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「ありがとって言いたいだけだし」
しおりを挟むみなが荘の居室。キッチンも併設されている共有部分。椅子に座り、テーブルに肘をついた状態でスマホを見つめる。
「ねぇ、稜くん」
「何だ?」
2教科しか補習を受けていない亜沙子は、キッチンでゴソゴソと動いている。冷蔵庫を開けたり、
みなが荘を出る前に見た若葉琴音、という名前はまだあったが。その人がいるわけでもなく、亜沙子がそれに気づいている様子もない。
「お昼ご飯、どうするし?」
「そんなのいつもみたいに.......あっ」
投げかけられた質問。それは考える暇もなく、綾人さんに作ってもらえばいいと思った。だが、その綾人さんはいま絶賛補習を受けているということを思い出した。
「そういうこと。どうしよ」
海斗先輩が帰ってこないことはわかっている。夏休みを、大事な人の元で過ごすんだろう。
ということは、亜沙子と2人、ということだ。俺と亜沙子は料理がほとんど出来ない。だから、当番になればカップラーメンや冷凍食品だった。それを見兼ねた綾人さんが食事は自分が作ると言ってくれたんだっけ。
その結果、俺たちの料理能力が上がるわけもなく。今は小学生以下のレベルしかないだろう。
「カップラーメンの買い溜めとかないのかよ」
スマホの画面を恍惚と眺めながら、そう口にする。もちろん、その画面は夢叶のプロフィール画面だ。
今はスタバのコーヒーだが。いつの日か、俺と関係する写真になればな。
そんな思いを馳せていると、脳天に衝撃が走った。
「痛っ! 何すんだよ!」
スマホの画面を落とし、脳天を抑えながら。俺は振り返り、怒気を孕めて言い放った。
「ウチが真剣に困ってるときに、ニヤニヤ笑いながらスマホ見てるのが悪いし」
「そんなの亜沙子に関係ないだろ」
「いやいや。普通にあるし! お昼ご飯の話してるんだよ!?」
俺の態度が無関心に見えたのだろうか。亜沙子は目を見開き、俺の肩を連打してくる。
昼ごはんの話だから、興味無いわけないだろ?
「分かってるよ。だから、言っただろ? カップラーメンとかはないのかって」
「あったらこんな会話をすると思う?」
「さぁ。亜沙子のことだから、確認してない可能性だってあるだろ」
眼前で仁王立ちをする亜沙子を見上げるようにして、俺がそう言うと。亜沙子は分かりやすく、ため息をつく。
そして、少しいじけたようにそっぽを向いて。
「さいてい.......」
小さく吐き捨てた。
「な、なんだよ.......。俺にどうしろって言うんだよ。知ってると思うけど、料理なんてできないぞ?」
「そこに期待なんてしてないし」
いじけた様子はまだ続き、チラチラとこちらを確認してくる視線には、言葉とは裏腹に期待の色が含まれている。
「で、俺は何をすればいいんだよ」
こっちはようやく手に入れられた夢叶とLINEに。どんな言葉を、どんな時間に送ればいいのか。それを考えるので忙しいって言うのに。
「だ、だから別に。何かやって欲しいとか言ってないし」
面倒くさい亜沙子が登場ってわけだ。何かを求めたいくせに。それをハッキリと口には出さない。
何がどうしてそんな性格になったかは分からないが。
ツンデレ? そんな風に言うのかもしれないが、普通にいれば面倒くさいだけだ。
「じゃあ、お昼ご飯どうするだよ」
「ど、どうしようかなー」
わざとらしい。幼稚園や保育園の劇の方がもう少しマシだろう。そう思えるくらいに、棒読みで、ヘッタクソな言葉だ。その視線の先には彼女の財布がある。
買い出しに行けってことか?
そう推測をたて、俺は確認作業を開始する。
「スーパー行って、カップラーメンでも買ってくればいいのか?」
正解だろう。そう思っていたが、言葉を発した瞬間、亜沙子の表情が分かりやすく落胆の色に変化した。うん、どうやら違うらしい。
「そ、それでもいいけど.......」
嫌そうな表情で肯定的な言葉を紡ぐ。
「その言葉を言うなら、もう少しまともな顔をしろよ」
買い出しが違うなら後は、あれしかない。亜沙子の思考に辿り着いた俺は、スマホをポケットにしまい込んでから、立ち上がる。
「行くんだろ? ご飯を食べに」
俺の言葉に目を輝かせる亜沙子。やっぱりこれが正解だったか。
「いいの?」
今度は嘘くさくない。だが、遠慮の込められた言の葉だ。
「いいに決まってるだろ。なんて言ったて、俺ら料理出来ねぇーし」
「それを肯定するの女子としてどうかと思うけど」
苦笑を浮かべながら答える亜沙子に、俺は言う。
「別にいいだろ。男だから、女だから。そんなの気にしなくても」
「そういうところだし」
お礼を言われてもいいシチュエーションだと思うんだけど。亜沙子の口から飛び出たのは、脈絡のない文だった。
何がどうなれば、そんな言葉が出るのか。分からなくて、亜沙子を見ると。彼女は少し頬を朱に染めて、俺と視線を合わせられない様子だった。
「どうした?」
急に変わった表情に、態度に。何かやっちまったかな、そう思って問う。だが、亜沙子は小さくかぶりを振って、小さな声で告げた。
「何も無いけど」
「けど?」
小首を傾げて聞き返すと。ゆでダコと並べても遜色ない程に、真っ赤に染まった顔を下に向けて。
「ありがとって言いたいだけだし」
囁くようではあった。だが、色っぽささえ感じられる、艶のある声でそう言い放つと。亜沙子は居室を出て、階段を駆け上がる音が聞こえてきた。
「何か調子崩すな」
よく分からないタイミングで顔を赤くされるし。妙に色っぽくなるし。
女子ってわかんねぇ。
そんなことを思いながら、亜沙子が駆けて行った方を眺める。制服姿だったから、恐らく服を着替えに行ったはずだ。
こういう所は女子力あるんだよな。
まぁ、どうでもいいんだけど。
亜沙子が私服なのに、俺だけ制服というのも変な話だ。アンバランスというやつだ。だから、一度自室に服を着替えに戻る。
「問題は何を着るか、だな」
2人でご飯を食べに行く、と言っても。亜沙子とはただの寮仲間なだけだし。そこまで衣服を気にする必要は無いと思うんだけど。亜沙子が妙に決めてくるんだよな。
勝手に亜沙子がオシャレしてるくせに、俺がジャージ着ていくと怒るし。
とりあえず、これでいいか。
タンスの中にあった、黒いTシャツとジーパンを手に取る。
「ジーパン履くと疲れるんだよな。何でちょっとご飯行くだけで.......。ジャージでいいだろう」
ブツブツと愚痴をこぼしながらも、服を着替え終えてから、ジーパンの後ろポケットに財布を入れる。
必要以上に荷物を持っていくのは面倒だからな。
部屋を出ると、ちょうど階段を降りてくる音が耳に届いた。どうやら、亜沙子も準備が整ったようだ。
オレンジ色の服、フリルカットソーというやつに、ベージュのスカート、フレアスカートというやつで大人の雰囲気を漂わせる。
デートにでも行くのか、と言わんばかりのコーディネートで降りてきた亜沙子。
やっぱりな。ジャージ着なくてよかった。
「そんなオシャレする意味あんのかよ」
「だ、誰に見られるかわかんないじゃない」
少し棒読みが入っている。半分本当で、残り半分はまた別の意味があるってところか?
「そうかよ」
だが、ここでそれを突っ込めばまた時間がかかるのは明白だ。
だから、とりあえずそう返事をした。気にならないことも無いが、食べに行くと決めた途端。お腹の減りが半端ないのだ。
「行くか」
「うん」
2人で玄関に行き、靴を履く。その際に、もう一度、住人表を確認する。やはり、若葉琴音の名前がある。
一体、どんな奴なんだ?
気にはなるが、分からないものは分からない。靴を履き終え、みなが荘を出る。
「何が食べたい?」
「美味しいやつでいいし」
玄関の鍵を締めながら訊くと。亜沙子からは一番難しい解答が返ってくる。
何でもいい。その返事が一番辛いんだよ。
「んー、じゃあ何系がいい?」
「なんでもいいし」
そこも絞ってくれないのかよ。
「じゃあ、牛丼な」
「それはいやだし」
全然なんでも良くないじゃん。
「じゃあ、何だったらいいんだよ」
「美味しいやつだったらいいって言ってるじゃん」
「牛丼、美味しいだろ」
「牛丼以外で」
何でだよ。一番近い飲食店って、すき家なのに。俺腹減ってるんだけどな。
「んー、じゃあマック?」
「それも無しー」
い、意味が分からん.......。歩いていくんだぞ?
そんなに遠い場所に行けるわけないだろ。
軽く睨みつけてみるも、亜沙子は素知らぬ顔を浮かべている。どうやら、この感じは亜沙子の中では行く店を決めているらしい。
素直に言ってくれればいいのに。
短くため息をついてから、みなが荘から近いお店を考える。
1番近いのが、すき家。その次がマックだろ。じゃあ、その次は.......。
「ガストとか?」
「うん! ガストでいいし!」
飛びっきりの笑顔だ。ガストが正解だったらしい。
普通に言ってくれれば、もう向かってたのに。絶対無駄な時間だよな。
なんて思うが、口にすることはなく。
「んじゃ、ガスト行くか」
と、代わりの言葉を放つ。
「うん!」
大きく頷いた亜沙子と俺は、二人並んで大里駅を越えた当たりにあるガストへ向かうのだった。
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