先生、付き合ってもらえますか?

リョウ

文字の大きさ
36 / 51

「気にしなくていいから。何も気にしなくていいから」

しおりを挟む

 彩月ちゃんとの初デート。OIOIをウロウロしているだけなのに。
 実家近くの、明川駅周辺にあるOIOIなのに。新鮮で、今までとは違うように見える。
 ただ。隣に好きな人が、恋人が、彩月ちゃんがいるだけなのに。たったそれだけで、世界がここまで変わるのか。そう思えるほどに、俺の鼓動は弾んでいた。

「ごめんね。私の買い物ばかり付き合わせちゃって」
「全然気にしなくていいって」

 店内にいるのはほとんどが女性。店全体からは異臭とは程遠い、香りが漂っている。

「消耗品だし。彩月ちゃんにはずっと可愛くいて欲しいんだ」
「もぅ。海ちゃんのバカ」

 頬を少し赤らめた彩月ちゃんは、購入を決めている化粧品を持った手とは逆の手で。俺の肩を軽く小突いてくる。

「なんだよ」
「海ちゃんにもずっとかっこよくいて欲しいし」
「彩月ちゃんの為なら、俺はいつまでも頑張る」
「嬉しいっ!」

 こんな会話をしていると、流石に周囲からも色々な目を向けられる。
 俺と彩月ちゃんの年齢があまりに離れているからなのか。若いなぁ、とただのカップルを見る目に加え、奇異の目、怪奇の目といったものが含まれている。

 その目が悔しくて、辛くて。
 年齢差が何なんだよ。俺は本気で彩月ちゃんが好きで付き合ってんだよ。

 若いのに――
 なんだよ。俺が時間を無駄にしてるって言いたいのか?
 俺は彩月ちゃんと結婚したいと、思ってるんだぞ。

 若い子が好きなんだねぇ――
 違う。俺が彩月ちゃんを好きで、告白したんだ。
 彩月ちゃんが若い子を好きとか、そんなんじゃねぇーんだよ。

 聞きたくない世間の声が。ここにいれば嫌でも耳に入ってしまう。
 俺と彩月ちゃんのことを。微塵も知らないくせに。知ったような口を利いて、それが正解なんだって思わせるように。言葉を紡いでいる。

「彩月ちゃん。選べた?」
「うん.......」
「じゃあ、早く買ってここから出よう」

 俺に聞こえたというのは。周囲の声は、彩月ちゃんにも届いていたのだろう。
 端正な顔に苦渋を滲ませている。それを俺に悟らせないように、努力していることまで伝わってくる。

「レジってどっちだっけ?」

 言われるのは分かっていた。歳の差は12もあるんだ。でも、それをリアルで言われるとここまで心に来るものだとは、想像もしていなかった。いや、想定が甘かったのかもしれない。
 俯いたまま、彩月ちゃんはある方向を指さした。そちら側にレジがあるのだろう。

「行こ」

 その方向を確認してから、俺は彩月ちゃんの手を取った。
 その場にいる全員に見せつけるように。少し声を大きくした。
 奇異の目がより一層強くなり、俺たちを見てくる。

「気にしなくていいから。何にも気にしなくていいから」

 彩月ちゃんの手を握る、俺の手に。少し力を込めた。この本心が屈折することなく、彩月ちゃんの心に届くことを祈って――

「うん。心配かけちゃったね」

 少し弱さが見え隠れする笑顔を浮かべた彩月ちゃんの手は、少し震えていた。
 俺よりも、社会という場所を知っているからだろう。一度失敗を経験しているからだろうか。
 世間の目に、より一層敏感になっているのだろうか。

「気にすんなって言ったろ?」

 それだけじゃないかもしれない。でも、それ以上は今の俺では見透かすことはできないから。
 言葉を掛けてもなお、落ち込んだ様子を隠しきれていない彼女の手を強く引き。レジへと向かった。

 * * * *

 それから色々とお店を回ると、不意に俺のお腹が鳴った。

「もしかして。お腹すいた?」
「っぽい」
「ぽいって何よー」
「いや、だってさ。お腹すいたって思ってなかったけど。お腹鳴ったからさ」

 お腹の虫を、彩月ちゃんに聞かれたのが恥ずかしくて。赤らめた顔を逸らして、いじけたように言うと。彩月ちゃんは繋いでいない方の手で、俺の頬を突いた。

「そういうのをお腹すいたって言うのよ」

 もぅ。そう言わんばかりにため息をこぼし、微笑みを見せる。よかった、表情が戻ってる。
 ほんの少し前まで、化粧品売り場での出来事を引きずっている様子があったから。心配だったんだよなぁ。

「んじゃ、お腹すいた」
「何食べたい?」
「んー、すぐ食べれるところ?」

 一度お腹が空いている、ということを自覚すると。めちゃくちゃお腹が空いてきて、動くのすら辛くなるレベルになる。
 気づかなきゃまだまだ歩けただろうに。気づき、ということほど怖いものは無いぞ。

「じゃあ混んでないお店探そっか」



 そう言い、俺たちはOIOIのレストラン街を歩く。だが、時間がお昼すぎということもあり。どのお店も、お店に入るための列を生している。

「んー、これじゃあ直ぐに入れないね」
「そうだなー。まぁ、まだ2時にもなってないしな」

 腕時計で時刻を確認してから返事をする。と言っても、もうすぐ2時だ。今日はまだ平日だし、そろそろお客さんが減ってもいい頃だと思うが。

「夏休み、だもんね」
「そうか、みんな夏休みなのな」

 やけに学生やら、家族連れが多いと思ったんだ。

「とりあえず、フードコートの方も見てみようか」
「おう」

 短く返事をしてから、フードコートへと移動する。普通のお店もいっぱいだったんだ。そちらよりも比較的安い値段で、料理が提供されているこちらがいっぱいでないわけが無い。
 だが、こちらは席が多く、人の出入りが激しい。タイミングさえ合えば。

「あ、あそこ空いてる。いこ!」

 このように、空席を見つけることは可能なのだ。空席を見つけた彩月ちゃんは、俺の腕を引き、空席の所まで行く。
 その間に誰にか取られる。ということもなく、席を確保出来た。

「彩月ちゃん、何が食べたい?」

 その席に腰を下ろし、訊くと。彩月ちゃんは、ぐるりと1周を見渡してから、難しい表情を浮かべる。

「ラーメンもいいけど。うどんもいいんだよねぇ」
「その口ぶりから、麺類ってことは決めてるってことか?」
「今は麺類が食べたい気分なの」
「分からなくもない」

 朝は普通に。昼はささっと食べられるもの。夜はガッツリ。俺の中の食事のイメージがそれだから。昼からステーキとかは、考えにくい。逆に、夜にマックとかのファーストフードってのも少し違う気がするんだ。

「海ちゃんはどっちが食べたい?」
「俺はまじでどっちでも大丈夫かな。それよりも、彩月ちゃんが食べたい方でいいよ」
「えぇ。そんなこと言われると、悩んじゃうな」

 コロコロと表情を変え、ラーメンかうどんで真剣に悩んだ挙句。
 彩月ちゃんはラーメンという答えを出した。

「んじゃ、俺買ってくるよ」
「私がいくよ!」 
「いいって。彩月ちゃんは休憩しててよ」

 どちらも立ってしまえば、席が取られてしまうことになるだろう。だから、購入に行くのはどちらか1人。
 それに行こうとする彩月ちゃん。でも、今日は俺が何もしてあげられてないから。運転もしてもらったし、お店選びも結局最後は彩月ちゃんだったから。
 これくらいはしてあげたくて。
 俺はラーメン屋で、醤油ラーメンと餃子を1つ注文し、完成したら知らせてくれるブザーを受け取る。
 それを片手に席に戻る。

「取りに行くのは私が行くからね」
「なんでだよ。零したら危ないのに、俺が行くよ」
「なんで私には何もさせてくれないのよー」
「大事だからだよ。彩月ちゃんが大事だから」
「大事でも、もう少し何かさせて欲しい」

 口先を尖らすように言葉を紡ぐ彩月ちゃん。いっぱいしてもらってるから。彩月ちゃんは、俺の全てだから。何もしなくても、してくれているのと同じなんだ。
 でも、これを口にしたところで彩月ちゃんは、きっと理解してくれない。

「じゃあ、帰りの運転はお願いする」 
「それは私しかできないことじゃん!」
「俺はできないことが多いから。出来ることくらいさせてくれよ」

 そう言った所で。ちょうど料理の完成を知らせるブザーが鳴り響く。

「じゃあ、行ってくる」
「なんか、凄いズルい」
「ズルくて結構」

 笑いながらそう言い、俺は彩月ちゃんの頭に手をぽんっ、と置いた。
 少し恥ずかしかったけど。何だか少し彼女に触れたくて。
 それと同時に、彩月ちゃんは目を見開き、みるみるうちに顔を朱に染め上げていく。
 俺はそれを横目に見ながら、ラーメン屋にまで料理を取りに行く。


「お待たせ」
「ありがと」

 先ほどの火照りがまだ続いているのか。まだ完全に元の肌色に戻った訳では無い彩月ちゃんが、短く言う。

「餃子もあるじゃん」
「食べたいなって思って」
「食べたいけど、息くさくなっちゃうじゃん」
「2人とも食べたら、2人とも息くさくなって気にならないだろ」

 そんなふうに。俺たちは、俺たちのデートを楽しんだ。
 俺は彩月ちゃんのためなら、なんでも出来るし。浮気なんてするわけが無い。
 歳の差なんて関係ない。
 だって、彩月ちゃんといるのは、こんなにも楽しいんだから――

 食事を終えたあとも、2人で手を繋いで。OIOIの中を散策してから、外に出ると。
 雨はすっかり上がっており、夕焼け染まる空には7色の虹がかかっていた。
 それをバックに、恋人同士になってからはじめてのツーショット写真を撮り。
 彩月ちゃんの運転で家へと帰るのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。 毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。 そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。 数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。 平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、 幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。 笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。 気づけば心を奪われる―― 幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

処理中です...