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アニラジを聴いて笑ってる僕らは略(乗り換え連絡通路)

28、普通に踊れNight

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「続きましてぇ、れーじちゃんの作品」

  会場のテンションが上がってきた中、再生係の職員さんが続いて零児から送られてきた動画を再生する。
  こちらはルームの可愛い常連ちゃんとあって審査員達の期待が高まる。
  撮影場所は校内の駐車場らしい。
  やや見切れているしみったれた車種から、どうやら教員用の駐車場のようだ。
  こちらも黒板消しや上履き、わざわざ持ってきたのか黒板消しクリーナーなどをバミリに使ってステージを作り上げ、その中央で、零児は右腕全体で目元を覆うようにして立っていた。
  肩にはキャラクターもののフリース膝掛けをマント風に掛けているが、

 「あたしあれ持ってる!」
 「しっ!」
 「…すいません」

  零児が衣装として使っているアイテムを指差し、受付職員さんが嬉しそうに言うが、静かにおしと看護師さんに怒られてしまった。そして、

 「これは、」
 「懐かしー」

  流れてきたイントロに審査員達が反応を示す。
  時計の針の音のようなTICK TAC音と、うっすら聞こえるジャパンガールの声。それにかぶさる卑猥な嬌声。
  零児が選んだ曲はGwen StefaniのWhat You Waiting For?だった。
  曲が始まると左手で膝掛けマントをバッと外し、目元を覆っていた右腕も外される。
  その下から、黒い板のようなバーサングラスをかけた零児が現れた。
  マントの下は首まできっちりとファスナーを閉めた体育ジャージと制服スカート。
  衣装の組み合わせは可愛らしいが、目元の硬質なアイテムで表情はわからない。
  零児はマントを取り去ると同時に、流れるような動きでヴォーグを披露するが、

 「あ…」

  そのダンスを見て、再生係の職員さんが声を漏らした。
  いや、恐らくその場にいる全員が心の中で声を漏らしていた。
  これはダメだと。
  生まれもっての肉体が、先程の少年と比べあまりにも違い過ぎた。
  腕のリーチ、みなぎる筋肉が無い。
  服のせいもあってか全体の肉質が柔らか過ぎ、直線性が無い。
  繊細さはあるのに、そこに付随すべきダイナミックさが無い。
  キレはあるのにその量が足りなかった。
  このダンスを踊るにはこの子は不利だ、分が悪いと誰もが思った時、

 「ええっ!?」

  審査員全員が声をあげた。
  ディスプレイの中の零児は早々にヴォーグは切り上げ、しなやかな手つきと低い腰の位置で阿波踊りを踊り始めた。
  ステージを対角線上に移動すると、反転してまた中央に戻り、更に腰を落として今度はダイナミックなソーラン節を披露する。
  サイバーな表情に対して日本の伝統を重んじるステップが妙に合っていたが、

 「いや、ヴォーグ踊れよッ!」

  自由過ぎる演技構成にヴォーグ覚えたての看護師さんが思わずツッこむ。嬉しそうに、笑顔で。
  零児はそれを無視するように、昭和風のクソダサエアロビダンスを踊り、

 「ダッセ!!」
 「古っ!!」

  時代を感じさせるダサダサ昭和ステップに、審査員達が遠慮無く大口を開けて笑う。
  演技者は完全に笑かしにかかっていた。
  見えないハイレグレオタードとレッグウォーマー、ゴワゴワパーマとごんぶとヘアバンドすら見えてくる。
  更にロックダンスの基本ステップに繋げると、キレのある動きにおおっと審査員達から声が漏れ、

 「あ、戻った」

  ようやくヴォーグに戻るが、

 「ああっ!またっ!」

  すぐにぱっ、ぱん、が、ぱん、ちゃっ、ちゃっ、ちゃっと関節を曲げないロボットのような硬い動きの盆踊りを始めた。
  そこからポッピングダンスに繋げ、

 「わ、上手い」

  一転して滑らかかつ弾けるような身体の動きに、おおっとまた審査員達から歓声が上がり、

 「戻った。ああ、またっ!」
 「これなんだっけ」
 「確か沖縄の、えい、エイサー?」
 「カちゅーシー、みたいのじゃないの?」

  ヴォーグの振り付けに戻った、と思ったら零児はまたふざけ始めた。
  見えない太鼓を脇に抱えて鋭く叩き、聞こえない指笛を鳴らしながら、沖縄に伝わる踊りをぴゅーいぴゅーいと踊る。
  先程と同じく予測がつかない。
  だが無茶苦茶に見えるそのステップのどれもがきちんと音に合わせて行われていた。
  そして時折思い出したように挟まれる昭和のエアロビダンス。全然ハードに見えない温めのゆるーいステップ。
  これだけは何度見ても鉄板の面白さだった。

 「だからヴォーグ踊れって!」
 「それはもういいからッ!」

  審査員達が笑顔でやいのやいのとツッこむ。
  何度見ても笑ってしまい、顔が痛くなる。
  そうして零児は持てるダンススキルと手数を総動員させ、観客を楽しませようとしていたが、

 「だっ、踊れよッ!」

  後半に差し掛かるとまた看護師さんが笑顔でツッこむ。
  零児は体育座りで休憩し始めた。
  ステージ中央でコンパクトに縮こまったサングラスガールはふぃーっと一息つき、すぐに立ち上がると誰もいないのに前すいません前通りますと手刀を切りながらステージを移動し、画面外へ。
  画面の中が一気にがらんとなる。

 「居なくなっちゃった…」

  これからどうなるのかと審査員達は見守っていたが、すぐに零児はメンゴメンゴとカメラに向かって照れくさそうに会釈しながら、画面外からペットボトルのスポーツドリンクを手に現れ、

 「飲むな飲むなッ!」

  演技中にも関わらず水分補給しだした。だが、

 「うわわ」

  ぐびびっ、ごぼっ、べごべごべごっとペットボトルが凹むほどの吸飲力に審査員達が唖然とする。
  喉が乾いていたというよりも、これもパフォーマンスの1つなのだろう。
  あっという間に500ミリのスポーツドリンクを飲みきり、無残にもべこべこになったボトルのキャップを閉めてぽいと放ると、零児はお腹を軽く叩いてちゃぽちゃぽ感を確かめる。

 「ああ、やっと」

  そして先程より手数を増やし、ヴォーグを踊りだすが、

 「横っ腹痛い!横っ腹痛いッ!」

  看護師さんが楽しそうにツッこみ、周りのお姉さん達が爆笑する。
  一気に水分をとってすぐに動いたからか、零児は脇腹を抑え、ううっと横座りで地面に座り込んでしまった。
  バーサングラスをかけた顔はそれでも無表情だ。
  ちょっと横にならせてと一度地面に横たわり、ずりずり這うと、さっき投げた膝掛けマントに手を伸ばし体に掛ける。
  そのまま自分で自分を寝かしつけるように、膝掛けを掛けた身体をトントンしだし、ゆっくりすやすや呼吸をしだす。

 「寝ちゃったよ…」

  看護師さんが呆然と呟く。
  ヴォーグ対決だったはずなのにあまりにも自由。
  そんな中、赤峰さんだけが真剣な目で零児の演技を見ていた。
  彼女はわかっていた。
  始めから、零児は正攻法では勝てないと踏んでいたのだと。
  代わりに自分が持てるだけのものを審査員にお見せしていた。
  変化球過ぎる勝負に、若い審査員達はどう評価するかと見守っていると、零児は曲が終わる頃になってようやく起き出し、ポケットから何か取り出した。

 「口紅?」

  看護師さんが零児の手の中の紅を見て言う。
  確かにそれは真っ赤な口紅だった。
  それを零児は一歩一歩、モデル歩きでカメラに近づきながら己の唇に塗る。
  本人の普段のキャラクターとその歳からすると不釣り合いな色だが、サングラスとの組み合わせで妙な色香を出していた。
  そして、

 「あ」

  カメラにアップになるくらいに近づくと、零児は突然バーサングラスを外した。

 「うわっ!」

  サングラスを外したその顔に、最前列で見ていた受付職員さんが声を上げる。
  零児は街でこんなの付けてる人見かけたら絶対ドン引きするよという、濁った黄色のカラーコンタクトを付けていた。
  攻撃目標を見つけた猫のような、縦にきゅっとなった瞳孔入りの。
  その目と真っ赤な唇で、カメラに向かって不敵に笑いかけていた。
  審査員達が恐ろしい笑顔に目を奪われていると、画面の中の少女はせっかく綺麗に塗った口紅を揃えた指で乱暴に拭いだした。
  更に笑みを浮かべたまま、頬や鼻など、顔全体に指を使って紅を塗り広げる。
  古代の戦士の化粧か、あるいは殺傷沙汰を起こした人間のような顔になった後。
  零児は画面外に何かを発見すると、突如ダッ!と走り出してまたフレームアウトした。
  それに続くきゃああ!わああっ!という画面外から聴こえてくるいくつもの大人の悲鳴。

 「えええっ!?なになになに!?」

  いきなりの展開に、ホラー耐性のない看護師さんがおしっこがじょじょ漏れしそうな涙声で問う。
  その声が聞こえたように、固定されていたカメラがガタガタとそちらに向くと、両腕を突き出したゾンビポーズと膝関節を曲げないカッカッとした高速早歩きで、零児は見物していたらしき大人達を追いかけ回していた。
  すると突然、

 「オウ!シット!」

  ぴこっ!という明らかにピコピコハンマーで殴られた音と、見知らぬおじいちゃんの声が入った。
  その声とガタン!という何かが倒れるような音と共に、カメラは全く関係のない地面を捉え始める。
  その地面にバアっと蒼碧の粘質な液体が広がると、

 「アクアパッツア!アクアパッツア!」
 「キャー!!」
 「おいっ!!中里先生捕まっ」

  遠くの方で零児の声と、楽しそうな女性の悲鳴、男性の楽しそうな声が聴こえ、

 「えっ?」

  そこで映像は途切れた。
  えっ?と声を出してしまった看護師さんが審査員達を見る。
  その顔は全員、声に出さずにこれで終わり?と言っていた。

 「終わり、です」

  声が聞こえたわけでもないのに再生係の受付職員さんが言う。
  それっきり誰も口を開かなかった。
  審査員全員の心に強烈な爪痕を残して、零児のエントリー作品は終わった。
  しんとルーム内が静まりかえる中、

 「トラウマ…」

  メンタルの弱い看護師さんが腕に出来た鳥肌をさすりながら呟く。
  前半はあんなにキャッキャと楽しかったのに、瞳孔カラコンと紅い顔と蒼碧の液体が脳裏に焼き付いて離れない。
  確実に今夜は悪夢にうなされて眠れNightだった。

 「アクアパッツア、はなんだったんだろ」
 「れーじちゃんの声だったよね?」
 「食べたかったとか?」
 「アクアパッツアってどんなだっけ」

  そして皆で最後の言葉の意味を考えてみる。言った本人としては特に意味など無かったのに。

 「いやあ、なんか凄かったですねぇ、赤峰さん。……赤峰さん!?」

  その輪の後ろで。
  ドキドキしつつもワクワクが強かった看護師さんが、固まったままの赤峰さんに声をかけるが、赤嶺さんは普段は見せない弱気な表情で腕やら首筋やらに出来た鳥肌をさすり続けていた。
  彼女もまた、今宵お布団の中で今見た光景を思い出して眠れNightだった。
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