上 下
6 / 7
一章 理不尽な別れと新たな出会い

女神の風

しおりを挟む
「よし、無事に討伐できたみたいだ……良かった」

 沼にハマり、仰向けでだらしなく舌を出して倒れている針龍ニードルドラゴンを見て一安心する。
 無事倒せたことへの安堵と、俺一人でもモンスターを討伐できたという達成感で心地よかった。
 それに――

「新たな出会いもありそうだし、な」
「あ……え?」

 俺は少女をちらりと見て、ボソッと呟いた。

 改めて見ると、すごい美少女だ。
 肩辺りで切り揃えられた黒髪はサラサラでツヤツヤ。
 目は綺麗に澄んだ明るいブルー。
 童顔で小柄だけどいい感じにふくよかっつーか、ハッキリいうとエロい。
 多分俺より年下だよな。十七、十八くらいか。 
 こんな美少女が、一体沼地で何をしていたんだろうか。
 
 ――でも、よく見たら冒険者っぽい服装だな。
 白を基調とした軽めのサーコートに、右腕にはピンクと白のブレスレットをしている。
 このような腕輪は、冒険者や狩人が身に着けていることが多い。
 まぁ、とにかく色々聞いてみよう。

「あのさ、気になったんだけど。君――」

 ガサアアアッ――!!!

 俺が質問しようとした瞬間、沼の左前方の深い茂みからガサガサと音がした。
 
「何だ何だ? 何の音だよ」
「えっと……何の音でしょう……」

 冒険者か狩人が一暴れしてるのか?
 それか、誰かが探検でもしてんのかな。
 でも、人間にしては音が大きいような気もするな。
 
「あの、すいません……あれ……」
「ん?」

 俺が下を向いて音の正体を考えていると、少女が震えながら茂みの方を指さした。

「茂……みっ!!??」

「茂みがどうしたの」
 と聞こうとしたが、情けなく声が裏返ってしまった。
 いや、これは仕方ない。漏らさなかっただけマシ。

 深々と生い茂る茂みから、ギラギラと赤く光る二つの点。
 その点の正体が怪物の目だと分かるのに、そう時間はかからなかった。
 赤い点は動くことなく、こちらを凝視している。

「あ、あああ……さっき針龍ニードルドラゴンは倒したよな……ってことは、別のモンスターか……?」

 ガサッ!!

「ウボオオオオォォォ……」

 俺達が腰を抜かしていると、突然茂みが左右に掻き分けられた。
 そして掻き分けられた茂みの真ん中から、巨大な頭が顔を覗かせた。
 化け物みたいな大きさの顔面をした、シルバーの体毛の赤目ゴリラ。
 フシュー、フシューと荒い息づかいで、黄色い歯を剥き出しにしてニタニタとこちらを見ている。

「……死んだな」
「えっ!?」
「母さん父さん、今まで迷惑かけました。来世では最強の冒険者になって、最強のパーティーを作って、最高の冒険者生活を送ります」
「私、死にたくないです!!」

 まぁ、そうだよな。
 俺もこの子もまだまだ人生これからなんだし、死にたくないと思うのは当然だ。
 でも、もうエネルギー切れたし。飛べないし。

「あの、さっき空を飛びましたよね……? 何だか強そうなデュミナスだなと思ったんですけど……戦えますか?」
「俺は人を運ぶのは得意だ」
「じゃあ……戦え、ないってことですか……?」
「うむ」

 どや顔で俺が答えると、少女の顔が引きつった。引きつった顔も可愛い。
 恐らくこれから自身に降り注ぐ絶望を想起し、失意に打ちひしがれているのだろう。
 俺は、もう全てを受け入れた。

「ウボオオオオォォォォォッッ!!!」

 ドッドッドッドッ――!!!
 ズシズシと胸に圧し掛かるよう爆音を立てて、ゴリラはドラミングをし始めた。

「あははは、迫力すごーい」
「何笑ってるんですか!?」

 その圧倒的な迫力に、絶望して笑ってしまった。
 人間は絶望しすぎると笑う、みたいなことをどっかで耳にしたことがある。
 なるほど、こんな感じなのか。
 
「フシュー、フシュー……ウボボボボ……」

 そしてドラミングを終えたかと思うと、左腕をグググ――と後ろに構えはじめた。
 鉄みたいに固そうな巨大な腕で、俺達を殴り飛ばす気らしい。

「ウボアアアアアッ!!!!!」

 ゴオオオオオオ――――!!!
 振りかぶった拳をこちら目掛けて放つ。

 俺の冒険者人生、こんな形で終了か。
 昨日リスタートを誓ったばっかりなのに、随分とあっけない終わりだ。
 皆を見返してやりたかったのに、チクショウ。
 そう思って静かに目を閉じた。
 
 その瞬間。

女神の風ヴィーナス・ウィンド!!!」
 
 少女の声で、女神の風ヴィーナス・ウィンドという掛け声が響いた。
 それと同時に、暴風のような凄まじい音が響き渡った。
 何が起きたのか、閉じた目を開けようとすると――

「掴まってください!! 飛ぶのは慣れてるんですよね!!」
「え? う、うん。慣れてるけど……って、うおぉっ!? え、な、何が起こった!?」
「ウボアアア……」
 茂みに目をやると、先程まで俺達を殴り殺そうとしていたゴリラが、体勢を崩して倒れていた。

「え!? これ、君がやったのか!? 倒したのか?」
「説明は後でします!! とにかく、飛んで逃げましょう!! 撤退船を呼びます」
「と、飛ぶ? 俺はもうエネルギー切れだ。君、飛べるのか?」
「はい、飛びます!! 信じてください!!」
「……分かった。君を信じるよ」

 先程と立場が変わって、今度は俺が少女の手を借りた。
 少女のデュミナスが何かは分からない。
 けど、ここから生き残るには彼女を信じるしかない。

「いきます……ウィンド!!」
「やっぱり、ウィンドってことは風か? って、うおああああっ!!」

 少女がウィンドと唱えた瞬間、俺達は宙に舞った。
 まさか本当に飛べるとは。
 恐らく風系のデュミナスで、風を動力に飛んでいるんだろう。

「凄い、本当に飛んでる!! このままあの変態ゴリラから逃げよう!!」
「はいっ!!」

 ヒュオオオオと風を受けながら、ゴリラがいる沼を離れる。
 よかった。本当に死んだと思ったけど、何とか命は助かった。

「こんな体勢のまま飛び続けると負担がかかってしまうと思うので、私の肩に片手ずつ乗せて下さい。おんぶします」
「あ、ああ。確かにこの体制のまま飛ぶのは危ない」

 今の俺達の体勢は、先程と同様、空中フォークダンスフォームだ。
 このまま飛び続けるのは危険だろう。

「んじゃ、失礼しますよっと……」

 俺は片手ずつ少女の肩に置き、少女の腰を足でホールドした。
 ……何かが当たってる気がするんだが。
 気のせいだ。これは気のせいだ。

「ここから離れて、撤退船を呼びましょう」
「そうだな」

 撤退船とは、仕事を終えた冒険者や狩人を迎えにきてくれる空中船のことだ。
 一回の利用料は大体80硬貨くらい。
 だいぶ高い。なので、キルフェン達とパーティーを組んでいた時は俺が撤退船の役割を担っていた。

「金は20硬貨ずつ払う、でいいか?」
「迷惑かけたし私が全額払います」
「半分ずつでいいよ。別に迷惑なんかじゃない」
「あ……じゃあ、お言葉に甘えて。私、今全然お金がないんです」

 本当は全額払ってやる、なんてかっこよく言いたかった。
 しかし、満足な金もないし安定した仕事も確保できていない俺にそれは厳しい。
 元々この仕事で撤退船なんて使う予定なかったしな。

「ここら辺でいいかな……」
「そうだな。ここら辺は開けた場所だし、手前だからモンスターもあんまりいない」

 少女のウィンドはかなり速度があり、あっという間にノースエリアの手前まで辿り着いた。
 こんなに飛ばす必要あるか? ってくらい速いけど、エネルギー切れの奴に文句なんて言う資格はない。
 自分では気づかなかったけど、結構エリアの奥まで行っていたみたいだ。

「じゃあ、ここで降りましょう」
「すまない、着地は頼んだ」
「はい。……あれ?」
「どうした?」
「スピード調節って、どうするんだっけ……」
「え?」

 大人しい少女だと思っていたが、冗談も言えたのか。
 なかなかパンチのきいた、良い冗談だ。

「ハハハ。またまた、俺を驚かそうとしてるのか? さっきあのゴリラをぶっ飛ばしてたじゃないか。あんなことデュミナスを使い慣れた奴しかできないって」
「あ……あれは偶々、なんです。私もよく分からなかったんですけど、力を入れたら風がグアアアアアって出て。気が付いたらゴリラが倒れてました」

 た、偶々?

女神の風ヴィーナス・ウィンドっていう立派な技名唱えてたじゃん」
「えへへ、とっておきの必殺技の名前だけは決めておこうって思って。私一週間前に田舎の村からレンザスに来たんですけど、村にいるお母さんと一緒に考えたんです」

 えへへ、と照れくさそうに後頭部を掻きながら、少女はそう言った。

「一週間前……? ってことは、もしかして今全速力で飛んでるのは……」
「はい。恥ずかしいんですけど……スピード調節がまだできないから……」
「うわああああああッ!!!」

 終わったかもしれない。

「そんな状態で飛んだのか!? ……でも、あの状況じゃそうするしかないか……」
「すいません……他に打開策が思いつかなくて……」
「あ! 違う違う、責めてるわけじゃないんだ。ごめん」

 俺に責められたと思って悲しかったのか、露骨にしょんぼりする少女に慌てて声をかける。
 しかし、どうしたもんか。
 今は空を飛べてるけど、おそらくウィンドも無限に使えるわけじゃない。
 エネルギーで動いているのなら、必ず限界がくる。
 それまでに何とかしないと。

「そうだ! 旋回してちょっとずつ下に降りていくってのはどうだ?」

 我ながら現実的で成功率の高そうな案をすぐに提案することができた。
 珍しく、俺のデュミナスが飛行でよかったと思った。

「いきなり急降下するんじゃなくて、地表との距離を下げながら徐々に下がっていくんだ。そして、地表ギリギリのところでウィンドを解除する。そしたら降りれるんじゃないか?」
「確かに! ちょっとずつなら私にもできるかも。やってみますね」
「おう! よろしく頼んだ。俺の命は君にかかってる」
「よし、もう一回……ウィンド!」

 気合が入った顔で、少女はもう一度ウィンドを使った。

 ゴオオオオッ……――――
 
「よしっ。あ……あれ?」

 ゴオオオオオオオオオオオオッ……――――

「嘘……あ、ちょ、速……」

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッ――――!!!!

「「いやだあああああああああっっっ!!!!」」

 二人の凄まじい絶叫がフィールド内に木霊こだました。
 特に俺の断末魔は情けなかったと思う。
 体全体に凄まじい風圧を受け、俺は断末魔を聞いたきり、意識を失ってしまった。
しおりを挟む

処理中です...