後なにあれ」

  パニック映画さながらなラストで幕を閉じた作品にギャルパイセン達がツッこむ。だが怖いと言いつつも全員笑顔で、

 「もっかい見たい!」
 「見たい見たい!」

  怖いと言いつつもう一度再生する。
  そんな様子を、柿内君は腕組みしながら見ていた。険しい表情で。
  そして考える。
  零児は、最初から真面目にやる気などなかったのだ。
  純粋なヴォーグ対決であれば自分の勝ちは間違いない。
  更にこれは勝った方にチケットを譲るというルールだ。
  だからこちらが勝ち、賞品であるチケットはそのまま響季達が仲直りするためのチケットとしたかったのに、純粋なパフォーマンスという点では向こうの方が上だった。

  面白くなくなった、と響季は言っていたのに、楽しませようという気持ちが伝わってきた。
  教師達も巻き込み、少ない時間で知恵と、その場にあるもので作品を作り上げていた。
  まだ本調子ではないのだろう、エンジンがかかりきってないのだろう。
  それが逆にもっともっとこの子はやれるはずだという期待となり、より楽しませてくれた。
  自分が笑いに一切走らなかったのが逆に恥ずかしいくらいだった。
  言葉では饒舌に語れない分、柿内君の身体は饒舌に踊っていた。
  勝ちたいなどとは思っていなかった。だが負けたくないとも思っていた。
  なのに、柿内君の心の中にいるもう一人の自分は、ひゃだ!あたし滑ったみたいじゃない!ひとりだけ真面目にやってバカみたいじゃない!と恥ずかしがっていた。

  そんな心の中だけでジタバタゴロゴロする少年の後ろで、響季は瞬きもせずに零児の作品を見ていた。
  親友のダンスも目に焼き付いている。
  動画が終わり、ぎゅうっと目から脳に焼き付けるように瞼を閉じると、

 「すげえな、すごいよ。二人とも」

  つい最近言ったのと同じようなことを呟く。
  強ばっていた表情から一転し、泣き笑いのようなふにゃふにゃした笑みを浮かべる。
  二人とも、面白くて楽しくて。
  自分は参加すらしてないのに完敗だった。
  こっちが劣等感を感じることすらおこがましかったのだ。
  天性のものもあるのだろう。だが二人はそもそもの意気込みが、姿勢が違った。
  柿内君が座談会に呼ばれるほどの職人になったのだって、毎週欠かさずネタを送り続けた結果だ。
  零児が無名アイドルや芸人を押し上げたのだって、手の込んだネタを送ったからだ。
  ノベルティグッズ欲しさに、パーソナリティの顔色を伺ったメールばかり送っていた自分とは違う。

  ダンス一つとってもそうだ。
  動きだけで人を楽しませるなんて、努力次第でいくらでも高みを目指せるのに。
  たかだかなんちゃってレビューショーやディナーショーごときのネタでウケを狙い、良しとしていた自分とは目指していたところが違うのだ。
  二人は様々な知識を吸収し、全身を通してオーディエンスに返していた。
  敵う訳がない。
  やろうとすらしてない人間が、現在進行でやっている人間に。

 「あーあ。すげえすげえ」

  見せつけられた差に、響季はガックリ肩を落とさず、逆に天を仰ぐ。
  こんな素晴らしき演者達が自分の友人である。
  それだけで、もうよかった。

 「今、絶賛審査中かな」
 「だろうな」

  独り言のような響季の言葉に、柿内君がケータイを見ながら同意する。
  事前に書いておいた審査委員会宛のメールをもう一度確認するが、文面は特にいじる必要はなさそうなのでそのまま送信すると、

♪ロボットロボットレストラン、カブキチョーニオープン

 その一瞬後に、響季のケータイにメールが届いた。
  設定したメロディで誰からかすぐにわかる。
  送られてきたメールには、

 『おもしろかった?』

と、だけあった。
  たったそれだけ。
  特に自信に満ちあふれた言葉でもない。不安感も無い。
  ただ感想として彼女は訊いていた。
  それは恋心なんかに囚われていない、本人同様いつものクールな文面だった。
  好きだなんて生ぬるい感情の入ったバケツは、もうひっくり返して空っぽになったようだ。
  それがまた満杯になるまではだいぶ時間がかかるだろう。
  だから響季は、

 『おもしろかった』

と、返した。
  まるで昨日自分が言った酷い言葉など忘れてしまったかのように。
  ごめんね、なんて言葉すら無粋に思えた。
  惚れ直した、という言葉は、悔しいので胸にだけ留めておいた。

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