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第1章 渦巻く陰謀
全ての真実にたどり着くその時
しおりを挟む「いまからどうされますか?」
怒りをあらわにしているサーニャに、ルーストは丁寧に訊いた。
「決まってる。領主の元へいく」
「あの、俺も連れてってください」
真剣な目で言い放ったサーニャに、コータもまた真剣な声色で告げた。
「コータさん!」
心配の色を強く滲ませた声色で、ナナは名前を呼んだ。
「危険なのは分かってる。でも、行かないと」
エルフを見たのも、亜人を奴隷にしてるのを見たのも、麻薬の材料になることに気づいたのも、字の違いに気がついたのも、全て自分であることに気づいていたコータ。自分のまいた種であることに違いがない。その後始末をするためにも、コータは行かないといけない。本能的にそう思っていた。
「分かった。それでは行くぞ」
サーニャはルーストに目配せをするや、ギルドマスターの部屋から立ち去っていく。コータはそれに続いて部屋を出ようとする。
「コータ……」
そこへ蚊の鳴くような声で名を呼ぶのが聞こえた。ウルヌだ。
「大丈夫だ」
声色的に心配したのだろう。
「あ、そうだ」
部屋を出ようとした時。コータは思い出したかのように、ウルヌに振り返る。
「パーティー、解除しないと」
「あっ、そうだった」
ウルヌも忘れていたようだ。
「どうすればいいんだっけ?」
「パーティーメンバーの同意を得て、パーティーを組んだ人が解除を宣言すれば解除できます」
コータの問いにナナが答える。それを聞き、コータはパーティー解除の宣言をした。瞬間、視界にウルヌとのパーティーが解除されました、の文字が現れた。
「それじゃあ行ってくる」
そう残し、コータは部屋を出て1階へと降りた。
「本当にどうなってるの?」
取り残された感が否めないギルドマスターの部屋で、サラが苦笑を浮かべた。
「分かってたらオレだって動いてる」
相手は領主。しかし、それだけではないような、そんな気がしたウルヌは、コータのように動くことが出来なかった。逃げではない。分かってても、つい先程まで一緒にクエストを受けていた人との違いを見せつけられたのが悔しいのだ。ランクも下のやつが、大きな陰謀に恐れもせずに、飛び込んでいる姿に嫉妬をしている。
それに自分で気づいている。だからこそ、ウルヌは嘲るように言い放った。
「これからどうなるんだろう」
街を総括している人が悪事を行っている。それはおそらく紛れもない事実だ。
突如として未来が暗くなったソソケットのこれからを案じ、ナナはため息混じりにこぼした。
「私たちに出来ることはもう無いんだろうね」
「だろうな。ここで見たこと、知ったこと、ぜってぇ話さねぇ方がいいだろうな」
サラの言葉にウルヌが加える。
「と言うより、誰も信じないでしょ」
領主イサベルは、税を上げすぎることもなく、人々が生活しやすい街ソソケットをつくり上げてきた。だからこそ、いまこのような話を誰かにした所で、恐らく信じない。それを口にしたサラに、ナナが言う。
「それでも言わない方がいいでしょうね。私たちの為にも」
相手は人間だけではない。エルフ種や亜人種まで関わってきている。一個人が闇雲に話をすれば、その発生源が消される可能性だってある。
それを考慮しての発言に、サラはわかりやすくムッとした表情を浮かべる。
「それくらい分かってるわよ」
そう言い、サラは部屋を出て行った。
「ウルヌさんも、今後は身の回りに気をつけてください」
ナナはウルヌに注意を呼びかけてから、部屋を出るように促す。ウルヌは「あぁ」と答え、促されるままに部屋を出た。
* * * *
大きな門扉がそびえるようにして立っている。
「近くで見ればデカいな」
コータは独りでに零す。
「そんなこともないぞ。私の家のがもっと大きい」
「あはは。そりゃあ王女様ですもんね」
コータの独り言に反応するサーニャに、コータは思わず苦笑いを浮かべる。
王女からすれば大きくないかもしれない。だが、普通に考えれば異常な広さだ。眼前の漆黒の門扉はもちろんだが、玄関に至るまでに必要以上に大きな噴水がある。まるで金がある、と言わんばかりである。
この間、市場から見た時とは迫力が違う。赤茶色のレンガの外壁は、寸分違わずに綺麗に並べてある。深い青色の窓は、本当に窓であるかと疑いたくなるほどに建物の中が見えない。
「行くぞ」
「はい」
サーニャの掛け声に短く返事をする。ゆっくりと開く門扉。重苦しい音共に開いていく。人1人が通れる程の広さまで開いた時点で、サーニャは歩を進める。ルーストとコータもそれに続く。
綺麗な純白の石で舗装された道が玄関まで続いている。そしてその周りには綺麗な若草色の芝生が生えており、これまた丁寧に手入れされていることが分かる。道の上を歩き、玄関まで後少しというところで重厚感のある木で作られたと思われる玄関が音もなく開いた。
「どちら様ですか?」
「私は人の国、第2王女のファニストン=アラクシス=サーニャ」
「サーニャ様にお仕えする者です」
「コータだ」
自己紹介を聞くや、イサベルの顔色が悪くなるのは手に取るようにわかった。
「お、王女様がどのようなご要件でしょうか?」
「良からぬ噂を聞いたのでその確認に来たのだ」
流石は王族というべきだろう。サーニャの威厳は領主イサベルのものとは比べ物にならない。
「わ、私は人様に言えないようなことは何もしていないですよ?」
額に球の汗を浮かべてるイサベルは、口篭るようにしてそう告げた。
「それでは屋敷内を確認しても大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
──違う!
この間、直接領主と対峙したコータには分かった。先程までのどもりがなく、淡々と答えたイサベル。これはサーニャが選択を間違え、イサベルに勝利が傾いた証拠だ。
だが、どこに穴があったのか。コータには分からなかった。
分からないが故に、代替案を出すことが出来ない。浮かべていた汗は消え、余裕の表情でイサベルはコータたちを屋敷の中へと案内する。
「こちらです」
玄関から室内に入ると、床には赤い絨毯が敷かれていた。少し前、サーニャたちの客室に乗った時のことを思い起こされる。
そんなコータの思考など知るよしもないイサベルは、両壁に絵画が飾ってある廊下を通り過ぎその奥に繋がる応接間へと通した。
「こちらが応接間となっています。それから右手側には書庫が左手には執務室があります。2階にも幾らか部屋がありますが、自由に確認してください」
コータは確信に変わった。幾ら室内を探したところで異常な所は見つかるはずがない、と。
だが、サーニャは絶対バレない場所に証拠を隠していると思い込んでいる。
「俺はここで待ってます」
少し考える時間が欲しかった。その意味も込めてサーニャに告げるコータ。その様子に違和感を覚えたのだろう。サーニャは微妙な表情を浮かべるも、「そうか」とだけ告げ、ルーストと応接間を出た。
「一体どういうつもりだ?」
イサベルはサーニャたちが出ていくのを確認してからコータに訊いた。
「さぁな」
「さぁな、じゃないだろ!」
口調が荒くなる。だが、サーニャたちがどこにいるか分からない以上、イサベルは大きな声を出すことができないらしい。
あくまで良い領主を演じるつもりなのだろう。
「亜人の奴隷はどこへ隠した」
コータの単刀直入の言葉に、イサベルは一瞬眉をピクリと動かし、反応を見せる。
「何を言ってるんだ?」
だが、すぐに表情を戻し、イサベルはそう言った。
「この前のブーメランだ。しらを切るつもりか?」
挑発的な笑顔を浮かべるコータに、イサベルはわかりやすく苛立ちを見せる。
「一体何の話をしてるのやら!」
「まぁいい。ところで麻薬はどう使うつもりだった?」
追い討ちをかけるように、コータは自分の持っている手札を公開する。イサベルの表情に余裕が無くなり、額には再度球の汗が浮かび始める。
「さ、さぁ」
「知ってる顔してるぞ」
詰めるコータに、詰められるイサベル。
「そうだ。お茶でも飲むか?」
そう提案し、立ち上がろうとするイサベル。その腕を掴み、コータは睨むようにしてイサベルを見る。
「逃がすと思うか? それに喉など乾いていない」
そう言い放ったコータに、恨めしそうな視線をぶつけながらイサベルは浮かせた腰を下ろす。
──イライラはしている。でも、まだ余裕があるのは何でだ? 俺たちの、何が間違っているんだ?
イサベルはコータを睨めつけてはいる。だが、ソワソワして、やましいことが露呈するのを恐れているような様子は一切窺えない。
「王女まで連れてきおって。あの時、お前を……」
「俺を殺しておけば良かったってか?」
イサベルの呟きに、コータは嫌味を含んだ風に返した。
「別に。なんでもないわ」
少し慌てた様子を見せたが、それは言葉の綾というものだろう。王女がいる場面で裏の顔が出るのは好ましくないらしい。
──どこからだ? 屋敷に入るまでは脂汗をかき、普通の様子ではなかった。まさか!?
コータはある一つの仮定に辿り着いた。
確証はない上、それを探しに行くとなるとイサベルが許してはくれないだろう。
「どうしたものか」
イサベルにも聞こえないほどの声量で、小さく零したその時。
「1階に異常は見られない」
そう言いながら、サーニャとルーストが応接間に戻ってきたのだ。
──今だ!
コータはソファーから立ち上がり、駆け出す。赤い絨毯の上を躊躇うことなく走り、サーニャの横を通り過ぎる。
「待てっ! 貴様、どこへ行く!」
「コータ!」
イサベルの声には今までとは比べ物にならない焦りが感じられた。それに続くようにサーニャが声を上げた。
コータはそれを全て無視して、両壁に絵のかかっている、玄関まで続く廊下を全速力で駆け抜ける。そして重厚感のある木造の扉を開ける。
大量の汗と焦りが滲み出しているイサベルは、扉を開けている間に、距離を詰めてきていた。しかし、捕まる前に扉は開き、コータは屋敷の外へと飛び出る。
「どこへ行くのだ?」
イサベルの後ろから、コータを追いかけてきたサーニャが問う。
「全ての答えがある場所に」
コータは短い咆哮を上げ、道を走る。途中で道から逸れ、手入れされた芝生の上に足をかける。道の固い感触とは違う、ふんわりと包み込んでくれるような感覚が足を支配する。それすらも無視して、コータはこの屋敷には不釣り合いな程に大きな噴水の前に立った。
「そこは、ただの噴水だぞ!」
小刻みに震えている手、何かに恐れたような表情。
「ただの噴水を前にしてする態度じゃないだろ」
いたずらっぽくそう言い放ち、コータは噴水の中に入った。膝小僧までは水が溜まっている。ぐっしょりとした感覚が足元を支配し、不快感を覚える。気になる部分もあるが、それを気にしていては何も始まらない。コータはそれを頭の端に追いやり、水が上がっている噴水の中心へと向かう。
「やめろ!!」
噴水の前で、イサベルは座り込む。終わった、そう言わんばかりだ。
上がる水が頭の上から飛んできて、全身がびしょ濡れになりながら、コータは噴水に触れていく。
遠くから見れば大理石のようにも感じられた噴水。だが、実際触れれば、それはそれほど豪華なものでは無いことが分かった。軽く力を加えてやれば壊れてしまいそうな、そんな印象を受けた。
「サーニャ様、少々お下がりください」
王女という立場にあるサーニャにそう断りを入れ、コータは右手を少し捻じるようにして引いた。そして心の中で念じる。
──掌打!
瞬間、右手には光が収束し始める。
「何をする気だ」
座り込んだまま、絶望に打ちひしがれたかのような表情で放つ。そのためか、先程までのような声の張りは感じられない。
何をされてもやめる気のないコータは、おおよそ光が収束したのを確認するや、右手を前へと突き出した。瞬間、噴水が軋むような音を上げながら倒れた。大きな音と大量の水しぶきを上げながら、溜まった水の中に落ちる。
「冷てぇ」
全身に浴びた水に、思わずそのような声を洩らしながら、コータは自分が破壊した噴水を見た。
「あった」
噴水はちょうど半分あたりのところで折れている。コータはそこを覗き込むや否や、そうこぼした。
何もない、そう言い張っていたイサベルは何もかもが終わったと言わんばかりに、絶望に打ちひしがれた表情でうなだれている。
「何がどうなってるんだ?」
サーニャはルーストを伴い、噴水のすぐそばまでやってくる。
「隠し通路です」
「何!?」
驚きをあらわにするサーニャは水があふれている場所に足を踏み入れようとしている。
「サーニャ様!!」
王女としてあるまじき行動に、ルーストが制止する。一瞬、足を止めるもすぐにコータのほうを向く。
「サーニャ様。こちらはお任せください。サーニャ様はイサベルを確保しておいてください」
慌てた様子のサーニャに、コータは静かに告げた。命令では無い。ただのお願い。だが、それがサーニャには命令されているようにすら感じた。
感情の起伏が感じられないコータの言葉に、怖気に似たものさえ覚えた。
「お願いしますね」
貼り付けたような笑顔を浮かべたコータはそう言うや、穴の壁に設置してあるはしごに足をかけて降り始める。それに反応することなく、サーニャはその場に立ち止まっていた。
「さぁ、サーニャ様。コータ殿に言われた通り、イサベルを捕縛しておきますよ」
どこからともなく取り出したロープを片手に、ルーストはイサベルの前に立つ。
「え、えぇ」
何がどうなって、こうなっているのか。状況の変化に頭が追いついていない様子のサーニャは、ルーストの言葉に空返事をするしかなかったのだ。
カンッ、カンッ、と。コータがはしごを降りていく度に、金属特有の甲高い音が耳をつんざく。
コータ自身はやったことがないが、マンホールの下へと降りていくような、そんな感覚を覚える。
「暗いな」
ほのかな明かりさえ感じられない。ただ真っ暗な世界へと飛び込んでいく。あまりの暗さに、何度かはしごを踏み外しそうになりながらも、コータはゆっくりと丁寧な足取りではしごを降りていく。空間が狭いということも関係しているだろう。空間は蒸し暑く、額にはじわっ、と汗が滲み出している。
「ふぅー」
視界も暗闇に慣れてきたらしく、暗闇の中にはしごが僅かに見える。だが、それでも明るい所よりは遥かに多くの神経を使っておりている。緊張度は高く、感じる疲労も半端ではない。
そこから更に数十段を降りたところで、ようやく最深部に辿り着いた。
そこには天井部に設置してある弱い光源により、僅かながらの明かりが得られた。照らされ、浮かび上がった地形は、ここから門側の方へ伸びる一本の道があるだけだった。
アリの巣のように、あちらこちらに道が伸びているわけでは無い。あるのは一本道。
この道がどこに続くのか、それは分からない。それでもコータは無駄な声を上げることなく、無言で進んでいく。洩れるのは吐息だけ。それすらも壁に反響してコータの耳に届く。
「なんだ?」
そこから少し進んだ時だ。コータの目の前に、確かな光が現れたのだ。ホールで話したような残響を感じながら、コータは少し早足でその明かりの元へと向かった。
どうやら明かりはランプだったらしい。
そこにはいくつかの檻があった。恐らく彼らのための明かりだろう。
数えた所、檻は全部で4つある。1つは空であったが、残りの3つには人影が見えた。
「おい、大丈夫か?」
コータは誰かとは分からない相手にそう呼びかける。
「貴方は……」
か細く、今にも消えてしまいそうな声が耳朶を打つ。残響でどの方向から届いたか分からないが、コータは全部の檻を順番に見て行った。すると、限界まで檻に顔を近づけた、頭に猫耳を生やした女性がコータを見ていた。
「アンタは確か」
「あの時はありがとうございました」
ジャラジャラ、と首についた鎖を引きづりながら、女性は頭を下げた。
「俺はあの時何も出来なかったんだ。礼を言われる筋合いはない。それよりもここにいるので全員か?」
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だが、肝心のギルドマスターが居ない。コータはギルドマスターの顔は知らないが、恐らく亜人種ではないだろう。
「一人、人間が奥に」
「そうか、わかった」
恐らくその奥にいるのがギルドマスターだろう。
「ここから出してやる。檻の鍵がどこにあるか分かるか?」
コータの問いに女性は小さく頭を振った。
「そうか」
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