彼女の中指が勃たない。

坪庭 芝特訓

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『過蓋咬合』 2くちゃくちゃ目

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「ボトルガムでもフルーツ系あるよ?」
「それキシリトールとかそういう系?」
「噛み合わせが目的なんだからそこら辺は気にしなくて良いんじゃないの?」
「でもせっかくだからさ」

 そんなことを言ってる内に目的の売り場についた。
 ボトルガムやミントタブレットが売ってる棚だ。
 先生からガムやタブレットでもある程度だが噛み合わせの矯正は出来ると言われたので、二人は学校帰りにドラッグストアに行ってみたのだが。

「これ?」
「いや、柔らかいやつがいいって言ってたから」

 横末ちゃんが有名なスライド式のミントタブレットを手に取るが、稲澤さんはその隣にあるカードサイズのタブレットを手に取る。
 これだとミントだけでなく色んな味があって助かった。しかし、

「迷うなあ」

 実に色んな味があった。迷ってしまうほどに。季節限定なんてのものや他メーカーのお菓子とのコラボ商品もある。

「まあ無難に、柑橘系かな」

 その中で、稲澤さんはサワヤカレモン味というのを選んだ。

「一個だけ?」
「とりあえずね。50個入りだし」
「ふうん」
 
 矯正用だが一日どれぐらい食べて、どれぐらい続けるかわからないのでとりあえずだ。
 ついでにボトルガムも見ていく。
 横末ちゃんが言うとおりフルーツガムもあったが、タブレットがレモンなのでここも無難にミントにした。

「つまんないの」

 横末ちゃんがぶーたれる。
 どこまでも無難な選択肢を選ぶ嫁に。
 なので、棚で客から見えないのをいいことに稲澤さんに軽くキスをした。
 白い犬顔が少し驚いたような表情になり、迷惑そうな顔をして、そうとはわからないくらい嬉しそうな顔で棚に視線を戻す。
 素直じゃない、のにわかりやすい。
 しっぽが生えてたらどんな動きをするのだろうと横末ちゃんは考える。
 クラスではふざけて嫁なんて言ってるが、ふざけてではない。
 本当の本当にだ。
 そして、お互いがお互いの嫁だった。
 旦那ではない。
 稲澤さんは横末ちゃんにとってかわいい嫁でありわんこだった。
 だがその時はそんな気軽なコミュニケーションが簡単に出来なくなることなど知らなかった。


 ガムを買ったその日から稲澤さんは矯正は始まった。

 とりあえず一日三回、朝昼晩ガムを噛む。
 固い粒ガムを前歯でだけひたすら噛む。
 それ以外はタブレットをカリカリと、やはり前歯だけで噛む。
 これにより本来の噛み合わせポジションを身体に覚えさせるという。
 ボトルガムをそのまま持ち歩くと邪魔くさいので、ちょうど家の薬箱にあった使用期限切れの風邪薬の小瓶の中身を捨てて再利用した。

 そして今日も稲澤さんはガムを噛む。
 んちっちっち、という独特な音で。
 気を抜くと奥歯で噛んでしまい、矯正であるのにやべっ本末転倒だと思うが、前歯噛みはすぐに慣れた。
 つまらないのは横末ちゃんだ。
 初めのうちこそ雑貨屋で買ってきたかわいいピルケースのようなものに、これは通学用、自宅用、もしもの時の自分持ち歩き用などガムを小分けにし、甲斐甲斐しく世話を焼いていたのだが。
 稲澤さんは常にガムを噛んでいた。
 前歯で。
 その行儀の悪いこと悪いこと。気軽にキスの出来ないこと出来ないこと。
 しかしこれは矯正なのだ。

「いぬちゃん」
「ん?」

 歯の間からピュルッと緑色の噛みかけガムを出し、稲澤さんがこちらを向く。
 二人っきりだというのに、そのムードの欠片もないことないこと。

「キスが、したいんだが」
「ああ、そう。えっと」

 ボトルガムについていた付箋みたいなやつで噛んでいたガムを包み、こちらに顔を寄せてくる。
 横末ちゃんがそれを受け入れる。
 好きな人とのキスは、最近はいつもミント味だ。
 あるいはレモン味。
 まあなんて息がキレイでマナーがよろしくて素敵な方なのかしら。うふふのふ。
 当然横末ちゃんが求めてるのはそんなことじゃない。
 もっといぬちゃんの、嫁自身の味を感じたかった。
 なんてつまらないキスなのだろう。
 でも矯正ががが。

「うううーっ。ガウ」
「いてっ。なんだよ」

 抑え込めない苛立ちに、稲澤さんの制服ブラウスの肩あたりに噛み付き、

「矯正すれば」

 怒ったような口調でそっぽを向いた。
 その態度に稲澤さんはきょとんとしていたが、ふーっと天を仰いでため息をつく。

「今日はもういい」

 ああ、だいぶ放ったらかしにしちゃったなあと今更ながらに気づいた。
 ちょっと矯正に夢中になりすぎていた。
 対して横末ちゃんはまだ怒った顔で見てくる。

「だいぶ感覚掴めてきたし、ポジションの」

 両方の耳の下辺り。そこに触れながら稲澤さんが言う。

「気ぃ抜くと、また戻っちゃうけど」
「麺類は?」
「麺類も、麺類はまだだけど」

 そっちはまだ食べ方がわからないらしい。

「とりあえず今は、」

 誘うように稲澤さんが唇の端にキスしてくる。

「キスで忙しい」

 何言うとんじゃ、と横末ちゃんは思ったが、それこそ自分が望んだことだった。





《完治まで至らないので未完》


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