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『携帯ゲーム機型腱鞘炎』 2塗り目
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「ゲームは、没収だから」
紗月ほどではないが、息を荒げながら汐音が言う。
かつて運動部で鍛えたはずの肺活量も、快感の波のあとでは意味がない。
うやむやになってしまったが、そこはきっちりさせる。
禁止といってもあればやるだろう。なら没収しかない。
「紗月、聞いてる?」
大の字に近い形で横たわる汐音とは逆に、紗月は恋人に背を向け、ベッドの上で縮こまるようにしていた。どちらがベッドの主かわからない。
「うん…。じゃあゲーム機まるごとじゃなくて、ソフトだけにして」
寝返りを打ちながら紗月が言うが、汐音にはその要望の意味がわからない。
「ほら、ネットするから、さ。うちのパソコン、リビングにあるからわざわざネットしに行くのめんどくさいし、でも無線LANだからネットだけならゲーム機使えば部屋でも出来るし」
訝しげな視線を受けて紗月が説明する。
要はゲーム機を使ってネットサーフィンだけしたいらしい。
今のゲーム機はネットも出来て動画も見れて音楽も聞ける。
でもそんなのは今はケータイで出来る。
それをわざわざゲーム機でやりたいらしい。
ゲーマー心理は汐音にはよくわからない。
「ネットも禁止させたいんだけど」
腱鞘炎という病気もあまりわからないが、手で操るためパソコンを使ったりケータイをいじったりするのはよくないだろう。当然ネットサーフィン目的でゲーム機を使うのも。
なので汐音としては出来るだけその類から離れさせたかったのだが、
「困るよ。毎日チェックするサイトとかあるし」
禁止禁止の嵐に紗月が唇を尖らす。
「どんなサイト?」
「私達、みたいなカップルのコミュニティサイト、とか」
「ふうん」
疑うような汐音の視線に、紗月がわかりやすく目をそらす。
嘘はついてないらしい。が、なにか後ろめたいことがあるのか。
本当のことを混ぜて嘘をついているのか。しかし身体がだるく、汐音の思考はまとまらない。
「まあいいけど。じゃあソフトだけね、没収するのは」
「うんっ」
嬉しそうに紗月が汐音に抱きつく。あまり筋肉も体力もないその身体に、汐音が右腕を回した。
反対の腕はゲーム機に伸ばす。
改めて持つと、そのゲーム機は携帯するにはかなり重かった。
これを、どこでもやれるからと学校だの寝る前のベッドの上などで延々やっていたのだ。
手を痛めるはずだ。
「…これ、ソフトどうやって出すの?」
「ここを」
「わっ」
紗月が操作するとソフトが突然飛び出してきて汐音が驚く。普段ゲームなどやらない女子高生はソフトの出し入れすらわからない。
「じゃあ、預かっとくから」
「うん…」
約束通りソフトは没収し、汐音は自分の通学バッグの内ポケットに入れた。
紗月は意外にもごねず、素直に頷いた。
可哀想かな、と汐音は思ったが全ては恋人の身体を労っての事だ。
とりあえず信じてみよう。病気もただの腱鞘炎だし。汐音はそう考えていた。
「しおー、おはよー」
「おはよう。どう?手は」
翌日。朝の教室で、紗月がいつものように汐音に声をかける。
違うのは相手に朝から身体の調子を問われることだ。
「あんまり…。湿布して寝たけど寝てる間に剥がれてくちゃくちゃになってた」
「テーピングとかの方がいいんじゃない?」
「やり方わかんないよ。こちとら元・帰宅部ですよ」
そう言って二人は笑いながら分かれ、お互いの席に座る。
汐音は席に着いてからの恋人の行動を注意深く観察した。
通学バックはいつも通り右肩にかけているが、下ろすのは左手を使っていた。ひどく遠回りな動作だ。
バッグから教科書を出すのも左手だった。
考えれば、近頃手を繋ぐと右手だけグリップが弱かった気がする。
汐音が最近の恋人について思い出していると、紗月が昨日の液体鎮痛剤を取り出した。
それを右の手の甲に、骨や筋に沿って塗り、親指の付け根から手のひら全体、中指、人差し指、薬指の背と腹、側面全体に塗っていた。
塗り終わると感触を確かめるように右手の指を曲げ伸ばしする。塗るというより塗りたくるに近い。
病状は予想以上に酷い。汐音は紗月が以前、手で目を擦って悲鳴をあげていたことを思い出す。
あの時はまつげが入ったとごまかしていたが。
あれは手に塗った鎮痛剤が目に滲みたのではないだろうか。
なぜ気づかなかったのか。
それだけではない。学生という身分上、右手はどうしても酷使してしまう。
座学ではノートを取り、体育で球技があれば利き手を使う。
恋人がいれば愛のメールも頻繁に交わさなければならない。
右手が休む暇がない。たかが腱鞘炎ではなかった。相当重症だ。
昼休みになっても汐音は紗月を観察し続けていた。
最近はクラスのゲーム好き男子と一緒に机を囲み、昼御飯そっちのけで嬌声を上げながら携帯ゲーム機で通信プレイをしていた。
だが今日の紗月はゲーム機を持たず、小さい弟のように周りの男子のプレイを見ているだけだった。
「しおん、どうした?食べんの?」
「ううん、なんでもない。食べる食べる」
一緒に昼食を食べていた友人達に言われ、汐音がお弁当箱を開けるが、
「紗月って男子と仲いいよね」
視線の先に気づいていたのか、友人がクラス公認の恋人について話題を振ってくる。
「彼女でしょ?しおんヤキモチもちとか妬かないの?カノジョが男の子とワイワイ一緒にいて」
「だって紗月男の子に対してそういう感情沸かないって言ってたし」
お弁当の唐揚げをつつきながら汐音が言うと、
「向こうは?男子の方」
「男の子達も紗月のこと女の子として見てないって」
「それって女としてはどうなん?」
友人の一言に、その場にいた全員があははと笑う。汐音も一緒になって笑う。
我が恋人には浮気の心配は無い。その安心感に。
そんなかしましい女子の輪に、ゲーム好き男子の一人、守田君がやってきた。
「習崎」
「なに?」
苗字を呼ばれた汐音が少し身構える。
「丹澤にソフト返してやれよ」
用件を聞いて汐音がさらに身を固くする。
「ダメだよ。当分禁止だって」
「なになに?」
状況が飲み込めず、友人達が訊いてくる。面白そうだ、という表情で。
仕方なく汐音がかいつまんで説明すると、めんどくさいことになったと守田君が顔を顰める。
そんな守田君越しに汐音がゲーマーグループ達の方に視線を向けると、男子数人と紗月が不安そうな顔でこちらを見ていた。
「大丈夫だって。ゲームで腱鞘炎なんてよくあんだからさ。冷やしとけば治るんだよあんなの」
女子軍団に何か言われそうになる前に守田君が切りこむ。
汐音達にとって指が、手がどれほど重要な役割をするか彼はわかっていない。
だがそれを学校の昼休みに友人達の前で説明出来るほど、汐音は性に対して奔放ではない。
「ダメだよ。ひどくなったら困るでしょ?ノート取ったりだとか出来なくなるし、病院とかも行かなきゃいけなくなるかもしんないし」
だからもっともらしいことを言ってダメだとつっぱねる。
「っていうか腱鞘炎になるほどゲームすんなよゲーオタ」
「そうだよ。他にやることねーのかよ、ゲーマー」
ダメだと言う汐音に友人達が加勢する。ゲームのことも、腱鞘炎の辛さもいまいちわからないが、女子はとりあえず女子に加勢するものだった。
唯一の趣味を貶され守田君が言葉に詰まる。しかし、
「彼女くらい作れよ。ゲームキャラが俺の嫁~とか言ってないでさあ」
「ギャルゲオタこえー」
女子のその言葉が、硬派なゲーマーでギャルゲーなどやらない守田君の怒りに触れた。
「どうせセックスだろ!」
そしていきなりな言葉に汐音と友人達が呆気に取られる。
「手マン出来なくても口でいかしてくれんならいいじゃねえかよ!」
口を尖らせ、守田君がそう言った。
その言葉は昼休みの教室で叫ぶにはあまりな内容であり、そしてあまりに声量が大き過ぎた。
一瞬置いて汐音の顔が真っ白になり、恥ずかしさで真っ赤になり、怒りで真っ赤になった。
その顔が紗月に向く。紗月の顔は恐怖に歪んでいた。
「なんで言うの!」
そう叫んだ汐音の声は、若干の涙を含んでいた。
紗月ほどではないが、息を荒げながら汐音が言う。
かつて運動部で鍛えたはずの肺活量も、快感の波のあとでは意味がない。
うやむやになってしまったが、そこはきっちりさせる。
禁止といってもあればやるだろう。なら没収しかない。
「紗月、聞いてる?」
大の字に近い形で横たわる汐音とは逆に、紗月は恋人に背を向け、ベッドの上で縮こまるようにしていた。どちらがベッドの主かわからない。
「うん…。じゃあゲーム機まるごとじゃなくて、ソフトだけにして」
寝返りを打ちながら紗月が言うが、汐音にはその要望の意味がわからない。
「ほら、ネットするから、さ。うちのパソコン、リビングにあるからわざわざネットしに行くのめんどくさいし、でも無線LANだからネットだけならゲーム機使えば部屋でも出来るし」
訝しげな視線を受けて紗月が説明する。
要はゲーム機を使ってネットサーフィンだけしたいらしい。
今のゲーム機はネットも出来て動画も見れて音楽も聞ける。
でもそんなのは今はケータイで出来る。
それをわざわざゲーム機でやりたいらしい。
ゲーマー心理は汐音にはよくわからない。
「ネットも禁止させたいんだけど」
腱鞘炎という病気もあまりわからないが、手で操るためパソコンを使ったりケータイをいじったりするのはよくないだろう。当然ネットサーフィン目的でゲーム機を使うのも。
なので汐音としては出来るだけその類から離れさせたかったのだが、
「困るよ。毎日チェックするサイトとかあるし」
禁止禁止の嵐に紗月が唇を尖らす。
「どんなサイト?」
「私達、みたいなカップルのコミュニティサイト、とか」
「ふうん」
疑うような汐音の視線に、紗月がわかりやすく目をそらす。
嘘はついてないらしい。が、なにか後ろめたいことがあるのか。
本当のことを混ぜて嘘をついているのか。しかし身体がだるく、汐音の思考はまとまらない。
「まあいいけど。じゃあソフトだけね、没収するのは」
「うんっ」
嬉しそうに紗月が汐音に抱きつく。あまり筋肉も体力もないその身体に、汐音が右腕を回した。
反対の腕はゲーム機に伸ばす。
改めて持つと、そのゲーム機は携帯するにはかなり重かった。
これを、どこでもやれるからと学校だの寝る前のベッドの上などで延々やっていたのだ。
手を痛めるはずだ。
「…これ、ソフトどうやって出すの?」
「ここを」
「わっ」
紗月が操作するとソフトが突然飛び出してきて汐音が驚く。普段ゲームなどやらない女子高生はソフトの出し入れすらわからない。
「じゃあ、預かっとくから」
「うん…」
約束通りソフトは没収し、汐音は自分の通学バッグの内ポケットに入れた。
紗月は意外にもごねず、素直に頷いた。
可哀想かな、と汐音は思ったが全ては恋人の身体を労っての事だ。
とりあえず信じてみよう。病気もただの腱鞘炎だし。汐音はそう考えていた。
「しおー、おはよー」
「おはよう。どう?手は」
翌日。朝の教室で、紗月がいつものように汐音に声をかける。
違うのは相手に朝から身体の調子を問われることだ。
「あんまり…。湿布して寝たけど寝てる間に剥がれてくちゃくちゃになってた」
「テーピングとかの方がいいんじゃない?」
「やり方わかんないよ。こちとら元・帰宅部ですよ」
そう言って二人は笑いながら分かれ、お互いの席に座る。
汐音は席に着いてからの恋人の行動を注意深く観察した。
通学バックはいつも通り右肩にかけているが、下ろすのは左手を使っていた。ひどく遠回りな動作だ。
バッグから教科書を出すのも左手だった。
考えれば、近頃手を繋ぐと右手だけグリップが弱かった気がする。
汐音が最近の恋人について思い出していると、紗月が昨日の液体鎮痛剤を取り出した。
それを右の手の甲に、骨や筋に沿って塗り、親指の付け根から手のひら全体、中指、人差し指、薬指の背と腹、側面全体に塗っていた。
塗り終わると感触を確かめるように右手の指を曲げ伸ばしする。塗るというより塗りたくるに近い。
病状は予想以上に酷い。汐音は紗月が以前、手で目を擦って悲鳴をあげていたことを思い出す。
あの時はまつげが入ったとごまかしていたが。
あれは手に塗った鎮痛剤が目に滲みたのではないだろうか。
なぜ気づかなかったのか。
それだけではない。学生という身分上、右手はどうしても酷使してしまう。
座学ではノートを取り、体育で球技があれば利き手を使う。
恋人がいれば愛のメールも頻繁に交わさなければならない。
右手が休む暇がない。たかが腱鞘炎ではなかった。相当重症だ。
昼休みになっても汐音は紗月を観察し続けていた。
最近はクラスのゲーム好き男子と一緒に机を囲み、昼御飯そっちのけで嬌声を上げながら携帯ゲーム機で通信プレイをしていた。
だが今日の紗月はゲーム機を持たず、小さい弟のように周りの男子のプレイを見ているだけだった。
「しおん、どうした?食べんの?」
「ううん、なんでもない。食べる食べる」
一緒に昼食を食べていた友人達に言われ、汐音がお弁当箱を開けるが、
「紗月って男子と仲いいよね」
視線の先に気づいていたのか、友人がクラス公認の恋人について話題を振ってくる。
「彼女でしょ?しおんヤキモチもちとか妬かないの?カノジョが男の子とワイワイ一緒にいて」
「だって紗月男の子に対してそういう感情沸かないって言ってたし」
お弁当の唐揚げをつつきながら汐音が言うと、
「向こうは?男子の方」
「男の子達も紗月のこと女の子として見てないって」
「それって女としてはどうなん?」
友人の一言に、その場にいた全員があははと笑う。汐音も一緒になって笑う。
我が恋人には浮気の心配は無い。その安心感に。
そんなかしましい女子の輪に、ゲーム好き男子の一人、守田君がやってきた。
「習崎」
「なに?」
苗字を呼ばれた汐音が少し身構える。
「丹澤にソフト返してやれよ」
用件を聞いて汐音がさらに身を固くする。
「ダメだよ。当分禁止だって」
「なになに?」
状況が飲み込めず、友人達が訊いてくる。面白そうだ、という表情で。
仕方なく汐音がかいつまんで説明すると、めんどくさいことになったと守田君が顔を顰める。
そんな守田君越しに汐音がゲーマーグループ達の方に視線を向けると、男子数人と紗月が不安そうな顔でこちらを見ていた。
「大丈夫だって。ゲームで腱鞘炎なんてよくあんだからさ。冷やしとけば治るんだよあんなの」
女子軍団に何か言われそうになる前に守田君が切りこむ。
汐音達にとって指が、手がどれほど重要な役割をするか彼はわかっていない。
だがそれを学校の昼休みに友人達の前で説明出来るほど、汐音は性に対して奔放ではない。
「ダメだよ。ひどくなったら困るでしょ?ノート取ったりだとか出来なくなるし、病院とかも行かなきゃいけなくなるかもしんないし」
だからもっともらしいことを言ってダメだとつっぱねる。
「っていうか腱鞘炎になるほどゲームすんなよゲーオタ」
「そうだよ。他にやることねーのかよ、ゲーマー」
ダメだと言う汐音に友人達が加勢する。ゲームのことも、腱鞘炎の辛さもいまいちわからないが、女子はとりあえず女子に加勢するものだった。
唯一の趣味を貶され守田君が言葉に詰まる。しかし、
「彼女くらい作れよ。ゲームキャラが俺の嫁~とか言ってないでさあ」
「ギャルゲオタこえー」
女子のその言葉が、硬派なゲーマーでギャルゲーなどやらない守田君の怒りに触れた。
「どうせセックスだろ!」
そしていきなりな言葉に汐音と友人達が呆気に取られる。
「手マン出来なくても口でいかしてくれんならいいじゃねえかよ!」
口を尖らせ、守田君がそう言った。
その言葉は昼休みの教室で叫ぶにはあまりな内容であり、そしてあまりに声量が大き過ぎた。
一瞬置いて汐音の顔が真っ白になり、恥ずかしさで真っ赤になり、怒りで真っ赤になった。
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