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「好きな人と一緒に居られる時間が楽しくないわけないし」
しおりを挟むあれから数日が経ち、今日は日曜日。
「早く準備するし」
いつもの制服姿とは違う。薄茶色、亜沙子曰くオリーブ色のワンピースを身に纏っている。
こんなの靴持ってたか?
そう言いたくなるような、白い色の可愛らしい装飾の付いたヒールを履き、玄関で声を上げる亜沙子。
「ちょっと待ってくれ」
今日は亜沙子を締め出しにしため与えてしまった亜沙子の絶対命令権の行使日。
亜沙子とデートをする日だ。
「なんで男のアンタがウチより準備が遅いんだし」
「知るかよ。亜沙子の準備が早すぎるんだろ」
藍色の小さなカバンを肩に掛けた亜沙子は、準備を進める俺をじっと見つめている。
「あ、あのなぁ。そんなに見られると準備し辛いんだけど」
「いやぁ、なんか。いつもの稜くんらしくないなって」
少し頬を赤く染めた亜沙子が、俺の全身を見てからそう言う。
「なんか変か?」
デートと言われ、さすがにジャージとかはダメだろう。そう思って、デートに相応しい服装をネットで検索したのだ。
その結果、白いTシャツにネイビーの7分丈の和風っぽさがあるカーディガンを羽織るという姿になっている。
「いや、その.......。思ってたよりちゃんとしてくれてたから」
「デートって亜沙子が言ったんだからな?」
本当は夢叶先生と行きたいけど。亜沙子とのデートという約束を守らない理由にはならない。だから、俺なりに色々と考えたんだぞ。
「その.......ありがと」
「お礼言うの、はやいぞ」
ショルダーバッグを手に持ち、玄関先に置いていた靴を履く。
「お礼は今日のデートが終わってたから、だろ?」
「う、うん!」
満面の笑みを浮かべた亜沙子は、嬉しそうに大きく頷く。何で俺なんかとデートがしたいのかは分からない。でも、それで亜沙子が喜んでくれるなら。
俺はそれでいい。
「行くんだネコ?」
「はい。行ってきます」
俺たちがデートへ繰り出そうとした時、居室から顔を出した綾人さんが声をかけてくる。
そんな綾人さんに、亜沙子は楽しそうな声色で返事をした。
「夕食はどうするノリ?」
「帰ってきて食べます」
綾人さんの質問に俺がそう答える。それに対し、綾人さんが「りょうかイカ」と答えた。
「あれ? そう言えば海斗先輩は?」
顔を出したのが綾人さんだけということに少し違和感を覚え、口にする。こういう場面を海斗先輩が見逃すわけが無い。そう思っていたから、余計に妙に感じた。
「今日は朝から実家の方に帰ったヨット。この前、電話掛かってきてたみたいデンチ」
「そうなんですか」
深く考えることなく返事をし、亜沙子を見る。外出するタイミングを今か今かと待っているようで、チラチラと玄関の方を見ている。
「それじゃあ、綾人さん。行ってきます」
「うん、行ってらっしゃイカ。気をつけてネコ」
いつも通りの口調で俺らを見送る綾人さんに、背を向けて俺と亜沙子はみなが荘を出た。
* * * *
「で、どこか行きたい所あるのか?」
みなが荘を出てすぐ、俺がそう口にすると亜沙子はキツい視線を向けてくる。
うわぁ、これ絶対俺がリードしないといけないやつじゃん。
「い、一応プランは考えてみたけど」
その言葉と同時に亜沙子の表情が和らぐ。
分かりやすいやつだな。まぁ、そんな所が亜沙子のいい所ではあるんだけど。
「じゃ、せっかくだし? 稜くんのプランに乗ってあげるし」
上擦った声。楽しさ嬉しさを隠しきれていない、期待が溢れ出る表情を俺に向けてくる。
この前から思っていたことだが、やはり亜沙子は演技とかそういう類いは向いていないと思う。
「こういうのはじめてだから。あんまり期待すんなよ?」
「へ、へぇー。稜くん、こういうのはじめてなんだ」
「悪いかよ」
「ぜーんぜんっ」
口先を尖らせ、どこか俺を小馬鹿にしているような言い方だが。その表情は妙に嬉しそうに見える。
俺が経験ないことを喜ぶ意味が分からないが、とりあえず昨日のうちに立てたプランに従い、大里駅へと向かい出す。
「大里駅に向かうってことはデートの場所は姫坂駅付近かな?」
「おぉ。やっぱり分かっちゃうか?」
「まぁね。この辺りだと、姫坂駅付近がベストだもん」
二人で、隣り合わせで歩きながら言葉を交わす。だが、互いが手に触れることはしない。
デートとは言っても、俺たちは恋人同士ではない。そんな状態で手を繋いでしまっていいのか。
経験があまりにも少なすぎるから。俺はその答えを見つけ出すことが出来ない。
「そうなのか。よかった」
「まぁ、稜くんのことだし。ネットで調べたんだと思うけどねー」
「な、なんで!?」
昨夜、必死で近辺のデートスポットを検索したことを言い当てたられ、たじろぐと亜沙子はケラケラと笑った。
「だってさ、さっきはじめてだって言ってたから。そうかなって思ったんだし」
「恐るべし、推理力」
「こんなの推理じゃないし」
端から見れば、俺たちはどんな風に見えているのだろう。
男女で遊んでいるのは間違いない。楽しそうに会話はしているつもりだが、手は繋いではいない。
この様子を見た人は、一体何人がデートだと思ってくれるだろうか。
そんなことを考えているうちに、俺たちは大里駅に着いた。そこで姫坂駅までの切符を購入し、電車に乗り込む。
移動時間は約25分。冷房がよく効いた車内は、ほとんど混んでおらず、俺たちは座ったまま姫坂駅に到着した。
「ふぅー、到着!」
たくさんの人でごった返した姫坂駅の中央改札口。目鼻立ちがハッキリとした亜沙子の綺麗な顔は、こんなに人がたくさんいる中でもやはり目立つ。トレードマークとも言えるお団子ヘアーもよく似合っている。
俺なんかが一緒に居ていいのだろうか。
そんなことまで考えてしまう。
「近いようで遠いような」
「微妙な距離だからデートっぽいんだし」
「そういうものなのか?」
「そういうものなんだし」
デートなんかどこでもいいと思ってた。好きな子と、その辺をブラブラすればいい。いや、もっと言えば部屋でダラダラ一緒の時間を過ごせればいい。そう思ってた。
だけど今、隣で楽しそうにしている亜沙子を見るとやっぱり遠出をしてよかったと思える。
「稜くんのプランだとこれからどこ行くし?」
「映画だ」
映画を見ている間は話さなくてもいい。その上、見終わった後には共通の話題ができる。
それに天気も関係ないし、デートにはもってこいの場所らしい。
まぁ、全く興味のない映画を選択したり、全く面白くなかったりすると最悪なのだが。
そういうことは言い出すとキリがない。
「まぁ、無難よね」
亜沙子からそんな評価を受けたところで、移動を開始する。姫坂駅からそれほど離れていないところにある、大型複合施設。スーパーがあったり、衣服店があったりする。その最上階に映画館はある。
「初デートなんだぞ。間違ってたまるか」
「デートに間違いも何もないし」
「楽しくなかったら、それは失敗だろ」
相手を楽しませることのできないデートなんてなんの意味もない。
そんな思いで口から出た言葉。しかし、その言葉を受けた亜沙子は分かりやすくため息をついた。
「あのねぇ。好きな人と一緒に居られる時間が楽しくないわけないし」
そして亜沙子はそう言い放った。
「普通に友だちと遊んだ時は今日あんまり面白くなかったなとかあるかもしれない。でも、好きな人だよ? ウチが望んで一緒にいたいと思う人だよ?」
俺へと一歩詰め寄った亜沙子は、互いの息遣いが分かるほどの近い距離で言葉を紡いでいく。それに圧倒され、何も言えなくなった俺に亜沙子は続けた。
「楽しくないわけないじゃん」
いつもの可愛いらしい顔とは違う。本気が満ちた表情で、言葉には亜沙子の想いが余りあるほど乗っていた。
「ご、ごめん.......」
その圧に、返すべき言葉が見当たらず謝罪を口にすると亜沙子の表情が戻る。
「別に謝らなくてもいいし」
そう言ったところで、亜沙子は俺との距離が近くなっていることに気がついたのだろう。途端に頬を真っ赤に染め上げ、慌てて距離をとる。
「あ、あの.......。ごめんだし」
「亜沙子こそ、謝る必要ないだろ」
そう答えると、照れからか伏し目になった亜沙子。
「ちゃんと前向かないと危ないだろ」
「わかってるし」
いじけたように口先を尖らせてそう答え、亜沙子が前を向こうとした時だ。
亜沙子の前方から、スーツ姿の男性が歩きスマホをしているのが分かった。
このままいけばぶつかるだろう。互いにまだ前方を確認していない。
あぁ、くそ。なんで前見ないんだよ!
「お、おい」
そう声をかける。だが、まだ前を見ようとしない。もうあと少しでぶつかってしまう。
恥ずかしさはある。でも、このまま亜沙子がぶつかって万に一つも怪我をしたら最悪だ。
手を伸ばし、亜沙子の腕を掴んだ。
「えっ.......?」
俺がそんな行動を取るとは思わなかったのだろう。目を丸くして、俺を見る。ただでさえ大きな目がより一層に大きく見えた。
しかし、それに気を取られている暇は無い。早く引き寄せないと、亜沙子がぶつかってしまう。
手に少し力を込め、亜沙子の体を俺の方へと引き寄せる。
「うそ.......」
一体全体何が起こっているのか。理解が追いついていない亜沙子は、先程よりも顔を真っ赤に染めて掠れた声でこぼす。
そして、亜沙子は俺の腹部に手を当てる。服越しに感じる亜沙子の温かさに、気恥しさが倍増する。
眼前にあるお団子ヘアー。いつもこんないい匂いしてたっけ。
亜沙子から香る匂いにそんな印象を持ちながら、早口で言う。
「ま、前向かないと。あ、危ないだろ」
亜沙子の背に手を回すことはしない。それは亜沙子にとって不誠実で、夢叶先生への裏切りになってしまう。そう思ったから。
「ご、ごめんだし.......」
俺と密着状態になった亜沙子は、その状態のまま隣を歩き去っていくスーツ姿の男性を見ながら呟く。
そしてゆっくりと俺から離れていく。
その顔は真っ赤で、表情は驚きと照れが混在しているように感じた。
「そ、それじゃあ。い、行くか」
「う、うんだし」
ぎこちなさが生じているのは、俺でも分かった。ここまで歩いてた時よりも少し互いの距離が離れている。
その状態のまま、俺たちは目的地である映画館に向かうのだった。
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