君だけに恋を囁く

煙々茸

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君恋3

3-1

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 七月下旬。
 アヴェク・トワでは夏のフェアが始まろうとしていた。
「このメンバーでは初の夏フェアになるわけですが、やりたい企画がある人は挙手にて発言して下さい」
 俺が店長に任命されたのは半年前。
 古株の木村さんと片山さんを除いて、メンバーが入れ替わったため日野と小笠原を加えてのフェアは初となる。
「はい!」
 最初に手を挙げたのは小笠原だった。
「ふざけた企画は却下だからな」
「ちょ、言う前からそんなこと言わないでほしいっス!」
「なら違うんだな? 言ってみろ」
「うい! えーっと、夏なんだし、スタッフ全員水――」
「はい却下」
「ええ⁉ まだ最後まで言ってないのに!」
「どうせ水着だろ? 通報されるのが落ちだ」
「そうならないように、お客さんにも水着で――」
「そんなに裸になりたきゃ浜辺にある店でも紹介してやろうか」
「え……それって海の家じゃ⁉ それとこれとは別っスよお!」
 喚く小笠原を放置して、先に進む。
「他にある人は……?」
「あ、あの」
 遠慮がちに手を挙げたのは日野だった。
 全員が彼に注目する。
「えっと、小笠原くんの意見で思ったんですが、折角の夏なので、メニューにかき氷なんて入れてみてはどうでしょうか……」
「かき氷か……」
 俺は顎に指を添えて唸る。
 確かに夏に相応しいメニューではある。
「かき氷……いいんじゃないですか?」
 と、片山さんが呟くように発言した。
「まあ、悪くはないですが、ただのかき氷となると……この店のイメージには合わないですよね」
 俺がそう返すと、片山さんも視線を落として考え込んだ。
 すると、今度はずっと黙って聞いていた木村さんが静かに口を開いた。
「なら、アヴェク・トワに相応しいアレンジをしてみればいいんじゃないですか?」
「アレンジ、ですか?」
 木村さんの提案に、各々が顔を見合わせる。
(アレンジ……。あ!)
 俺はパッと顔を上げて軽く机に身を乗り出した。
「かき氷の上にアイスを乗せて、フルーツで飾るのはどうでしょう」
「わぁ! 店長。それ美味しそうですね!」
 迷わず日野が賛成してくれた。
「さすがてんちょーっスね♪ 甘党は伊達じゃなかった!」
 浮かれる小笠原を軽く睨む。
「別にそれを武器にしてるわけじゃねーんだけどな。――……あ。水の代わりに牛乳やジュースを凍らせてシャーベット風にするって手もあるな」
 俺の後半の呟きだけを拾った様子の木村さんが、「なるほど」と手元の手帳にメモをした。
「少し私の方でも考えて、明日の試食会で出させて頂きますよ」
「宜しくお願いします」
 木村さんの言葉に軽く頭を下げ、次の話し合いへと進む。
 今日は明日の試食会の為に、夕方から店を閉めての話し合いを行っていた。
 ああだこうだと言いながら、全員で意見を交わすのはとても貴重な時間ではある。
「はい! はい‼」
「はい却下」
「ちょおおおっとお⁉ まだ手ぇ挙げただけっスよ⁉ オレもう泣く!」
 小笠原が額に手を当ててオーバーに嘆く。
「お前の意見は期待するだけ無駄に終わる気がしてならねぇ」
「大丈夫! 今度こそ!」
(喋らせないと、コイツずっと喚いてそうだな……)
 俺は肩を竦めながら眉を顰めた。
「分かった。言ってみろ」
「やった♪ ユニフォームなんスけど、カッターシャツとかスラックスとかいつものだと硬いんで、夏っぽくしたらどうっスかね」
「……お前それ、水着から閃いた案だろ」
「もー! てんちょーはあ! オレの上げ足ばっか取って楽しいんスか⁉」
「ああ、楽しい」
「ひっど‼」
 俺が小笠原を弄っていると、片山さんと日野がこの案に対してコクリと頷いた。
「それ、いい案だと思います」
「僕もそう思います。爽やかよりも夏らしく明るく元気なイメージが欲しいですよね」
 二人の意見に俺も頷く。
「これはオーナーに相談してみる。神条さんならココに似合ったいい物を用意してくれるだろうから。とりあえず保留ということで」
 企画書にメモを取りながら、ふと考える。
 二号店も、企画を考えている時期だろうと……。
(っていっても、企画案を伺うどころじゃないんだけどな……。でも絶対どこかで顔合わせることになるんだろうし……。どうすんの? 俺)
 自分の案が通ったことで、嬉しそうに笑顔を浮かべている小笠原を、俺は溜息と共にひっそりと睨みつけた。
 これはただの八つ当たりだ。
 それから会議も順調に進み、一通りの打ち合わせが済んだ。
「それじゃあ、雑貨の方は俺からオーナーの神条さんに意見を伝えておくとして、明日の試食会は午後二時からカフェでやるんで、シフト入ってない人は遅れないように集合して下さい」
 俺の言葉に、各々から「はい」の返事を聞いてから、会議は幕を閉じた。

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