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第2章 国立キャルメット学院の悲劇
悪態の理由は。
しおりを挟む「前衛は私とガース。中衛はコータとモモリッタ。そして後衛がマレアとリゼッタ様。これが恐らくこのクラスでの最強布陣です」
バニラの言葉は感情を感じさせないものだった。だからこそ、誰も何も言えなかった。
これがクラス最強の布陣だと信じる他にないのだ。
「では、模擬戦争のメンバーはこれでいいかしら?」
リゼッタの呼びかけに誰も返事をしない。恐らく、気分のいいものはいないだろう。
それはコータでもわかる。
来たばかりのやつがクラス最強の布陣に名を連ねたのだ。もしコータがいなければ、あそこには自分がと思う人は必ずしもいる。だから、返事などは返って来ない。
「これでいくわね」
それを理解したのだろう。リゼッタは同意を得ることをやめ、クラス全体の確認にとどめた。
「それじゃあ、残りの剣魔対戦と魔法射的のメンバーを決めていくわよ」
遺恨のようなものは感じられる。だが、リゼッタはそれを無視して話を進めていくのだった。
その夜。コータは与えられた自室にいた。家具付きの部屋だが、ついているのは最低限だ。
ベッドに勉強机、それからテーブル。あとは各自で用意しなければいけないらしい。
「それで手紙、ってわけか」
入学して1週間以内に、欲しいもの、必要なものを書いて手紙を出すように、ゴードに言われたのだ。
王家の紋章が入った封筒と何の変哲もない紙。
それらを見ながら、部屋を見渡し、必要なものがあるかどうかを確認していた時だ。
ドアがノックされた。
「はい?」
「ウルシオル・リゼッタです」
「リゼッタ様?」
「バニラもいるわ」
目をこらす。部屋の外からリゼッタとバニラの表示が現れた。二人で間違いないようだ。
「何のようだ?」
「少し、お話をしたいのだけど」
面倒臭いことになるだろうな。そんな予感を覚えた。だが、ここで貴族を無視すればさらに面倒臭いことになりそうだと判断し、コータは扉を開ける。
「ありがとう」
短く礼を告げたリゼッタは、バニラに一瞥をくれ部屋に入る。二人が入ったのを確認し、コータは扉を閉める。
「で、何の用だ?」
リゼッタはベッドに腰を掛け、コータをじっと見る。
「コータさん。バニラにあのことをお話してもいいかしら?」
「あのこと?」
「えぇ、世界的なやつです」
コータが異世界から来たことを、従者であるバニラに話して良いか、その確認に来たらしい。本当は隠した方がいいだろう。だが、バニラは知っておく方がいい。そんな気がしたコータは頷く。
「ありがとう」
そう告げるや、リゼッタは剣術模擬場で話したことについて話し出した。コータが異世界からやってきたこと。この学院に不穏な空気が感じられること。そのどれもを包み隠さず話した。
「そんな……。異世界人?」
「そうだ。信じられるかどうかわからんけど」
そう言いながら、コータは持参していた冒険者バッグに手を入れ、体と一緒に転移してきたスマホと財布を取り出す。
「こっちがスマートフォンっていう携帯だ。電話とか写真が撮れる。まぁ、充電は無くなったから何もできないんだけど」
幾ら電源ボタンを押しても反応しないスマホに苦笑を浮かべながら、次に財布の中から千円札を取り出す。
「これは俺の世界でのお金だ」
「こんな紙切れがか?」
「こんな紙切れが金だ」
金貨銀貨などといった貨幣を扱うこの世界では、相当珍しいらしい。バニラだけでなく、リゼッタも食いつくように見ている。
「というわけだ」
「まだ完全に信じられるわけじゃない。でも、少なくとも私たちとは違う、ということは分かりました」
コータからリゼッタに視線を移しながら、バニラは言い切った。リゼッタは頷き、手にしていた千円札をコータに返す。
千円札を財布にしまい、スマホと一緒に冒険者バッグに戻す。
「で、本題なのだけど。どうしてあのような決め方を?」
「対抗戦のことか?」
「えぇ」
みんなの意見を尊重しないような決め方。それがリゼッタにはどうにもお気に召さなかったらしい。
「正直に言う。リゼッタ様の決め方では、勝てない」
「……」
「だから勝てるための最善を打った。それだけだ」
リゼッタは黙っていた。バニラも黙っていた。分かっていたから、分かっていたけど出来なかった。勝ちたい、だけど実力主義では決めない。矛盾を孕んだ考えに、コータは吐き捨てる。
「今まで優勝したクラスがどんな決め方をしてきたか俺は知らないし、興味もない。ただ勝ちたいなら、それ相応の努力が、情報が必要だ。だから、好きな競技に出たい人が出る、なんて甘い考えは捨てろ」
「バニラ」
リゼッタはコータの言葉を聞き届け、それが正しいのかどうかを確かめるためにバニラに視線を向けた。バニラはそれに対して、頷くだけだった。
勝つためにすることは、どこの世界でも同じということだ。
「そう。なら私は何も言わないわ」
リゼッタの言葉には弱さがあった。コータの考えに賛同しきれない、そんな風に感じられた。
「それで、今朝の態度はなに?」
それからリゼッタは、一度咳払いをして気高く言い放った。貴族らしい態度で、コータを睨みつける。
「悪かった」
それを受けたコータは、間髪入れずに頭を下げた。その速さにリゼッタもバニラも驚きを隠しきれず、フリーズしているようだ。
「きゅ、急にどうかしたのかしら?」
「あれは俺が悪い。八つ当たりってやつだ。本当に申し訳ございません」
驚き、早口になったリゼッタにコータは心からの謝罪を口にする。
「あ、えっと……」
素直なコータに戸惑いを隠せず、上手く言葉を紡げないリゼッタは、あたふたしながらバニラに向く。
「手のひら返しだと思うんだが、一体何の八つ当たりなんだ?」
リゼッタの救いの目を受け、代わりに口を開くバニラが厳かな口調で訊いた。
「俺はこれを言ってはいけないらしい」
「どういうこと?」
コータの言い回しに不信感を抱いたバニラは、怪訝な表情を浮かべる。だが、こればっかりはコータの独断で決めることが出来ない。
王ゴードにより命じられたことだから。
「かなりリスキーなんだ。俺の立場が危うくなるというか、なんて言うか……」
口を濁すコータに、バニラは詰め寄る。
「呪いか何か、ということか?」
「それの方が楽だったかもな」
乾いた笑みを浮かべながら答えるコータに、二人は更なる不信感を抱く。呪いでもないのに、言えない事情。そんなことがあるのか。
二人がそんな思考を巡らせている時だ。コンコンコン、と三度のノックがされた。
「はい」
「私だ」
重く重厚感のある言葉は、扉越しだと言うのに圧を与えてくる。身構えながら、コータは扉へと近寄る。
リゼッタとバニラに、注意だけはするようにと視線を送りドアノブに手をかける。
そして扉の向こうにいるであろう人に対して、視線を凝らす。瞬間──文字が現れる。
「ククッス先生ですか?」
「声だけで当てられたのかな?」
含みのある声を聞き届け、扉を開ける。そこには王の側近であるクックスが剣を携え立っていた。
「クルス先生では?」
「あぁ、人がいたのか。それなら言ってくれないと」
クックスという名に聞き覚えのないバニラは、不思議そうな顔を浮かべている。対して、偽名がバレたと言うのに楽しそうな顔をしているクックスは、いたずらがバレた子どものように言う。
「私の本名はクックスだよ」
「え……、じゃあクルスっていうのは……」
「偽名だね。それとこの際だから言っちゃうと、私はゴード王の右腕だよ」
ここまであっさりバラすとは思っていなかったコータは、肩を竦めため息をつく。それすらも楽しいのか、クックスは笑顔を崩すことはない。
「そ、それではクックス様は王直属の騎士団の……」
「そうだよ。王宮騎士団の団長かな」
知らなかったの? そう言わんばかりの声色で言うと、クックスは腰にさして剣を外し、床に胡座をかいて座る。そしてその隣に剣を置く。
「ちなみに言っておくと、リゼッタ殿が私の本名を知っていることも分かっていた。透視能力かなんかかな?」
「なっ!?」
「おぉ、当たりか。まぁ、ウルシオル家は透視能力に長けた家柄だから推測はしやすかったよ」
けたけたと笑いながら言うクックスは、笑いが収まるや否やコータに向けた。
「言うか、言わないか。悩んでただろ?」
何を、とは言わずとも分かった。分かったからこそ、黙ったまま頷いた。変に何かを言い、推測でもされれば面倒だから。
「言っていいぞ。それに、ゴード王は口止めなどしていない」
「何!?」
「その様子だと、誰かから口止めの命令が出ていると聞いていたか?」
クックスは真剣な瞳でコータを見る。コータはそれに応えるように、重々しく頷いてみせた。
「学院長から聞いた」
「なら、学院長はかなりクロだろうな」
「俺、その話やるって言ってませんよね?」
少し怒気のこもった声が部屋に響く。
「どういうことかしら?」
リゼッタはコータとクックスを交互に見ながら言葉をこぼした。
「気づいているんだろ? この学院の異常性に」
「う、薄々ですけど」
「私とコータはその話をしている」
今ある事実を淡々と述べるクックスに、バニラは置いてけぼりだ。必死についてこようとしているのは、見るだけで分かるが眉間にシワが寄り、整理が追いついていないらしい。
「コータ、どういうこと?」
クックスの話を聞いたリゼッタは、少し怒りを含んだ顔でコータを見る。
「どうって?」
「私が今日言ったこと、知ってたって言いたいの?」
「まぁ、耳にはしてた」
知らないふりをしたことに少しの罪悪感を覚えたコータは、申し訳なさそうな声音で告げてから俯く。
「何よ。意を決して話したのに」
「すまなかった」
コータが謝罪を口にしたのを見てから、クックスは大きく咳払いをする。
「話を戻すと、ありもしない情報をコータに吹き込むのは極めて異様だ。これは学院長がかなり怪しいと思うんだが」
「俺はわからない。王の息がかかった者が学院にいるというのが伝われば、それはそれで学院が普通では無くなると考えたならば」
「それもそうか。まだ一概にクロとは言えんか」
コータの言うことも一理あると考えたのか、クックスは顎に手をやり難しい顔をつくる。
「で、結局手伝ってくれるんだな?」
だが、直ぐにクックスはおどけた顔を浮かべてコータを見た。
「だから!」
「ねぇ、一体何の話をしてるの?」
前のめりで反論しようとするコータに、リゼッタは静かな声で穏やかに訊ねた。
「俺は学院には来たくなかった。その上、ルーストさんは学院内の調査を頼んできた。それを断ったんだけど、結局は押し付けられているって状況だよ」
諦めたような声で呟くコータ。
「八つ当たりって言うのはそれと関係してるの?」
「そのままこれだよ」
コータは大きくため息をついた。行きたくもない学院に行かされ、やりたくもないことをやらされる。
それが嫌だった。たったそれだけだが、年頃のコータには反抗するに十分だった。
「だから悪かった」
そんな自分を見つめ返し、情けないと思ったコータは再度頭を下げた。
リゼッタはそれを受け入れ、全てを許してくれた。
「ありがと」
コータは短く礼を告げる。
「やりたくないこと、それは多分調査だよね?」
リゼッタは確認するようにコータの顔を伺う。それを肯定するように、コータは縦に首を動かす。
「ならどうして学院に行きたくなかったの?」
「そ、それは……」
答えを濁すコータ。それは単に言いたく無いからではない。コータが思い出すのを拒んでいるのだ。瑞希に想いを伝えると決めた日のことを思い出すことを、友人や仲間たちとの思い出が蘇り、帰りたいという思いがより一層強くなることが怖いから。
「教えて」
この世界では学院に通えるのは、貴族と一部の優秀な人のみで、誇りに思うことなのだ。それゆえ、リゼッタはコータが学院を嫌がっている理由に興味があった。誇りよりも優先させる何かを、知りたかったのだ。
「私も知りたいかな」
黙って聞いていたクックスが、楽しそうな顔でコータを見ながら言う。
冷やかす気はないにしても、肴にでもしてやろうというのは簡単に見て取れた。
「これを聞けば強さの秘密が分かるかもしれない。私も聞きたい」
クックスに続き、バニラが見当違いのことを口走る。だが、ここまで場が盛り上がってしまえば断るに断れないというものだ。
コータは額に手を当てながら、空気を吐き出す。それから新しい空気を吸い込み、覚悟を決める。
「何にも面白くないからな」
そう前置きをして、転移してきた日よりも少し前のことを語り出すのだった。
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本当に、ありがとうございます。
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