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act.3 常夜心酔
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しおりを挟む下唇に歯を立てれば、流石に眉を顰めた顔が離れた。埣取は無軌道者の遊びに付き合う気は無い。こちらは純粋な好意を持っているのだから尚更。
「何…なんですか、やめて下さい」
「やめてやるから、お前は今日にでも創と契約しろ」
唇を噛んだ件はお咎めなく、主はまた突飛な命令を寄越す。目を瞬く埣取は動きを止め、腰に回された腕にも気付かず困惑した。
「…え…?何で?」
「何でも何もあるか、死にかけてただろうが」
確かにこんな道半ばで死ぬのも度し難いが、契約しても改善の保証はない。そもそも青年が耐え切れず共倒れなんて事になれば目も当てられないし、というか。
「今日とかいやですけど」
「あ?さっさとしろよ、たかが契約だろ」
「検討中なんです、貴方みたいな節操なしと一緒にしないで下さい」
漸く勝手に捕まえる腕を知り、抜け出そうと身体を捩る。窮地を救われたのは確かだが、これ以上説教を聞きたくはない。第一この体勢が恥ずかしい。
意識しない様にと努めてはいるが、気を抜いたら変な事を口走ってしまいそうだ。険しく柳眉を寄せる埣取を目に、主は首を傾けて品の無い邪推を寄越す。
「…お前まさか処女か?」
「は……?気持ち悪…何その気持ち悪い言い方」
元皇帝という事実も忘れ、うっかり叩きそうになった。危ない。ぐいぐい胸を押すも岩の様に動かず、埣取は泣きたい気分で傍若無人な男を睨む。
「そのツラでどうやって貞操守ってきたんだ」
「陛下、私もそろそろ怒りますよ。助けて下さった件は感謝しますが」
「童貞とヤろうってのに、お前まで経験なくてどうすんだ」
岩盤を掘って南半球まで到達しそうなレベルのデリカシーだ。もしかしてこの悪魔がモテる由縁は、本当に単なる力に起因してのことではないか。他者を処女だの童貞だの見下しておいて、自分こそ駆け引きの何を分かっていると言うのか。
「…人の気も知らないで勝手な事言わないで下さい」
「ならお前の気とやらを聞いてやる」
「私は陛下に会いに来ただけです」
投げやりに告げた途端、至近距離の悪魔が珍しい顔になった。否、可笑しな事は言っていない。当初伝えた任務通りで、目的はあくまで王位復帰の説得。
恐る恐る上目で相手を伺えば、赤い瞳はじっと本心を探る様に正視している。蛇に睨まれた蛙。視線を合わせるだけで丸のみにされてしまう、深紅の宝玉へ埣取は息を呑む。
「何で会いに来たんだ」
「だから…会いたくて」
「何で会いたかったんだ」
こちらの足場はもう1メートルと無い。背中が食器棚へぶつかり、ひやりと冷たい温度が体を蝕む。
堂々巡りに追い詰められ、自棄になって唇を噛んだ。責められる言われなどない。ある日突然城を去ったのはこの男で、自分たち部下を突き放したのもこの男だ。
せっかく悲嘆や恨みへ蓋をしたのに、剥がれて子供みたいに溢れてしまう。目元へじわりと広がる熱を感じながら、埣取は情けなく震える声で糾弾した。
「貴方が…勝手に、消えたからで、」
喉が引き攣り、手で押さえる。次いで漏れそうな涙をシャツで拭ったが、既に首筋から伝い落ちた雫がきらりと光を反射した。
「埣取」
「っん、うう」
「おい」
声を殺して泣き始めた相手へ、さしもの暴君も追及を引っ込める。共にした時間はそれなりだったが、何だかんだ気丈なこの悪魔が泣く場面など見た例がない。
急に魔界を去った件は糾弾されるとは思っていたが、こんな幼子みたいにボタボタ涙を流されるとは想定外だった。
「泣くな」
「っ…」
「…悪かった」
生来発した覚えのない単語が口を突く。目を擦っていた従者すら呆気に取られ、面を上げた。
ドンガラガッシャーン。そんなしっとりした空気の中、キッチンの出入り口で盛大に何かをひっくり返したような音が轟く。
主従が揃って視線を向ければ、高そうな壁にスツールの脚が貫通していた。賃貸じゃなくて良かった。その傍らでは矢張りと言うか、仁王立ちする青年が親の仇を見つけたような形相をしている。
「お、お、おま…泣、泣か!泣か…!!」
「創くん…」
赤い目元を拭い、鼻を啜った埣取が困惑して眉を下げる。大学に提出する書類は書けたのかと問う前に、青年はスプリンターの如く距離を詰めて父親へと掴みかかっていた。
「何泣かしてんだコラァああ!!たわしをコロッケにして食わすぞ!!!!」
「喧しい童貞だな…待て、お前何持ってんだ」
父の指摘へピタリと動きを止め、創は上着から探り当てた小瓶を投げつける。その序にたじろぐ埣取の肩を抱くと、暴君から剥す様に自分の側へ引き寄せた。
「あのバイパーとやらに押し付けられた、昏睡薬とか言ってたぞ」
「昏睡薬?…まあ預かっておく」
器用に片眉を跳ねさせ、父は一頻り観察した小瓶をジャケットに仕舞いこむ。
服の上から検知したという事は、何かしら魔力を有した液体なのだろうか。創が少ない頭を回していると、隣で成り行きを見守っていた師がやや不機嫌な声を発していた。
「創くん、私はその話聞いてないけど」
「だっ!!!違うんですよサトリさん…!!隠してたとかじゃなく愚かしく忘れてただけで!!!」
「声量うるさ…責めてないよ」
テンションはどうかと思うが、正直この微妙な空気をぶち壊してくれて助かった。尚も自分を心配する青年を諫めつつ、密かに胸を撫でおろす。
主を伺えば、奇しくもじっと見返していた両目とかち合った。何だその視線は。先に漏れた謝罪と言い、今日の彼はらしからず困惑する。
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