先生、付き合ってもらえますか?

リョウ

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「やっぱりガリガリ君はコンポタ味に限る」

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「綾人さん。この前お願いしてたのいいですか?」 

 夢叶との姫坂市民プールを明日に控え、俺は前々かは綾人さんに頼んでいたことを催促した。

「あぁ。水着買いに行くやつカイ?」
「はい、そうです」

 場所は綾人さんの部屋。メガネをかけて、備え付けの学習机に向かっていた綾人さんは、ふぅーと息を吐きながら聞き返す。

「んー、じゃあ準備するカイ」

 つけていた眼鏡を外し、机の上に置くと。綾人さんは座ったまま、ぐっと体を伸ばす。

「ちょっと待ってネコ」
「はい」

 本来なら昨日、金曜日で補習の日程は終わりのはずだ。だが、綾人さんがまだ勉強をしているということは、たぶん遅刻して、補習の延長がかかったのだろう。

「それにしても、本当に付き合うとは思わなかったヨウカン」
「俺も。夢みたいですよ」

 これから色々あると思うけど。だって立場が違うから。それでも、俺たちはお互いに想いあってるから。きっと、きっと何でも乗り越えていける。そんな気がするんだ。

「そうだな。先生と付き合うなんて、ロマンがあるナットウ」
「そんなにですか?」

 あまりにも良いように言ってくれる綾人さん。そこまで言って貰えるとは思っておらず、気恥ずかしさが込み上げてくる。
 そんな会話をしながら、綾人さんは財布やらカバンの準備を進めている。

「そう言えば。亜沙子ちゃんは誘わなくていいノリ?」
「あ、亜沙子は.......」

 彼女の気持ちに気づいてしまったから。夢叶と遊びに行く為の水着を買いに行く、ということを言い出せず、今日の買い物に誘うことが出来ていない。
 どんな顔で、どんな言葉で亜沙子に伝えればいいのか。仮に亜沙子が来てくれるとなっても、夢叶とデートに行くための水着を買うとは口が裂けても言えないだろうし。悟られてしまうと、きっと亜沙子は辛い思いをすることになる。

 そんなことを考えていると。自然と表情に陰りがさした。

「気づいたんだネコ」

 そんな俺を見て。綾人さんは静かにそう告げた。

「気づいてたんですか?」
「結構前かラッパ」
「まじか。俺、そんなに気づいてなかったのか」

 いつから亜沙子が俺を想ってくれたのだろうが。申し訳ないことを.......してしまったな。

「気づけただけでも、及第点ってことでショウユ」
「そうかな?」

 思い返せば亜沙子は俺にアピールをしてくれていた。不可解な行動もあったけど。好きだから、ということを当てはめれば理解出来るものも多い。
 あれ程までにアピールをしてくれたのに。気づいてもらえなかったら、俺だったらあんな表情で会話を出来るだろうか。
 あんなに普通に会話を交わすことができただろうか。

 たぶん――無理だ。
 少しの態度の変化でも。心がざわつき、顔を合わすのですら気まづくなってしまったのに。

「そういうものだと思うイカ。まぁ、海斗じゃないから詳しいことは分からないけどネコ」

 嘲笑にも捉えることが出来る笑顔を浮かべた。そして、カバンを肩にかけてから。机の端に置いてあったコンタクトレンズケースを手に取った。

「これ入れたら行こうカイ」
「了解っす」

 洗面台へと向かう綾人さんを横目に、俺は部屋に戻った。入口付近に置いてあるカバンを取り、玄関に向かう。
 玄関で靴を履いていると、コンタクトを装着した綾人さんがやってくる。

「んじゃ、行こっカイ」
「はい」
「え、どっか行くし?」

 俺たちの声が聞こえたのだろうか。階段を降りてきた亜沙子が声をかけてくる。

「少し買い物ニラ」
「ウチも行く?」
「いや、亜沙子はだ、大丈夫だ」

 上手く目を見ることが出来ない。どうやって言葉を紡げばいいのか分からない。
 そんな様子がおかしかったのか。綾人さんは小さく笑った。それから、言った。

「戸締りとかもしないとだから、お留守番してもらえると有難イカ」
「そういうこと。分かったし」

 そう答えてから。亜沙子は階段を全部降り切って俺の前に立つ。

「行ってらっしゃい」

 屈託のない笑顔だ。その真っ直ぐを受けるのは辛くて。応えることの出来ない想いに向き合うことに胸が痛み、亜沙子の笑顔から目を逸らしてしまう。

「行ってきまスイカ」

 亜沙子の言葉に自然と返す綾人さん。それを横目で見てから。俺も口を開く。

「い、行ってきます」

 どこか切なさを帯びた声色になってしまった。それに亜沙子は気づいたかもしれない。だけど、亜沙子は変わらない笑顔を浮かべて、手を振った。
 それを見ているだけでも、胸を締め付けられる。彼女の真っ直ぐな想いが、痛くて。すぐに背を向けて、玄関を出た。

 * * * *

「車あると楽なんだけどネコ」

 水着など。衣服などを販売しているお店は、みなが荘からでは少し遠い。歩いていくには、億劫になるレベルだ。だから、俺らは自転車に乗って衣服店へと向かった。

「歩いていくことを考えれば、よっぽどいいでしょ?」
「それはそうだけドーナツ.......」

 少し嫌な顔を見せた綾人さんは、言葉の次に、乗っている自転車を見た。漕ぐ度にキィーキィー、と鳴り、周囲の目を引き、恥ずかしいのだ。

「まぁ、それは我慢しましょうよ。それと、外では普通に話して欲しいです。恥ずかしいです」
「えぇ、かっこいいのに」

 俺の提案を受け入れはしてくれたが、顔は納得してないそれだった。しばらく会話しながら自転車を漕いでいると、大きな駐車場が視界に入った。
 近辺では一番大きいと言われているユニクロの店舗前に自転車を停め、俺たちは店内に入る。


 店内に入ると、冷涼な空気が肌にささる。自転車を漕いで来たことにより、ベタついた肌が一気にさわやかになる。

「うぅ、やっぱり涼しい」
「そうだね.......こ」

 俺の言葉に反応した綾人さん。申し訳なさげに語尾に名詞をつける。常日頃から言っているので、癖になって、一気に抜くことが出来ないのだろう。

「それでどんなやつにするの?」

 普通に会話をすることに違和感を覚えるような表情を見せながら、綾人さんは水着が多く並べてられている場所の前で訊く。

「大体この辺でしょうね」

 スクール水着のような、短いやつを市民プールで穿くなど恥ずかしくて出来ない。
 だからだろう。この水陸両用短パンというやつがよく売れているっぽい。

「無地かカラーブロックってのがいいのかな?」

 黒一色で作られたものと、濃い青色とそれよりも更に濃い色の青色の2色で形成されているもの。
 それらが一番シンプルで、商品がごっそりと無くなっている。
 綾人さんはその両方を手に取って、俺に手渡してくる。

「ウェーブはなんか嫌だな」

 茶色を基調としたもので、黒い波線が多分に書かれたそれ。自分的にピンと来ることがなく、1番に除外する。

「じゃあ、このリーフってやつは?」

 綾人さんは俺たちの会話に登場していなかった。水陸両用短パン4種の最後のひとつを指さした。
 黒を基調とし、その上に緑色で葉っぱがいっぱい描かれている。パッと見はかっこいいように見えるが、よく見ると葉っぱまみれで。なんか少し違う気がする。

「んー」

 答えに悩んでいると、綾人さんは納得したように指を下ろして、無地とカラーブロックに視線を落とした。

「どっちかってことだね」
「まぁ、そうですね」
「これ買うの。ぼく必要だった?」

 水着売り場に来てから数分も経たぬ間に、2択まで絞られた。その様子に綾人さんは怪訝な表情をうかべた。

「いや、だって。もっとあると思ったんですもん」
「姫坂くらいまで行くとあるかもだけど。専門店でもないユニクロで決めるなら、絶対1人で大丈夫だったとおもうな」
「何か、ごめんなさい」

 シンプルイズベストって言葉もあるくらいだし。カラーブロックを戻してから、謝罪を口にした。

「別にいいけど。いい気分転換になったし」

 すると、そんな俺を見て。綾人さんは笑顔をこぼして言った。怒った様子も、ふてた様子もない。どうやら俺をからかっていたようだ。

「謝り損じゃないですか!」
「謝るのに損も何も無いよ」

 勉強してる邪魔したな、とか。色々思ってたのに。その思いを返して欲しいよ!
 楽しそうに笑う綾人さんにそう言ってやりたいが。それは口内に留めて、無地の水陸両用短パン水着を購入した。



 途中コンビニにより、アイスを買ってから。俺たちはみなが荘に戻る。

「やっぱりガリガリ君はコンポタ味に限る」

 俺が一番変な味だと思っているそれを。躊躇いもなく購入し、美味しそうに食べていた綾人さんを思い返す。

「いやいや。ありえないでしょ。やっぱりシンプルにソーダでしょ」
「王道すぎるよ」
「綾人さんが邪道すぎるんですよ!」

 普通に作る食事は王道で美味しいのに。こういうアイスやらお菓子になると、綾人さんはいつも邪道を選ぶ。まぁ、こういう人がいるから邪道の味も売れるんだろうけど。
 そんな会話を繰り広げながら、みなが荘の敷地内にある駐輪場に自転車を止める。
 いつからあるんだろう。そう思うくらいに自転車のカゴは錆び付いている。

「鍵閉められた?」

 先ほどからの続きで。綾人さんの口調は普通になっている。願わくばこのままずっと続いて欲しい。

「はい、閉まりました」
「おっけ。じゃあ、戻ろうカイ」

 何故かここで復活した。俺が願ったからか?
 まぁ、でも。こっちの方が綾人さんらしいか。

 なんてことを思いながら、みなが荘の玄関に向かった。だがそこには、玄関周りを行ったり来たりする影があった。
 真夏の陽光を受け、キラキラと煌めく金色の長い髪。背も女性にすれば高く、スタイルも良いように見える。
 そんな女性の手には大きな紺色のキャリーケースがあった。

「だ、誰?」

 その後ろ姿から、知っている誰もと違うと思い。俺の口からは自然とその言葉が零れた。

「どうしタコ?」

 俺が先を歩いていたから、綾人さんはまだ見えていないのだろう。言葉に反応した綾人さんが不思議そうな声音で、俺に訊ねる。その声が謎の女性に届いたのだろう。
 金髪の女性は振り返り。こちらを見てくる。

 バカンス帰りか!
 そう言いたくなるほど、大きな真っ黒のサングラスを掛けた女性は、キャリーケースを放ったらかしにしてこちらに駆けてきた。
 そして、そのまま俺を通り過ぎて。俺の後ろに居た綾人さんに、ダイブして言った。

「ただいま! 綾人!」
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