君だけに恋を囁く

煙々茸

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君恋7

7-10

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 ……――。

(これ、絶対見られたよ。いつも以上にピリピリしてるし全然目を合わせようとしてこない。俺から何か言うべきか?でも何を言えと……? 余計苛立たせるだけに終わる気が……)
 部屋で二人きりになり、向き合うチャンスだというのに、相手のこの男はさっきから窓際の椅子に座って外をジッと眺めている。
(隙が無ぇ……)
 俺は榊さんの様子に気を配りながら、仕切られた部屋の奥で荷物の整理と明日の予定の確認をしていた。
(明日はまぁ……帰るだけだし、朝食の時間より少し前に起きれば問題ないな)
 予定表を折り畳んでカバンに仕舞う。
 端末のアラームを一応セットしておこう。
(それより、明日までこの調子だと物凄くやり辛いんだけど……!)
 画面をタッチしながら、沸々と湧き上がる何とも言えない感情にギュッと眉間に皺を寄せた。
(大体、なんであんなに機嫌悪いわけ? あんなのただの事故みたいなモンだろ……。神条さんが酔ってたの知ってるんだからそのくらい分かるだろ)
 今まで逃げ回る俺に遠慮なく構ってきたくせに、急にそれがなくなると、どうしたらいいのか分からなくなる。
 まるで、ゴールがあるのかさえ分からない迷路に迷い込んだみたいだ。
 確かに、俺は前まで神条さんのことが好きだった。
 でも今はそうじゃない。
(もしかして、俺がまだ神条さんのこと好きだって勘違いしてるとか……? いや、勘違いっつか、そう思ってるはずだよな)
 そうじゃなかったとしても、まだ気持ちがあると思われていてもおかしくはない。
(……て、別に榊さんにどう思われようが、俺には関係ないことじゃねえかッ。誤解されていたって、そんなのどうでも……――っ)
 そう思うはずなのに、心が震えて落ち着きがないのはなぜか……。
 端末を布団の上に力無く置き、浴衣の裾を握り締めた。
(――気持ちが、悪ぃ……)
 一筋、涙が零れると、それはもう止めることが出来なくて……。
 呼吸も上手くできない。
 榊さんは――と、気になって視線を向けるが、俺に背を向けたまま動かない。
 それがまた涙を誘う。
(……――)
 ポフッと、柔らかな布団に身体を横たえ、次から次に溢れ出す涙を、ぎゅっと袖で押さえつけた。
 そして零れそうになる嗚咽をグッと喉の奥で止めた。
 あの人に聞かれたくない。
 こんなみっともない顔を見られたくはない。
 自分でも何故こんなに苦しいのか分からない。
 もうどうだっていい……――。
(――そう、思いたいのに……余計考えてばっかだ……っ)
 グッと膝を腹の方へ上げ、体を丸める。
 震えそうになる背中に力を入れて、未だ零れる涙を袖でゴシゴシ拭った。
「――……いち……」
(!? ……気のせい、だよな…)
 心臓の鼓動と泣いているせいで周りの音を聞く余裕がなくなっていた俺は、幻聴だったのかもしれないと思い込む。
「おい。……寝たのか?」
(――っっ!!?)
 幻聴じゃなかった――。
 驚きに身体がビクリと強張る。
「なんだ……起きているんじゃないか。さっきは悪かったな。大人げなかったと思う」
(今頃そんな風に謝られても遅い! 頼むから今日はこのまま寝させてくれっ)
 が、そうさせてくれるはずもなく……。
「優一、怒っているのか? 頼む、こっちを向いてくれ……」
 さっきまで背を向けていたのはそっちじゃないかと、罵声を浴びせてやりたい。
 けれど、今はそれが叶わない。
 肩を掴まれ、向かされそうになる顔を必死に反らすことで精一杯だ。
「どうして顔を隠すんだ? ……そんなに、俺と顔を合わせるのが嫌か?」
「――ちが……っ」
(やばいっ、声が震える……!)
 グッと唇を噛んで押し殺す。
「優一……?」
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