押し入れに魔王

fact

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act.3 常夜心酔

3-9

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「…薬を陛下に盛れって言われたの?」

「え!?やあ…いやあ、そうっすね…」

息子も息子で歯切れが悪く、グラスへ注ぐ買い置きの麦茶は今にも溢れそうになっている。それを器用に呷ると、鋭い目は明後日を睨んで動かなくなった。何か隠しているのは明らかな態度だが、深くは追求せず質問の矛先を変えてやる。

「他には何か聞かれた?」

「サトリさんが直ぐ来てくれたんで…俺の交友関係はバレてるみたいですけど」

「友達か…厄介だね」

態々当人に尋問するまでもなく、もう基本的なプロファイルは調べ済みらしい。こちらに危害を加えないというスタンスは守っているが、それも何時痺れを切らすやら。今後は友人や関係者を人質に取られる可能性も多分にあるだろう。

「法改正がどうの…人間を殺せないのも過去の話だの、物騒な事も言ってましたよ」

「ふうん…陛下、どうやら時間が余り無いようです」

端からそう告げているのだが、改めて逼迫した実情で迫る。魔界に戻って欲しい。それだけで現王は対イフリートに注力せねばならず、人界侵出は遅れる筈だ。
このまま人界で暮らしても、弱体化し続けるだけだ。早く。戻るなら早く。そんな埣取の焦りを知っているだろうに、主はまた突飛な質問で流れを断ち切る。

「ロビンは元気か」

「…え?…あ、はい」

不意を突かれた埣取の声が裏返る。
ロビン。初めて聞く名に創は考え込んだが、察した相手が注釈を加えてくれた。

「あ、ロビンと言うのは…私のガーディアン、従者の名前なんだ」

「従者?成る程」

「…ロビンには随時情勢を報告させていますが、陛下もご覧になりますか」

「いや良い、元気かどうか聞いただけだ」

当たり障りない会話なのに。何故か埣取は怯える様に眉を寄せ、主から距離を取って退く。明らかな動揺。然れど怪訝な青年の視線を感じて面を上げると、話題をどうにか今のプライオリティへ戻していた。

「と…にかく、我々の敵はバイパーだけではありません。創くん、暫く此処から出られない事も考えて、必要な物資を準備しようか」

「あ、え、飯とかですか…?」

「そうだね」

悪魔は必要ないが、人の子はそうもいかない。数週間…否、数か月。歩夢島創が魔界に行けるまで籠城が続くかもしれないし、最悪、彼の友人や知人を匿う事も考えねばならない。
しかし同時に、逃げるだけでは駄目だ。現魔王の人界侵出を止めるためにも、前魔王頼みの現状から脱却するためにも、多少の反撃は考えねば。

「明日どうにかしろ、俺は出掛ける」

またか、と主の言葉を聞いた埣取は肩を落とす。広い背は止める間もなく消え、後には代わりの様に大きな蜘蛛がカサカサと壁へ這い出した。
行き先を告げないのは何時もの事だ。仕方なく中断された調理に戻り、刻んだ食材を鍋に投入する。身体の怠さに参っていると、不意に背後に立つ人の気配が距離を詰めていた。

「…サトリさん、親父と何かしてました?」

何かとは何だ。コンロに伸ばしかけた手を引っ込め、やけに低い声に身を固くする。
未だ泣いていた件を追及する気か。勝手に緊張を募らせていると、此方の肩を掴んだ青年が嫌そうに指摘を寄越した。

「貴方から奴の魔力の気配が…」

「えっ!?そんな事まで分かる様になったの?」

自らが術を教え授けた訳ではないが、弟子の成長は嬉しい。驚き半分、喜び半分で声を跳ねさせるも、青年の側は苦虫を噛み潰したような顔を続けている。

「まさか魔力って譲渡とか出来るんすか」

「でき…るよ、そうそうお父さんに分けて貰って…お陰で魔力酔いを起こしたと言うか」

「…オッサンの生成物が…貴方の中に」

「嫌な言い方するね、君」

因みに平静を装ってはいるが、未だ絶賛魔力酔いは尾を引いていた。余り身体に触れないで欲しいし、至近距離で見ないで欲しい。
適当に窘めかけた矢先、急激に痺れが取れ上向く体調へ口を閉ざす。一瞬気のせいかとも思ったが、掴まれた肩口からは明らかに熱が引き、下腹部の疼きすら尻尾を巻いて逃げ始めた。

「…創くん、今何かした?」

「この清らかな玉体に巣食う邪悪の極みよ…立ち去れ、と念じました」

「私も邪側の立場だけど、ありがとう」

どうやらこの青年、既に無属性化を使いこなしているらしい。以前にも体感させて貰ったばかりだが、よもや自己以外のコントロールも会得しているとは。
仁王立ちする当人は、その稀有な才能を理解していないだろう。並みの魔導士ならば3年かけて師に教わる内容を、数日しかも感覚だけモノにした偉業を。

「君は…随分と麒麟児らしいね、創くん。私が居ようが居なかろうが、何れ魔界に行く事になっていたかもしれない」

「キリン…?いや、俺が本気出せるのは貴方に関してだけなんで」

「そんなこと真顔で言わないでよ、どうして良いか分からないじゃない」

青年がぐっと唇を噛み、何やら煩悶して見えぬものと戦っている。飽きない喜怒哀楽だ。ころころ移り変わる眩しい存在を眺めながら、埣取はエプロンの結び目を解いて笑った。

「実はね…今だけじゃなくて、君と居ると具合が少し楽なんだ。ちっとも原理は分からないけど」

「楽…?辛かったんですか?ずっと」

「君は肩の力を抜かせくれるね。そういう所、お父さんには無い魅力だと思う」

眉間に刻まれていた皺が解れ、青年はふにゃりと単純な喜色を浮かべる。そう、その素直さ。悪魔には持ち得ない打算の無さが、時に脆弱なれど、時に無敵の強さを誇る。
何故なら埣取にはこの青年が読めない。理解できない真新しさは、長命種の凝り固まった考え方に改革を与えてくれる。

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