彼女の中指が勃たない。

坪庭 芝特訓

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『月経前症候群/月経困難症』 2羽目

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「うーん。何回やってもやってもしたりないな」

 一戦終えると心路はまたボトルのお茶で喉を潤しながら言う。
 紗矢加はベッドの上で毛布をはだけ、喘いでいた。
 すでに朝の時点で一戦交えているからこれで二戦目だ。
 それが紗矢加が泊まりだしてから3日間続いている。
 普段の心路は性行為に対してそんなにガツガツはしない。淡白なものだ。
 そのため慣れない1日1ラウンド以上は紗矢加にとってなかなかにキツイ。
 窓とカーテンを閉め切った部屋は空気が悪く、ダメな若者の匂いがする。
 母子家庭でキャリアウーマンなお母さんがあまり家に帰ってこないのをいいことに、クリスマスイブから入り浸っていた。
 心路のお母さんもお母さんで、心路の相手をしてくれるなら助かる、彼女なら妊娠の心配もいらないし、部屋の惨状を見て洗濯や掃除をしてくれるのも助かると普段から言っていた。
 罪滅ぼしなのか、頼まれもしないのに紗矢加はイブからクリスマス空けまで年末の大掃除をちょこちょことしていた。

「夕飯どうする?」
「さっき食べたじゃん」
「なんかお腹空いてさあ」

 言いながら心路はコンビニで買っておいたクッキーをかじる。
 あと数日すればこの欲望がぱったり止まるらしいのだから不思議だと紗矢加は思った。
 結局二人は近所でハンバーガーを食べ、帰ってきてからもう一度シた。


「おなか痛い…」
「薬飲む?」
「いらない。効かない」

 翌朝。心路の予告通り生理が来た。
 腹痛、頭痛、食欲不振、脂汗、腰痛を連れて。

「水分摂った方がいいよ。頭痛いのは脱水症状もあるって」
「うん…」
「あと腰暖めるといいって。カイロ無い?」
「台所の、どっか…、じゃなきゃ玄関」

 小さな声でどうにかして心路が喋る。
 喋るのも辛そうだ。まるで病人だ。
 熱っぽいのか心路が自分の額に手をやるが、

「頭冷やすの持ってこようか」
「いい。いらない」

 喋り方に棘が出始めた。症状のうちの一つ、イライラが出てきたらしい。

「帰った方がいい?いた方がいい?」
「どっちでもいい」

 生理の症状は実に様々で、神経が過敏になり普段は気にならない物音や話し声が気になって、それがイライラに繋がるらしい。
 自分はいない方がいいかもしれない、と紗矢加が考える。
 しかし症状に情緒不安定もあった。
 いないことで心路を不安にさせないだろうか。
 こんな広い家で、年の瀬に一人きり。
 紗矢加が考える。
 が、たかが生理だ。心路だって初めてのことではない。
 毎月、小学生の頃から味わっているはずだ。
 よく考えればクリスマスからずっと入り浸っている。そろそろ一度自分の家に帰った方がいいかもしれない。

「じゃあちょっと、帰るね。なんかあったらすぐ連絡して」

 ベッドに横たわる心路に紗矢加が言う。

「うん」

 心路はこちらを振り向きもせず返事をした。


「ただいまー」
「あら。さーちゃん、久しぶりね。ああ、お兄ちゃん大掃除してるから手伝ってあげて」

 三日ぶりに帰宅した娘を見て、紗矢加の母親はそんなことを言う。
 放任主義な母親は娘が三日も帰ってこなくても気にしない。
 三日間着っぱなしだった服を着替え、自宅の大掃除を手伝った。
 余所で散々やったのに、という言葉は飲み込んで。
 現場監督気取りの兄に、ああでもないこうでもないと言われながら台所周りとお風呂場を綺麗にしただけで半日が過ぎた。
 心路の家のように一切任せて貰った方がよほど早くキレイになった。
 そして明日は自分のベッドのシーツを洗おうか、布団も干そうか、いや全部来年でいいかと考えながら眠りにつき、翌日の昼過ぎ。
 メールが来た。心路からだった。

『すぐきて』

 それだけだった。

『すぐいく』

 家族には何も言わず、紗矢加はまた家を抜け出す。どうせ家族も何も言わないだろうと。


 数十時間前まで居た大きな家は、しんと静まり返っていた。
 インターホンを鳴らしても出ない。
 鍵は、掛かっていた。
 心路のケータイを鳴らしてみると、

「あっ、心路?あれっ?」

 出たのにすぐ切られてしまった。すぐにメールが届き、

『庭上鍵』

と、だけ書いてあった。
 暗号を解き終わる前にとりあえず庭に行ってみる。
 芝生の上を見るが何も無い。
 窓が開く音がし、見上げると二階の心路の部屋から部屋の主が顔を覗かせているのが見えた。
 その目はぞっとするような冷たい目をしていた。

「心路っ」

 見上げたまま呼びかけるが、向こうはすぐに顔を引っ込め、放るように何かを落とした。

「わっ」

 芝生の上にかちゃんという金属音が降ってきた。
 鍵束と高そうなキーホルダーだった。
 庭、上、鍵。
 解き終わる前に答えが提示され、紗矢加は拾った鍵で心路の家にまた帰ってきた。


「辛そうだね」
「辛いよ…」

 心路の部屋はどことなく雌のような、動物くさい匂いがした。

「ちょっと換気する?私いる間もずっと閉め切ってたし」

 紗矢加が訊くが返事はなく、勝手に窓を開けた。
 体温が高くなっているから寒くは無いはずだと。
 逆に、音には敏感だ。
 冬休みの子供達の声で外が騒がしくなったらすぐに閉めた方がいいだろう。
 紗矢加はそう考え、窓の近くで外の気配に耳をそばだてる。
 そして、紗矢加は心路が呼んだ真意を考える。
 話し相手が欲しかったのか、それとも辛さを紛らわすためか。すると、

「あっ!!」
「なに!?」

 突然がばりと起き上がった心路が慌てて部屋を出ていった。
 何事かと紗矢加もついていく。
 向かった先は、トイレだった。
 吐くのだろうかと紗矢加が心配するが、中からはえづく声ではなく、代わりに大きな溜息が聞こえた。
 ドアの近くで待っていると、出てきた心路は、

「おねしょした」

と、鬱陶しそうに髪をかきあげ、今度は洗面所へ向かう。
 中からはしばらく水音がしていたが、ドアの隙間から顔だけ出した心路が、部屋から下着とジャージを持ってくるよう紗矢加に頼む。

「わかった」

 すぐに紗矢加が心路の部屋の引き出しから下着とブランドものジャージを持ってくると、ドアの隙間から手渡した。
 再びドアが閉じられた後。ドア一枚隔てた向こうで、心路が着替えている音が聞こえた。
 少し前までは下半身丸出しで汚れた下着とジャージを洗い、着替えを待つ間もその状態で。
 そんなことを、紗矢加が考えてみる。
 裸は見慣れているのに、なぜかひどく興奮した。


「ナプキンずれてた。寝る時後ろの方につけなきゃいけないの忘れてた」

 ため息をつきながら出てきた心路がそう言い、二人は洗面所からリビングへと移動した。

「めんどくさい。さっきもおねしょしてシーツ洗ったのに」
「呼べばやったのに」
「そんなのやらせらんないよ。介護かよ」

 心路が棘のある声で言う。そして自分の声の大きさに苛立つ。

「量多いの?」

 経血の量について紗矢加が心路に訊いてみる。そうでなくとも二日目だから量は多くなるが。

「多い。っていうか年々多くなる」
「なんでだろう…。身体が女性化してるから?」
「女性ホルモンが流れ出てるんじゃねーの」

 心路がお腹をさすりながら、自嘲気味に笑う。
 そしてカップに入れた何かを飲む。
 アンニュイな雰囲気だが、飲んでいるのはコーヒーではない。何飲んでるの?と紗矢加が訊くと、心路は白湯と答えた。

「sa-yu?」
「ぬるいお湯」
「なんでそんなの飲んでるの?お茶淹れようか?」
「冷たいのお腹冷えるし。味あるのうっとうしい」

 ずずぅっとまた啜り、

「ああ、もうやだっ」

 お腹を抑え、俯いてしまう。情緒不安定が発動したのかもしれない。

「夜用使えば?多い日用の」

 まだ昼間といえる時間だが、今後も横になってるならその方がいい。

「夜用超ロングもう無い。誰か使いやがった。あんなのあたししか使わないのに」

 誰か、とは下の妹達かお母さんだろう。
 心路は四人姉妹の長女で、親はお母さんのみという女系家族だ。
 生理用品の使用数も多いだろう。

「お母さんが買ってこないとすぐに無くなる」
「心路が買ってくればいいじゃん」
「自分のお小遣いで?あいつらの?やだよ。なんで」

 長女なわりに心路は妹達を気遣う気はあまりなく、

「私今から買ってくるよ。超夜用のやつ」
「高いよ?」

 お金持ちな子のわりにはケチくさい。

「大丈夫。ポイントあるし。メーカーとかは?何でもいいの?」
 
 そう言って紗矢加が立ち上がり、すぐにでもお使いに向かおうとする。

「メーカーはなんでもいいけど、羽無しのやつ」
「量多いなら羽あった方がよくない?」
「内腿に付くからじゃまくさい。うちみんな羽無しだよ」

 言って心路も立ち上がるが、すぐに思い出したようにハッ!と振り返り、自分が座っていたソファに赤い染みが出来て無いか確認した。
 そして安堵し、いちいち気にしなきゃいけない自分に苛立つ。
 一連の行動が、心情が手に取るように紗矢加にはわかった。
 さすがに変えたばかりでそれは無いと思うが、神経質になっているようだった。


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