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最強の雪だるまになった件

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「ここじゃ。着いたぞ」

「着いたのか? はぁ……はぁ……滅茶苦茶山の上じゃねぇか」

 吹雪はやや落ち着き、雪がずっしり積もった山道をえっさいほいさ掻き分けて進み、やっと到着したようだ。

「ここか? ――おぉっ」

 眼前に広がる抜群な景観に、俺は小さく感嘆の声を漏らした。
 背後に大きな雪山が佇む村は、そこまで大きな規模では無い。
 しかし、雪山の麓に散りばめられた住宅は、軽く雪を纏った可愛らしい三角の屋根と、窓から漏れ出る柔らかい山吹色の光で、思わず見とれてしまう程情緒的だ。
 村に植えられたクリスマスツリーのような形をした発光する木が、山の影を背負った薄暗い村を照らしていた。
 その光景に、俺は思わず口角が上がっていた。

「すげぇ……現実で例えるなら白川郷的な? 滅茶苦茶綺麗じゃんか。思わず見惚れちまった。こんな綺麗なもん、見たこと無いかも」

「……しかし、本当は山を下りて暮らしたいのだが、生憎それは許されておらん。エルゲイル辺境伯の命令により、辺境伯領にアイススノーマンは立ち入れんのじゃ。この村、ベルマー村はエルゲイル辺境伯に監視されとる」

「エルゲイル辺境伯がどうのこうのって、さっきも言ってたよな。あんまできた奴じゃないのか?」

「……外で話すのは危ない。後は中で話そう。おーい、皆!! 手の空いているものは出てきてくれ。新しいアイススノーマンがやって来たんじゃ」

 大声で村長だるまがそう叫ぶと、中から――

「おお、新しい仲間が増えたのか。それは喜ばしいことだ」
「あら、でもこの子はどうやって生みだされたのかしら?」
「エルゲイル辺境伯が召喚魔法で召喚したんじゃないか?」

「――ぎゃああああああああああああっ!?」

 本日二度目の俺の大絶叫。
 その轟然たる絶叫に、雪だるま達は呆気に取られたようだった。

「家からぞろぞろと雪だるまが出てきた……カワイイけど、どうなってんだこれ……カワイイじゃ解決できないことも世の中には沢山あるんだぞ」

「あら、何故驚いているの? あなたも雪だるま、アイススノーマンじゃない」

「……ああ、やっぱそうなのか。トホホ……」

 エプロンを付けた主婦的ポジションの雪だるまに同種であることを指摘され、俺は確信を得た。
 (どうでもいいけど、料理してる時とか体溶けないのか……)

 俺は、アイススノーマンになったのだ。

 いや、まぁ気づいてたよ。
 だって、歩いてるとき滅茶苦茶違和感あったもん。
 でも、俺の脳がを認めることを拒絶したんだ。

 ――異世界転移した結果が雪だるまとか、傍から見たら面白いけどさぁ……
 本人の気持ち考えてくれるかな?
 俺をこの世界に呼んだ奴、会ったらぜってーぶっ飛ばす。

「あら? あんた、何か妙だね」
 
「アンナさん、どうした? 何かこのアイススノーマン君に異常でも?」

 俺が愕然としていると、主婦だるまが俺を胡乱うろんな目つきで見つめてきた。

「ん……何すか?」

「あなた、ちょっと自分のステータス覗いてみてくれない?」

「ステータス? ……お」

 そう言えば、転移した時から妙な感覚があった。
 体の奥に秘めた何かが蠢いているような感覚。

「これがステータスか?」

 ※※※※※※

 個体名:桑原銀河 
 種族:アイススノーマン
 スーパースキル:ミニアイススノーマン召喚EX、液体化EX、氷蘇生アイスリザレクションEX、凍る銀河アイスギャラクシーEX

 所有スキル
 -------
 人化
 詠唱省略
 魔力共有
 魔力感知センサー
 魔力枯渇警告センサー
 魔法耐性
 火系統魔法耐性EX
 アイスクラフトEX
 瞬間冷凍クイックフリージングEX
 瞬間解凍クイックリリースEX
 氷銃アイスガンEX
 氷結晶盾アイスシールドEX
 ゲートクラフト……まだ解放されていません
 精霊使役……まだ解放されていません
 アイテム恩恵……魔石内蔵による人化
 ------

 ※※※※※※

「な、何じゃこりゃ……マジのファンタジーゲーじゃん」

 目の前に並べられた文字列に、俺はただ困惑していた。
 しかも、何か多くない? 色々多くない?

「ねぇ、さっきからあなたのステータスがおかしいんだけど。私は魔力感知センサーってスキルがあるからあなたの魔力が分かるんだけど、なんでか分からないけど多分正確に測定できていないのよ。こんな高いハズもないし……ちょっとスキル使ってみてくれる? 何かあるかしら」

「性格に測定できてない、ですか。よく分からないけど、どれか使ってみようかな……」

 んー、何か瞬間冷凍クイックフリージングEXっての面白そうだな。
 使ってみよう。

「あの、瞬間冷凍クイックフリージングってのがあるんですけど……多分凍らせる系のスキルなんで、何か凍らせてほしいものとかあります?」

瞬間冷凍クイックフリージング? あまり聞かないねぇ……それじゃあ、向こうにある巨大な木でも凍らしてくれるかねぇ。ねぇ、村長さん」

「そうじゃな。あの木は伐採に手こずっている。あの木を切り倒して小屋にしたいんじゃが。……まぁ、気にせず試してみてくれ。今のはただの願望じゃ。スノーマン一体のスキルではどうにもなりゃせん……」

 二人が指さす方向に目を見やると、村の入り口付近に十メートルはありそうな巨大な木が。
 堂々と佇んでおり、確かにこれは邪魔そうだな。

「まぁ、とりあえずやってみるか。瞬間冷凍クイックフリージングEXっつってんだから、羊頭狗肉パターンは止めてくれよ」

 EXってことは、エクストラってことだろ?
 つまり凄く強いってことだよな。
 でも、なんせ雪だるまだし期待はできないな。
 そんなことを思って歩いていると、巨大な木の前に着いた。
 能力の使い方はよく分からないので、とりあえず木に枝みたいな手をくっつける。

「うしっ。んじゃまぁ……詠唱、的な? 瞬間冷クイックフリージ――」
 
 パキン――!!

「ん? ……うわぁお」

 俺が詠唱し終わるのを待つことなく、パキンという音と共に木は凍った。
 文字通り木の頭から根っこまで、透き通った水色の氷でカチコチに。

「あの、これってどうなんすかね……」

 謎の気まずさを感じて村人だるま達の方を見ると、目玉が飛び出していた。
 いや、それはあながち誇張表現ではない。
 村人だるま達は顎が外れたように口を開き、事の一部始終に愕然としていた。

「……ワシは夢でも見とるんか? なら頬っぺたを抓ってくれまいか」

「ついでに……瞬間解凍クイックリリース

 シャラララララ……

 まるでふわふわなかき氷がモリモリと山のように積もっていくみたいに、木は細かい氷の山になった。

「た……」

「た?」

「大変じゃあ!!! アイススノーマン族から天才が現れよったあああぁぁぁっっ!!!! おい、ウルリカ!! お前引きこもっとる場合かあっ!!」

「へ? ちょっと、村長だるまさん!?」

 足も無いのに何を動力にしているのか分からないが、村長だるまはドドドドドと目にも止まらぬスピードで住宅の方へ走っていった。

「……何してんの、あれ」

「ウルリカっていうのは村長の孫娘です。驚きました、あなたは凄いお方だ」

 そう言って俺を褒めちぎるのは、雪だるまでありながらも穏和な話し方の青年(?) だるまだ。

「おお、ありがとう。でも、俺にも何が何だか分かんなくて。ってか、孫娘っつったか? まさかロリだるま、なんて言わせる気じゃないだろうな――」

 ――眼前に突然現れたものに、ちゃらけた言葉を喉へ押し込めた。
 否、押し込めざるを得なかった。

 透き通るような薄い水色の長髪をなびかせ、ぱっちりとした瞳の色は髪色よりやや濃い青色。
 まさにこの場所になぞらえて言うのなら、雪を欺くような白い肌に、艶めいた桃色の唇。
 細い体をネグリジェに包んでいる。

 その白い肌と薄い水色の髪がお互い調和し合って、抜群の透明感を与える少女。
 俺の目の前に現れたのは、異世界に来て初めて確認する、人間だった。
 ただ、それは雪。ここにいるどの雪だるまよりも、雪だった。
 
「ギンガよ、わが孫娘だ。以後、よろしく頼む」

「あの……はじめ、まして……ウルリカと申します……」

「ぁあう、おう……よろしく」

 初めて見る異世界人に、俺は気持ち悪い声を漏らした。
 ――あれ? そういや俺のスキルにも人化って無かったっけ?
 ……あった。どれどれ……

 ガキン――!!

「!!?? え、あの、ギンガさん……?」

 人化を発動した瞬間、俺の体は突如として巨大な氷塊に閉じ込められた。
 そして氷塊が眩い光に包まれ……

 ガラガラガラガラ……
 
 氷がひび割れ、中から出てきたのは――

「……おおっ!! 人に戻ったぞおおぉぉぉ!! やったぜウルリカ!! ……あ、さん付けたほうがいい?」

「いや、さんは大丈夫ですけど……嘘、どうして……」

「どれ、懐かしいけどそこまで愛着の無い自分の姿を見てみるか……って、うおおおおいっ!?」

 氷の反射を使って自分の姿を見ると、そこに転移前の俺の面影は無かった。
 白髪のウルフヘア、煌々とした右の赤目と穏やかな左の青目、褐色の肌、栗毛の毛皮でできた襟巻き。
 声や性格は同じだが、見た目は完全リニューアルされている。

「この襟巻き、ゴ○ータみてぇ。戦闘力高いかな」

「ゴ○ータは分かりませんけど……あの、人に戻れたんですか……?」

「ああ。戻れたらしい。多分だけど人化ってスキルを使えるから、いつでもアイススノーマンに戻れるし、人にもなれるぞ」

「……あの、ギンガさん!! お願いがあるんです!!」

「ん? お願い……?」

 俺が人に戻った途端、ウルリカは縋るような声で俺にお願いを依頼してきた。
 それを聞いて――

「こら、よさんかウルリカ!! エルゲイル辺境伯のことであろう!? ウルリカがワシらのことを誰よりも思って言うてくれるのは本当に感謝しておる。でも、辺境伯は厳しいお方だ。おまけにかなりの実力者とあらば、太刀打ちできまい」

 村長だるまがウルリカを叱った。
 また、どこぞの辺境伯の話か。
 こいつらアイススノーマン族と辺境伯の因縁は深そうだ。

「いいよ、話してくれ。エルゲイル辺境伯とお前ら雪だるま族に何があったのか。それから頼みを快諾するかを決める」

「雪だるま族じゃなくてアイススノーマン族じゃが……分かった。お主がいいと言ってくれるのなら、全てを話そう」

 村長だるまには素寒貧すかんぴんで身寄りのない俺を拾ってくれた恩があるので、俺は話を聞くことにした。
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