コバルト・ブルー

ジャンマル

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コバルト・ブルー~青春は遅くない~

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「なあ、いつか俺達も誰かを笑顔にできるようになるかなあ?」
 小さいとき。俺はとても明るく元気で……他人の笑顔を何より大事にするこどもだった。小学校。中学校。上の学年になるにつれ、次第に性格は変わっていき……高校では引きこもり。成績もいいわけではなかったため、退学を余儀なくされたのだった。
 働き口も当然中卒の俺には見つからなかったためにニートの引きこもりになって行く。昔の母親は「あんたは今日もバカするね~」と笑顔で接してくれていたし何よりそれがうれしかったのだが……今の母は違う。「働け、あんたそんなんだから……」と毎日働け。そう言葉を浴びせるばかりになった。

 昔のように。か……明るく元気だった俺は中学のころ過激ないじめにあいそこから人を笑顔にするそんな夢は無謀な夢だと、大きすぎた夢なのだと悟り次第に友好関係や人とのかかわりを減らしていった。そうでもしなければ自分ではなくなってしまうような気がして……
 だけど、それでもそんな自分に友人として接してくれる人は数人いて、退学したということを言った時にそいつらは必死に俺のために働き口を見つけてくれようとしていた。だけどもやはりというべきか中卒を雇ってくれる場所は少なく、みんながみんなあきらめかけていた……そんな時。

「いやあ、中卒で働き口無くて大変だろ?」

 そんな風に声をかけてくれたのは今の工場の社長さんだった。社長さんは働きたくても働けない。そんな人間を集めて一つのビジネス形態を開拓した人でここで働いているのはみんな中卒や高校中退の働き口のなくなってしまっている人たちだった。友人たちが色々と奮闘してくれている中で、そんな姿を見かけて友人たちに声をかけて俺のところまでたどり着いたという。そんな事業を成功させている人の元で働くかどうか。それはしっかりと聞いてからにしよう。そう思い話を聞いていく。
 その中で彼の今行っている工場に興味がわき一度職場を見に行っていいということになった。

「母さん。今日見学の日だから」

「そう。あまり迷惑かけないようにね」

 母さんは少しやつれているのか、今日は声が少し小さいような気がした。そんな母さんに見送られ見学当日はここに来てくれ。といわれていた場所へ自転車をこいで向かう。

 工場のすぐ近くの公園で待ち合わせをしていたのだけど、僕が少し早かったらしく30分ほど時間が余ってしまった。せっかく公園にいるから。そう思って公園を回ることにしたけど……
 小学生くらいの子が多く元気に遊んでいる姿を見ると僕だって思うことはある。ああやって昔は誰かと遊びたかっただけだしとかああやって遊んでいる間は何も考えずに済んだとか。
 そんなふうに黄昏ていると、10分ほどしかたっていないように見えるが少し遠くから社長さんの声が聞こえてきた。

「いや~早いね。直人くん」

「いえいえ。早く着きすぎてしまって……」

「公園で子供たちを見ていたようだけど」

「ええ、まあ……いろいろ思い出してしまって」

 暗い過去くらい誰にだってある。それは他人に話せないことかもしれないしいつか笑い話にできることかもしれない。だけどもやはり僕にとっての暗い過去というのは自分の中でも封じ込めておきたいものでとてもじゃないが笑い話にだってできない。今思い出すだけでも吐きそうになる。夢の中の出来事だと自分に言い聞かせたことだってあった。だけど現実はそう思うたびに自分を苦しめた。
 消し去りたい。消えてほしい。そんな過去だからこそ引きこもりになるきっかけになってしまったのかもしれない。

「今日の見学が終わったらすぐにでも返事を聞かせてほしいな」

「はい。なるべく早めに」

 いつにも増して声に活力がないのは自分でもわかっているけれど過去のことを思い出してしまったからなんて到底言い訳にしか聞こえないだろう。過去に何があったのかなんて知りなくもないだろうし。

 「ああ、そうだ」そういって社長さんがポケットから取り出したのはなにやら見覚えのないコインだった。それを手のひらに乗せ僕の顔の近くにそれをやる。最初は何がしたいんだろうと思ていたけどそのコインをふと社長さんが握りしめると

「このコインはねえ、子供たちが遊ぶおもちゃの専用のコインなんだ」

「えっと……よくおもちゃ売り場とかで見る」

「そうそう。でもねこのコイン一枚一枚をうちの工場で作る時に、どうしても仲間外れというか……規格外の者が出てしまう。だけどもうちの社員たちはそれをひとつ残らず持ち帰るんだ」

「どうしてですか? 使い道なんてないのに……」

「そう思うよねえ。僕もそう思って聞いてみたんだ、社員の子にさ」

『あふれ出たコインがそのまま処分されてしまうのがなんだか嫌なんです。形が違うだけで仲間外れにされて……捨てられて……そういうのを見ると、ふと過去の自分を思い出してしまって』

 それは社長さんが社員に聞いてみたところ帰ってきた返答だったという。だけど所詮は一人の意見……そう思って話を聞いてみたけれど、言葉は違えどみんな似たようなことを言うのだと。みんな不思議と処分するしかないコインを持ち帰らなきゃそんな気持ちになるのだという。

 みんな心に何かを抱えてそれで働き口をなくして……だけど社長さんに拾われて。そんな人たちばかりの職場なんだと教えてくれた。そしてそんな話を元々の時間いっぱいまで聞かせてもらって時間になったときに社長さんの車に乗せてもらって工場まで行く。
 その車の中でも少しだけ話をした。これから工場で働くことになればその中で君なりにこれからの人生に答えを見つけてほしいと。

「さてと。ここだよ」

「すごい、小さい……」

「ああ、ごめんごめん。話の中で大きいところだと思わせちゃったかな? でもうちはこれくらいの大きさしかなくてね」

 車を降りると社長さんは車のトランクから大きめのタオルを取り出した。「それはなに用ですか?」そう聞くと社長さんは優しく「ああ、これは靴の裏を拭くんだよ」その言葉の意味が分からずに社長さんがタオルを貸してくれると流れに任せて靴の裏を軽くふき取った。
 靴の汚れがあまりない。それもそうだ、ずっと引きこもりだったし……

「靴を拭いて何か思ったかい?」

「思うものはありましたけど、どういう意味かまではわかりませんでした」

「そうかそうか。それね、正式に採用した後はそんなことしないんだよ」

「え?」

 社員になった後は靴の裏など拭かないしそれはあくまでも靴の裏を拭くことでなにかを考えてほしいっていう僕のポリシーなんだ。社長は少し頬を緩めながらやさしくそう言葉を投げかけた。
 人となり。きっとそれをここで社長は見ているんだろう、そんな感じがした。この人になら任せてもいいかもしれない。この人の元でなら働いてもいいかもしれない。
 次第にそう思い始めていた。

「うちの工場何作ってるかって言ったっけ?」

「町工場の......ネジとかそういうものですよね?」

「うんうん。そうだね」

 社長は工場の真ん中のナットを入れるケースの前に行き、僕を手招きしつつナットを手に取った。そして俺の前にナットを見えるようにするとくるりと180°回した。すると社長はそのナットを僕の掌に置き、ナットを回して見てみて。そう言った。
 言われた通りにナットを回して何かあるのか? と見渡してみる。だけれども、特に変わった部分はない。

 すると社員のひとりがナットを取りに来て、ちょうどいい。と、社長が社員にこう聞いた。「君はこのナット、どう思う?」と。
 すると社員のひとりはニコニコしながらこう答えた。

「これは僕達の頑張りの成果です。一つ一つ、精巧なものを作るために技術を重ねてきたわけですから」

「ほうほう、その経験はどうだった?」

「そうですね......同じことの繰り返し。だからつまらない、最初はそう思ってたんです」

 それはそうだ。ナットを作る工程なんて一度覚えてしまえば機械や手元が勝手に動いて作業になる。そしてだんだん飽きていくのかもしれない。
 だけれどもこの社員の人はそうじゃないと言う。彼の経験や感受性のせいかもしれない。だけど、彼は社長にナットを見せながら今日もいい出来ですよとか、これ昨日のより精巧なんです。とか喜んでみせた。その姿からはとてもじゃないけと同じ事を繰り返すことで得られる虚無感とは程遠いものだった。むしろ逆に......

「一つ一つのナットに僕達の思いが込められてるんです。これを使って人を笑顔にさせてる。そう考えると、自然と作業が楽しくて」

「うんうん、呼び止めて済まないね......そろそろ作業に戻ってくれ。そして、また多くの人を笑顔にしてくれ」

「はい! では失礼します!」

 これがうちの社風だよ。そう言いつつ君は何を感じたんだい? そう僕の目を見て聞いた。ここにいる大勢の人は過去に人間関係に大きなトラブルやトラウマを抱えている。いわば......青春を謳歌することの出来なかった人達が大半を占めている。
 だけどそんな彼らが青春を与える側になった時、どういうことを思うのか。それがわかった時、君もきっと止まった時間が動き出すはずだよ。

 俺の止まった時間。あの日、あの瞬間、あの時間。俺は青春の全てを投げ捨てることで「自衛」をして身を守ることに専念した。そしてその結果、勉強はあまり出来ないし友達だって居ない。世間一般で言う「青春」をドブに捨てることで人間性を保とうとしていた。
 だけどそうした日々を送る中で確かに青春を謳歌している人達に対して抱いてはいけない感情を抱いたことだってある。
 そんな時だった。社長は就職先に困っている俺のことを聞きつけ話をして行くし、オマケに僕の親に対してまるで叔父の用に一つ一つ丁寧に教えたい、そう言って頼み込んだと言う。

 何故そこまでするのか。何故そんなことをするのか。俺には分からなかった。そして当然僕の親もそこまでして俺に何をさせたのかという事で疑問に思っていたらしい。だけど直接話を聞いていた俺は何かを感じこの人についてきた。それが一体なんだったのか......今なら少しわかる気がする。

「僕はね、こういう仕事をしている反面後悔してるんだ」

「後悔......ですか?」

「うん。後悔。自分の人生こそ君たちより多く経験してる。でもその中でハッキリとこれだけはわかるんだ。青春を送ることの出来なかった僕に出来ることってあるのかなって」

 社長はこの事業を起こしたきっかけを僕に話してくれた。社長も僕達と同じで自衛をすることで青春を送ることの出来なかった。そしてその事で両親に気を使わせすぎてしまい、母親は高校を卒業した直後、自分を暮らして生かせるためにバイトの掛け持ちやパートをしすぎて無理が祟ったのか他界してしまったと。
 そしてその時社長は大きな後悔をしたと言う。自分に対して怒りも覚えたと。

 自分があの時青春を送っていたら、親にもしも余計な負担を掛けていなかったら? そう思った時に自然にあまり顔を合わせることのなかった担任の先生だった人に相談したと言う。
 そして社長が恩師だと言うその担任の先生はこういった。

『私は教員ということに誇りを持っているのと同時に、自分には教えることの出来ない事。それがなんなのか、それに向き合って教員をしています』

『先生でも教えられないことって?』

『勉強を教えることは出来ても、その人の人生について最後まで教えることは出来ません。だけど、その人の今後の人生を考えるきっかけを与えることは出来ます』

『でも、それは先生が頭いいからでしょ?』

『頭がいい......そう思いますか?』

 そしてそのあと先生はあなたは自分の学力に合わせた将来だけが幸せな未来に繋がると思いますか? と。社長は当時その通りだと思います。そう答えたらしい。でもそう答えたあと先生はさらにこう付け加えた。

『教師という職業だけが人に教えることができる訳ではありません。教師になる以上に人に何かを教えられる......そんな人生、今からでもあなたなら送れるはずですよ』

 そして社長は考えに考えたと言う。その恩師の言葉を考えに考え抜き、色々と面接を受けたりしてきた。でもその中でひとつの答えにたどり着く。
 もし自分が何かを教えることが出来るなら、自分と同じような人生を歩むかもしれない子に自分の味わえなかった青春というものを経験させてあげられるのではないか。
 最初はもちろん笑われたと言う。そんな甘い考えでなにか仕事が出来るわけないと。でも社長はその言葉に対していつか見返したい。とかそういうことを思わなかったと言う。
 きっとそういうものなのだと。知っているから教えられることもあれば知っているからこそ笑えたり冗談だと思えることもある。
 自分を貫くことで、きっと現実にできるのではないか。

 そして出来たのがこの工場だ。

 この工場の最大の特徴は『学生寮を模した場所があること』だと言う。それは社長が社訓としている、知らない青春を。という社訓に大きく影響しているらしく、寮にすることで少しでも学生の時の気持ちに近づいていって欲しい。そうすることで、今からでも遅くない青春を経験して欲しい。と。

「きっと自分の思うような結果にはなってないかもしれないねぇ......でも、時たま僕に青春を教えてくれてありがとうって。そう言ってくれる子もいるんだよね」

 それが社長がこの事業を続ける理由だと。青春を知らなかった社長は多くの人に知らぬ間に青春を与えることが出来たのだ。やりたい事だけをやらなくてもいい。同じことをやってばかりでもいい。でも、その中にもしかしたら青春に近いものがあるかもしれないと。

「君はさ......青春ってどういうものだと思う?」

「俺には......よく分かりません」

「うんうん......正直ね、それを売りにしてるくせに僕にもハッキリと分からないんだ」

「え?」

「だってそうじゃない......その人がもしこれが青春だと。そう感じたらそれが青春なのかもしれないよ?」

「でもそれ、みんなを騙してることに......」

「そう思うかい?」

 優しくキラキラした視線の先にあったのは、高校生と何気ない会話をする社員の姿だった。この工場は高校の近くで、よく高校生が社会科見学の一環で訪れたりということがあるらしい。
 そして高校生達が頑張っている姿。それを青春だと言うなら、君たちだってやりたい事をしてこれから見つけることだってできる。いつでも遅くはない。青春を迎えてるんだな、そう思ったらそれが青春なのではないかい? と。

「あの、社長。俺、ここで働いて青春ってなんなのか。自分のこれからって何をするのが楽しいのか、それを知りたいなって思いました」

「うんうん。やりたい事を見つけたら気軽にやめたって構わない。ここはね、そういった意味では学校に近いのかもしれないね」

 そうして社長は入社を明るく出迎えてくれた。俺は青春をまだ知らない。だけどきっと、青春はまだこれからでも遅くない。
 その答えをーーきっとこの職場で見つけられるって思うから。


ー[完]ー
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