異世界冒険記 勇者になんてなりたくなかった

リョウ

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第2章 国立キャルメット学院の悲劇

高校生のコータ

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 コータの通う高校は、すぐ近くに海があった。そのため、教室には絶えず潮の香りが漂っている。

 紺色のブレザーに、同色の学生ズボンを身に纏ったコータは、自席に腰を下ろしている。

「良かったな、幸太」

「何がだよ」

 茶色がかった髪に、綺麗な二重の目を持つ男子がコータに話しかけた。コータはどこかチャラい印象を受ける彼に、気だるげな声で返す。

「期末、赤点回避だろ?」

「当たり前だろ、勉強したんだから」

「とか言っちゃって、本気で勉強してないくせに」

 チャラい男子はコータの肩に手を回しながら、楽しそうに笑う。

「したよ」

「してたら、一桁狙えんだろ」
 
「拓真に何が分かんだよ」

 コータはため息を零しながら、机に突っ伏す。同時に、大きな汽笛が鳴るのが聞こえる。

「今年も大漁らしいぞ」

「オヤジさんが言ってたのか?」

「あぁ。大儲けだって笑ってた」

 コータが拓真と呼んだチャラい男子は、窓から外を眺めている。コータは倒したばかりの体を起こして、拓真と同じように外を眺めた。遠洋か、沖合か。どちらかはわからないが、漁船は海を行く。

「今日から行ってるのか?」

「いや、今日まで休みだって」

 拓真はコータの質問に、苦い笑みを浮かべて答えた。
 拓真の父親は漁師で、拓真が幼い頃から一年のほとんどを海の上で過ごしている。そのため、拓真は父親との接し方が今でもわからないらしい。

「そうか」

 コータと拓真は高校に入ってからの付き合いである。それゆえ、あまり突っ込んだところまで話をすることが出来ない。短い返事をして会話が終わろうとしていた時だ。コータたちの背後から声がした。

「ねぇ」

 たった2文字の呼びかけ。しかし、たったそれだけでコータは声の主が分かった。

「し、東雲さん?」

 コータが想いを寄せている女性。光に輝く漆黒の髪に、何物も吸い込んでしまいそうな黒曜石のような瞳。どれをとっても非の打ち所のない。

「そうだけど、何よその顔」

 どのような顔をしているのか、コータにはわからない。だが、口調とは裏腹に瑞希の表情は穏やかだ。

「い、いや。何も無いよ」

 好きな人に話しかけて貰えたことだけで、心拍数が跳ね上がっている。コータはそれをどうにか抑えながら訊く。

「そっか。あっ、細井くんは作文提出した?」

「作文?」

「今日提出だよ?」

 ──夏休み前日に提出の作文とか、聞いてないぞ。
 そんなことを思うコータは、自然と眉間にシワを寄せていた。

「提出しないと補習だよ?」

「マジかよ!」

 瑞希は目を丸くして驚くコータがおかしかったのか、声を上げて笑う。

「な、なんだよ」

「みんな知ってることなのに、すっごい驚いてるから」

 瑞希は笑顔のままそう説明する。コータは隣に立っている拓真に視線を向けた。

「いや、普通知ってるだろ?」

「教えろよ!!」

 コータは短く吠え、辞書のごとく分厚くなったクリアファイルを取り出す。
 この中には、一学期の間に配られた全てのプリントが挟まれている。

「よくそれでプリントが探せるよね」

「全部入ってるんだ。ないはずがない」

 瑞希は驚きを通り越し、呆れのような声を洩らす。しかし、それに気づいた様子のないコータは真剣な表情でクリアファイルの中を漁っている。

「何やってんだよ」

健志たけし。見てわかんないか?」

「プリント探してるんだろ?」

 ガタイのいい坊主頭の男子がコータに声をかける。

「分かってるなら聞くな」

「そんなこと言っていいのか?」

 健志は意地悪な笑みを浮かべ、ヒラヒラと一枚の紙を見せびらかす。それはどこからどう見ても作文用紙にしか見えない紙。

「お、おい」

「必要なんだろ?」

「でも、健志も」

「俺はもう書いた。なんかたまたま2枚もってたんだよ」

 健志は口角を釣り上げ、作文用紙をコータに手渡す。

「あとは頑張れ」

「さ、さんきゅ」

 健志はコータの礼に小さく手を挙げて答え、自席へと戻る。

「細井くんって寺田くんと仲良いよね」

 瑞希はコータと健志との関係性に羨ましさが混じった声色で告げた。

「幼なじみ、なんだ」

 コータは瑞希との会話は緊張するようで、声が硬くなっている。
 家が近く、幼い頃から毎日遊んでいた健志とは何でも話せる間柄だ。だから、健志はコータが瑞希が好きなことも知っている。
 席に着いた健志は、コータを見てウインクをしている。あとは頑張れ、そう言わんばかりだ。

「そうなんだー。いいなー」

「何が?」

「私、幼なじみとかいないから」

 儚げな笑顔を浮かべた瑞希は、いつもの元気な声より幾分か弱さを感じる声で洩らす。

「いてもいなくても一緒だろ」

 黙って聞いていた拓真はそう言い捨てる。

「どうして?」

「結局、仲良くなるやつは家が遠くても仲良くなるよ」

「そうだな」

 コータは拓真の言葉を受け、短く答えた。そして作文に取り掛かる。

「お、邪魔しちゃいけないな」

 その様子を見た拓真はそう言い、コータの元から離れる。

「そうだね。じゃあ細井くん、頑張ってね」

 瑞希も拓真に同調する。優しい声で囁くようにそう言い残し、コータの元を去った。


 * * * *

 その日の放課後。コータはどうにか作文を書き終え、提出を済ませた。

「お疲れ」

「健志のおかげで助かった」

 職員室から戻ってきたコータの顔は、安堵に満ちている。それを見た健志は、ニコッと微笑む。

「なぁ、夏休みどっか行こうぜ」

「いいけど、練習あるんじゃないの?」

 健志の手には既にグローブがはめてあり、いつでも野球部の練習に参加できる状態になっている。

「あるけど、毎日じゃない。だから休みの日にいこーぜ!」

「いいけど」

「何楽しそうな話してんの?」

 コータと健志が話をしている所に拓真がやってきた。

「別に、遊ぶ予定だけど」

「俺も混ぜてくれよ」

 拓真はそう言いながら、コータの隣の席の椅子を持ち寄り腰を下ろす。

「健志もいいか?」

「おう。俺も全然いいぞ」

「じゃあ、3人で行こうぜ」

 あとから参加した拓真が、嬉しそうな顔でそう言う。

「場所はどうする?」

 コータの言葉に二人は顎に手をやり、悩む様子を見せる。

「夏なんだし、海とかプールってどう?」

 そこへ新たな声が登場する。凛とした声で、コータが絶対に間違いない声だ。

「し、東雲さん」

「細井くんって私の名前呼ぶの好きだよね」

 微笑を浮かべた瑞希は、そう言ってから再度海とプールの提案を口にする。

「俺はいいけど、どうして東雲さんがそんなこと言うの?」

 健志は思いもよらないところからの提案に、不思議そうな表情を浮かべる。

「まさか一緒に行くつもり?」

 目を丸くしながら訊く拓真。その言葉を聞いたコータは、アホの子のように口をぱくぱくさせている。

「それこそまさかだよ。でも、私も冬美ふゆみ千夏ちかとプール行くからね」

「千夏って野球部のマネージャーの?」

 食いついたのは健志だ。

 ──そう言えば健志、マネージャーが好きだって言ってたな。

 コータが瑞希のことを好きだと言ったとき、交換で健志も好きな人を言ったのだ。

「そうだけど」

 健志が食いつたのは以外だったのだろうか。瑞希は目をぱちくりさせながら答える。

「なぁ、一緒にいこーぜ」

 そして健志はそう提案した。

「え?」

 一番に声を上げたのは拓真だ。そして瑞希とコータの顔を交互に見る。

「私たちはいいよ。てか、それが狙いだったと思うけど」

 瑞希はそう呟きながら、教室の端でこちらを見ている千夏と冬美を一瞥する。
 どうやら瑞希はこの提案をするために、コータたちの会話に入って来たようだ。

「細井くんは?」

 瑞希は一人返事をしていないコータに視線を向ける。

「大丈夫、幸太なら大丈夫だから」 

 返事をしないコータの代わりに、健志が答える。

「本当に?」

 それでも半信半疑の瑞希に、コータは頷いた。

「それじゃあ詳しい日程決めるために連絡先交換しよっか」

 同じクラスになってまだ半年も経っていない。クラスのグループはあっても、個人で連絡先を交換している人はまだ少ない。

「わかった。とりあえず、俺たちはクラスのグルから追加するよ」

「わかった。それじゃあ、新しいグループ作って千夏と冬美はそこに招待するよ」

 健志の提案に瑞希も乗った。

 こうして夏休みの予定が一つ、まとまったところでコータたちは自宅へと帰った。

 そして帰宅してから間もなくして、コンビニへと出かけるところでコータは転移した。


 * * * *

 コータは自らの転移前のことを話し終えた。周りの反応は微妙としか言い様がない。

「ごめん、それで学院に通いたくない理由が見当たらないんだけど」

 リゼッタは表現し難い曖昧な表情を浮かべ、コータに訊く。

「だよな。俺も話しててそう思った」

 コータはリゼッタの言葉を受け、嘲笑を浮かべる。

「でもさ、やっぱり思い出すんだよ……」

 声が涙に濡れる。コータの目尻には、真珠のような涙が溢れ、今にもこぼれ出しそうだ。

「みんなと話したこととか、やったことと、全部思い出すんだよ」

 コータは零れだした涙を手の甲で拭う。

「寂しいだな。だからこそ、その思い出が褪せるのが怖いんだ」

 クックスは、俯き泣くコータに向かってそう告げた。いつの間にか鼻水まで垂らしていたコータは、その声を聞き、ゆっくりと顔を上げる。

「ちがっ……」

「違わないさ。思い出が冒涜されるみたいな感じたんだよ。コータが学校に通いたくないのは、自分の思い出が上書きされないためだ」

 キッパリと言い切ったクックス。コータはそんなクックスに鋭い目を向けた。

「そんなんじゃ……」

 しかし、態度とは裏腹に言葉は弱々しい。

「強くなる秘密はなかったか。でも、コータが優しいやつだってのは分かった」

 バニラは短くそう告げた。コータは真剣な顔でそう言われたのが恥ずかしのか、バニラと視線を合わそうとしない。

「上書きしようなんて考えなくていい。新しい思い出を作るって思って、仲良くしようよ」

 リゼッタは優しく、柔和な声でコータを諭す。瑞希とよく似た第2王女サーニャ、それから強い思い出の残る学校という学び舎。
 元いた世界を思い起こすような物が多すぎたのかもしれない。コータは軽く唇を噛み、不器用な笑顔を浮かべた。

「できるだけ、がんばるよ」

 そして涙に負けないように、震え混じりの声でそう告げた。


 それからリゼッタとバニラには、クックスを介してルーストから受けた依頼について話した。

 ──この学院に漂う不穏な空気の正体を調べること。
 
 コータはリゼッタと誰が怪しいか。そして怪しい人物は何故そのような行動を取っているのか、ということを調べることを決めた。
 クックスはそれに賛成した。それからリゼッタたちはコータの部屋を去った。


「明日からどうするか」

 今日一日、コータの態度は良くなかった。それは誰が見ても分かることだろう。
 これが数ヶ月過ごしている者同士なら、機嫌が悪いで済むかもしれない。ただ、コータに限っては転校初日。
 態度の悪いやつだと、認識されていたら……。明日から急に態度を変えると、それはそれで変な目で見られそうだ。

 コータはそんなことを考え、明日からの学院生活に不安を覚えるのだった。
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