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第2章 国立キャルメット学院の悲劇
練習の始まり、見せる片鱗
しおりを挟む放課後になり、二週間後に控えた対抗戦に向けた練習が始まった。
「無いとは思うけど、最初に言っておくわね。この期間中、放課後に他クラスへ入ることは禁止されてるから」
「作戦の盗み聞きとかの防止か」
「そうよ」
忠告を済ませたリゼッタは、集まった模擬戦争のメンバーに顔を向ける。
「まずは作戦を考えないとね」
全体を見渡してそう言うリゼッタ。それに対して、バニラが小さくかぶりを振り言葉を放つ。
「いいえ、リゼッタ様。まずはそれぞれがどれくらいできるかを知らなければいけません」
「そ、そうね」
リゼッタは小刻みに頷きながら、早口で言う。どうやら、リゼッタは戦闘に関しては疎いらしい。
「私から。剣術は主に全般使えます。特に、王級剣術が得意です。それから、魔法に関してはほぼ使えません」
「どこからどう見ても前衛型だね」
バニラと同じく前衛を担当する男子生徒ガースが苦笑気味に言う。
紺色の髪を後方で結いており、束ねられた毛は背の中心あたりまではある。また、前髪も長く右目においては完全に隠れている。見えている左目は、髪と同色で垂れているため、眠そうな印象を受ける。
「ガース殿も私と変わりないでしょう?」
バニラはガースの物言いに少し腹を立てた様子で、表情をムッとさせている。
「いえいえ、わたくしは魔法も嗜んでおりますので」
「ほう。どれほどお使いすることができるのですか?」
そう言ったバニラの表情は、相手を試すような色が濃く出ている。
「炎魔法を。初級レベルですが」
「初級レベルか」
バニラはガースの言葉を受け、安堵を覚えていた。
初級レベルなら少し努力すれば誰でも覚えられると、そう考えたのだ。
「私は炎と水の魔法適正で、主にその二属性の魔法を使います」
「うっそ、二重適正!?」
驚きの声を上げたのは、コータと同じ中衛を担当するモモリッタだ。サファイアのような大きな瞳を、さらに大きく見開き驚きをあらわにする。
「い、一応……」
リゼッタは恥ずかしそうに俯きながら、もみあげの辺りを掻いている。
「す、すごいです!! 私なんて氷の適正だけなんですよ」
「氷とは、また珍しい。大抵が水に分類されるなか、氷の適正で保てるのは相当に稀有だと聞き及んでおります」
氷属性と水属性は酷似している。だが、水属性は扱いやすい代物で、氷属性は繊細な想像力と魔力の使用が必要となる。そのため、適正診断で繊細な魔力の持ち主でなければ、水属性とされてしまう。ゆえに、氷属性を適正として持っている者はかなり珍しいのだ。
「そ、そんなことないですよ」
モモリッタは、貴族で将来有望とされているリゼッタに褒められ、満足そうに喜んでいる。
ガースはそんなモモリッタを横目に、小さな火球を顕現させる。
「氷なんて炎で溶かせるけどな」
「多分、ガースくんじゃ無理だよ」
口を挟んだのはマレアだ。きれいな金色の髪を靡かせながら、冷ややかな目を向ける。
「男爵家の娘が偉そうに」
「今ここで家柄が関係あるの?」
「わたくしは伯爵家の長男なんだぞ」
「ここでは同じ学院生だけど?」
コータには家柄などよくわからなかった。だが会話の内容からして、マレアの男爵という家柄は、ガースの伯爵という家柄に比べて爵位が低いことは分かった。
「そんな話をするなら、公爵家の私には何も言えなくてよ?」
新たな爵位を口にしたのはリゼッタだ。おそらく、これはかなり高い位なのだろう。
ガースとマレアは、口を真一文字に結ぶ。
「ということ、今この中では貴族とか爵位とか関係ないから」
リゼッタは鋭い視線をガースとマレアに向ける。二人はそれに応えるように、頷いた。
「まさか、マレアまで貴族だとは思ってなかった」
「ほとんど平民と変わらないけどね」
コータの言葉に、マレアは嘲笑を浮かべる。
「ちなみにマレアの魔法適正は?」
「雷だよ」
「おぉ! 確か、コータの適正は風……だったよな?」
「そうです」
コータはリゼッタの言葉に首肯する。
「すごい。皆の魔法適正がばらけているおかげで戦闘の幅が広がる」
「そうですね。ただ、問題は適正があってもどれだけ使えるか、です」
「わ、分かってる」
従者であるバニラに釘を打たれ、口先を尖らせるリゼッタ。
「それじゃあ、今から試してみるか?」
そう提案したのはガースだ。
「どこで?」
疑問を口にしたモモリッタ。それを受けたガースは、得意げに鼻を鳴らす。
「魔法道場を借りられた」
「本当に!?」
その言葉にいち早く反応したリゼッタ。ガースは数回頷き、「あぁ」と口にする。
「どのみち、わたくしはそこの転校生の能力が知りたいから」
「俺か?」
「お前以外に転校生がいるのか?」
何かと突っかかってくるガース。まるで昨日の自分を見ているようで、コータは少し恥ずかしさを覚える。
「いいけど、俺、魔法に関しては本当に何もできないぞ?」
「授業中に炎魔法を使ってたやつが何を言う」
「あ、あれはたまたまだって」
「たまたまで炎魔法を使われてたまるかよ」
どうやらガースは、自分の適正がある炎魔法を簡単に使われたことに怒っているようだ。睨みを利かせた目でコータを見ている。
観念したように、コータはため息をつき、魔法道場へとむかった。
* * * *
魔法道場は一面が魔法障壁で覆われた、ドーム型の施設だ。中に入ると、ドーム球場が連想させられた。フィールドである床一面は緑色で統一されており、それを取り囲むかのように、背の高いフェンスがある。そして、フェンスの奥には見学できるようにシートがある。
「この人数で入るの初めてだから、すっごく広く感じるー」
モモリッタが場内を見渡しながら、感嘆の声を洩らした。東京ドームなどと遜色ない広さの場所に、たった六人にしかいないのだ。そう思わないほうがおかしいだろう。
「ここなら魔法、打ちたい放題だろ?」
ガースは口角をつりあげ、笑う。そして掌を前方に向ける。
「我が名はトーマス=ガース。汝、我が魔力を喰らい力を与え給え。焼き尽くせ、真紅の業火”クリムゾン・フレア”」
詠唱が始まると同時に紅の閃光がガースの掌を中心に収束する。この世界に来るまで、魔力などとは無縁であったはずのコータですら、圧倒的な熱量に表情がゆがむ。そして、詠唱が終わるや、収束していた熱量が一気に開放された。
前方に飛び出す真紅の炎。
螺旋状に回転しながら、大地を抉る様に進んでいく。進行を続けていた炎は、最奥に位置するフェンスに当たり消滅する。
「普通にこれだけの魔法使えるとか……すごくね?」
コータは思わずそう言っていた。だが、周りも似たような反応をしていた。それもそのはずだ。ガースは、使える魔法は初級レベルだといったのだ。
だがしかし、放たれた魔法は初級というにはあまりにも強すぎた。
「ふぅー。これがわたくしの限界」
ガースの顔はげっそりとしている。おそらく、魔力が尽きそうなのだろう。
「すごいです」
リゼッタは純粋にそう告げた。それがガースにも伝わったのだろう。ほおを緩め、嬉しそうな顔をみせる。
「次は私が見せましょう。まずは――」
そう言うや、リゼッタは瞳を閉じ、両手を横に広げる。
「我が名はウルシオル・リゼッタ。我が魔力を以って顕現せよ。濃霧」
瞬間、コータたちの周囲一帯に白くて濃い霧が発生する。
「水と炎が合わさって初めてできる複合魔法!?」
一寸先すら見えない状況で、モモリッタは魔法の特性を見抜き声を上げる。
水を熱すことによって気化させる。さらにそれを露点まで冷却することで水蒸気を小さな水粒にし、強制的に霧を発生させているのだ。
「流石はリゼッタ様」
魔法のことなど深くわからないバニラ。そんな彼でも、リゼッタがとんでもないことをしでかしているのは分かった。それを称えるように、バニラは拍手をする。
「まだまだこれからよ」
その拍手にそう言う。リゼッタはコータたちに姿を見せることなく、新たな詠唱を行う。
「汝、我が魔力を以て顕現せよ。鎮魂歌の大波”ウェーブ・レクイエム”」
声と同時に、霧の中から天井に向かい、渦巻きながら一つの波を形成していく。一つに纏まり、大波となったそれはガースが放った魔法の跡をなぞるように、最奥へと向かう。そしてガースの魔法同様、フェンスに触れるや魔法は消滅する。同時に霧も消える。
「リゼッタ様、流石の一言に尽きます」
「ありがとう」
リゼッタはバニラの言葉に爽やかに返す。こちらはガースとは違い、疲れた様子もない。やはり魔力量の違いだろう。
その後、モモリッタは氷塊を出現させる魔法を展開した。大きさでいえば、氷山と間違えてもおかしくないほどだった。かなりすごいのだろう。だが、前二人の魔法があまりにも派手で、凄かったために、どうにも見劣りしてしまう。
「あはは、分かってたけどね」
モモリッタは俯き加減で、寂しそうな表情を浮かべていた。
「次、俺やってみるよ」
適正は風。適正でない炎もすぐに出せたんだ、出せないわけがない。そう言い聞かせ、コータは手を前方に突き出す。
「我が名は細井幸太。汝、我が魔力を喰らいて力を放ち給え! 台風」
イメージは強い雨風を伴う低気圧が収束した積乱雲が反時計回りに回っている。強さはだいたい警報が出るレベル、立っているのも辛いと感じる強さだ。
イメージが固まるや、突き出した手の前に空気の乱れが現れる。
そしてその乱れは強さを増し、ぐるぐると渦を巻き始める。
「な、何ッ!?」
モモリッタは髪や衣服を巻き上げようとする強い風に声を洩らす。必死にスカートの裾を抑えながら、強風の向こう側にいるコータに視線をやる。
「くっ……」
表情をゆがめるコータ。魔法を使うことによる負荷が全身に押し寄せているのだ。出現する風は収まることを知らないように、渦巻きながらどんどんと勢いを増している。
眼前に数値が現れようものなら、コータの魔力はものすごい速さでゼロに近づいているだろう。
そんなことを考えた時だ。不意に視界がぐるぐると回りだす。まるでめまいを起こしたようで、同時に強い吐き気を覚える。
「魔力酔いよ!」
リゼッタの焦ったような声が、意識の遠のくコータの耳朶をわずかに打つ。
――魔力酔い……?
聞きなれない言葉を胸中で繰り返し、そのままプツン、と意識が途切れる。
瞬間、制御を失ったコータの魔法が暴走を始める。
周囲一帯を飲み込むほどの大きさにまでなっていた風は、リゼッタたちに襲い掛かる。
「防御魔法を展開して!」
リゼッタはそう叫び、眼前に両手を構える。
「我が魔力を以て顕現せよ、水圧の盾”ウォーターシールド”」
水がある一定の形を作る、という理を超えた現象を起こし、リゼッタは眼前に水でできた盾で強風を防ぐ。
「すいません、リゼッタ様」
リゼッタの後ろに隠れるように佇むバニラは、申し訳なさそうに言う。
「しょうがないでしょ。適材適所よ。私は魔法が使えるし、あなたは私の従者だもの。これからいっぱい守ってもらわなきゃなのに」
「お任せください」
リゼッタの言葉を受けたバニラは、小さく剣を抜き短く答える。
「おいで」
短く告げたマレア。瞬間、部屋全体に閃光が走り百雷が轟く。
あまりの衝撃に部屋自体が大きく揺れるような感覚に陥る。
「あ、リゼッタ様。水だと感電の可能性あるんで、炎の盾に切り替えてください」
何気ない話をするテンションでそう言い放つと、マレアは横たえるコータの前にある風の発生源に目的を定める。
「そ、そんな急に言われても……」
「時間は稼ぐ」
戸惑うリゼッタにガースが言う。
「我が魔力を喰らい力を与え給え。青き炎の深淵”トゥルーフレイム”」
詠唱と同時に、コータ、マレアを除く四人を覆う青い炎が現れる。しかし、数秒も経たないうちに、色は薄れガースの顔からは尋常ならざる量の汗があふれ出している。
「長くはもたない」
喰いしばった歯と歯の間から洩れる音。リゼッタはガースのわずかな声を聞き届け、瞳を閉じる。
イメージはこの青い炎の防壁自体を包み込める強力な魔力防壁。
「我が魔力を以て顕現せよ、二重の深炎”バーン・デュオ”」
青い炎を包み込む、オレンジの炎。熱さは感じるが、焼けそうな熱さではない。先ほどまで感じていた風は嘘のように感じられない。
「成功したな」
ガースは汗まみれの顔に安堵を刻みながら零す。瞬間、その防壁の向こう側から耳をつんざく轟音と、激しい衝撃が届く。
「終わった」
それからわずかな時間のあと、通常運転のマレアの声が響く。
マレアとガースは防壁を解く。そこには強風の跡が残されていた。魔法障壁に覆われているため、あらゆる攻撃の跡は一瞬で元に戻る様になっているはずだ、しかし、コータの放った強風が与えたであろう傷は修復が追い付いていない。
「どんなイメージすればこんなことができるんだ」
バニラに勝つほどの剣術に、この魔法の威力。人間離れしているとしか言いようがない。ガースは表情をゆがめ、そう言い放った。
「コータもすごいけど、マレアさんも相当だよね?」
あれほどの魔法を放ち、疲れた様子を見せないマレアに、リゼッタは言葉をかけた。マレアは風でしわになった制服を整え、リゼッタに向く。
「あれくらいは普通ですよ」
「このグループ普通じゃないよ……」
明らかに普通でないことを真顔で普通と言ってのけたマレアに、一番普通に近いモモリッタが悲痛の声を洩らすのだった。
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