先生、付き合ってもらえますか?

リョウ

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「何かいやらしく聞こえる」

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 恐らく。稜たちは補習を受けている頃だろう。

「準備は?」
「終わった」
「じゃあ。行こっか」

 俺の家に来た彩月ちゃんが、そう訊いた。お洒落を決めた服装で。玄関に立っている。
 ただそれだけでも可愛くて。俺の鼓動は早くなる。

「おう」

 短く返事をしてから。俺は精一杯のお洒落をした、格好を彩月ちゃんに見せた。
 ライトグレーの透かし編みニットに、クロップドパンツを合わせることで、決めすぎではないラフ感を出す。そして、アウターとして七分丈のボーダー柄のそれを羽織っている。

「じゃあ、早く乗ってよ」

 車に鍵を開けた彩月ちゃんが俺にそう言う。折角をお洒落をしたのに。何も言われないのは.......何だか切ないな。

「おう」

 本当は俺が運転して、ドライブとか遠出をしたりしたいけど。俺はまだ免許持ってないから。助手席に座ることしか出来ないんだ。
 
「どこ行こっか?」
「彩月ちゃんが行きたいところでいい」
「それじゃあ、海ちゃんが楽しくないじゃん」

 エンジンを入れるボタンを押し、車内に冷房の風が舞う。
 同時にワイパーを動かし始める。

「彩月ちゃんが楽しいことなら。俺も楽しい」
「海ちゃん.......。それはずるい」

 天気は生憎の雨。この雨が終われば、梅雨も明けるということらしいが。今日くらいは晴れて欲しかったぜ。俺たちが恋人同士になって、はじめてのデートの日だと言うのに。

「じゃあさ。とりあえずショッピングに付き合ってもらえるかな?」
「いいよ」

 俺の返事を聞くなり、彩月ちゃんはアクセルを踏み、車を発車させる。

「そう言えばさ。海ちゃんもそろそろ免許取れるんじゃないの?」
「まぁ、そうだな」
「取らないの?」
「取る。つもりだけど」

 やっぱり付き合ったと言っても。俺たちは年齢が離れすぎている。それを実感させられる、会話の内容だ。

「その時は、私がセンセイしなくちゃね」
「じゃあ。頼むよ、彩月センセ」
「海ちゃんに先生って呼ばれるの、凄い照れる」

 そう言う彩月ちゃんの横顔は。真っ赤に染まり、その言葉が本心なんだってことが分かった。
 今まで見れなかった姿だったから。ずっと居なかったし、俺が幼かった時は、そんな対象じゃなかったから。こんな表情だけでも、俺の心は踊る。

「海ちゃん」
「な、なに?」

 色っぽさのこもった声音で。彩月ちゃんは運転しながら、俺の名前を呼ぶ。

「呼んでみただけー」

 その声色に少し緊張し、身構えた俺に彩月ちゃんは。楽しげに、嬉しそうに、そっとそう言った。
 身構えたのが阿呆みたいに、甘ったるい言葉に思わず笑みを零した。

「彩月ちゃん」
「なぁに?」
「呼んでみただけー」
「何よー」

 お返しをすると。彩月ちゃんは、雲の隙間から差し込む、光の柱のような。儚く美しい笑顔を浮かべた。
 しばらく道なりに進んでいると、明川駅前に出た。

「駅周辺なのか?」
「駅の裏にあるOIOI《まるい》でデート、しようかなって」

 一瞬、俺の方を向いた彩月ちゃんは軽くウインクをして。直ぐに視線を前に戻す。
 心臓がバクバクする。なんだよ、うるせぇよ。
 彩月ちゃんのウインクは、もう神にも等しいぞ。

 痛く、うるさい心臓と向き合っている間に、OIOIの駐車場に入った。駐車カードを受け取り、OIOIの敷地内の駐車場に車を停める。
 窓から顔を出し、左右の幅を確認しながらバック駐車を終える彩月ちゃん。

「よーしっ、じゃあ行こっか」

 ドアを開けた瞬間、激しい雨が車内に振り込んでくる。車の中から見ていたよりも、遥かに激しい雨に驚き、彩月ちゃんはドアを閉める。

「雨、凄いね」
「傘ってあった?」

 俺の質問に、彩月ちゃんは少し難しい顔を浮かべてから。体を俺の方へと乗り出してから、後部座席の方へと目をやった。
 俺も同じように、後部座席を確認しようとそちらを向く。すると、後部座席を確認している彩月ちゃんの胸元が緩くなっていることに気がついた。
 谷間、それから下着が見え隠れしているのだ。

 いつもなら。
『いい胸だな。それ、誘ってるってことでいいんだよな?』
 みたいな台詞で、そのまま――
 だったのに。本当に好きな、彩月ちゃんには、そんな言葉は吐けなくて。
 代わりとなる言葉も見つけることができなくて。俺は視線を逸らすことしか出来なかった。

「んー。なさそうだなぁ」
「そ、そっか」

 彩月ちゃんの胸を見てしまったことへの罪悪感からか。紡ぐ言の葉が異様に早くなった気がした。

「どうしよ」
「走るしかないだろ」

 そう言いながら。俺はアウターを脱ぎ、彩月ちゃんに渡す。

「雨避けに使って」
「で、でも.......」

 彩月ちゃんは足元から順に、俺を見た。目は口ほどに物を言う、という言葉の通りだ。
 折角お洒落をしてるのに、そんなのダメだよ。
 そう言いたのだろう。でも、そんなの洗えば済む話だ。

「いいんだよ。彩月ちゃん、折角お洒落してるのに、台無しになっちゃうじゃん」
「それは海ちゃんも」
「俺はじゃあ、一緒に入ろ。それなら問題ないよな?」

 彩月ちゃんの顔はまだ、問題がありそうな表情を浮かべている。
 だが、俺の少し強引なまとめに文句を言うことはなく。渋々、と言った感じではあったが。頷いた。

 先に車から降りた俺は、アウターを頭に掲げてから。運転席側に回って、ドアを開ける。

「彩月ちゃん」
「何かお嬢様にでもなった気分だ」

 名前を呼ばれながら、ドアを開けられることに。優越感のようなものを覚えたのだろうか。極上の笑顔を浮かべながら、車内から出てきた彩月ちゃん。
 そのまま俺のアウターの中に一緒に入る。

「もう凄い濡れてるよ」
「仕方ないだろ。こんなにも雨降ってるんだからさ」

 バケツをひっくり返したような。というのは少し大袈裟かもしれない。でも、それに匹敵するくらいには強い雨が降り注いでいる。

「それもそうだね」

 すぐ横にある彩月ちゃんの顔。端正に整った顔で、綺麗に化粧が施してあり、見ているだけでドキドキが止められない。
 それに加え。髪からは女子特有の甘い香りが、雨の匂いに負けじと漂っている。

「ごめんね、こんな近場で」

 水分を吸い込見始めたアウターの下で。申し訳なさそうな表情を浮かべながら。彩月ちゃんはぽつりとこぼした。

「場所とか。そんなの関係ないって。俺は彩月ちゃんと一緒に出掛けられるだけで。それだけで幸せなんだよ」
「海ちゃん.......。そう言ってくれる海ちゃんだから。私は好きになっちゃったんだろうね」

 小さく微笑んでから、彩月ちゃんは弱々しくこぼした。俺はそのセリフを聞けたのが、自分が思っていた以上に嬉しかった。

「じゃあ、行くよ?」
「うん」

 呼び掛けに答えた彩月ちゃんを見届けてから、ゆっくりと足を前に進めた。
 1歩、また1歩と店の入口へと進んでいる。
 アウターに当たる雨音が耳朶を打つ。それに霞むような音で、 彩月ちゃんがぽつりとこぼす。

「今度はもっと遠い所に行こっか」
「遠いところだったらさ、泊まりとかしたいよ」
「うわぁ、海ちゃんがそれ言うと。何かいやらしく聞こえる」
「なんでだよ!」

 そんな会話をしているうちに。俺たちはOIOIの入口にまで辿り着いた。
 あまりに近づき過ぎた距離。そこから少し離れ、俺は水分を含んだアウターの表面を手で払う。
 水気が残っており、着るには少し濡れすぎている。それを腕に掛けてから、彩月ちゃんにもう片方の手を差し出した。
 彩月ちゃんは、自然と差し出した手を取る。恋人繋ぎ、と言うやつだ。

「でもさ、したいね。誰にも邪魔されない海ちゃんとの宿泊旅行とか、楽しそう」
「誰にも邪魔されないって。俺よりもイヤらしさある表現だと思うけど?」
「別に。私は覚悟してるし?」

 半歩前に行った彩月ちゃんは、俺の顔を覗き込むようにしてそう告げる。いたずらっぽい笑みを顔に刻み、試すような口ぶり。

「そ、そう.......なんだ」

 好きな人からのアプローチに。俺は上手く答えることが出来ないでいると。ぷっ、と吹き出し笑いをした彩月ちゃんが言う。

「海ちゃんって、意外と初心だっりするよね」
「そ、そんなこと.......」
「気づいてないんだー」

 繋いだ手から伝わる、彼女の高揚感。きっと、この時間を楽しんでくれているんだ。
 少し会話は押され気味のような気がするけど。でも、俺も彩月ちゃんと話しているのは楽しいから。
 どんな会話でも、彼女といるのが楽しいから。

「そんなことよりも、行こうぜ」

 願わくば。今日1日、彼女と楽しい時間が過ごせますように――

 胸中でそうこぼしてながら。俺と彩月ちゃんは、手を繋いだままOIOIの中に入っていくのだった。
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