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「先生とはどうなったの?」
しおりを挟む「以上でご注文はお揃いでしょうか?」
ガストの制服に身を包んだ、若い女性の胸元には研修中の文字がある。
「はい」
眼前に並べられた、チーズINハンバーグにナイフを切り込みながら。そう答えると、その店員はぎこちなさが残る礼をしてから立ち去る。
「てかさ。稜くん、めちゃくちゃ食べるし」
「そうか?」
眼前にあるのはチーズINハンバーグとミートスパゲティだ。成長期の男子はこれくらい食べないと、おなかいっぱいにならないんだよな。
「そうだよ。普通、ハンバーグ食べたらそれでおなかいっぱいだし」
「それは無いだろ。逆に亜沙子こそそれで足りるのか?」
亜沙子が食している、オムライスビーフシチューソースを見ながらそう訊く。俺だったら絶対足りないだろうな。
匂いはめちゃくちゃいい香りだけど。
「足りるよ。食べられるか心配なくらいだし」
「それはありえん」
「有り得るから言ってるんだし」
口先を尖らせながら、不貞腐れるようにそう言い、亜沙子はスプーンに掬ったオムライスを口に運んだ。
美味そうではあるな。
「なぁ、亜沙子」
ここで聞くべきかどうか。聞かない方がいい気はするが、気になる。
この前からずっと気になっていた。
急にデートをしてくれだなんて。普通の女子は言わないと思う。
好きな人とかいないのか? 気になるやつとかいないのか?
いるなら、その人に不誠実すぎるだろう。
「何?」
今日だってそうだ。好きでもない男と昼ごはんを食べに行くなんて。普通はしないだろ。
「き、今日の補習はどうだった?」
でも、それを訊くのは怖くて。訊けば何かが大きく変わってしまうような、そんなような気がして。
俺は違う言葉を吐いた。
「別に普通だし。改めて訊くようなこと?」
「あ、いや。何となく気になっただけ」
純粋な顔を向けてくる亜沙子に。罪悪感を覚えた俺は、罰が悪くなって。それを隠すように、ハンバーグを口にした。
「そういう稜くんこそ。寝てないでしょうね?」
「流石に補習では寝ないさ。まぁ、寝そうにはなったけど」
「寝そうにはなってるし!」
オムライスを掬おうとした瞬間。スプーンとお皿が接触し、カチャ、という音が響いた。
音を立てたことが恥ずかしかったのか。少し顔を赤らめ、亜沙子は囁くように、ごめん、と告げる。
「別に全然気にしないって」
スプーンとお皿が当たって音が立つことなんて、普通にある事だし。気にするような事じゃないだろう。
「てかさ。寝そうにはなるだろ。嫌いな勉強を、朝からさせられるんだぞ?」
「いやぁ、まぁそれはそうだけど.......。補習なんだし、普通は我慢するし」
「我慢するってことは、亜沙子も眠かったんだろ?」
「そ、それは.......」
少し目を逸らした亜沙子は、小さくこもった声で。ぽつりとこぼした。
「そうだろ? まぁ、生理現象だし仕方ねぇーよ」「その仕方ないで、ウチらは補習になってるんだけどね」
「それは言うな」
それを言われると。これからちょっと寝にくいだろうが。
「ねぇ、稜くん」
それからしばらく、食事を進めた。ハンバーグが乗っていた鉄板は既に空になっている。あとはスパゲティが少し残っている程度だ。
亜沙子の前にある、オムライスが乗っていたお皿の上には。あと1口程度の大きさのそれが残っているだけだ。
そんな時だった。残り1口のオムライスをスプーンに乗せた亜沙子が、俺の名前を静かに読んだ。
「なんだ?」
フォークをくるくると回し、スパゲティを絡めながら、短く返事をする。
「あ、あのね?」
歯切れの悪い、遠慮のある声色で。亜沙子は静かに言った。たぶん、何か聞きたいことがあるのだろう。俺はフォークを皿に置き、彼女に向いた。
軽く下唇を噛みながら、上目遣いで俺を見てくる。この顔は知っている。覚悟を決めた時との顔だ。
「先生とはどうなったの?」
あまりに震えた声だった。胸がギューッと締め付けられる。痛い、痛い。何でそんな顔するんだよ。
覚悟の隙間から、諦めが見え隠れしていて。目じりにはうっすらと涙のようなものが、浮かんでいる。
「そこそこには上手くやってるよ」
付き合え始めた、なんてことを言っていいのか分からなかった。だから、曖昧な言葉で濁した。濁したつもりだったけど、亜沙子には伝わってしまったらしい。
「そっか」
震え、涙にまみれた声だった。胸の奥を抉るような。訴える声音に、俺はその場から逃げたしたくなった。逃げて、その一直線にぶつけられる視線から、感情からやり過ごしたかった。
そして、この時。俺はようやく気がついた。こんな顔をさせて、こんな言葉を告げさせて。
俺はようやく――亜沙子の気持ちに気づくことが出来た。
亜沙子が俺とのデートを望んた事も。今日昼ごはんを一緒に食べたのも。
全部、全部。俺に好意を持ってくれていたからだったんだ。
彼女の気持ちに気づいてしまって。俺は胸がよりいっそう締め付けられるのを感じた。
その気持ちは夢叶の時に、痛いくらいに味わったから。もう味わいたくないって言うほどに味わったから。たった3文字に込められた想いが辛くて、俯くことしかできなかった。
「ごめんな」
今まで、夢叶のことばかりを気にして、気づいてあげられなかったこと。夢叶よりも近くにいたのに、全くわかってあげられなかった。わかったから、何かが変わるわけでもないけど。もっと前に気づいていたら、何かが変わっていたかもしれない――
「なんで稜くんが謝るんだし」
不細工で、不器用な、貼り付けた笑顔。涙色に濡れた言葉が、亜沙子の口から紡がれた。
彼女が気持ちを抑えつけているのが、分かったから。言葉にならない辛さが俺に襲いかかる。
「分かったから。でも、俺は夢叶先生が好きだから。ごめん――」
ちゃんと想いを伝える。伝えないとダメだから。今だからわかる。夢叶が俺の想いにちゃんと答えなかった理由が。真っ直ぐに気持ちを受けるのが、こんなに辛くて。虚しくなるなんて。思ってもいなかった。
「べ、別にそんなことじゃないし.......」
大粒の涙を零しながら。亜沙子は精一杯の笑顔を浮かべて見せた。
それがまた。居た堪れなくて、切なくなって。
残りのスパゲティを一気に口に放った。
先ほどまで感じていたはずの味が、全くないような。そんな感覚に陥る。
申し訳ない。気持ちに気づけなくてごめん。
その気持ちだけでいっぱいになった。
美味しい、それすらも感じられないくらいに――切なく、申し訳ない気持ちで満たされたのだった。
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