37 / 78
第2章 国立キャルメット学院の悲劇
動き出す右腕
しおりを挟む呆然と立ち尽くすコータは、意識が戻ったマレアに気づいた様子はない。
そんなコータの瞳は、いつもの黒い瞳ではない。何かに取り憑かれたかのような、光りを放つ蒼色。
ただ瞳の色が違うだけ。たったそれだけなのに、マレアには全く違う人に見えた。
「コータ……?」
僅かに零れた言葉。しかし、コータはそれに反応すら見せず、覚束無い足取りで歩き出す。
マレアはそれを追いかけようと、立ち上がろうとする。だが、痛みが全身を襲い、立ち上がる力が湧き上がらない。
その間にもコータは、学院の方へ向かって歩いている。
その背中を見たマレアは、怖気を感じた。
滲み出す強さ、魔力量。それはこの世に存在していいものではない。
異次元の、それこそかつて存在したと言われている魔人や魔王の類いを連想させた。
話でしか聞いた事のないそれを思い浮かべるほど、今のコータは人間離れをしている。
「我の足は空に 駆け抜ける疾風に
汝の理を瓦解させよ 飛行魔法"フルスロ"」
瞬間、コータを纏う空気が一変する。超常の存在へとお仕上げ、失われた魔法として世間に知れ渡っている飛行魔法を使用する。
コータの言葉はハッタリではなく、本当に体を浮かす。風を操り、ふわふわと浮かび上がる。
僅かしかいない重力魔法の使い手がこぞって研究をしていると言われている魔法。それをつい先日まで、魔力制御すらままならなかったコータが、難なく使いこなしている。
夢でも見ているのか。マレアはそう思ったに違いない。
蒼色の瞳は、光こそ放っているが、コータらしさは感じられない。その瞳で学院を捉えたコータは、目にも止まらぬ速度で、その場を後にする。
* * * *
「おぉ、モモリッタ……」
自分に駆け寄ってきた女子生徒の名を呼ぶククッス。しかし、その顔を見て表情が崩れる。
それは今しがた倒したばかりのオーガのなりかけだったからだ。
顔色は人間のそれとは掛け離れた紫色になり、目も釣り上がっている。
あとは額から黒曜石のような角が生えていれば、オーガの完成と言えるだろう。
「せんセイ、森ノ中でみんナガ」
言葉が拙くなっている。もはや一刻の猶予もないと、ククッスの本能が叫んでいる。
「みんなって、コータたちか?」
「はイ」
しかし、ここで問答無用にモモリッタを殺す勇気はククッスには無かった。
――これなら完全に正気を失ってくれていた方が良かった。
そんなことを思いながらも、未来のために殺さなければ、とククッスは柄を強く握る。
その瞬間、全身の毛が逆立つほどの圧倒的な魔力を感じた。
ククッスとモモリッタは、その魔力を感じた方向、上を見る。
「まさかッ、援軍!?」
オーガだけでも手がいっぱいという状況に、更なる強者が出てきたのか、と焦るククッス。
しかし、それはいらぬ心配だった。
上空から姿を見せたの、2人がよく知る人物コータだった。
コータは、蒼色の瞳で周囲を見渡す。そしてオーガを視界に捉えるや、目にも見えぬ速度で詰め寄り、圧倒的な魔力を封じた魔法を放つ。同時に、オーガはおびただしい量の血を撒き散らし、木っ端微塵に吹き飛ぶ。
「あれは一体……」
対抗戦が始まる前、いやもっと言えば模擬戦争が行われる前までのコータとは明らかに違う。
そう感じたククッスは、声を震わせて呟く。
オーガを殺すことに何の躊躇いもなく、圧倒的な力でねじ伏せている。
「わかラなイ」
モモリッタですらも分からない。一体何がどうなって、この状況になったのか。
そんな言葉を零す二人に、コータは一瞬視線をやる。だが、それだけ。話しかけることはおろか、まるで他人を見るような視線を浴びせる。
そしてそのまま、次なる目標に向かって移動を始める。
「コータ……だよな?」
人としてのそれを感じさせなかった彼に、ククッスはそう零すしかなかった。
* * * *
次々と"駒"であるオーガが殺されていく様子を、学院長室から眺めていたインタル。
過去、魔族の襲来により最愛の妻と娘を失い、復讐を強く望むインタルにとって、これは前哨戦だ。
このようなところで躓いていては、決して魔王を殺すことなどできるわけが無い。
人間と魔族の平和。そんな時代が来るとは思わない。ただ、互いが不可侵で、接触しなければ同種のみの平和は望めるはずだ。
インタルはそれを望んでいた。だからこそ、ここで駒を増やし、魔族領へと帰るのだ。
「ヤバい状況になってきたと思われるが?」
同室にいるインタルの腹心、イグニティはそう呟いた。
「そうですね。なら、あなたを投入するまでです」
「マジかよ」
「マジですよ。私はあなたを信じていますし、あなたならこの状況を変えられるでしょ?」
イグニティを試すような口調。そのように問われ、イグニティがやる気を出さないわけが無い。
「当たり前だな。オレサマが出て負けるわけがない」
「ははは。頼もしい限りだ。それではお願いするよ?」
「あぁ。任せておけ」
短くそう告げたイグニティは、勢いよく学院長室から飛び出す。
「本当に、彼らしい。元軍人の血が騒いだかな?」
勢いよく閉めた扉が反動で少し開く。そこを眺めながら、インタルは呟く。
視線を外すことなく、インタルはパツパツになった服の胸ポケットに手を忍ばせる。
取り出したのは一枚の写真だ。
そこには片目を髪で隠した1人の青年が写っていた。
「イグニティ、君は忘れているかもしれないが、君は人間を守るために、人間に殺されたんだ。だからこそ、私は人間にも復讐をする。私の妻子を守れなかった人間と、決別するために」
軍服に身を包み、屈託のない笑顔を浮かべた人間の姿のイグニティ。嬉しそうに敬礼をしており、その隣には容姿こそあまり似ていないが、おおよそ兄妹だと分かる幼い女の子が写っている。
「君は驚いたね。私が人間だと伝えたとき――」
インタルは自らの過去を打ち明けた時のことを思い返しながら、扉に向かって歩く。そして扉に手をかけ、ゆっくりと閉める。
「――でもね、オーガは元々みんな人間なんだよ。オーガなんて魔物は存在しなかったんだよ」
インタルはそのまま学院長の机の前に立ち、机を叩き割る。
同時に、その上にあった紙や本やらが崩れ落ちる。そして、崩れ落ちた本の中から1冊を抜き出す。
「こんなことをする連中がいるから、魔物に堕ちるものが出てくる。オーガは人間の造った魔物だ」
手に取った本には、人体錬成と書かれている。
インタルが行っていた人体蘇生魔法から派生した禁断魔法の1つだ。
インタルを魔物化させたウルアルネに何故自分をオーガと呼ぶのか、と問い詰めたことがあった。
すると、ウルアルネは何ともないように答えた。
禁断魔法の1つである人体錬成には副作用があり、その失敗作として、人間が魔物化した。
その魔物を人間がオーガと呼んだらしく、それを真似たと告げていた。
インタルはイグニティの写真を胸ポケットに戻し、手に残ったままの人体錬成について書かれた本をぺちゃんこにひしゃげた。
「私は私の望む世界を作り上げる。人間も、魔物も、私の思い通りにならないものはいらない」
軋むほど強く噛み締めた歯と歯の間から零す言葉。
インタルがそれを吐くのとほぼ同時に、イグニティがコータの前に立つのだった。
0
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
転生したら『塔』の主になった。ポイントでガチャ回してフロア増やしたら、いつの間にか世界最強のダンジョンになってた
季未
ファンタジー
【書き溜めがなくなるまで高頻度更新!♡٩( 'ω' )و】
気がつくとダンジョンコア(石)になっていた。
手持ちの資源はわずか。迫りくる野生の魔物やコアを狙う冒険者たち。 頼れるのは怪しげな「魔物ガチャ」だけ!?
傷ついた少女・リナを保護したことをきっかけにダンジョンは急速に進化を始める。
罠を張り巡らせた塔を建築し、資源を集め、強力な魔物をガチャで召喚!
人間と魔族、どこの勢力にも属さない独立した「最強のダンジョン」が今、産声を上げる!
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~
松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。
異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。
「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。
だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。
牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。
やがて彼は知らされる。
その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。
金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、
戦闘より掃除が多い異世界ライフ。
──これは、汚れと戦いながら世界を救う、
笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
唯一無二のマスタースキルで攻略する異世界譚~17歳に若返った俺が辿るもう一つの人生~
専攻有理
ファンタジー
31歳の事務員、椿井翼はある日信号無視の車に轢かれ、目が覚めると17歳の頃の肉体に戻った状態で異世界にいた。
ただ、導いてくれる女神などは現れず、なぜ自分が異世界にいるのかその理由もわからぬまま椿井はツヴァイという名前で異世界で出会った少女達と共にモンスター退治を始めることになった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる