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番外編
迷子1
「俺、今日はエミルさんの家に行ってくるね。夕方までには帰るから」
「え……?」
朝食の際。
ラーシュに伝えたところ、すごく驚いた顔が返ってきた。そんなに驚くことがあるだろうか。
じっとラーシュを見つめていると、彼が困ったように微笑んだ。
「いつの間に兄さんと仲良くなったの?」
「だってエミルさん、よく来るから」
「あぁ、そういえばそうだったね」
遠い目をするラーシュは、エミルが頻繁にここを訪れることをあまりよく思っていないのだろうか。
ラーシュが仕事でいない日中、よくエミルがやってくる。エミルは隣町で酒場をやっているので、朝は時間の融通がきくらしい。
前触れなくやって来ては、俺の昼食や夕食をささっと作って帰っていく。俺は料理があまり得意ではないので正直ありがたいのだが、ラーシュは嫌だったのだろうか。自分の知らない間に、たとえ兄とはいえ勝手に家に上がられるのは嫌なのだろうか。
でも俺がエミルの申し出を拒否するのもおかしな気がするし。
悶々と悩みつつ、朝食を平らげる。「今日は全部食べたんだね」と微笑むラーシュからそっと顔を背けておいた。完食したくらいでそんなに嬉しそうな顔をしないでほしい。なんだか子供扱いされているみたいで嫌なのだ。
「俺もラーシュさんと一緒に出るね」
「え?」
誤魔化すように早口で伝えると、俺が出かけることを了承したはずのラーシュが、なぜか眉間に皺を寄せた。
「なんで? 兄さんが迎えに来るんじゃないの?」
「? 来ないよ。俺ひとりで行けるから」
「え」
しばし動きを止めたラーシュは「どうやって?」と妙な質問をしてくる。
「普通に。いつもエミルさんと一緒に行ってる道、覚えたから大丈夫」
エミルは突然やって来ては、時折俺を隣町の店まで連れて行く。その際には仕事終わりのラーシュが迎えに来てくれる。たまにラーシュの仕事が忙しいときは、迎えが翌日になったりするけど。
そういうわけで、俺は何度かエミルの店に行ったことがある。もうすっかり道も覚えたので大丈夫だと主張するが、ラーシュは眉間に皺を寄せたまま「本当に大丈夫なの?」と疑いの目を向けてくる。
「ラーシュさん。俺は二十歳だからね」
「それはそうかもしれないけど。馬車の乗り方はわかるの?」
「わかるよ」
「おりる場所は?」
「それもわかる」
隣町へは歩いても行けるのだが、いつも乗り合い馬車を利用している。エミルさんに教えてもらったので、乗り方もバッチリだ。
「……さすがに当日欠勤はまずいかな。いや午前中だけならなんとか」
ぼそっと小声で呟いたラーシュに、今度は俺が眉を寄せた。
なんでラーシュが仕事を休もうとしているのか。
俺をエミルのところまで送りとどけるつもりでいるのだろう。そんなことしてもらわなくても大丈夫だ。
「そもそも兄さんは、イツキくんが来ること知ってるの?」
「知ってるよ。約束したから」
さすがにアポなしで隣町まで押しかけたりしない。
エミルにも一応「迎えに行ってやろうか?」と訊かれたのだが丁重にお断りしておいた。
「じゃあ早く行こう」
立ち上がるラーシュは、バタバタと出勤の準備を始める。
「馬車のところまで送っていくから」
「いい。ひとりで行ける」
「イツキくん。それくらいはさせてね。じゃないと心配で仕事が手につかないから」
俺は子供じゃないんだぞ。
だがここで抵抗すれば、ラーシュは本当に当日欠勤しそうな勢いであった。乗り合い馬車はそんなに遠くない。そこまでなら俺を送っても、ラーシュは遅刻しなくてすむ。
妥協することにした俺は、いそいそと準備をする。俺が食器をキッチンに運んで外出用のカバンを持ってくる間に、ラーシュは家の戸締まりを全部確認して着替えも済ませていた。
「準備できた? 忘れ物ない?」
「うん」
俺が頷いたことを確認したラーシュは、なぜか俺が肩にかけていたカバンに手を入れた。そうして財布を取り出すと、中にお金を入れてくれた。
「これだけあればいいかな」
「ありがと」
「落とさないでね?」
「そんなことしません!」
ぽんぽんと俺の頭を叩いたラーシュは、俺の背中を押して外に出た。
「ラーシュさん、遅刻しない?」
「しないよ」
苦笑するラーシュは「僕の心配はいらないよ」と優しく言ってくれる。ラーシュが俺を心配するのと同じく、俺もラーシュのことが心配なんだけどな。俺のせいで遅刻とか申し訳なさすぎる。
こんなことなら前日に言っておけばよかった。
なんで当日の朝になって伝えたのだろうか。まさかこんな大事になるなんて思っていなかったのだ。
乗り合い馬車まで俺を送ってくれたラーシュは、御者の男性に俺がおりる場所を伝えて、おまけに代金も渡していた。俺の財布に入れたお金はなんだったんだ。てっきり馬車の代金だと思っていたのに。
「ラーシュさん。そんなに心配しなくても」
やんわりと微笑むラーシュは、「気をつけてね、イツキくん」と俺の頭を撫でてくる。
大丈夫って言ってるのに。
頬を膨らませてを不満をアピールしていると「あ、イツキ?」と訝しような声が聞こえてきた。
つられて振り返ると、そこには冒険者のモーリスがいた。
「モーリスさん。なにしてるの?」
「そっちこそ」
「俺は今から隣町に行こうと思って」
モーリスは、俺がよく会う人間のひとりだ。
冒険者ギルドでたまに見かけて立ち話をすることも多い。俺に冒険者活動のコツも教えてくれる親切な人である。
まぁ、最近の俺は冒険者活動から距離を置いているんだけど。
俺が隣町に行くと知ったモーリスは奇遇だなと相槌を打った。
「俺も依頼があって、ちょうど隣町に行くところなんだ」
へぇと流した俺であるが、隣にいたラーシュがパッと表情を輝かせた。そのままモーリスを見るラーシュは、俺の背中に手を添えた。
「それはちょうどよかった。イツキくんのことお願いしてもいいですか?」
ラーシュは、俺のことをなんだと思っているのだろうか。
「え……?」
朝食の際。
ラーシュに伝えたところ、すごく驚いた顔が返ってきた。そんなに驚くことがあるだろうか。
じっとラーシュを見つめていると、彼が困ったように微笑んだ。
「いつの間に兄さんと仲良くなったの?」
「だってエミルさん、よく来るから」
「あぁ、そういえばそうだったね」
遠い目をするラーシュは、エミルが頻繁にここを訪れることをあまりよく思っていないのだろうか。
ラーシュが仕事でいない日中、よくエミルがやってくる。エミルは隣町で酒場をやっているので、朝は時間の融通がきくらしい。
前触れなくやって来ては、俺の昼食や夕食をささっと作って帰っていく。俺は料理があまり得意ではないので正直ありがたいのだが、ラーシュは嫌だったのだろうか。自分の知らない間に、たとえ兄とはいえ勝手に家に上がられるのは嫌なのだろうか。
でも俺がエミルの申し出を拒否するのもおかしな気がするし。
悶々と悩みつつ、朝食を平らげる。「今日は全部食べたんだね」と微笑むラーシュからそっと顔を背けておいた。完食したくらいでそんなに嬉しそうな顔をしないでほしい。なんだか子供扱いされているみたいで嫌なのだ。
「俺もラーシュさんと一緒に出るね」
「え?」
誤魔化すように早口で伝えると、俺が出かけることを了承したはずのラーシュが、なぜか眉間に皺を寄せた。
「なんで? 兄さんが迎えに来るんじゃないの?」
「? 来ないよ。俺ひとりで行けるから」
「え」
しばし動きを止めたラーシュは「どうやって?」と妙な質問をしてくる。
「普通に。いつもエミルさんと一緒に行ってる道、覚えたから大丈夫」
エミルは突然やって来ては、時折俺を隣町の店まで連れて行く。その際には仕事終わりのラーシュが迎えに来てくれる。たまにラーシュの仕事が忙しいときは、迎えが翌日になったりするけど。
そういうわけで、俺は何度かエミルの店に行ったことがある。もうすっかり道も覚えたので大丈夫だと主張するが、ラーシュは眉間に皺を寄せたまま「本当に大丈夫なの?」と疑いの目を向けてくる。
「ラーシュさん。俺は二十歳だからね」
「それはそうかもしれないけど。馬車の乗り方はわかるの?」
「わかるよ」
「おりる場所は?」
「それもわかる」
隣町へは歩いても行けるのだが、いつも乗り合い馬車を利用している。エミルさんに教えてもらったので、乗り方もバッチリだ。
「……さすがに当日欠勤はまずいかな。いや午前中だけならなんとか」
ぼそっと小声で呟いたラーシュに、今度は俺が眉を寄せた。
なんでラーシュが仕事を休もうとしているのか。
俺をエミルのところまで送りとどけるつもりでいるのだろう。そんなことしてもらわなくても大丈夫だ。
「そもそも兄さんは、イツキくんが来ること知ってるの?」
「知ってるよ。約束したから」
さすがにアポなしで隣町まで押しかけたりしない。
エミルにも一応「迎えに行ってやろうか?」と訊かれたのだが丁重にお断りしておいた。
「じゃあ早く行こう」
立ち上がるラーシュは、バタバタと出勤の準備を始める。
「馬車のところまで送っていくから」
「いい。ひとりで行ける」
「イツキくん。それくらいはさせてね。じゃないと心配で仕事が手につかないから」
俺は子供じゃないんだぞ。
だがここで抵抗すれば、ラーシュは本当に当日欠勤しそうな勢いであった。乗り合い馬車はそんなに遠くない。そこまでなら俺を送っても、ラーシュは遅刻しなくてすむ。
妥協することにした俺は、いそいそと準備をする。俺が食器をキッチンに運んで外出用のカバンを持ってくる間に、ラーシュは家の戸締まりを全部確認して着替えも済ませていた。
「準備できた? 忘れ物ない?」
「うん」
俺が頷いたことを確認したラーシュは、なぜか俺が肩にかけていたカバンに手を入れた。そうして財布を取り出すと、中にお金を入れてくれた。
「これだけあればいいかな」
「ありがと」
「落とさないでね?」
「そんなことしません!」
ぽんぽんと俺の頭を叩いたラーシュは、俺の背中を押して外に出た。
「ラーシュさん、遅刻しない?」
「しないよ」
苦笑するラーシュは「僕の心配はいらないよ」と優しく言ってくれる。ラーシュが俺を心配するのと同じく、俺もラーシュのことが心配なんだけどな。俺のせいで遅刻とか申し訳なさすぎる。
こんなことなら前日に言っておけばよかった。
なんで当日の朝になって伝えたのだろうか。まさかこんな大事になるなんて思っていなかったのだ。
乗り合い馬車まで俺を送ってくれたラーシュは、御者の男性に俺がおりる場所を伝えて、おまけに代金も渡していた。俺の財布に入れたお金はなんだったんだ。てっきり馬車の代金だと思っていたのに。
「ラーシュさん。そんなに心配しなくても」
やんわりと微笑むラーシュは、「気をつけてね、イツキくん」と俺の頭を撫でてくる。
大丈夫って言ってるのに。
頬を膨らませてを不満をアピールしていると「あ、イツキ?」と訝しような声が聞こえてきた。
つられて振り返ると、そこには冒険者のモーリスがいた。
「モーリスさん。なにしてるの?」
「そっちこそ」
「俺は今から隣町に行こうと思って」
モーリスは、俺がよく会う人間のひとりだ。
冒険者ギルドでたまに見かけて立ち話をすることも多い。俺に冒険者活動のコツも教えてくれる親切な人である。
まぁ、最近の俺は冒険者活動から距離を置いているんだけど。
俺が隣町に行くと知ったモーリスは奇遇だなと相槌を打った。
「俺も依頼があって、ちょうど隣町に行くところなんだ」
へぇと流した俺であるが、隣にいたラーシュがパッと表情を輝かせた。そのままモーリスを見るラーシュは、俺の背中に手を添えた。
「それはちょうどよかった。イツキくんのことお願いしてもいいですか?」
ラーシュは、俺のことをなんだと思っているのだろうか。
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