彼女の中指が勃たない。

坪庭 芝特訓

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『片付けられない病』 3袋目

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 まずは、いらない雑誌やフリーペーパーをまとめ、それらはすべて処分する。
 櫻が手に取る前に、映実が紐できつく縛った。漫画は少女漫画を中心に処分する。
 男女がたいした試練もなくくっつきそうで離れて、結局くっつく話なんてくだらない。恋愛は人類最大の関心事とは言うが、今は恋人に綺麗な部屋を提供することが先決だ。
 いらない漫画は紙袋にまとめる。これらはすべて古本屋行きだ。

「あとは床かぁ」

 ある意味一番厄介だ。細々としたものがそこらじゅうに、折り重なるように、床を埋め尽くすように落ちている。映美が一つ一つ落ちているものを拾って確認するが、

「あら、パンツ」
「やだっ」
「ブラジャー」
「見ないでっ」
「いまさらでしょ」

 櫻の反応に映実が笑って答える。体を重ねる関係なのだから下着など見慣れている。しかし見慣れない子供っぽいプリントパンツには少しドキドキした。
 テーブルの下に手を伸ばすと、つるつるカサカサした物体が手に当たった。
 テープで止められた小さな財布ほどの大きさで、毎月実によくお世話になっている物体。

「うわ」

 ナプキンだった。厚さからして夜用だろうか。

「使ってないよ!使ってないやつだから!」
「当たり前だよ」

 少々もったいないが不衛生なので捨てる。
 あとは中学時代に貰った学校のプリント、CDのブックレット、空のDVDケース、靴下、もこもこスリッパ、雑誌の付録、もこもこ靴下、モコモコ怪獣スリッパ、何かの家電の説明書。

「これは、使用済みだよね」

 バスタオルと細長いフェイスタオルが出てきた。

「うん」

 カビこそ生えていないが、吸いとった水分は既に無く、カラカラに乾燥している。
 ふと見ると、タオルの下から一冊の本が出てきた。
 パラパラとページを捲ると、所々ブックイヤーがされ、マーカーで線が引いてあった。     中は横書きの細かい文章と、女性同士が簡略化された絵で絡み合う扇情的な図解。
 表紙を見ると『レズビアンハウトゥーセックス』なる題名の本だった。

「これは…」

  映実が手にしている本の裏表紙を見て、櫻が悲鳴をあげる。

「やだっ!中、見ないで!」
「ずいぶん勉強されてますねえ」

  ニヤニヤと笑みを浮かべながら映実がページを捲ると、

「やだやだっ!」

  櫻が涙目で部屋に入ってこようとした。

「入ってきちゃだめっ!」
 
 それを映実が鋭く制止する。恥ずかしさと涙で顔を真っ赤にした櫻が動きを止めた。言い方がキツかったか、いや、からかいすぎたかと思い、

「ほら、足元危ないし」

 もっともらしいことを言って映実が自分の発言をフォローした。

「これは、えーと…、借りていきます」

 発掘したオタカラ本を手に、映実が櫻の方を見ずに言う。

「なんでっ」

 部屋の入り口で櫻が今日何度目かの悲鳴をあげる。

「あたしだってそういうのちゃんと知りたいし、気持ちよくさせたいし。櫻だけそういうの知ってるのってなんかフェアじゃないじゃん」

 ぼそぼそと、二人の距離で聴こえるぎりぎりの声量で映実が言う。
 それを聞いて櫻が渋々承諾した。
 映実の本心としては、櫻がどのページをブックイヤーし、線を引いたか知りたいだけだった。


 雑誌や本、床をある程度片付けたところで映実がとんとんと腰を叩く。

「今、何時ー?」

 ついでに腰を捻って壁にかけられた時計を見る。これだけ散らかっているのに、時計だけはかろうじて動いていた。

「…嘘でしょ」

 時計はもう9時を指していた。途中でお菓子を摘みながら休憩を挟んだので、空腹感もない。それより映実は自分の集中力に驚かされた。家の大掃除でもこんなに頑張ったことはない。

「お母さんいつ帰ってくんの?」

 腰を反対側に捻りながら映美が櫻に訊く。

「今日は、10時ぐらいかな」
「いつもそんな遅いの?」
「大体それぐらい」

 映実が普段のデートを思い出す。櫻はいつも、どんなに遅い時間になっても大丈夫と言っていた。

「櫻、ご飯どうする?何か食べる物ある?」
「カップラーメンとかなら」
「じゃあそれで。今日はもう終わり」
「えっ?」

 部屋はかなり片付いてきた。あともう少しだが。

「ちょっと限界」

 ずっと屈んでいたため、いい加減映実は腰が痛かった。頭も痛い。鼻が辛く、喉が痒い。

「続きは明日ね」
「うん…」

 やや釈然としない様子で櫻が答える。あともう少しなのに、と。
 かといって自分では片付けられない。映実にやってもらわないと片付かない。

「手洗って、ご飯食べよう」

 映実が埃にまみれていない手の甲で櫻のおでこを撫で、二人は洗面所へ向かった。
 そして明日の計画を立てる。

「玄関のやつは明日リサイクルショップ呼んで買い取りね。あと本も古本屋呼ぶと。いくらくらいになるかな」
「いくらにもなんないよ」
「いやいや、服とかブランドものあるし」
「そのお金どうするの?」
「櫻が使いなよ」
「映実が片付けて出来たお金でしょ?」
「だけどもとは櫻のもんだし」
「でもおこづかいで買ったやつだよ」
「そっかぁ」

 かといってご両親に渡すのも何か違う。映実は石鹸で洗った手をタオルで拭きながら、

「じゃあホテルでも行く?」

と、櫻に聞く。

「えっ?」
「いや、言ってみただけ」

 それはいつもの軽口だった、はずだ。しかし鏡に映る櫻の顔は赤い。

「映実」
「何?」

 呼ばれて映実が櫻の方を向くと、両頬を手で挟まれ口付けられた。すぐに舌が触れてくる。しばらく甘い時間を堪能していたが、

「お母さん帰ってきちゃうよ」

 一旦唇を放し、頬を擦り合わせながら映実が言う。だが櫻は、

「すぐ終わっちゃうと思うから平気」

 恋人の耳元で、そんな恥ずかしい宣言を自らした。
 櫻はいつになく性急だった。自分の家でするということに興奮しているのか。
 映実が横を見ると、大きな家に見合う大きな洗面台の大きな鏡に二人の姿が映っていた。
 壁際に立った櫻が口付けたまま、映実の服を脱がしていく。
 その日の櫻は能動的で、積極的で、官能的で背徳的だった。
 埃っぽい映実の制服シャツのボタンを外し、ブラをずりあげる。鎖骨に吸い付き、舌を垂直に滑らせていく。スカートから片方だけ裾が出たシャツがだらしなく、いやらしかった。興奮で映実の鼻の通りがよくなる。
 櫻が映実の手を掴み、自分のスカートの中へと誘導させる。導かれたそこはもう、

「う、わ」

 触れたそこは既に熱い粘液が染み渡っていた。
 声と恥ずかしさを我慢するように櫻が映実の鎖骨を甘噛みする。与えられた甘い痛みに、映実が指をゆっくり抜き差しして返す。
 下着に阻まれ、入り口しか刺激が与えられない。しかし逆にそれが、そこが櫻にとっては気持ちがよかった。
 二本の指で進入するように、綿で作られた布を映実がリズミカルに突き上げる。
 櫻が快感に息を詰め、全身を強張らせていく。逃げ場を無くすように映実が後ろの壁に櫻を押し付ける。
 先程少しだけ読んだハウトゥー本の『膣内が感じる子は稀、まずは膣口から攻める』という言葉を映実は思い出していた。そんなこと、本に書いてなくとも知っていた。
 しかし改めて知るとやはり、と思った。

「櫻」

 映実が呼び、快感に喘いでいた櫻の唇を塞ぐ。

『下の口と上の口は同時に攻める』

 これも櫻の好きなやつだった。
 櫻の好きな攻め方で、そして好きな攻められ方だった。櫻がそうしてくれるから、映実はそのやり方を覚えた。それが好きなのかと思い、同じ仕方でやり返した。
 あの本がきちんと役に立っている。ゴミしかないと思われていたあの場所で。
 中指と薬指は入り口を刺激し、親指で膨らんできた外側の一点を引っ掻く。
 優しく、強すぎないように。けれど下着越しというのを考慮していつもよりかはほんの少し強く。
 しばらくそうしていると、櫻が口内でくぐもった声をあげた。
 見ると顔は惚け、壁に押さえつけるようにしなくては床に崩れ落ちてしまいそうだった。 口を離し、時計を見ると五分も経ってない。本当にすぐだ。
 食事をしなくても、もう映実のお腹はいっぱいだった。
 カップラーメンはどうしようかと考えていると、浅く呼吸を繰り返していた櫻が映実に抱きつき、ダンスのように立ち位置を反転させた。
 今度は映実が壁に押し付けられる。床に置かれた体重計が邪魔にならないよう、櫻が行儀悪く足で退けた。
 視線を下にし、体脂肪率も測れるやつだ、と映実が考えていると、無理やり顔を向けられ唇を一瞬吸われた。そしてすぐに櫻が視界から消えた。

「櫻、あっ」

 映実の足の間に櫻が跪く。太ももをさらりと撫で、下着を下ろしていく。
 何をされるか映実はすぐにわかった。
 胸にあるのは、期待と羞恥心と、よそ様の洗面所という罪悪感。
 下着を膝までしか下ろしていない状態で、櫻が濡れた部分を舐めあげてきた。
 櫻を攻めあげている時に、既に映実はエクスタシーは感じていた。相手の快感が火種として植え付けられ、こっちが攻められれば簡単に火がついてしまう。
 快感に耐えるように映実が自分のスカートの裾を掴むと、その手を櫻がそっと重ねる。愛しい感触に、今度は櫻の手を掴む。
 不器用に感覚だけで探りながら重なりあった手が、お互いを掴む。
 それは映実が好きな瞬間だった。自分が女だと実感できる瞬間だ。
 攻めあげている時は男の気分にすらなるのに、自分が受け身側になると女であることを実感する。そして握りあった手で攻めている恋人も女だとわかる。
 櫻の顔はスカートの中に隠れて見えない。
 意識が快感に支配される中、繋がれた手だけがリアルだった。

「あああっ」

 しかしそんな考えもすぐに追いやられ、映実が声をあげる。我慢など出来ない。よそ様の家なんて、洗面所なんてもう関係ない。快感で膝が震え、立っていられなくなる。
 映実が崩れ落ちる前に、櫻がスカートの中から顔を引き抜いた。
 そのまま床の上で抱き合うと、映実はハウトゥー本に書かれていた『飢餓状態は性感を高めます。するなら食事の前に』という一文を思い出していた。


「なんか、もう、おなかいっぱい」
「あたしは食べる」

 食欲を性欲で満たしてしまった映実とは反対に、櫻は性欲も食欲も旺盛だった。
 冷たい下着を替えて身も心もすっきりした櫻が、一個228円もするカップラーメンを作る。せっかくだからと映実が少しだけもらって食べたあと、

「じゃあ、そろそろ」
「うん」

 玄関でキスをして映実は帰っていった。あのせせこましい団地内の自宅に。
 そして白湯ヌードルの香りがまだリビングに残る櫻邸に、映実と入れ替わるようにして櫻の母親が帰宅した。疲れた母親を出迎えたのは、可愛い愛娘ではなく広い玄関に置かれたゴミ袋の山だった。

「どうしたの、あれ。ゴミ?」
「リサイクルショップに売るやつ」
「売りにいくの?こんなにたくさん?今度の休みだったら車出してあげるけど」
「出張買い取り頼むからいいよ」
「へえ」

 普段はあまり聞かない、娘の行動力のある発言に母親は驚く。
 とはいえそれは行動力と判断力のある恋人、映実の入れ知恵だった。


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