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番外編
悩み事4
「……ラーシュさん、迎えに来てくれなかった」
朝から憂鬱な気分で呟けば、二階のキッチンで朝食の準備をしていたエミルが眉を寄せた。
「うちに泊まると置き手紙してきたからだよ。ラーシュも仕事なんだし。それより顔洗っておいで」
「……はい」
「朝からなに落ち込んでんだよ」
手際よく朝食を作ってしまうエミルを横目に、とぼとぼと顔を洗いに行く。昨日は結局エミルの家に泊まってしまった。てっきり前回と同じく夜にはラーシュが迎えに来てくれると思って待っていたのに、ラーシュは一向に姿を見せなかった。
布団に潜って待っていたのだが、いつの間にか寝てしまった。朝になっても、俺はエミルの家にいた。
「デイブさんは?」
「帰ったぞ。また昼過ぎに来るけど」
デイブと一緒に住んでいるわけじゃないのか。
一階がお店、二階が住居になっている。エミルはここでひとり暮らしをしているそうだ。
「ラーシュさん、俺のこと面倒になったのかな」
朝ごはんを食べながらボソッと呟けば、向かいで食べていたエミルが眉をひそめた。
「どうした。朝からそんな暗い顔して」
「いえ、別に」
エミルのいう通り仕事が忙しかっただけかもしれない。前はエミルの家に来たのが初めてだったからラーシュも慌てて迎えに来てくれただけなのかも。
もそもそと食べていると、外から「エミルさーん!」という大声が聞こえてきた。
立ち上がったエミルが、窓を開けて外を見下ろす。
「マルコ、早いな。入っていいぞ!」
言うなり二階の窓から鍵を放り投げるエミル。なんだその豪快な手段は。マルコもそう思ったのか「危ねぇな」という小言が聞こえてきた。
「イツキくん。さっさと食え」
「あ、はい」
促されて残りを平らげる。
二階に上がってきた少年マルコは、鍵をエミルに手渡しながら「エミルさん、いろいろと雑だよ」と文句を言っている。
「マルコ、今日はどこ行くんだ」
「川」
「危なくないか?」
「大丈夫だろ」
親し気に言葉を交わしていたふたりだが、ふとマルコが俺を見た。
「えっと、イツキだっけ? 俺はマルコ。よろしくな。この近くの八百屋の息子だ」
「イツキです。どうも」
パンを飲み込んで頭を下げると、マルコが目を細めた。
「にしても、ラーシュさんに似てないな」
「ラーシュとは血が繋がってないからな」
当然と言わんばかりの顔で答えたエミルに、マルコが「マジかよ」と眉をひそめた。
「待って。俺はラーシュさんの息子じゃないから」
「あー、はいはい。父親とは認めないとかそういう感じね」
「違うから!」
なんかマルコの中で、俺とラーシュの関係性が盛大に誤解されている。エミルはニヤニヤ笑うばかりで訂正しない。
食べ終わった俺に、エミルが「昼までには帰ってこいよ。昼飯食わせてやる」と笑顔を見せた。やったぁと喜ぶマルコは、俺を手招いた。
「んじゃ、イツキは俺が責任持って預かります」
「任せたぞー」
預かるってなんだ。どう見ても俺の方が歳上だ。
そのまま俺は、マルコに連れられて外に出た。
「……何歳?」
街を歩きながら、俺はおずおずとマルコに尋ねた。
「俺? 十五」
「俺のほうが歳上」
「はぁ? そんなわけないだろ」
あしらうように言われて、俺は反射的に「俺は二十歳だよ」と返した。途端に、マルコが薄く笑った。
「もうちょいマシな嘘つけよ」
「嘘じゃない」
「はいはい」
「本当に嘘じゃないから!」
「はいはーい」
「ちゃんと聞いて」
すたすたと歩くマルコは、店で賑わう通りから少し外れて人の少ない方向へと向かった。たしか川に行くと言っていた。
「川でなにするの?」
「釣り」
釣りかぁ。やったことないな。
しばらく歩くと、川にたどり着いた。そんなに大きくはないけど、小さくもない。橋の上から見下ろしていると、マルコが「落ちるぞ」と背中を引っ張ってきた。
「ほら、これで釣るんだ」
「糸? 釣り竿じゃないの?」
「別に竿なんていらないだろ」
そういうものなのか?
無造作にポケットから糸を取り出したマルコは、針に何かをさした。
「それなに?」
「朝の残りのパン」
「餌ってそんなのでいいの?」
「釣れればなんでもいいんだよ」
投げやりに言ったマルコは、おもむろに釣り針を川へと垂らした。幅の広い橋なので、手すりに寄っていれば通行人の邪魔にはならないだろう。
ぼんやり水面を眺めているが、特に動きはない。
「……これ、いつまでやるの?」
「釣れるまでだろ」
のんびり呟くマルコは、時折欠伸をもらしながら暇そうに佇んでいる。はやくも飽きてきた俺は、無意味に視線を彷徨わせていた。
「……なぁ、ラーシュさんって優しい?」
横目でこちらを見たマルコに、俺はうんと頷いておく。
「普段は隣町にいるんだろ? 誰と遊んでんの?」
「遊ばないよ。俺は大人だから」
「それなんなの? もしかして笑いを取ろうとしてる?」
「してない」
胡乱な目を向けてくるマルコは、唐突に「あ」と声をあげて川を覗いた。
「ほら、イツキ。持って」
「え? なんで」
マルコが持っていた釣り糸を強引に手渡してきた。反射で受け取るが、どうしていいのかわからない。おろおろしていると、マルコが「引き上げるんだよ!」と横から手を伸ばしてくる。
申し訳程度に釣り糸を握る俺の横から、マルコが手早く糸を手繰り寄せる。
「お! 釣れた! やったな、イツキ」
バシバシと背中を叩かれて、曖昧に頷く。今のはどう見てもマルコのおかげである。
「よし、戻るか」
もう戻るのかと首を傾げていれば、マルコが釣った魚を掲げた。
「エミルさんに持っていく」
「なるほど」
バケツも何も持ってきていない。さっさとエミルに渡すべきなのだろう。
そうして俺は、マルコと共に道を戻った。
朝から憂鬱な気分で呟けば、二階のキッチンで朝食の準備をしていたエミルが眉を寄せた。
「うちに泊まると置き手紙してきたからだよ。ラーシュも仕事なんだし。それより顔洗っておいで」
「……はい」
「朝からなに落ち込んでんだよ」
手際よく朝食を作ってしまうエミルを横目に、とぼとぼと顔を洗いに行く。昨日は結局エミルの家に泊まってしまった。てっきり前回と同じく夜にはラーシュが迎えに来てくれると思って待っていたのに、ラーシュは一向に姿を見せなかった。
布団に潜って待っていたのだが、いつの間にか寝てしまった。朝になっても、俺はエミルの家にいた。
「デイブさんは?」
「帰ったぞ。また昼過ぎに来るけど」
デイブと一緒に住んでいるわけじゃないのか。
一階がお店、二階が住居になっている。エミルはここでひとり暮らしをしているそうだ。
「ラーシュさん、俺のこと面倒になったのかな」
朝ごはんを食べながらボソッと呟けば、向かいで食べていたエミルが眉をひそめた。
「どうした。朝からそんな暗い顔して」
「いえ、別に」
エミルのいう通り仕事が忙しかっただけかもしれない。前はエミルの家に来たのが初めてだったからラーシュも慌てて迎えに来てくれただけなのかも。
もそもそと食べていると、外から「エミルさーん!」という大声が聞こえてきた。
立ち上がったエミルが、窓を開けて外を見下ろす。
「マルコ、早いな。入っていいぞ!」
言うなり二階の窓から鍵を放り投げるエミル。なんだその豪快な手段は。マルコもそう思ったのか「危ねぇな」という小言が聞こえてきた。
「イツキくん。さっさと食え」
「あ、はい」
促されて残りを平らげる。
二階に上がってきた少年マルコは、鍵をエミルに手渡しながら「エミルさん、いろいろと雑だよ」と文句を言っている。
「マルコ、今日はどこ行くんだ」
「川」
「危なくないか?」
「大丈夫だろ」
親し気に言葉を交わしていたふたりだが、ふとマルコが俺を見た。
「えっと、イツキだっけ? 俺はマルコ。よろしくな。この近くの八百屋の息子だ」
「イツキです。どうも」
パンを飲み込んで頭を下げると、マルコが目を細めた。
「にしても、ラーシュさんに似てないな」
「ラーシュとは血が繋がってないからな」
当然と言わんばかりの顔で答えたエミルに、マルコが「マジかよ」と眉をひそめた。
「待って。俺はラーシュさんの息子じゃないから」
「あー、はいはい。父親とは認めないとかそういう感じね」
「違うから!」
なんかマルコの中で、俺とラーシュの関係性が盛大に誤解されている。エミルはニヤニヤ笑うばかりで訂正しない。
食べ終わった俺に、エミルが「昼までには帰ってこいよ。昼飯食わせてやる」と笑顔を見せた。やったぁと喜ぶマルコは、俺を手招いた。
「んじゃ、イツキは俺が責任持って預かります」
「任せたぞー」
預かるってなんだ。どう見ても俺の方が歳上だ。
そのまま俺は、マルコに連れられて外に出た。
「……何歳?」
街を歩きながら、俺はおずおずとマルコに尋ねた。
「俺? 十五」
「俺のほうが歳上」
「はぁ? そんなわけないだろ」
あしらうように言われて、俺は反射的に「俺は二十歳だよ」と返した。途端に、マルコが薄く笑った。
「もうちょいマシな嘘つけよ」
「嘘じゃない」
「はいはい」
「本当に嘘じゃないから!」
「はいはーい」
「ちゃんと聞いて」
すたすたと歩くマルコは、店で賑わう通りから少し外れて人の少ない方向へと向かった。たしか川に行くと言っていた。
「川でなにするの?」
「釣り」
釣りかぁ。やったことないな。
しばらく歩くと、川にたどり着いた。そんなに大きくはないけど、小さくもない。橋の上から見下ろしていると、マルコが「落ちるぞ」と背中を引っ張ってきた。
「ほら、これで釣るんだ」
「糸? 釣り竿じゃないの?」
「別に竿なんていらないだろ」
そういうものなのか?
無造作にポケットから糸を取り出したマルコは、針に何かをさした。
「それなに?」
「朝の残りのパン」
「餌ってそんなのでいいの?」
「釣れればなんでもいいんだよ」
投げやりに言ったマルコは、おもむろに釣り針を川へと垂らした。幅の広い橋なので、手すりに寄っていれば通行人の邪魔にはならないだろう。
ぼんやり水面を眺めているが、特に動きはない。
「……これ、いつまでやるの?」
「釣れるまでだろ」
のんびり呟くマルコは、時折欠伸をもらしながら暇そうに佇んでいる。はやくも飽きてきた俺は、無意味に視線を彷徨わせていた。
「……なぁ、ラーシュさんって優しい?」
横目でこちらを見たマルコに、俺はうんと頷いておく。
「普段は隣町にいるんだろ? 誰と遊んでんの?」
「遊ばないよ。俺は大人だから」
「それなんなの? もしかして笑いを取ろうとしてる?」
「してない」
胡乱な目を向けてくるマルコは、唐突に「あ」と声をあげて川を覗いた。
「ほら、イツキ。持って」
「え? なんで」
マルコが持っていた釣り糸を強引に手渡してきた。反射で受け取るが、どうしていいのかわからない。おろおろしていると、マルコが「引き上げるんだよ!」と横から手を伸ばしてくる。
申し訳程度に釣り糸を握る俺の横から、マルコが手早く糸を手繰り寄せる。
「お! 釣れた! やったな、イツキ」
バシバシと背中を叩かれて、曖昧に頷く。今のはどう見てもマルコのおかげである。
「よし、戻るか」
もう戻るのかと首を傾げていれば、マルコが釣った魚を掲げた。
「エミルさんに持っていく」
「なるほど」
バケツも何も持ってきていない。さっさとエミルに渡すべきなのだろう。
そうして俺は、マルコと共に道を戻った。
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