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本編

20.ヒロインっ

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 二日後、また音もなく忍び寄ったキース様が書類を届けてくれた。どうやらあの日のお茶会は、主に八歳の子達がお呼ばれしたみたい。大体みんな同い年で学園へ通っているという。まあ、その中で見たことがない人達もいるかもいるかもしれないけれど、とりあえず夏休み中は学園に通っていない人たちをリストアップするという。
 キース様が調べてくれて、リストの中に今学園に通っていないものは九名もいた。その一人一人訪ねていては時間が足りないし何より効率も悪い。それにわたしの中の記憶に出てきたのは女の子と男の子。性別でも絞れず首を捻っているとシエル様はキース様に指示を出す。
「この中の令嬢だけリストアップしておいてくれ」
 なぜ令嬢だけ……? だって男の子もいたのに。
「多分関係あるのはその女の方だろう。もう一人の男の子の方は見当がついている」
 ますます首を捻るわたしの頭をぽんぽん撫でて彼は切なそうに微笑んだ。まあ、彼は頭がいいからきっとそうなのだろう。そう思うことにした。


 そこからリストアップして名前が上がった令嬢は一人だった。
「マリア・シュトールか……」
「ああ、あの方……」
「そうですね……」
 三人でなんだかよくわからない表情をして考え込んでいる。何かあるのだろうか。そう、彼女こそこのゲームのヒロインなのだ。何かするわけがない。あったとしてもゲームのシナリオなのではないか。
 前世の話は誰にもしていないから、口には出せないけれどわたしだって自分なりに考えてみる。もしかして、ゲームの始まりのときの出会いって、シエル様もいたってこと……? それにノーラ様も知ってるということは、ノーラ様も参加していた?
 たまに彼らの話に出てくる事件ってなんだろう。
 わたしが考えている間に作戦会議が行われているようだ。しかし話についていけないわたしは、ぼーっとしていた。自分のためにこんなにしてくれているのに失礼なと思ったけれど、本当に意味がわからないのだ。
 そのままじっと会議が終わるのを待った。


「ということで、ルシアはノーラと医者とキースと共に馬車で待機。双眼鏡渡すから、シュトール男爵令嬢が出てくるのを馬車の中から確認すること。いいね?」
「ん? わたしが会いに行ったらダメなんですか?」
 それじゃあ、犯人の顔を目撃者にこっそり見てもらって確認するやつみたい。ゲームのヒロインなんだから危険なんてないだろうに。
「だめ。僕が庭の散歩に誘い出すからこっそり見て」
「……はい」
 冷たい鋭い眼差しを向けられては何も言えないのだ。あまりに距離が近すぎて忘れてしまうけど彼はこの国の王子。逆らってはいけない。
 こうしてわたし達は馬車に乗り、ヒロインことマリア様の家へ向かった。馬車にはわたしとノーラ様とお医者様とキース様。シエル様は一人で一番前の馬車に乗り込んでいた。



 マリア様の屋敷に着くとシエル様は一人、馬車から降りた。そこに一人の少女が迎えにきているのが見えた。プラチナブロンドの長い髪を靡かせた少女。わたし達の馬車は少し遠くに停められているので顔はよく見えないが、子爵領で見かけた時の姿にそっくりだ。
 ああ、あれがヒロインだ。
 彼女はシエル様の腕に抱きつき、屋敷の中へ消えていった。その姿を見た時、胸の奥がツキンと痛んだ気がした。
 この胸の痛みはなんだろう。
 と同時に頭痛もちょっとだけあって。
 ――思い出して……この思いを。早く、思い出して


「ルシア、大丈夫?」
 心配そうなノーラ様に微笑んだつもりだけど、いつものように上手に笑えなかったと思う。なんだか胸がモヤモヤするの……
 この気持ちがなんなのかわからなくて、ぎゅっとノーラ様の手を握りしめていた。


「来ますよ」
 キース様がつぶやいた。渡されていた双眼鏡を覗き込む。
 さっきと同じく彼の腕に抱きついている彼女。満面の笑みを浮かべているシエル様。
 ああ、嫌。
 っ、そんなことしてる場合じゃないわっ。
 気を取り直して双眼鏡を再び覗く。彼女の顔にレンズを合わせて。そこにはゲームと同じ彼女の顔。
 胸の奥の痛みと激しい頭痛が襲う。
 真っ白な世界の中で、また一つ、思い出していた……



『ごめんなさいね。あなたに恨みはないのよ』
 白金色の髪の女の子がわたしに話しかけてくる。わたしは訳もわからず隣に倒れている男の子を庇いながら彼女を見上げる。
『その人はあたしのものになるの。これを飲んだら解放してあげるわ』
 その女の子は二つの小さな瓶をわたしに渡した。
『これを飲んだら、この子を助けてくれる?』
 わたしは彼女に問いかけた。
 小さな男の子は気を失っているのかピクリとも動かない。ぎゅっと彼を抱きしめる。
『ええ、助けてあげるわ。あたしね、今日この日を待ってたの。やっと彼とつがいになって結婚できるもの。あなたはゲームのモブなのよ?モブと彼が結ばれるなんて許せないもの』
 小さなわたしは小首を傾げる。モブ? ゲーム? なんのこと?
『もしあたしの邪魔をしたら、許さないから。モブなんていなくたってこの世界には支障はないわ。この世界はあたしだけの世界なの』
 意味がよくわからないけれど、もう男の子とは会わない方がいいのかもしれない。わたしのこの小さな恋心は蓋をしたほうがいいのかもしれない。
『……わかった』
 わたしは渡された小瓶の蓋を開けて、飲み干した。なんだか涙が出てきて、その涙が落ちて、男の子の頬を伝った。
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