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第3章 エルフとの会談

戦いの火蓋

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「やられっぱなしでいいのか!?」

 樹海を抜け、エルフ族が住まう住民区へと飛ぶハイエルフたち。
 その中からそのような声が上がった。
 怒号にも似た声音で、ハイエルフたちの士気が上がる。
 魔法による羽強化で、移動速度は格段と上がっている。
 普通に飛べば約15分程はかかる道のり。だが、ハイエルフはほんの数分飛んでだけで、住民区を視界に捉えていた。

 * * * *

「どうして!? どうして攻撃をしたのですか!?」

 エルフ族の高等住民区。そこに張り詰めたような、ネーロスタの甲高い声が響き渡った。

「そ、それは……。ネーロスタ様のご指示ではないのですか?」

 高等住民区の周辺を警備していた自衛部の1人が弱々しく訊く。

「私はそのようなことは!」

「ですが、ヒルリ隊長からヒト族と協力して族長を殺したハイエルフに仕返しをすると決めたのでは無いのですか?」

 ネーロスタは何かを言おうと、大きな口を開ける。だが、それが言葉になることは無い。
 攻撃をした自衛部に言いたいことは沢山ある。だが、何から何まで自分と食い違いすぎている。
 どうしてそのようなことになったのか。どこで齟齬が生じたのか。
 勝手にハイエルフを攻撃した怒りと焦り、それに加えて何とも言えない恐怖と不安が蝕む。

「すみません、全て私の独断でございます」

 そこに姿を見せたのは、綺麗な金色の髪に混濁のない碧色の瞳を兼ね備えた1人の男性エルフ――ヒルリだ。
 ネーロスタに対して敬意を示すかのように、恭しくお辞儀をするやそのように言い放った。

「どういうこと?」

「ファムソー様が殺害された今、次に狙われる可能性が高いのはネーロスタ様です。ですので、不審な者が居れば排除するように命じておいたのです」

 ヒルリの言っていることは理解できた。だが、それで本当に殺ってしまったのなら、エルフもハイエルフと同じことをしたということになる。

 そうなってしまえば、衝突は避けられない――

 ネーロスタがそう思った瞬間だ。上から鱗粉が落ちて来ていることに気がついた。

 まさかっ!?

 最悪の展開が脳裏に過ぎったネーロスタは、顔を上に向ける。そこには、ネーロスタが考えていた最悪の事態が繰り広げられていた。
 空を覆い隠す程のハイエルフが、上空よりエルフたちを見下ろしているのだ。

「防げッ!!」

 ありったけの力を込めて叫び、ネーロスタは手を上空へと掲げる。
 手には瞬間的に魔法陣が展開され、そこから防御魔法を展開される。刹那の時間を置き、上空からは数多の属性の攻撃魔法が降り注ぐ。
 炎、水、氷、雷、風、木、土。
 考えられる全ての属性が降る。だが、全ての属性に耐えられる防御魔法等ない。
 魔力が保つ限りはギリギリ防げたとしても、結局はジリ貧になり、押し切られるだろう。
 この状況のままでは、エルフは全滅してしまう――

「我が名は細井幸太。汝、我が魔力を喰らいて力を放ち給え! 台風テンペスト

 防御に徹しているエルフたちからではない。手助けなど頼めるわけもない、ネーロスタたちの会談相手。
 最初から戦力外として考え、思考の外にあった存在。
 ネーロスタにとってはそんな人物の詠唱が、視界の外から耳朶を打った。

 同時に、激しい閃光がほとばしり幾重にも重なる魔法陣が展開される。
 水色のかかった陣、緑色のかかった陣、それらが重なり合うようにして魔法が構築される。

「う、うそ!?」

 コータは幾重に重なる魔法陣など展開させたことがない。
 なぜか、急にできてしまった今に驚きを隠せていない。

「まさか……、二重適正ツインマギカ?」

 ネーロスタはコータの魔力保有量が多いことは気づいていた。だが、二重適正があるとまでは思っていなかったのだ。
 しかし、ネーロスタのその呟きに答える声はない。

「く、マジかよ」

 奥歯を強くかみ締め、コータは魔力制御に気を配る。
 魔術学院で練習したときとは桁が違う。体の中を巡る熱い魔力が、今にも暴走を始めそうなのがわかる。
 コータは魔力が暴走しないように、魔力制御にすべての意識を集中させる。
 あらぶる台風。イメージは完璧。あとは、体を巡る魔力をうまく循環させて、適量が放出されるようにする。

 ――間違えるな。イメージを違えるな。制御、するんだ!

 イメージがうまくいったのか。暴走しかけていた魔力に落ち着きが見え、魔力の体内循環がよくなる。

 これなら、いける!!

 コータは、台風のイメージをより強固なものにする。
 瞬間、緑色がかかっていた魔法陣がより強い緑色を帯び、荒れ狂う強風を生み出す。それにより、放たれていた風魔法は掻き消される。
 ほかの魔法にも影響を及ぼしているようで、威力が弱まっているのが目に見えて分かる。
 次に、水色がかかっていた魔法陣が発光し青色へと変化する。そして、一点集中の豪雨が出現する。
 そしてそれらが混ざり、暴雨風に成り上がる。暴風雨になり上がったコータの魔法は、ハイエルフの魔法を根こそぎ封じて見せた。

「な、何だ!?」

「一体何が起こっているんだ!?」

 事態の理解が追いついていないハイエルフたちは、あちらこちらで声を荒らげている。
 ハイエルフの魔法は魔族ですらも凌ぐと言われている。それが、一瞬にして、たった一つの魔法で、掻き消されたのだ。
 理解しろ、という方に無理があるだろう。
 そのおかげあって、エルフたちはハイエルフの魔法の雨から逃れることができ、その場を去ることに成功する。

「あ、あの……」

「気にしなくていいですよ」

 コータの手助けに戸惑いを隠せていないネーロスタが、声をかけてくる。
 だがコータは、ハニカムように微笑み答える。

「ヒルリさんに手を貸してやってくれって言われて、それを守っただけです」

「で、でも。コータさんはサーニャ様の護衛であって、それで……」

 あたふたしながら、それでも必死に言葉を紡いでいくネーロスタ。

「それも大丈夫。サーニャ様も会談に不利にならないように動けって仰ってたので」

 ――ほんと。こういう所は瑞希と違って、計算高いというかなんて言うか。

 そんなことを思っていた時だ。不意に、コータの手に暖かい何かを感じた。

「えっ……」

「ありがとう。本当にありがとう」

 暖かい何かはネーロスタの手だった。彼女の手が、コータの手を包み込み、礼を告げているのだ。

「き、急に何ですか」

 あまりに急な出来事に、今度はコータの思考が追いつかない。
 じわーっと涙を浮かべるネーロスタに、コータはあたふたしながら視線を泳がせる。

「な、泣くようなこと……」

「あ、ごめんなさい。嬉しくて……。ほんとに、もうダメかと思ってたので」

 ハイエルフの総攻撃に命の終わりを覚悟したネーロスタは、安堵から涙をこぼしているという。

「そ、そうですか。でも――」

 コータは短く言葉を切り、空を見上げる。

「このままでは終わらないと思いますよ」

 さすがはハイエルフ、と言うべきだろう。コータが放った台風テンペストを防御し、同時に複数人が高度な魔法を編み出す。
 そしてそれを放ち、風属性と水属性の複合魔法である台風を相殺する。

「小癪な」

 コータには見えない。だが、エルフ種には見える強い魔法痕が漂う場所で。
 上空に留まるハイエルフは鋭い視線で、強い意志のこもった言葉をコータたちに振りかけるのだった。
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