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夏休みの僕ときみ。
しおりを挟む「で、結局のところ夏休みはどう過ごすの?」
海春はお代わりをしたコーヒーをふぅ、と息をふきかけることで冷ましながら訊く。
「別に、今までと変わらないだろ」
「そんなことないでしょー!」
田原のつまらない答えに、海春は満面の笑みを浮かべて言う。そんな海春を見て、田原は自分がどれほど場の空気を悪くしているのか、を実感し少しの笑顔を浮かべてみる。
「不気味な笑みは怖いからやめて」
すると、海春は身も蓋もないことを言う。
「うるさい」
短くそう放ち、田原はお代わりで運ばれてきていたコーヒーにミルクを入れる。
「話戻すけどさ、夏休み入ったら学校無いし、変わらないっことないでしょ?」
続いてスティックのグラニュー糖を入れ、掻き混ぜる。
「まぁそうだけど。変わるのって学校行かなくなるだけだから」
「嘘っ!? 友だちと遊んだり、旅行行ったりするでしょ!?」
黒だったコーヒーが薄茶色に変化し、それを口に運ぶ。驚きを隠せない海春だが、田原にとっては何のことも無い。だって、それが普通だから。高校の時だって、友だちと遊ぶなんてほとんどせず、夏休みの大半は家で過ごした。
「ここで嘘つく理由あると思うか?」
「私を騙す、とか?」
真剣な顔でそう言い放つ春海に、田原は大きくため息をつく。
「そんなめんどくさいことするわけないだろ」
田原は心からの言葉だった。しかし、海春はそれまでも疑った様子で小首を傾げている。だがこれ以上何かを言うのも面倒だと思い、田原は再度コーヒーを飲む。
「まぁ。私の事じゃないからいいんだけど」
──じゃあ訊くなよ。
田原は胸中でそう零しながら、肘をテーブルに肘をつく。
「いつもと変わらないってことは、またあのコンビニのバイト入るの?」
そんな田原の胸中なんか気にした様子もなく、海春は訊く。
「入る予定」
「そうなんだ! じゃあまた行くね」
「別に来なくていいって」
面倒くさいことになりそうなのは火を見るより明らかなので、田原は短く告げる。だが、海春はそんなことで諦めない。
「なんでよー。絶対行くからね?」
「絶対来んな!」
「あはは、絶対なんてわかんないよ。もしかしたら、本当に必要なものがあるかもなのに」
「それは……そうだけど」
海春の言葉に、二の句を継げなくなった田原は少し俯き加減になる。
「あはは、やっぱり田原くんって面白いね」
お腹を抱えるようにして笑う海春に、田原はムッとした表情を浮かべる。
「いやだってさ、本当に来て欲しくなかったら、別のコンビニ行けば? とか言えるじゃん」
──言われてみれば……。
そこまで思考が回らなかったことを恨めしく思いながら、田原はそっぽを向く。
「まぁまぁ、そんなに気を落とさずに」
海春は楽しそうに笑顔を浮かべながら、田原の肩をポンポンと叩く。
「うぜぇ」
「あー、ひどいー!」
どこまでも楽しそうだった海春とのお昼の時間はそれからしばらくして終わりを告げた。
「海春ちゃん」
「どうかしたの?」
楽しそうな場を壊すことに、罪悪感を覚えているのか、申し訳なさそうな表情を浮かべながら海春に声をかけた詩音。
「ちょっと今日お客さん多くて、そろそろ……」
「そういう事ね。わかった、ごめんね忙しい時に」
「それは全然いいんだけど。こっちこそごめんね」
田原にはわからない会話を繰り広げられることに、何だか嫌な気持ちを覚えながら、二人を見ていた。すると会話が終わったらしく、詩音が田原に向かって小さく微笑んだ。
「混んできちゃったらしいし、出よっか」
海春は入口の方に視線をやりながらそう言う。田原もそれにつられて、入口の方を見た。そこにはかなりの数のお客さんが並んでいた。
「そうだな」
あれだけの人を待たしてまでもする会話でもないので、田原は言い出した海春よりも先に立ち上がる。そして伝票を手に取る。
「1400円か」
サンドウィッチセットの600円が2つと、セットの飲み物お代わり100円が2つ。そんなものなのか。カフェなんて滅多に来ない田原には相場が幾らぐらいなのか分からないが、高すぎるとも感じなかった。
何やらゴソゴソとし、まだ座ったままの海春を一瞥し、田原はそのままレジへと向かう。その背中に、「待ってよ」と声をかけるも聞こない振りをしてレジの前に立つ。
「ありがとうございます」
レジに入ったのは詩音だった。詩音は会釈程度に頭を下げながらそう言い、伝票を受け取る。
「1400円ですね」
レジのキーを打ち、ディスプレイに1400円の文字が浮かぶ。海春は今立ち上がり、鞄を手に小走りでこちらへと向かってきている。
「これで」
田原は財布の中から千円札と500円玉を出す。
「1000円と500円お預かり致します」
マニュアル通りであろうセリフと共にレジに1500円を吸い込ませると、100円が出てくる。そうこうしているうちに、海春は田原の隣までやってくる。
「ごめん、後で払うね」
「別に、払わなくていいよ」
申し訳なさを前面に出した表情を浮かべた海春は、田原の言葉に驚きを隠せないのか、開けた財布と田原の顔を交互にみた。
「100円のお返しとレシートになります。ありがとうございました」
今度はきちんとお辞儀をし、詩音はそう言ったのだった。
* * * *
それから1週間の月日が過ぎた。三日ぶりのシフトは、13時から19時まで。
しんどいな、面倒くさいな、と思う気持ちは否めないまま、12時半過ぎに家を出た。家からバイト先のコンビニまでは、そう遠くない。
だが──
「いやぁ、暑すぎるだろう」
家を出た途端、額には大量の球の汗が浮かぶ。
ガレージにしまったある自転車を家の前まで押し、サドルに跨る。
燦々と照り付ける太陽の下、ペダルを漕ぐこと数分。田原はバイト先であるコンビニに着いた。
「おはようございます」
挨拶を口にしながら、田原は控え室へと入っていくも誰も居ないら。小さなテーブルが一つあるだけで、多くても3人ほどしか休憩出来ないスペース。その隣には更衣室があるが、男子である田原には関係ない。その場で服を脱ぎお決まりの制服に着替える。
そして13時になる数分前に店内へと入った。
控え室には扇風機があるだけでエアコンは設置されていない。
それゆえ店内に入った時に感じられる冷涼感は尋常ではない。
「涼しっ」
「外から入ってきたらそう感じるわよね」
田原の独り言に、昼間だけシフトに入っている近所に住んでいるらしい主婦である森さんに声をかけられる。
48歳の女性で、見た目は年相応である。今年で結婚25年目になるしく、子どもも田原と変わらないらしい。
「おばちゃん、もう上がりだから」
「知ってます」
「今からは一人でしょ?」
「この時間なんで、何とかなりますよ。それに5時には1人来るみたいだし」
「そっか」
森さんは短くそう言うと控え室へと下がっていく。
13時すぎのコンビニ内は、あまりお客さんがいない。たまに訪れるのは、お昼を食べ損ねたトラックの運転手さんや、職人さんたち。あとは飲み物を買いに来た学生らしき人たちくらい。それゆえ、忙しいとはかけ離れたバイトをしている。
5人ほどのレジを済ませ、欠伸を噛み殺すようにしながら、レジにぼーっと立っている時だった。
自動ドアがウィーン、という音を立てて開く。
「来ちゃった」
楽しげな顔で、声で、店内に入ってきた女性。相当暑いはずにも関わらず、汗ひとつかいておらず、涼し気な顔をしている。
女性は白いTシャツにジーンズというシンプルな格好にも関わらず、美しさが滲み出ており、見とれてしまう程だ。
「ど、どうして……」
誰もいない店内。リピート再生になっている店内アナウンスだけが無情に鳴り響く。
そこへ田原の喘ぐような、弱々しい声が零れる。
「遊びに行くって言ってたからね」
そう言い、女性──山下海春は楽しげにレジに手を置く。
「そうは言ったけど」
なお弱々しい声で言葉を紡ぐ田原がおかしいのか、海春は楽しげな表情を浮かべて笑うのだった。
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