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第2話 あやかしだって就職したい!
7 こうみえても年上なので
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「……俺は、どっちかって言うと人間が嫌いだ」
事務所を出て、先程の喫茶店目指して歩を進めていた最中のことだ。ぽつりと溢れた朱音の本音に、僕は耳を疑った。
「宮下さんは人間もあやかしも根本は同じだって言いますけどね。俺はそうは思わない」
早足になる朱音の背中を必死に追いかけて、僕は言葉を探す。けれども、どれだけ頭を動かしても納得のいく反応は思い付かない。
「所詮、人間はあやかしのことなんてどうでもいいんだよ。いや、関心がないだけならまだいい。実際には面白おかしく思ってるんだからタチが悪い」
相当腹が立っているのか、俯き加減で歩く朱音は固く拳を握っていた。
「あやかしの存在が人間に知られたら大変なことになる。それは俺だってわかってる。でも、あやかしも人間も同じだって言うなら、なんで俺たちあやかしが人間に隠れてコソコソと生きていかなきゃいけないんだ」
「それは……」
どうしてだろう。
そんなこと、いままで考えたこともなかった。
「あやかしと人間は違う。でも、俺はあやかしが人間より劣ってるとは思わない。それなのに、なんで――」
無意識とはいえ、まるで人間の方が上みたいに振舞って、あやかしの存在を認めることすらしない。俺らは確かに存在するのに、という言葉が僕に重く圧し掛かる。
「あの……」
口を開くが、続きが出てこない。
僕だってあやかしの存在に対しては否定的だった。でもそれはあやかしなんていないのだという強い思い込みから生じたものだ。そしてそれは、あやかしを見たことがない、あやかしがいるという明確な証拠がないからだ。でもそれは同時にあやかしがいないという証拠がないことも意味している。
それなのにだ。こうして目の前にいるあやかしの存在を真っ向から否定していたのだ。僕にとっては突然、無茶苦茶な現実を突き付けられたようだった。だから咄嗟にあやかしなんていないと突き跳ねた。けれども、朱音にとっては?
考えれば考えるほど、自己嫌悪に陥った。
「……ごめん」
それだけ言うのが、精一杯だった。結局僕は、自分のことしか考えていなかったのだ。雪乃さんに会って、あやかしの気持ちも少しはわかったつもりでいたし、少しでも彼女たちの役に立てればと思っていた。けれども、それも所詮は僕の独り善がりだったのだ。
ちょっと手を貸したくらいでいい事をした気分になって。ひとりで満足して。
なんだか、最悪だ。
「ほんと、ごめん」
それしか言えなかった。
もやもやとしたものが胸の中に湧き上がって、ぐるぐると回り出す。
嫌な気持ちになって、朱音の顔を見るのが怖かった。足元に視線を落とせば、朱音が唐突に立ち止まった。何事かと顔を上げて、視線がぶつかった。
「……いや。俺の方こそ、すみません」
「え。そんなこと」
「こう見えてあんたよりずっと年上なんだ。ちょっと大人気なかった」
つまり僕が子供だって言いたいのか。どこか悪意を含むその言い方にむっとする間も無く朱音が視線を上に遣った。
「で? これからどうするのが正解だと思う」
そこには、件の喫茶店があった。話し込んでいるうちに到着したらしかった。午後三時を過ぎ、夕食にはまだ早いという中途半端な時間だ。窓に近寄って覗き込むが、お客の姿は見えない。
どうするのが正解なのか。答えはわからないが、やるしかない。朱音と顔を合わせて、軽く頷いた。どうやら今度は朱音も付いて来てくれるらしい。
ドアノブに手をかけて、力を込めた。押し開ければ、来客を知らせるベルが軽快に鳴り響いた。
事務所を出て、先程の喫茶店目指して歩を進めていた最中のことだ。ぽつりと溢れた朱音の本音に、僕は耳を疑った。
「宮下さんは人間もあやかしも根本は同じだって言いますけどね。俺はそうは思わない」
早足になる朱音の背中を必死に追いかけて、僕は言葉を探す。けれども、どれだけ頭を動かしても納得のいく反応は思い付かない。
「所詮、人間はあやかしのことなんてどうでもいいんだよ。いや、関心がないだけならまだいい。実際には面白おかしく思ってるんだからタチが悪い」
相当腹が立っているのか、俯き加減で歩く朱音は固く拳を握っていた。
「あやかしの存在が人間に知られたら大変なことになる。それは俺だってわかってる。でも、あやかしも人間も同じだって言うなら、なんで俺たちあやかしが人間に隠れてコソコソと生きていかなきゃいけないんだ」
「それは……」
どうしてだろう。
そんなこと、いままで考えたこともなかった。
「あやかしと人間は違う。でも、俺はあやかしが人間より劣ってるとは思わない。それなのに、なんで――」
無意識とはいえ、まるで人間の方が上みたいに振舞って、あやかしの存在を認めることすらしない。俺らは確かに存在するのに、という言葉が僕に重く圧し掛かる。
「あの……」
口を開くが、続きが出てこない。
僕だってあやかしの存在に対しては否定的だった。でもそれはあやかしなんていないのだという強い思い込みから生じたものだ。そしてそれは、あやかしを見たことがない、あやかしがいるという明確な証拠がないからだ。でもそれは同時にあやかしがいないという証拠がないことも意味している。
それなのにだ。こうして目の前にいるあやかしの存在を真っ向から否定していたのだ。僕にとっては突然、無茶苦茶な現実を突き付けられたようだった。だから咄嗟にあやかしなんていないと突き跳ねた。けれども、朱音にとっては?
考えれば考えるほど、自己嫌悪に陥った。
「……ごめん」
それだけ言うのが、精一杯だった。結局僕は、自分のことしか考えていなかったのだ。雪乃さんに会って、あやかしの気持ちも少しはわかったつもりでいたし、少しでも彼女たちの役に立てればと思っていた。けれども、それも所詮は僕の独り善がりだったのだ。
ちょっと手を貸したくらいでいい事をした気分になって。ひとりで満足して。
なんだか、最悪だ。
「ほんと、ごめん」
それしか言えなかった。
もやもやとしたものが胸の中に湧き上がって、ぐるぐると回り出す。
嫌な気持ちになって、朱音の顔を見るのが怖かった。足元に視線を落とせば、朱音が唐突に立ち止まった。何事かと顔を上げて、視線がぶつかった。
「……いや。俺の方こそ、すみません」
「え。そんなこと」
「こう見えてあんたよりずっと年上なんだ。ちょっと大人気なかった」
つまり僕が子供だって言いたいのか。どこか悪意を含むその言い方にむっとする間も無く朱音が視線を上に遣った。
「で? これからどうするのが正解だと思う」
そこには、件の喫茶店があった。話し込んでいるうちに到着したらしかった。午後三時を過ぎ、夕食にはまだ早いという中途半端な時間だ。窓に近寄って覗き込むが、お客の姿は見えない。
どうするのが正解なのか。答えはわからないが、やるしかない。朱音と顔を合わせて、軽く頷いた。どうやら今度は朱音も付いて来てくれるらしい。
ドアノブに手をかけて、力を込めた。押し開ければ、来客を知らせるベルが軽快に鳴り響いた。
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