異世界転移した俺は今日も保護者の騎士様に甘やかされています

岩永みやび

文字の大きさ
37 / 54

37 一緒にいたい

 ラーシュは、いつもの時間に帰宅した。

 仕事一筋だったラーシュが、最近は残業もせずにまっすぐ帰宅するのだとスヴェンが笑いながら言っていた。その理由は考えるまでもない。俺を手放そうとしていながらも、こうやって早めに帰宅してくれるラーシュの優しさに、また胸が痛くなる。

「おかえりなさい」
「ただいま」

 にこりと笑顔で言ったラーシュは、着替えるために自室へと引っ込んでしまう。その間に、俺は作っておいた夕食を皿に盛り付けた。相変わらず肉を焼いてちょっと味をつけただけのものだが、ラーシュは文句なんて言わない。今日はスープも作ってみた。初めてにしてはうまくできたと思う。

 美味しいよと言いながら完食してくれたラーシュに、俺も微笑みを返す。

 そうして片付けもひと段落したあたりで、俺はラーシュを呼び止めた。

「あの、ラーシュさん」
「うん? どうしたの」

 呼んだはいいが、どう切り出すべきか。
 俺の保護者やめるなんて言わないで。俺はラーシュと一緒にいたいの。心の中ではラーシュに言いたいことがたくさん出てくるのに、それを外に出すのはすごく勇気がいる。

 もじもじする俺に、ラーシュは不思議そうな面持ちをしながらも急かすことなく待ってくれる。温かいお茶を淹れてくれたラーシュは、それをローテーブルに置いた。

 促されて、ラーシュと並んでソファに座る。
 いつもならラーシュが俺を近くに寄せたり、膝にのせたりする場面である。けれども微妙な距離を保ったラーシュは、ティーカップに口をつけてから「どうしたの?」と優しく言ってくれた。

「あ、あの、俺の保護者をやめたいって言ってた件なんですけど」
「あぁ、それね」

 軽く頷いたラーシュは、「ゾイにも話をしておいたから。イツキくんは気にする必要ないよ」と無責任なことを言う。気にしないなんて無理に決まっている。だって俺の今後に直接かかわる問題なんだぞ。ラーシュが俺の保護者をやめたら、この生活も終わりなんだ。

 にこにこと、けれども強引に話を終わらせようとするラーシュは、テーブル上のカップに視線をやった。冷めないうちに飲んでねと言われるが、そういう気分にはなれない。

 ここでラーシュの圧に負けるわけにはいかない。

「……どうして、俺の保護者をやめたいなんて」

 弱々しい問いかけに、ラーシュが困ったように眉尻を下げた。

「それは、イツキくんも自立したいと言っていただろう? それに僕との生活は息が詰まるだろう」
「そんなことっ」
「いや、いいんだよ。自分でもわかっているから」

 俺の言葉を遮ったラーシュは、気まずそうに頬を掻いた。

「僕はちょっと、人の私生活に口出しし過ぎてしまうところがあるらしくて」
「あ……」

 それはスヴェンやミーケルから聞いた話だ。恋人と長続きしないのは、ラーシュが必要以上に世話を焼くからだと。

 俺はスヴェンたちから聞いただけなのだが、どうやらラーシュにも自覚はあったらしい。

「改善しなければと、ずっと思っているんだけど。イツキくんの世話も必要以上に焼いてしまったね。ダメとわかっていたんだけど、イツキくんはまだ小さいからいいかなって、つい」

 ひと息に言ったラーシュは、すぐに「あぁ、イツキくんはもう大人だったね」とバツが悪そうに俯いた。

「子供扱いされて嫌だったんでしょう? ごめんね。君のプライドを傷つけてしまったね」

 謝って許される問題じゃないかもしれないけどと眉尻を下げるラーシュは、背中を丸めてちょっと頼りない雰囲気だった。

 ラーシュのそんな情けない姿は、滅多に見ない。

 なんとなく、嫌だと思った。俺のせいで、ラーシュがそんな悲しい顔をするのは嫌だ。

 そう思ったときには、隣に座るラーシュの腕を掴んでいた。

「イツキくん?」

 驚いたように目を見開いたラーシュに、俺は彼の腕を掴む手にぎゅっと力を込めた。

「お、俺は! 別に嫌じゃなかった。そりゃ、最初は子供扱いされて嫌だったけど、でも嫌じゃなかったの」
「えっと、それはどういう……?」

 困惑するラーシュの腕を掴んだまま、彼の顔を見つめる。目頭が熱くなって、じんわり視界が滲んだ。どうしてこうすぐに涙が出てくるのか。情けなくて嫌になる。

「俺は、ラーシュさんに面倒見てもらうの嫌じゃないよ。むしろラーシュさんが、俺に触ってくれない今のほうが嫌」
「イツキくん……」

 驚いた様子のラーシュが、俺の手を引き剥がす。
 ソファから立ち上がって、俺から距離を取ろうとする。また俺から離れるの? 俺を放り出したりしないと言ったあの言葉は嘘だったの?

 ラーシュの温もりが離れていくのが嫌で、勢いよくラーシュに抱きついた。

「イツキくんっ」

 すぐにラーシュの咎めるような声が聞こえてくるけど、それを無視してラーシュに腕を回す。ぎゅっと抱きついて、ラーシュの胸に顔を埋めた。

「俺っ、ラーシュさんに頭撫でてほしい、ラーシュさんに抱っこしてほしい。ラーシュさんに甘やかしてほしいの」
「っ!」

 息を呑んだラーシュが、俺の両肩に手を置いたのがわかる。そのまま俺を引き剥がそうとするので、俺にしては頑張って抵抗した。恥ずかしいことを言っている自覚はある。ここで一息ついたら、あまりの恥ずかしさにラーシュの顔が見られなくなってしまう。ここまできたらもう勢いだ。

「俺のこと捨てないでよ。俺のことが面倒だからって、捨てないでよ……」
「捨てるなんて!」

 感情のままに言葉を吐き出すのは、スッキリするけどそれ以上に羞恥心が勝ってしまう。スカッとした気分になるのはほんの一瞬だけで、あとはどうしてあんなことを言ってしまったんだろうという後悔に延々と悩まされる羽目になる。それがわかっているから、余計なことは言わない。自分の気持ちに蓋をして、適当に頷いて話を合わせる。

 それなのに、今の俺はぼろぼろと本音をこぼしていた。わかっている。あとでとんでもない後悔に襲われる。それでもなお、ラーシュにこのまま捨てられるのは嫌だった。

「違うんだよ、イツキくん。君が悪いわけじゃない。これは僕の個人的な問題で」
「嫌だぁ。俺はラーシュさんと一緒にいたいのにぃ」
「っ!」

 俺を強引に引き剥がしたラーシュが、額を押さえて俺から顔を背けた。

「ラーシュさん……」

 俺を拒絶するようなその仕草に、涙が止まらない。わかっていた。俺はラーシュにとってお荷物以外の何ものでもない。

 しゃくりあげる俺に、ラーシュが「いや、これは違うんだよ」と慌てたように言う。

「待って、イツキくん。違うんだ。これは本当に僕の問題で。僕は、その」

 そっと肩を抱き寄せられた。
 ラーシュに優しく抱きしめられて、涙が止まった。我ながら非常にわかりやすくて嫌になる。

 しばらく俺の背中を撫でていたラーシュは、やがて苦々しいため息を吐いた。

「僕は、あのとき。森でイツキくんが狼に襲われたときだよ」

 ぎゅっと抱かれて、ラーシュの胸に顔を埋めたまま彼の言葉を待つ。

「イツキくんのことを手放したくないと思ってしまったんだよ」
「え……?」

 それって。
 目を見開く俺は、ラーシュを見上げた。ぎゅっと苦しそうに眉間に皺を寄せたラーシュは、なぜかその言葉を発したことを後悔しているようにも見えてしまう。

「あ、えっと」
「僕は、イツキくんの保護者失格だよ」

 自嘲気味に吐き出された言葉。葛藤するように唇を噛みしめるラーシュは、とても辛そうな表情をしていた。
感想 6

あなたにおすすめの小説

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

猫を追いかけて異世界に来たら、拾ってくれたのは優しい貴族様でした

水無瀬 蒼
BL
清石拓也はある日飼い猫の黒猫・ルナを追って古びた神社に紛れ込んだ。 そこで、御神木の根に足をひっかけて転んでしまう。 倒れる瞬間、大きな光に飲み込まれる。 そして目を覚ましたのは、遺跡の中だった。 体調の悪い拓也を助けてくれたのは貴族のレオニス・アーゼンハイツだった。 2026.1.5〜

春野くんち―僕の日常は、過保護な兄弟たちに囲まれている―

猫に恋するワサビ菜
BL
春野家の朝は、いつも賑やかで少しだけ過保護。 穏やかで包容力のある長男・千隼。 明るくチャラめだが独占欲を隠さない次男・蓮。 家事万能でツンデレ気味な三男・凪。 素直になれないクールな末っ子・琉生。 そして、四人の兄弟から猫のように可愛がられている四男の乃空。 自由奔放な乃空の振る舞いに、兄たちは呆れながらも、とろけるような笑顔で彼を甘やかす。

【本編完結】最強S級冒険者が俺にだけ過保護すぎる!

天宮叶
BL
前世の世界で亡くなった主人公は、突然知らない世界で知らない人物、クリスの身体へと転生してしまう。クリスが眠っていた屋敷の主であるダリウスに、思い切って事情を説明した主人公。しかし事情を聞いたダリウスは突然「結婚しようか」と主人公に求婚してくる。 なんとかその求婚を断り、ダリウスと共に屋敷の外へと出た主人公は、自分が転生した世界が魔法やモンスターの存在するファンタジー世界だと気がつき冒険者を目指すことにするが____ 過保護すぎる大型犬系最強S級冒険者攻めに振り回されていると思いきや、自由奔放で強気な性格を発揮して無自覚に振り回し返す元気な受けのドタバタオメガバースラブコメディの予定 要所要所シリアスが入ります。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

愛を感じないのに絶対に別れたくないイケメン俳優VS釣り合わないので絶対に別れたい平凡な俺

スノウマン(ユッキー)
BL
 平凡顔・ヒモ・家事能力無しの黒は、恋人であるイケメン俳優の九条迅と別れたがっている。それは周りから釣り合ってないと言われたり、お前の事を愛してない人間なんて止めておけと忠告されたからだ。だが何度黒が別れようとしても、迅は首を縦に振らない。  迅の弟である疾風は、兄は黒の事を特別扱いしてると言うが――。黒は果たして迅と別れることが出来るのか!?

死ぬだけの悪役令息に転生したら、待っていたのは攻略対象達からの溺愛でした。

きうい
BL
 病でで死んでしまった優は、気が付いたら読んでいた小説の悪役令息として転生していた。    それもどのルートでも十五歳という歳になると、死ぬ運命にある悪役———フィオレン・オーレリウス。  前世で家族に恵まれず、家族愛とは程遠い世界で生きてきた優は、愛されたいという願望を捨て、ひとりで生きることを決意する。  しかし、家族に対して表情と感情を隠し、言葉も発さず、一人で生きて行く術を身につけようと家族から距離をとるフィオレンとは裏腹に、家族や攻略対象達は異常なほどの愛を注ぐ。  フィオレンの知らない所で、小説のシナリオとは正反対の道を辿ることになるも、愛に無頓着で無自覚なフィオレンは溺愛されていき………?